EP6.:紅石英(ローズクォーツ)③
来た時の裏道を逆に進んで、立ち入り禁止の札の下げられた扉をあける。その奥にある『医務室』と書かれた室内の、横開きの扉を、クロウは足で蹴り上げるように開ける。
「わっ!」
事務用の机の前で熱いお茶を啜ろうとした瞬間の激しい音に、軍医は肩を跳ねた。そのまま、驚いたよう扉の方を振り向けば、
「頼む・・・。」
よほど『痛む』のか、見たことがない程に泣きそうな顔の、第四大隊長が息を切らせて立っていた。その腕には軍医が知らない『誰か』を大事そうに抱いて・・・。
「・・・・・。」
ベッドで眠り続けるシオンの顔を、その横に腰掛けたまま、眺める。先程の軍医の言葉が、クロウの頭の中で繰り返される。
『まぁ、骨は折れてはないだろうね。いつも身につけているのかな?服の下の防具が幸いしたね。』
『ただ、酷い打ち身にはなってるから、腫れるかな?熱が出るかもしれないから、解熱剤も出しておこう。』
『胃は少しダメージ受けてるだろうね。食事は軽い物から始めた方がいい。胃薬も・・・あってもいいか。』
『もう少し下だっらたら、子宮や卵巣に影響が出てもおかしくないよ?』
『流石にそうなったら、ちょっと、問題だよね?』
『まぁ、君ならわかるだろ・・・。」
一歩間違えた先にある、最悪の未来を想像して、クロウは頭を押さえたまま俯く。どうしようもなかった事とはいえ、まさか、敵をくいとめる為に放った一撃がシオンに向かったなんて・・・。正直、考えたくもなかった。
あの時眼前に躍り出たと老人の姿は、何だったのか。今考えれば、幻覚か幻影か・・・、どちらにせよ、実態ではなかったということ。
ただ・・・
( あんな、鮮明に『人の気配』というものを映し出される、のか・・・? )
眼前に迫る気配も殺気も、実態を持つからこそなせること。故に、クロウは、『在る』と認識し迎撃態勢に入ったのだ。
しかし、ハルオミ達から聞いた話だと、少し違っていた。あの場に老人は踊り出ず、あたかも、クロウがシオン容赦をなく打ちのめした、という形に見えたそうだ。
無論、ハルオミやリシリィは、間違ってもクロウがシオン本気で打ち据えるようなことはしないと認識している。故に、何かが起こったと考え、索敵と警戒をより強めた。そして、すぐに視線を老人に向けたが、すでに相手は、どこにもいなかったそうだ。
周囲にも人を向かわせたけど、老人はおろか、他に怪しい人物なども全く見つからないまま終り、結局、道場での出来事を観客には誰にも気付かれずに全ての演目が終了して、終わった。
「・・・・・。」
衝撃で落ちているだけだからそのうち目を覚ますだろうと、初老の軍医はそれだけ告げて、薬を枕元へ置くと、二人を置いて部屋を出ていった。
残された部屋で、ただ、後悔と反省を繰り返しながら、クロウはシオンを見守る。身体は疲れてきっているはずなのに、とてもじゃないが眠る気は起きない。
( せめて・・・、ちゃんと目を覚まして、謝罪を告げて、そうして、家まで送ってから・・・。 )
( 出来るなら、明日の朝も顔を出して、ちゃんと問題がないって、確かめて・・・。 )
時間に余裕があるどころか、眠る間さえ確保が難しい中で、それでもそうしないと、自身の気が収まらない。不安と、心配と、恐怖で・・・。
「・・・ん」
「起、きた?」
不意にシオンの眉間に皺がよった。
僅かな間を置いた後に、長い睫毛に縁取られた瞼がふわりと花開く。ぼーっとしたまま天井を見上げる姿に、クロウが不安気に顔を寄せた。
「わかる・・・?」
「・・・・・。」
クロウの声に反応して、シオンの目にいつもの力が入る。
「・・・ココ、どこだ?」
「ん?軍の医務室。」
はっきりとした声と、しっかりと合う視線に、クロウはやっと肩の力を抜いた。身を乗り出していた、体を、イスにもたれるように、腰掛ける
「あー・・・、よかった・・・。」
「・・・・・。」
「・・・目、開けてくれた。」
「何を大袈裟な・・・」
過剰にも見えたクロウの反応に、シオンは小さく舌打ちする。いつも通りの動きで、ベッドの上で上体を起こそうとして
「ぐ・・・ッ!」
右脇腹に走る激痛に、息を飲んだ。身体が強張り息が詰まる。止めた呼吸を少しずつ吐き出して、力を抜く。
そうして、ゆっくりと呼吸を整えながら、シオンが顔をあげれば、クロウは酷く辛そうな顔でこちらを見つめていた。目が合えば、思わず、逃げるように背を向けられる。
