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Lapis-landiA  作者: 八広まこと


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EP7.:灰簾石(タンザナイト)⑥



 シオンが寝付いてしばらくした頃・・・



 心配した、ハルオミとリシリィがシオンの自宅を訪ねてきた。あの時、クロウに任せて見送り、後は、シオンが自ら訪ねてきてくれるまで待とうしていたのだが、どうにもできなかった。

 何度か足踏みをし、意を決した二人が、基本的に空いている、そのガラス戸を開けた、瞬間


 クロウが、腰にバスタオル一枚で、出て・・・



「「・・・・・。」」

「なに?お前等来たの・・・?」


 リシリィの瞳孔が面白いくらいに引き絞られ、瞬間、愛刀のレイピアが、見事な速度でもって、クロウの股間を狙う。


「このっ、ケダモノがっ!」

「ちょ!?ナニナニ!?なんなんだよオイ!?」

「許せない・・・。」

「何でオレ、イキナリ股間狙われてんの!?」

「アンタ・・・あの子になんてことを・・・。」

「待て待て待て!お前の中でオレ、そんな奴!?そんな扱い!?」

「あの子になら、やりかねない。」

「あっぶな・・・っ!!」

 軍内部でも屈指の腕を持つ二人の相対を目にしつつ、それでもハルオミは酷く冷めた目をクロウに向ける。

「・・・まぁ、正当な評価だと思いますけど。」

 

「ハル!お前、止めろよ!」

「いや、オレもまさかそんな格好で出てくると思いませんでしたから。リリーと、同じ意見です。」

「ちょ・・・!?もう少し信頼しようよ!お前らの上司よ!?」

「じゃあ、聞きますが・・・」



「手ェ、出してないですよね?シオンさんに・・・。」

「・・・・・。」

 ガッツリと、瞳孔開いてるハルオミの、笑ってないその眼がクロウを覗き込めば


 暫しの無言・・・。



「・・・別に、変なこと、して・・・ない、はず。」

 少しだけ、色々思い出して、耳を赤くする様。後ろめたさを示す僅かな汗、ふいっと、そらしたその視線に


 

「そこだよ。そういうとこだよ・・・。」

「死ね。」

 二人は最低評価を下す。

 リシリィのレイピアが、更に鋭くなって・・・。


「酷!!」



 はらりと、バスタオルが舞った。



 



「・・・大、丈夫、か?」

「それ、本当は、俺の台詞なんだけど、ね・・・。」

 息も絶え絶えのクロウが、ハルオミとリシリィから追い出されて、二階から階下の親父の店の引き戸をあけたのは、事が全て終わり、半日が経過した頃だった。

 流石に、バスタオル一枚で表に出ることはできず。クロウは、白シャツに予備の軍服のズボン、という格好カウンターに突っ伏していた。

 酷い状態だったシオンを、問答無用で抱きしめ、抱き上げたクロウ自身の服も見れたもんではないだろう、との配慮で、ハルオミは、きちんと予備の軍服一式を紙袋に揃えてきてはくれていた。

 その一部にありがたく着替えて、それでも、警戒心バリバリの二人からはしっかりと親爺の店へ、追放よろしく、追い出される。

 時計の針は既に21時を超え、本来だったら店内はそれなりににぎわっている筈だった。しかし、今日は臨時休業にならざるを得ない。

 親爺の───サカザキの右手が合った箇所、には、白い包帯が巻かれていた。


「まぁ、これくらいで済んだなら、御の字だ。」

 と、サカザキは包帯の上から右手首を撫でる。


 切断肢の手術は、この世界で確立した技術はない。

 本来なら途中呼ばれてきた軍医の指示のもと、入院対応とし、そこで適切な治療をうけるべきではあろう。まずは失血分の体力低下を如何に補いつつ、創部の治癒促進を行えるか、感染制御が行えるか。それに約2週間から3週間を用い、次いで、必要なら義手、リハビリテーション、という流れだ。

