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Lapis-landiA  作者: 八広まこと


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EP7.:灰簾石(タンザナイト)④





 翔ける足音が耳に入る。 

 一人じゃない、少なくとも五人。

 一瞬、増援でも来たかとシオンが扉の方へと無機質な視線をむける。構える刀を握り直す。

 ただ、その先の現れた人物達に、視線が止まり、目をみひらく。


 突入してきた顔見知りは、第四大隊副隊長格。ハルオミとリシリィは言うまでもなく。そこに田貫と班田が加わる。

 皆が一様に、建物内のむせ返るほどの血の匂いに眉をしかめ、朦朧とした様子で地面に転がるサカザキの姿、それと、明らかに何があったかを物語るような、シオンの姿に、驚愕し、息を飲んだ。

 

 ここに彼らが来た、それは、言うまでもなくもう一人も、いる、と、言う事。


「ダメ!!ボス!来ないで!!」

( ・・・・・。 )

 聞いたことがない程、悲痛なリシリィの声に、彼女の優しさを拾う。でも、そんなものじゃ止まらないだろう。むしろ、その声に何かを察して、嗚呼、足音が早まる。

 ハルオミが咄嗟に、振り向いて抑えようとする、その手を、クロウが、振り払った。


「・・・・・。」


「・・・なに?これ。」


 屋内に歩を進めたクロウが、吸い寄せられる様にシオンへと視線を向ける。二人の視線が交わる。シオンの無機質な瞳は、辛うじて彼を映していたけど、


( もう、どうでも、いい・・・。 )

 シオンが、何もかも諦めた心で、佇んでいた。

 ぐちゃぐちゃと交じり合う負の感情が、傷付けられた体が、酷く軋んだ。








 

「ひぃいいぃぃ!!」

「な、なんでココに第四大隊が!」

 生き残っていた治安部隊の面々が、第四大隊の登場に慌てて逃げ出そうとするのを、動揺しながらもハルオミとリシリィが其々の得物で、彼等の足を削ぐ。血塗れの地面へ無様に転がった彼等は痛みと恐怖で震えることしかできなかった。

 ただ、副隊長格の二人もまた、周囲を気にしながらも、シオンがゆっくりと刀の血を振り払うのを、見つめることしかできない。

 シオンが、暗鬱とした瞳でクロウを見る。


「なんで・・・、ここに、いんだよ。」

「お仕事だから仕方ないって。急務だったしね、流石に寝てもいられない。」

「仕事熱心だな。」

「そっちも。」

「あ?」

「なんでこんなとこいんの?」

「親爺、とりかえしに、きただけだ。」

「ふぅん、そっか。なるほどね。」


 場に、まるでそぐわない。

 淡々と、いつもと変わらないシオンとクロウの会話。僅かに息があったアレスが、二人の会話と、逃げ惑う同僚の声に、もはや見えない視界の先で、何かを悟ったのか。


 最後の悪意を振りまくために、血染めの顔で、尚、嗤う。


「あぁ、なんだ、そ、・・・ことかぁ・・・!」

「・・・・・。」

「昔、から、物欲しそうな、顔を!していたが!」

 手に入らなかった物を、せめて貶めてやろうと、腐り切った、真っ赤な表情で、笑う。


「今は、かの、有名な、大隊長様のモノでも、咥え込んだか──・・・っ!」

「・・・・・。」


 瞬間、シオンがアレスの体を床に引き倒し、愛刀をその口に突き刺す。

「がっ!」

「いいかげん・・・、てめェの下卑た言葉にはうんざりだわ。そろそろだまれ。」

「ぎ、がっ、ああああ――っ!!」

「・・・・・。」



「ふ、ふふ・・・っ、」

 唐突に、シオンの顔に笑みが浮かぶ。


「は、はは・・・っ!」

 口に刺した刀を抉るように動かせば、ビクリと、アレスの、身体が大きく跳ねて、四肢がぐったりと、力を無くす。

「挿したかったアイテに、逆にサされるのはどんなキブンだ?あァ!?イカせてやるからヨガッてみろよ!」

 刺され、揺らされる度に、まだ、その身体からごぷりごぶりと鮮血はあふれる。ただ、拍動に伴う出血ではなく、ただその身体に留まる血が、穴という穴から溢れているだけで、それでも、シオンは、既に息がないであろう身体に、二度、三度、と逆手に構えた刀を突き刺す。


