EP6.:紅石英(ローズクォーツ)⑥
公開剣技会から、数日が経過していた。
室内の掃除と、簡単な自炊をしていたシオンが、ふと、壁の時計に目をやる。
( そろそろ、か・・・。 )
すれば、ちょうど階段を上がる足音がするから。シオンは手にしていたボールと菜箸をダイニングテーブルの上に置き、玄関へと向かう。
チャイムの音が鳴るのと、ほぼ同時に、引き戸をあければ、いつも通り、軍服姿のクロウが立っていた、ん、だが・・・。
「・・・・・。」
「よ。調子どう?」
「今のお前に言われたくは、ないな・・・。」
「だよねー・・・。オレも正直、そう思う。」
目の下の隈と、顔色の悪さ。
正直に言うと、シオンとてまだちょっとした時の、打たれた箇所の痛みはある。だけど、それと比べていいかわからないくらい、クロウの様子は、なかなか酷、だった。
シオンは思わず、説く。
「過労死って、ホント、あるからな?」
「・・・今、三途の川と、めっちゃタイプな賽の河原の鬼が見えるわ。」
「マジで渡らせてやろうか手前ェは。」
ため息を一つ、玄関先に腰を下ろせばと、伝えるが、『そのまま寝そうだから立ってる。』という酷い返事が返ってくる。思わずシオンがクロウに直近の睡眠時間を聞いたら、
「15分。」
「は?」
「三日で。15分。」
信じられない答えが返ってきた。
「今すぐ寝ろ手前ェは!」
思わずその手を取って室内に招き入れれば、いやいやいや、と躊躇するような僅かな抵抗。だけど、多分当人も何か思うことがあったのだろう。結局、強引に手を引くシオンに、身を任せる様に、クロウは室内へと上がりこむ。
「いや、別に寝に来たわけじゃないし、これから、建国祭の警備の追加案件と、明日のうちぴnec5をかch8・・・。」
「言語が人間じゃ、なくなってんぞ。」
廊下を歩く最中の言動が翻訳が必要なレベルになっていて、シオンは再度ため息を吐いた。自身の、八畳一間の奥にあるロータイプのベッド。
起床後軽く整えていたそれの、うわかけをばっと剥いで、腕を引いた体を投げ捨てる様に引っ張る。すれば、思いの外、抵抗なくその体はシーツへと沈んだ。
ぼすりと、倒れこんだクロウが、そのままシーツに顔を埋めて、震える。
「ああぁぁあぁ、ヤバイヤバイヤバイ、おしとーん・・・。」
「壊れてる壊れてる。」
顔から突っ伏して、クロウは暫し動かなくなったが、
「・・・寝れるか?」
「だ、だめだ、そうも、いかな・・・。」
落ちそうな瞼を一度跳ね上げさせて、両手を突っ張る。ベッドサイドに腰を下ろしたシオンが、ふらふらと上体を起こしたクロウの頭を鷲掴んで、再びシーツへ埋め込む。
「今更ダメもなにもないだろ。少し寝ろ。そんな頭で仕事しても無理だって思ったから様子身に来るついで、休憩しにきたんだろ?」
「あー、はい・・・。」
「ったく、ウチは休憩所じゃねえよ。」
「・・・な、んか。」
「どうした?」
「・・・なんか、死ぬほどいい匂い、する。」
「は?」
「ムラムラしてきた・・・。」
「頭の回線、バグってきたんじゃねぇのか?末期だな。」
「・・・多分、通常運転でふ。」
「・・・・・。」
そして、ついに。
突っ伏したまま、返事がなくなった体を見下ろす。少し顔を近づければ、規則正しく上下に動く胸と、シーツに顔を埋める様にしながらも、しっかりと閉じられた瞼が見えた。
「寝たな・・・。」
少し、ほっとする。昨日、たまたま会ったハルオミから、最近は忙しさのピークは越えた、とは聞いていた。ただ、
『 一つまだ面倒な案件でちゃったんですよね・・・。 』
建国祭の前に、一つ片づける用事、とハルオミは告げた。多分、その結果が、三日で15分という睡眠時間に陥ったのだろう。
『 アイツ、仕事抱えすぎじゃね? 』
『 それだけ有能、ってことにしといてやってください。 』