 だが、サカザキは、入院を拒んだ。クロウに任せたとは言え、一人娘の心配をして・・・、ということだった。

 それに関して、田貫と班田を通じて状況を知ったファウストが二人を通じて対応をした。本来ならあり得ない、膨大な魔力を用い、サカザキの創部の治癒促進を促したのだ。故に、サカザキの右手自体、手首から上が失われてはいるものの、切断面はほとんど問題のないものへと変化している。

 無論、慣れない腕での生活は何分問題が伴う。それはこれから訓練と努力が必要になる。サカザキは、まずは半月は店を閉める事にしていた。今後のことは、シオンと、何より、周囲の住人とも話してきめる。それが、彼等のやり方ではあった。


 サカザキの、表情は明るい。

 その顔を、クロウは少し沈痛な面持ちで見やる。

「悪かった・・・。まさか新しく来た間抜けの行動力があんなに俊敏だとはおもわなかったのが本音だわ。」

「いや、むしろ速く来てくれたよ。正直、死んでから、と思っていたからな。」

「戦争参加者だとは聞いてたけど・・・。」

 ふと、クロウが、店のカウンター席に座り、アレスの生い立ちを確認すると、その向こうでサカザキは、少し遠い目をする。

「昔、オレが率いていたところに所属してな?あの頃からヤバかったが・・・まさか、未だにシオンに固執していたとは思わなかった・・・。」

「・・・固執、ね。」

 ふと、坂崎がクロウに真摯な目を向ける。

「シオンの様子は、どうだ?」

「大丈夫。今はリシリィとハルオミがいくれてる。あの子もまだ寝てるよ。」

「そうか・・・よかった。本当に・・・。」

 心の底から安堵のため息を、ついて、そのまま視線をカウンターにおとした。

「あの子は、昔からそうだ。何もかも失ったせいか、自分の懐に入れた相手を気にしすぎる様な傾向があるな・・・。」

「気にしすぎる・・・?」

「オレの時もそうだが・・・。」

 そう呟いて、サカザキは、昔話だと、熱燗を一合、クロウに差し出し、自分もぐい呑みに日本酒を汲んだ。


 まだ、『人外戦争』最中のゲリラ戦。

 魔物に囲まれ、サカザキが大怪我を追った時、隊からいなくなったサカザキを探しにきたシオンが助けてくれた時があったそうだ。

 隊にはすぐに戻れず、出血が酷く身体が冷え、死を、目前にしてかなり動揺していたらしい。

「死んだ妻子の名前と、死にたくない、を繰り返していたらしい・・・。」

 そんな、最中、自身の防具を外して、ほぼ、半裸になったシオンが、サカザキを素肌で抱きしめたそうだ。


 『大丈夫だから・・・。』


 と、小さく、笑っていたと。

 

「・・・抱いたの?」

「殺気飛ばすんじゃねぇよバカタレ。」

 サカザキは、あまりに露骨な殺意を感じて大きなため息を吐く。クロウを見れば、掴んだ徳利に、僅かな、ヒビが入っていた。

「落ち着け。そんなことできるか。」

「・・・・・。」

「抱けるかよ。死んだ娘と同じ年だぞ?アイツ。・・・だが、縋り付いて泣いた。泣き喚いたさ。そんな一回りも二回りも上のオレを、アイツは優しく抱きしめててくれた。」

「・・・・・。」

 サカザキは、ぐい呑みを片手に遠くを見る。その目は妻と娘を思い出し、あの当時のシオンを思い出し、懐かしさと悲しさに、揺れている。


「妻も娘も魔物に食い殺されて。命なんていらねぇって、ヤケクソで参加した戦争だった。だけどなぁ、あの時初めて死ぬのが怖いって思ったな。」

「・・・・・。」

「オレはあの時のシオンに救われた。死ぬのが怖いのは、死ぬことで、もう妻や娘を思い出すことができないことだって、気付いた。それに気付いたのは、生き延びられてしばらくしてからだよ、それに気づけたのは、生き延びられたから。そう気付くことができた。」

「・・・・・。」

「だから、オレはその恩返しをしなきゃならねぇ。シオンに救われた命だ。オレぁ、大分生きた。妻も娘も何度も思い出せて、そのたびにオレは幸せになれた。だから、オレは、残りの人生くらいは、アイツを支えてやろう、とは決めてる。」

