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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season1

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29/81

EP7.:灰簾石(タンザナイト)②






 治安部隊の詰所の、鉄の扉をくぐった瞬間、背後から足蹴りにされて、サカザキはそのまま6段階段を転げ落ちた。

 右肩から地面に激突し、痛みがはしる。かばう様に上体を起こせば

「おいおい、大丈夫かサカザキ。」

 役者のように芝居じみた台詞と、周囲から嘲りの笑い声がふってきた。


「・・・っ!」

 痛めた側の腕をねじりあげて、アレスは鼻歌交じりに、その、手首に手錠をはめ、壁に沿うパイプとつなげる。

 床に転がされた体をどうにか起こして、壁に寄りかかると、何が楽しいのか、アレス以外にも数人が面白そうにこちらを向いていた。


「見せもんじゃねぇだろうが。」

「見世物だよ、サカザキ。」

 解体ショウだ、と笑う。不気味な笑顔に、背筋に嫌な汗が伝う。

 テーブルに、よくそこ、まで揃えたものだと思うほどの、様々な刃物が並べられる。

「ここにあるのは、な?中々使われる機会がなかったヤツらだ。」

「・・・・・。」

「だから、まぁ、せっかくなんでお前の歓迎に使っていこうと思うんだ。」

「・・・・・。」



「パーツ毎に変えてやっからな?味わってくれ。」 

「・・・悪趣味な野郎だ。」

 もはや、笑うしかなかった。








 果物ナイフの、ような、小さな刃の


 ギザギザと波打つ、銀色

 

 赤い赤いしずくが、流れる。


 ノコギリのような斬り方で


 耳のすぐそばから、聞こえるのは


 ブチ・・・

   ブチ・・・


 切れ味の悪い、肉がちぎれる、音


 一つ挽く毎に、体は跳ねる。


 体は、生きてる。


 通る神経が


 これほど恨めしいのは


( 戦時中、以来、だ・・・。 )


 なんて

 


「どうしたサカザキ!」


「顔色が悪いぞサカザキ!」


「まだ一つ目じゃねぇか、頑張ってくれサカザキィ!」


 茶化すような、嘲るような、無駄にテンションの高いアレスの声が右耳に届くが、左側は、もはや痛みと別の音が張り付いてしまって機能が麻痺しているようだった。

 拍動と共に熱い液体が流れていく。だが、耳を這う動脈はそこまで太くはない。失血死するにも、時間がかかるだろう、その間に用意されている刃物は何本使われるのか・・・。


( でも、まぁ・・・。 )


 こうしてる間は、彼女を守れる。


 不意に、サカザキは血の気のない顔で笑った。

 その顔を見て、サカザキは、不思議そうに首を傾げる。


「・・・・・。」

「・・・さっきから時々笑うなぁ、お前。そんなにこの催し物が楽しいのか?」

「あぁ、悪いな。お前等を笑ってるんじゃねえよ。むしろ興味がねぇ。」

 引き攣った笑みが、それは、ひどく癇に障ったのか。アレスは止めていた手を再び前後へ、強めに動かす。引き千切られる音が鳴り響く。ぼとりと落ちる。一瞬、弾けるように吹き出す鮮血と、それを見た治安部隊の優男が一人、口元を押さえる。


「ぐぅっ!が、あぁ!」

「つれない事言うなよサカザキィ?オレとお前の仲だろぉ?」

「クソッくらえ!!」

「まだそう言ってくれるか!」

 

   ─── 突如

 

 ギイィィ・・・、と


 鉄の軋む音。

 スッと、冷えた空気が入ってくる。

 ざっと、砂を踏む音がして、誰かが、入ってくる。


 姿を認めた治安部隊の男達が僅かに引き攣ったような表情を浮かべる。

 サカザキを甚振っていた手を止め、アレスがゆっくりと背後を振り向けば

「あァ・・・。」

 そこには、想像し、求めて、汚していた姿よりも、尚、段違いに凛々しく美しい、シオンの姿があった。

「やぁっと会えたな、シオン・・・。」

 アレスは感嘆のため息を吐く。反してシオンは明確な嫌悪と殺意を乗せた眼をアレスに向ける。

「・・・見たくもなかった面だな。」

「つれないねぇ、まあ、それは昔からだ。むしろ変わらなくて嬉しいよ。」

 サカザキの耳を挽き切っていたナイフを引き抜く。食いしばった奥歯の向こうで、サカザキが小さくうめき声をあげて、シオンを見た。二刀を両手に携えて、一度こちらをみて気遣うような視線を向ける。ただ、