『 ・・・できる男は大変だな。 』
『 ま、ボスが出るてことは、俺らも出るってことなんですけどね。 』
『 ・・・・・。 』
使えるボスがいると、コッチも大変だとハルオミは引きつった顔で笑った。
『 多分、近くボスがそっち行かれると思うんで。少し休ませてあげてください。 』
――― オレ等が言っても聞かないんで、あの人。
「面倒なヤツだな。」
小さくため息をついたハルオミの顔を思い出しながら、シオンはクロウの上に薄手の毛布をかける。頬に触れる柔らかい感触に身じろぎしたクロウの、眉間から皺が緩んだ。
寝顔は子供みたいだ、なんて、小さく笑って。シオンはそっと部屋から出ていく。障子を閉めて、廊下に出ると、そのまま階下に向かうために階段を下りた。ハルオミか、リシリィ辺りなら、彼の行き先にすぐさま心当たりが出るだろうが、それでも伝えておくに越したことはない。
シオンの家には電話がないため、階下の親爺の店から借りていた。
がらりとガラス製の引き戸を開ける。
開店準備にしては、まだ早い。なのに、店内には明かりがついていた。台所の奥に、親爺の居住スペースがある。テレビの音が聞こえた。
「・・・親爺さん?」
なのに、人の気配がない。
トイレも、風呂場からも音は聞こえない。
出かけている、にしては、テレビも店内の電気がつけっぱなし、なのはちょと違和感がある。ぶっきらぼうで適当な親爺だが、やりっぱなしそのままで出ていくような男ではない。
( ・・・なんだ? )
一抹の、不安を感じる。シオンは店を見渡す。最近何か問題があったと言っていただろうか?シオンにそんな記憶はないが―――
「・・・・・。」
カウンターに、置いてあった、『建国祭警備目的のための費用について』と書かれていた一枚の紙。初めて見るその紙に、シオンは眉根を寄せた。無論、クロウからはこんな話は聞いていない。ざっと目を通すと、警備目的のための、費用の工面をお願いしたい――という文面が書かれてはいる。
まぁ、お願いと書かれたところで、所謂、強勢徴収なのだろう。徴収先は―――
「・・・まさか。」
街の、治安維持部隊。
そもそも、親爺やシオンと、町の治安部隊の連中との関係は希薄だ。むしろ敵対している、にも、近い。その結果、この店周辺の警備に町の治安部隊の連中がかかわってくることはほとんどなかった。子供がいなくなったと、親爺の店の常連客がシオンに助けを求めにきたことがいい例だろう。
ただ、治安について、公的な動きの介入が全くないわけではなかった。
親爺はクロウの情報屋としての立場がある。無論これは公にはしていないが、クロウはこの店を守る必要があった。ゆえに周囲は、軍の見回りルートには組み込まれてはいる。この近辺で、治安部隊の人間に会うことはなくとも、クロウを含めて、第四大隊の連中に会うことは多い。
シオンがクロウ達と関わるきっかけになった事件ゆえに、軍と街の治安部隊───特に、クロウ達第四大隊と彼らの仲も、最高に、悪いから・・・。
本来なら、街の治安は、治安部隊が担うもの。
それが、軍に侵食されている状況であるのは、向こうにとっては面白くはない。しかも軍の介入と、何の権力はなくとも、単独で治安部隊を上回るほどの剣技をもつシオンの存在。この店は、彼等にとっては、目の上のたんこぶでもあるのだろう。
それでも、お互いがお互いに。
基本的には関わらず・・・。
そんな連中が、
( ・・・ここに、来た? )
今度こそ、本格的に嫌な予感がする。
シオンは、一度部屋に帰り、愛刀を腰に下げた。ちらりと、部屋を見ればクロウはまだ起きる気配はない。寝室の扉を静かにしめる。
そしてシオンは、そのまま再び階段を下った。
行き先は―――治安維持部隊、詰所。
おしとん(=お布団)はワザとです?
子供語録より。