「・・・・・。」

 サカザキは、少し眉根を寄せて呟く。

「シオンは、なんというか・・・良いも悪いも、人を惹きつける。惹きつけ過ぎるんだ。」

「・・・・・。」

「アイツが手を差し伸べてきた中には、性質の悪いのもいたさ。アレスは、その最たる例だがな。」

 再び冷酒をぐい飲み組もうとして、クロウがその手を止めた。まだ傷に障るのを案じてだが、サカザキは、もう一杯だけだと、その手を退けた。酒がないと、うまく話せないとでもいう様に。


「あの子はオレ以外にもそうやって同じようにしていた。そうなると、少なからずそれに、魅了される奴がいる。あの子が無理やり暴かれそうになった事も一度や二度じゃあないさ。」

「・・・は?」

 思わず、クロウが手に取っていたお猪口を取り落とした。

「え?ナニ?あの子は、助けたいと思った相手に、踏み躙られてきたって、こと?」

「落ち着け。何度もあったが、まぁオレが知る限りは未遂だ。」

「未遂だからいい、じゃねえぞ・・・?」 

「だから落ち着け。話が止まる。手前ェが問答無用で殺気垂れ流しやがったら、マトモに相対できんのは、それこそシオンくらいだろうが。オレだって話もできねぇや。」

「・・・・・。」

 それでも、到底納得できる話ではない。行きずりや、縁もゆかりも無い相手からの、ではない。シオンと関わりがあって、知って、助けたいと感じて、手を差し伸べた、結果が、自身を傷付けることには繋がっていた。

 シオンは、一体何度、絶望を、感じたのだろうか・・・。

 クロウは、思わず奥歯を噛み締める。


 そんな様を、若さゆえか、と呟いてサカザキは小さくため息を吐く。

「人は弱い。絶望ばかりを突き付けられた中で、縋りつける相手がいれば縋りつくもんだ。その際の縋りつき方が間違った方法であっても、正直それを断罪できるほど、オレたちは強くも偉くもねぇ。」

「・・・は?それはナニ?仕方がなかった、とでもいうつもり―――」

「そうじゃねぇよ、オレが言いたいのはそこじゃねぇ。」


   ――― なんで、そうまでして、シオンはその場で献身を捧げ続けた・・・?


「・・・・・っ?」

 不意に、サカザキの言う言葉がストンと胸に下りてくる。

 当時の18歳程度の娘にとって、もはやその場所は地獄だろう。狂うか、逃げ出してもおかしくはない。なのに、その場にい続けて献身的に皆を支えた。自身を差し出す可能性があったとしても。

「正直、その点に関しては、オレは未だによくわからねぇ。優しいと言ってしまえばそれまでだが、正直、何か異常だ。」

「・・・・・。」

 無言のクロウに、ただ、と、サカザキは呟く。

「それに気付いたのは、オレじゃねぇ。」

「え?」

「隊の中にな、もう一人、珍しい女の医者がいたんだ。中々腕が立つやつでな?当時のシオンよりも、多分、強かった。彼女がたまたま襲われかけてたシオンを見つけてな?それ以来、ずっとシオンから離れなかった。」

「女の、医者・・・?」

「フラン、チェスカ、だったかな?そんな名前の女で。元々某国の諜報機関にもいたらしい。彼女だけが、シオンのことをずっと気にかけていた。」


「・・・フラン、チェスカ。」

 クロウが、眼を見開いて小さく呟いたのを、サカザキは気付かないまま続ける。


「シオンは救いを求めるやつらを見捨てられなかった。さっきも言ったが、少し異常なほどの献身だ。フランチェスカはそいつをずっと気にしていた。シオンには何か囚われているものがある、ってな。」

「囚われている、もの・・・。」

「襲われそうになろうが殺されそうになろうが、その胸にしがみついて死にたくねぇって泣きわめくヤツらを見捨てられなかった。だから、シオンの側には、必ずフランチェスカがいた。」