「シ、オン・・・!」

 失った右の手首の止血を、田貫と班田が行いながら、ようやく状態を持ち直したサカザキが悲痛な声をあげた。


「シオン、やめろ、落ち着け。」

「おち、ついてるよ・・・。」

「落ち着くんだ。」

「なに、いってんの・・・?」

 ゆっくり、顔を上げる。

 鮮血の赤と、おぞましい白濁

 振り払う事もせずに、凍て付いた目をして、シオンは親爺を振り返る。






「おれが、イマもムカシもぶっコワれてんのは、かわらねぇだろ?」





 


「またそういうこと言ってる・・・。」

 ふぅと、クロウが呆れたようなため息ついてみせた。ぴくりと、シオンが小さく肩を揺らす。無機質な目がクロウをみる。その眼をクロウがまっすぐに見返した。


 だけど、シオンを見る眼は、いつもと、何も、変わらずに・・・。


「相変わらず困った子だね。」

「・・・・・。」

「でも、頑張ったんだ・・・。」

「・・・・・。」

「疲れたでしょ?ここ、他に任せてオレと先に帰ろう。」

「・・・・・。」

「ほら、抱っこする?」

「・・・・・。」

「取り敢えず、お風呂、行こっか。」

「・・・・・。」

「全部、洗ってあげるから、ね?」

「・・・・・。」

 普段通りの話し方で。

 立ち話の際に見せる、微笑すら浮かべて見せて。

 ゆっくりと彼女の傍へと歩み寄る。両手の手袋を外して、ズボンの、ポケットに押し込んで、触れられる距離まで来ると、いつぞやのように、両手を広げてみせた。


「・・・・・。」

 シオンの瞳に、光がうつる。絶望だけを表した表情に、小さな驚愕が映し出される。

 そのまま、こちらを凝視するだけのシオンに、

「おいでよ?」

 広げた両手。

 表情の変わらないシオンが、だけど、見返すその眼に動揺が隠せない。

 怪我をした猫が差し伸べられた手を理解できないような。


 だけど、猫は、その手の温かさを知っている。


「・・・・・。」


 僅かに目を伏せたシオンが

 表情を隠すようにして

 戸惑いの後

 それでも

 

 気付けばすぐ傍まで近づいていた身体に

 傾くようにして

 その胸に、顔を埋める。


「―――・・・。」


 包み込むように、腕が回される。

 クロウが小さく、でも嬉しそうに、喉を鳴らすのが聞こえて

 胸の中にくすぐったさが浮かぶ。


「抱っこ、していい?」

「・・・汚れるぞ?」

「洗えば落ちるよ。」

「もう、落ちない。」

「落ちるよ。」


  ── オレが落としてあげる。

 

「・・・ん。」

 クロウの言葉に、ゆっくりと目を閉じて、今度こそ、肩の力を抜いた。

 瞬間、回る視界。

 両膝に、力が入らず崩れ落ちそうなシオンを、クロウがしっかりと、抱きとめ、抱え上げる。

 その宙に浮く感触は、今まで胸の奥を侵していた恐怖や嫌悪や絶望とは真逆の感覚で。シオンは、反射的にクロウの首元に腕を回し、しっかりとしがみついた。その髪に顔を埋める。それを

 シオンのその動きを、視界の端に見止めて、肌で感じて。

 クロウは改めて眼を細め、シオンを抱き締めた。

「おうちでいい?それともオレんとこ、来る?」

「・・・うち、かえる。」

「ん、了解。」


「たーぬー、ぱーん。」

「「・・・・・。」」

「今だけ、爺さんに頼んでもらってもいい?」

「「不要です。許可はもうもらっています。」」

「そ。悪ィね。」


 静かに、二人が頷いて両手を合わせる。一度シオンと戦った時に見せた、二人で組む印を器用に合わせていく。手が離れた瞬間、二人の間の、空間が歪む。ただ、映すだけの、シオンの視界に、ぼやける空間の先で、見慣れた玄関口が揺らめいていた。


