EP6.:紅石英(ローズクォーツ)④
「・・・・・。」
公開剣技会を終えて、ファウストは、軍部とは違う、政治中枢の間とも言える一室、通称『オペラ室』で静かに佇んでいた。
既にクロウたちが経験したことは、田貫と班田によってファウストにも伝わっている。
公的な催しとはいえ、大々的に行われているものではないイベント。『人災』の一人が現れたのは、正直、ファウストにとっても予想外ではあり、その顔は晴れない。
『人災』───軍の公布している手配リストの中でも、特級注意人物として提示されている『人間』たちの通称だ。一人一人がそれぞれ卓越した武力技術の持ち主であり、並大抵の者ではとても相手にならないため、最大限の、警戒と注意が必要な者たちの通称が、『人災』。
その一方で同じ手配リストの中に『天災』と、呼ばれるものたちがいる。こちらはこちらで『魔人』達に主に使う通称だ。
『人災』にせよ『天災』にせよ、その大半が、ルミナスプェラやその関係者に強い恨みを持っている。彼らは時として周辺国を巻き込みながら、この国を陥れようと暗躍していた。
今回は、特に大きな出来事にはならなかったのが不幸中の幸いではあった。ただ、何かの働きにより、あの感の鋭い第四大隊長が、遅れをとった。当人の話によれば、幻覚か幻惑の類の魔力が使用された可能性は、ある、と。ただ、一方でその可能性が低いことも、クロウ自身が伝えていた。
あの老人は、極端に魔族を、嫌う。
それはなによりも、クロウ自身が経験していることだ。
ファウストが、深く駆けた椅子で、ため息をついた。
と、正面の大扉が、ガチャリと開く。
幼い少女の、楽しげな鼻歌が、響いた。
入って来たのは、金髪に蒼い瞳───典型的な『西方種』の少女だ。年の頃は───いっても十を二つか三つ越えた程。まだまだ幼さの残る容貌をしている。
それでも、彼女こそ、この国の『聖女』の、二つ名を抱く者、であった。
『聖女』は、扉の奥にいたファウストを見ると、目を瞬かせた。
「あら、ファウストのオジサマ。今日は特別に機嫌が悪そうですね。」
「・・・リィン、戻ったか。」
「戻りましたわ。」
「どうだった、アルドラントの黒髭は息災だったか?」
「ふふふ、奥歯ガタガタ言わせて命乞いじみたことを口走るのを息災というのなら、間違いなく。」
「・・・・・。」
半月の外交日程を済ませて、ルミナスプェラの幼き国家元首は凶悪なまでに愛らしい笑みを浮かべてみせる。
弁論で、幼き少女に完膚なきまでに叩き潰されて、ふるふると震える大男の姿がファウストの目に浮かんだ。
「残念なおバカさんが、二度と私の、大事な場所で女の人に手を挙げるような事があってはならないですから。」
「その、手を挙げられて、三倍返しにした女の人、だがな・・・。」
ファウストの言葉に、聖女がことりと首を傾げる。
「レグラリアの、奴の愛娘だったわ。」
「まぁ・・・!」
幼くとも国家元首だ、彼女はすぐに、ファウストが告げた事を把握し、故に驚嘆の声を上げた。
「して、久し振りのお嬢様はどうでした?」
「思いの外、良く生きておったよ。全く、地獄を見たであろうに。その眼で真っ直ぐ、我を見据えたわ。」
「そう・・・。」
怨敵の娘の事を告げるには、優しい眼差しを浮かべているのを、ファウスト自身も気付いているのだろう。そう言って目を細める姿に、リィンも小さく笑う。
ただ、そうなると・・・
「機嫌が悪いのは、そのお嬢様の件では、ないのですね?」
「『人災』が現れた」
「『人災』が・・・。」
「しかも、現れたのは『リュウシン=シキジマ』だ。」
「シキジマ・・・凶刀、ですか。」
聖女は少し考え込み、自身の脳裏に上がるブラックリストのページをめくった。
そうして該当箇所の顔をすり合わせる。白髪にも近い、銀の髪を、後ろで一つにまとめて流し、一見は好々爺風の痩せ型の老人。年齢は確か68歳。元々或る国でそれなりの地位を得ていたが、突然、当時の妻を殺し、産まれたばかりの娘を置き去りにして失踪した。
「確か・・・元々、『シキジマ』家は、『オブシディアン』と並んで、刀の使い方を極めた一族でしたね。それと、恐ろしいまでの、血族主義。あぁ、なるほど。」
リィンは、小さく笑った。
「そうでした、第四大隊長も、『シキジマ』でしたね。存在を許されなかった、方の。」
「・・・リィン。」
「ごめんなさい、一つ謎が紐解けると、つい嬉しくて。」
クスクスと笑う少女に恐れを抱くのは、自分も一緒かもしれない、とファウストは口を閉じる。しかし、彼はもう、決めている。全ての魔族のために、彼女の理想に、手を貸すこと。
「でも、そうですね。オジサマが納得いかないのもわかります。」
リィンの言葉に、ファウストも小さく頷く。
「解せぬのは、奴の思考を考慮すると、決して魔族とは繋がらないだろう。が、クロウは、可能性として幻影、幻惑の類を受けた可能性があるそうだ。」
「・・・まさか。」
「『兵器』の可能性も否めない。が、『アレ』はそこまで万能じゃない。10人集まって、まだ単純な火の雨を降らす程度だ。」
「・・・それでも、十分脅威ですが。」
「幻惑、幻影などの戦闘補助はまだ『生きた』魔族が、魔力行使によって、なせるもの、と考えるのが、妥当だが・・・。」
「・・・・・。」
「まさか、『天災』とは、手を組まん、と、思いたいが・・・。」
「『人災』の共有思考は『人族至上主義』、対して『天災』は、『魔人皇ファウストの地上支配』が目的。共闘するには、両端すぎる組み合わせですね。」
『オペラ室』に、しばらくの無音が響く。
「考えても、仕方がなさそうですね。取り敢えず、諜報部を回します。」
「だな・・・。」
「『シキジマ』による、被害は、なかったのですか?」
「まぁ、純血からはなかった。が、もう一方のシキジマが、な?」
「『第四大隊長』が?さっきの幻覚が何か影響したのですか?」
「・・・『人災』が向かってきたと判断して、全力で相対したそうだ。そうしたら、」
─── 振るった刀の先に、例の娘がいたそうだ。
「例の・・・。レグラリアの?」
「そういう事だ、幸い命には別状ないがな。無論、クロウとも和解はしている。」
「・・・ちょっと、話が見えないわ?どうして?彼女は偶然巻き込まれたの?」
「ただ、アヤツは相当落ち込んでる。」
「??第四大隊長が?落ち込むって、あまりそういう事を気にするタイプではなかったと思うのだけど・・・。だから全然話が見えないじゃない、オジサマってば!」
「ふふふ。」
「まぁ、そうだなぁ、人の恋路の話だからなぁ・・・。プライベートに踏み込むのも、あまり───」
「オジサマ。」
ニヤニヤと。意味深に、笑うファウストをみて、聖女は食い気味に静止する。ただ、顔を上げてファウストを、見つめるその表示は目がキラキラと輝いていた。
「その話、是非一から全てお聞かせ頂くわ!クソッタレとの話ばかりで、いい加減うんざりしていたのよ。」
「恋バナは、頑張ったワタクシへの、最高のご褒美よ!」
ぴょんぴょんと楽しげに飛び跳ね、こちらにしがみついてくる聖女に、ファウストは抗うつもりは、毛頭なかった。