「・・・・・。」

「シオンにとっても、そのうち、母や姉の変わりみたいな感じだったんだろうな。彼女の隣で笑うシオンは、酷く可愛らしかったよ。年相応の娘のようでな。普段は無表情で、冷酷に魔物を切り飛ばしていたり、聖母像みたいな静かな笑みで泣き叫ぶ相手を抱きしめたりしていたからな。その差が酷く辛かった・・・。」

 でも・・・、と、サカザキは俯く。

「・・・戦争ってのは、やっぱ酷だな。いつか、皆死んじまう。シオンに縋り付いて泣いて、朝方にはありがとうって笑ってた奴も、皆、皆死んじまった。戦争が終わる少し前に、ついにフランチェスカまでも逝ってしまって・・・。抑えが、なくなったのを、感じたよ。淀みが全てシオンに向かっていく気がした。だから、オレは軍を、抜けた。シオンを連れてな。」

「・・・・・。」

「シオンは戻ると言って聞かなかったが、絶対に許さなかった。フランチェスカの、最後の頼みだと説き伏せたな。」

「ただ、その後しばらくして、人間ジンカン戦争が始まって・・・。」


「空から、初めて火の雨が降るのを見た時、もう、な?」


「オレたちが、どうこうできるもんじゃないんだって。どれだけ強くなっていたって・・・。ダメなんだって、シオンは、その時初めて泣いていたよ。声も出さずに、静かにな。」

 サカザキが一度遠い目をしながらぐい呑みを煽って空にした。

 クロウが無言のまま、カウンターに手を置く、

「・・・・・。」

 そして、

「確かに・・・。」

 静かにつぶやく。

「今更、過去をどうのこうの言えないよ?オレだって人に誇れるような生き方してない。」


「だけど、もし、今、あの時に戻れるなら・・・」

 カウンターに突っ伏した。静かな怒りの矛先は、もうないけれど

「正直、あの子の、周囲の人間も、魔族も、全部ぶっ殺して何もかも更地にしてやりたい。」

 そう呟いたクロウに、サカザキは、小さく笑った。

「本当に、手前ぇは・・・」

「・・・・・。」

「一番厄介なのを、魅了しちまったよ、あの子は・・・。」

「ほっとけ・・・。」


 そういって突っ伏したまま頬を膨らますクロウにサカザキが目を細めて


 ふと、何かを考え、真顔でクロウを覗き見る。

 

「お前、まさか、とは思うが・・・」

「あー・・・?」

 まじまじと見つめてくるサカザキに、クロウがおざなりな返事を返す。徳利の中の熱燗はもうほとんどさめてしまった。それでもお猪口に移して呑み切ってしまう。



「手ェ出してねぇだろうな・・・?」

「ぶほっ、げほっげほっ!!」

 どこかで聞いたようなセリフに、クロウは熱燗の残りを盛大に吐き出した。


「この、クソジジイ、手前ェもアイツ等と同じかよ!」

「当たり前ェだ、あの子関連では一番信頼してるが、同時に、一番信用ならねぇのも手前ェだろうが。」

「うぐ・・・っ!」

 切れ味の良い刀の如く、すっぱりと言い切ったサカザキに、クロウはぐうの根も出ない。そんなクロウに、サカザキは、

「で、どうなんだ?あぁ?」

 ぐっと身を乗り出す。

「しねぇよ!見くびんな!」

 再びカウンターに突っ伏して、クロウは吐き捨てるように叫んだ。サカザキは小さく鼻で笑いながら、

「・・・そうか。」

 と、頷く。


 頷く、が・・・。


「・・・・・。」

「・・・・・。」


「・・・そうなら、もう少し、顔上げて胸張れるんじゃねぇか?なぁ、坊主・・・?」

「・・・・・。」


「・・・・・手前ェ、ナニ黙ってやがる。」

「・・・いや、その。」



「・・・む、胸は、張れ、ない、か・・・な?」

「・・・・・。」

 小さな声で、白状するクロウに、ぴくりとサカザキの眉根がひくつく。徐々に変わる気配に、クロウはカウンターから顔が上げられないまま、肩を震わすが、

「オ、オレだって!!出来るコトと出来ないコトがある!!」

「世の中にはやっていい事といけない事があんだろうが!!」

 追い詰めらるように責められて、クロウはカウンターから顔があげられないまま、ぶんぶんと首を振った。

「ほ、本当に変なコトしてないって!い、挿れて、も、ない、し・・・。」

「そうかそうか。お前に託した、オレがバカだったか。」


「神妙にお縄を頂戴し、素直に☓☓☓ぶった斬らせろ。親爺としてのケジメだ。」

「いや、ちょ、まって!ほら!、あの・・・。」




  