「・・・あと、任せた。」

「了解。」 

 背中越し、託す言葉にハルオミとリシリィが敬礼する。








「あ、あ・・・。」

 シオンが、クロウに大事に抱えられてこの場を後にするのを見送って。 

 サカザキは、肩を震わせ、そして、ようやく声を上げて小さく笑い、泣いた。「よかった、本当に、よかった・・・。」と。

 過去は消えない。起こってしまった事実は消えない。それでも、それを乗り越えられる事を、サカザキは知っている。自身もシオンも、そうやって生きてきたから。

 今シオンの側に、クロウがいるなら。

 これ以上のことはないと、安堵して泣き続けた。

 その姿を見て、ハルオミが小さく笑う。 

( 後は・・・。 )





「さて、僕達の仕事をしましょうか・・・。」

「そうだな。」





 ハルオミが背後を振り向くと、彼の言葉に言葉に同調する、少女の、声。

 壊れた扉から入ってくる、12歳前後の少女。

 ギラリと、空気が変わって、今まで黙り込んでいた治安部隊の面々が、彼等の声にビクリと肩を震わす。

 足を切られたのが2名、無傷で佇んでいたのが3名。そのうちの無傷の一人が、慌てたように

「お、俺達は街の管轄だ。なにをするつもりかは知らないが、それは越権行為じゃないか!」

 と、声を荒げた。

 この国では、国の管理・運営を行う軍と行政の外に、小さな街単位での行政の権利を認めていた。そうなると、確かに国の管理者である軍は街に所属する治安部隊に手を出すことは、簡単には、できない。 

 が。

 少女は、ことりと、首を傾げてみせる。


「そう思うなら、せめて自重しなさいな。自身の権利だけを主張して、義務を怠るものは、いつかより大きな権利を持つものに粛清されるものなのよ。そんなの、猿ですらわかることだわ。」  

 ニコリと浮かべる笑顔に反して、眼は涼しいほどに冷ややかだ。もはや、人を見ていない。そこにある『モノ』を見ている。

「ワタクシには、貴方達勘違いおバカさんを、ぶっ殺す権利はないけれど?まぁ、色々なコトをうまく揉み消す力はあるんです。」


  ――― さあ、建国祭前の、最後の大掃除よ?


 リィンは、コツコツと3センチヒールを鳴らして、血塗れの床をゆっくと歩く。ネチャネチャした、床を見下ろしながら、先ほどまで行われた悲劇と惨劇に静かな怒りを抱えながら、リィンは、既に動かないアレスの無残な死体を、見下す。


「ワタクシは、ワタクシの信念から外れるような輩は、大っキライなの。そうい方々には早々にご退場願うわ?」


  ――― どんな手を使ってでも、ね?


 

 誰かが、『独裁だ』と、零す。それを、リィンは高らかに声を上げて笑った。 

「独裁政治?大いに結構。始めの舵取りは、大切だもの。」


「そのために、親兄弟ぶち殺して国を滅ぼし、国を興したのよ?そんなワタクシに、ふふふ、独裁者、なんて今更ではなくて?」


  ――― 聖女なんて、まやかしなのは今更だわ。


 彼女の、覚悟はもはや問うまでもない。例え独裁者と罵られても、覇王と恐れられてとも。自身の選んだ道を行くことを。

 そして、第四大隊は少なくとも彼女とともに歩む事を決めている。

 改めてハルオミ、リシリィ、田貫と班田が、得物を構える。 

 リィンが、ゆっくと宣言する。


「『聖女』・・・いいえ、『独裁者』リィン=フォン=アンダルシアの名において。」




   ─── 即断処刑執行。





 血飛沫と断末魔の溢れる中。

 リィンは、全ての光景から目を背けずに、立っていた。






③だけアップが、精神的に耐えられなかったんです・・・。

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