( 他は・・・。 )

 やはり、とは思ったが、流石に早すぎた。きっと、階下に下りて、いないと思うやいなや、すぐに居場所まで特定し乗り込んで来たのだろう。せめて誰かに伝えてくれ、と歯ぎしりをしながらも、シオンの性格なら、こうなることは当然だったのだろう。サカザキは痛み以上の不安感に、表情をゆがめる。

 別段、シオンの刀の腕は、ここにいる誰よりも卓越している。そこに心配は、ない。ただ、嫌なのはアレス=フェデリオの、存在。

 シオンへの執着と、過去での経験から、この男への警戒が外れない。手錠のせいでこの場から動けない自分が歯痒くて、サカザキは奥歯を噛み締めた。


 一方のシオンは、幾人かの顔見知りが、混じった男たちをゆっくりと一瞥する。

「てか・・・。」

 大刀を、肩に携える。


「ナニ、このクソッタレに唆されて、マヌケ晒してんだ?あァ?」


 静かな低音の、芯の通った声が、周囲を威圧する。


 先程までサカザキを甚振る姿に、暗欝とした笑みを浮かべていた筈が、圧倒的な相手の出現に怖気付く空気が流れた。

 元々、過去にシオンは二度治安部隊の、人間と衝突している。

 一度目は、二人一組で、見回りという名の物色をしていた治安部隊の男達が、行きずりの少女に狼藉を働こうしたのを叩きのめした件。

 二度目は、それを、取り締まり中の暴力行為と証され、出頭要請があった際に、屯所に赴き、返り討ちにした件だ。

 一度目はともかく、二度目は治安部隊の連中を軒並み叩きのめした揚げ句、詰所内の一人一人を外に引きずり出したもんだから、治安を司る男達がたった一人に叩きのめされたことは周知の事実となった。彼等にとっては相当な屈辱ではあったのだろう。それでもシオンの腕を知る以上は、それ以上突っかかることはなく、今まで冷戦にも近い膠着状態を繰り広げていたのだから。


 ただ、それが、アレスの出現で、変わった。


 今も、アレスだけは臆する様子は見せず、むしろ露骨な欲を孕んだ眼で、嬉しそうにシオンを上から下へと眺める。


「クソみたいな人生でクソみたいな生き方をしていたが、その中でお前の存在だけは最高によかった!」

「・・・・・。」

「アンタは本当にいい女だよ。」

 一瞬、ざわりとした、声が上がる。治安部隊の連中はシオンの事を知らなかったのか、アレスの声にざわついた声を上げた。

「あの時は、一度も触れられなかったなぁ・・・。夢に見たよ。いつか絶対アンタを抱いてやるって思ってた。オレも昔と同じだ。」

「そうか。悪いが、手前ェ嫌いなんだよ。」


 シオンが、大刀を真っ直ぐにアレスに向ける。

「手前ェと語るつもりはねぇ。親爺は返してもらう。それだけだ。」

「いいねぇ、その声!喘がせるのが楽しみだ!」

 アレスが呼応するように腰の両刃の剣を抜いた。一般的にはブロードソードと呼ばれる幅広肉厚の剣だ。鉄を熱し、研いで作る量産式の剣で、治安部隊の指定の武器にもなっている。

 量産式のため、並の使い手がもちいると、剣で切る、というよりも、剣で叩き潰すにも近いナマクラではある。が、そこ従軍しただけあって、アレスの腕は並み以上ではあった。


 床を蹴り、一気に距離を詰めて横一文字に薙ぐ、その刀を、アレスは防ぐ。体重差で弾かれながら距離を置き、シオンは背後から迫っていた相手との間合いを外す。そのまま振り向きざま、驚いて止まる相手を、一太刀で腕を切り落とす。更にシオンの右側から迫っていた男の腹に逆手の小太刀を突き刺す。喚く男を足蹴りにするようにして、小太刀を引き抜いた。