「い、いつか孫の顔、見せ、る・・・から、って───・・・。」

「お前・・・。それ最悪の釈明だぞ?」





 想いっきり、サカザキに舌打ちされた挙句、クロウにしてみれば、とんでもないこと言ってる自覚と、口をついて出てしまった言葉と共にぱぁっと広がった、願望というか欲望という名の未来。

 可愛いお嫁さん、思いっ切りヨガらせて、孕ませて。自身に似た子を抱いて、微笑む様、なんて、思わず想像して。


「・・・・・。」


 ああ、でも。こんなこと想像して妄想して願って本当に、自分勝手な自覚も多々有。

 だけどやっぱり、多分一番欲しくて欲しくて仕方がない未来でも、あって・・・。

 


「・・・・・。」

「・・・・・。」


「そもそも真っ赤になって顔上げられなくなるくらいなら言うんじゃねぇよ。そういうこと・・・。」

「本ッッ当に!!!スミマセンでしたぁぁあああ!!!」

 ガンガンと額をカウンターに何度もぶつけながら、先走った妄想の暴走にクロウは心の中でも何度も土下座した。だれでもない、彼女に。



 ただ、それでも、と。

 肩で息をし呼吸を落ち着かせて、

「だけど、さ・・・?」

「・・・あぁ?」

 いまだ突っ伏したまま、それでもこれだけは、と思う言葉が零れる。




「あの子が、他でもない・・・、オレに、助けを求めてきたんだから・・・」

「・・・・・。」



「それは、自惚れても、いいでしょうが・・・。」

「・・・・・。」



 ぐっとカウンターの上の手が拳を握る。

 どういう経緯であれ、欲望の赴くままに、手を出して―――というのではない、というのだけは、察して


「・・・まぁ、な。」 

 仕方がないやつだと、サカザキは、そのぼさぼさの銀髪をぴしゃりと叩いた。

























「我の・・・我の罪だな。」

「オジサマ・・・。」

 ファウストが、椅子に深くかけ、背にもたれて、深い深いため息を吐いた。

 リィンからの話と、ファウストと繋がる田貫と班田が見た様子に、ファウストは身を焼かれるような思いを感じていた。

 ファウストにとって、シオンは怨敵の娘でもあり、すべての幸福の中にいた象徴のような娘でもあった。ゆえに、今回の彼女を襲った出来事は、他でもない、ファウスト自身が犯した行動による結果でもある、と認識していた。

「なんと、罪深い・・・。」

 耐えきれず、眼を覆う。

 そんな弱弱しいファウストの姿に、リィンは眉根を寄せてファウストを正面から見据える。

「たかが、人、一人の生きた道よ。そこに自分の業の深さを見出してなんになるの。」

「リィン・・・!」

 ファウストが思わず生死を促す様に彼女の名を呼ぶ。

 ただ、リィンは、傷付きながら真っ直ぐと、強い目でファウストを見ていた。

「二度と、彼女にそんな事をさせるような、国を、未来を、ワタクシは作らない。ワタクシ達がやる事はそれだけよ。過去の罪に嘆くことでは、ないわ。」

「・・・・・。」

 堂々とそう言い切った彼女は、齢12歳の表情でありながら、王の顔をしていた。

 彼女の声に、ファウストは顔を上げる。 

 佇むリィンの姿を、眩しそうに、見上げる。


「・・・そうか、そうだな。」

 一度、大きく息を吐いた。今度のため息の中には陰鬱な深い闇はもはや紛れてはいなかった。

「お前も、なんと、強い信念を持った、娘よ・・・。」

「ふふふ、今更よ?オジサマ。」

 ファウストの賞賛に、リィンは年相応の表情で笑って見せた。



 


 建国祭は、すぐそこまで、来ていた。






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