 瞬く間に二人を戦闘不能に追いやって。シオンは、こちらを見つめるアレスに、ひどく冷めた目を向けた。

 それでもアレスは興奮するようにシオンを見つめ、喉を鳴らす。

「相変わらず見事なもんだ。有象無象なら束になったところで刀の錆ってヤツだなぁ。」

 言葉の割には、追い詰められている様を見せずに、アレスはニヤニヤと嗤う。


 そのアレスの様子に、見ているサカザキの方が酷く不安に駆られていた。


「まぁ、有象無象には有象無象の戦い方っつーモンがあるんだがな。」

 アレスが意味深に嗤う。涼し気な伊達男風な相貌ではあるが、その生き様が眼や表情に出るのか、ふとした時に酷く嫌悪感がおこるのだ。

 戦争に参加し、共に戦う仲間のハズなのに、彼の眼は、常にシオンを獲物としてギラついた眼で見ていた。ともすれば突然身体にふれ、そのままどこかへ連れ込もうと腕を引かれ、小太刀でその手を刻んだのも一度や二度じゃない。それでも少しも気にせず、諦めずに、時に露骨な情欲を露わにして近付いてくる男に、少しずつ、まだ若かったシオンの神経はすり減っていたのも事実だった。

 自身を見る、あの眼が、嫌で嫌で仕方なかった。

 例えば、あと、もう少し、遅ければ、どうなっていたのかは、わからない。


「・・・・・。」 

 早く、この男から離れたい、という焦りを何よりシオン自身が感じていた。

 例え、全員を皆殺しにしても、親爺を抱えて、家に帰る。

 その気持だけで、刀を握る。


 なのに───・・・


「まぁ、お前の大好きな親爺さんは、こう使うのが正解だよなぁ?」

「・・・・・。」

 手錠で繋がれたサカザキの元へ、先程までその、耳を削いでいたナイフが、喉元へと突き付けられる。

 ピクリと反応したシオンに、突然小太りの男が背後から抱きつく。反射的にその鼻っ柱に、肘を当てると、

「へへへへ。」

「───・・・っ」

「本当だぁ、女の力だぁ・・・」

 鼻血が吹き出た顔で、それでも、男は下劣な笑みを浮かべた。言葉にされた事実に、シオンがぐっと奥歯を噛みしめる。小太りの男は、そのまま掴んだ、シオンの腕を離さない── 振り解けない。ついで、反対の腕も無骨な掌が力任せにつかんでくる。

 その手から大刀が落ちれば、腕を掴んだ男が刀を遠くへ蹴り飛ばした。

「まぁ、なんなんだろうな。本当に単純だよ。どうしてこんなにも、お前は憐れなんだろうな。」

「ぐ・・・っ。」

「どうする?あの時のように『フランチェスカ』はいないぞ?親爺は人質だ。お前の周囲には、もう、誰もいない。」

 シオンが押さえられた腕を外そうと藻掻くが、まるで溺れるように宙をかくだけで、引かれるままに、身体が地面へと沈み込んでいく。

 その様をさも楽しげに、アレスは眺める。

「シ、シオン!おい、やめろ!やめてくれ!」

 藻掻き溺れるようなシオンの様子に、サカザキは、泣くような悲鳴を上げた。思わず駆け寄ろうとすれば、金属音がなり響き、その動きをせきとめられる。手首に食い込むほど身を乗り出すが、その視線の先で、ついに両足すらも其々男に押さえ込まれて、サカザキからは、シオンの顔が見えない。

 ふと、アレスが、もはや興味をなくしたようにナイフを投げ捨てて、


「さて、と・・・。」

「・・・・・っ」

 シオンの下腹部の上に跨るようにして、更に自由を奪う。アレフは床に押し倒されたシオンを見下ろしながら、興奮に荒い息を漏らした。




「さぁ、待ちに待った蹂躙の時間だ・・・。」

「・・・・・。」



 男達の下卑た笑みに晒されて、シオンは一度目を閉じる。


    












「     。」



 ふと、脳裏に浮かんだ相手の名前を


 シオンは

 音に出せないまま


 無意識に


 呟いた。



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