「無理しない方がいいよ?ごめんね、手加減なしで入っちゃったから。」
「・・・・・。」
きちんと謝ろうと思っていたのに、想像以上に辛そうな顔で。それをしたのが、自分だと思うとクロウは無性にこの場から逃げ出したくなっ手きた。
軍医が告げた言葉が再びぐるぐるとクロウの頭を回る。そのくせに、口をついて出てくるのは、謝罪や心配とは程遠い、悪態にも近い言葉の羅列でしかない。
「でも言ったじゃん。手加減なしで叩きのめすことになるって。」
「・・・・・。」
「一歩間違ったら内臓破壊してたってさ。せめて防具くらいつけてよ、ほんと。」
淡々と話す、表情が見えないクロウの、その肩が少し震えているのがわかる。なのに、声だけはいつもと変わらず飄々として、何でもない風に、無理やり、強がってる。
先程の時のいい、今といい、初めて見る様なクロウの様子に、シオンは不意に彼の服の裾に手を伸ばした。
「───・・・っ。」
その肩が、一度大きく跳ねる。酷く、弱々しく見えて、シオンは掴んだ裾を、強く握りしめた。
「ごめん、ごめんなさい。」
「・・・・・。」
「なぁ、こっち、向いてくれ。ちゃんと顔見て謝りたい。」
「・・・い、やだ。」
「悪かったから。」
「───・・・っ。」
言われるがままに、素直に謝罪を口する姿に、クロウは罪悪感と焦燥感が募っていく。悪いのはどうしたって、自分。だけど、それを認めるのが怖くて仕方がない。なのにシオンは何も責めずに、怒らずに、ただ、こっちを向いてほしいと乞う、から。
ギリギリと、握る拳に爪が食い込んで、クロウの掌を傷つける。
「・・・いや。悪いのはどう考えたって、オレじゃん。」
「そうか?」
まだ、シオンに背を向けたまま、クロウは肩を静かに落とす。それでも、シオンは彼を否定せずに言葉を待った。
「多忙を理由に今回のイベントの安全担保を疎かにして・・・。結果、危険対象確認の予測行動を取れずに逃がした。揚げ句・・・一般市民に怪我させましたー。減給もんですよーだ。」
「一般市民って?」
「いや、どう考えてもお前じゃん。」
「それは仕方ねぇだろ。」
「仕方ないって・・・。下手したら死んでたよ?」
「予想外の出来事だったんだろ?目撃情報があったわけでも、予見があったわけでもない。その不意打ちみたいな状況下での行動で、最大限に頑張ったんだろ?なら、十分じゃねぇか。」
「その結果が、お前の怪我だよ。」
「俺は気にしない。」
「オ、レが!一番気にしてんの!」
「・・・・・。」
「しかも!オレが、お前に───・・・。」
「なら、ちゃんとコッチ見ろ。まずは俺と向き合え。そっぽ向くな。」
「・・・・・っ。」
そこまで言われてしまって、更に通せるような意気地も気概も、今のクロウにはなかった。
渋々とシオンの方へとむきなおる。ようやく顔を突き合わせたかと思えば、クロウはまるで、叱られるのを待つような子供の顔をしていたから。
シオンは思わず、困ったように笑った。
「なんつー顔だよ。」
「うっさい。」
それこそ、頬を膨らませて。少し目が赤くて、鼻をすする。
「子供みてぇ。」
「いいの!」
「ごめんなさい、は?」
「・・・・・。」
促されて、クロウの胸にこわばっていた何かが、優しくほぐれていく。
「・・・ゴメン、ナサイ。」
「ん・・・。」
満足そうな顔で、シオンは目を細めた。そして、
「あぁ、でも、さ?」
その、のびた指先が、クロウの頬にそっと触れた。
「でも、頑張った、よな?」
「────・・・っ。」
「お疲れサマ。」
労りの言葉が、ぐっと胸を打つ。
奥歯を噛み締めて、それでも我慢ができなくて。クロウは、思わずその体を胸に抱き込んだ。
「本当に、ごめん・・・。」
思っているよりも細い肩の、その呼吸を確かめるように、クロウは強く抱きしめる。
少しだけ、打たれた傷に響いたけど、シオンはぐっと飲み込んで、しばらくの間は、されるがままにしていた。
カタカタと、未だ震えるクロウの背中に気付くと、あやすようにトントンと叩く。
「そんなに心配するな。」
「・・・いや、無理でしょ、それは。」
「ま、もし上に怒られたら、何かあったら責任取る約束しましたー、とか言っとけ。話し合わせてやるから。」
シオンが慰める為にサラリと言ってのけた言葉に・・・。
「・・・・・。」
クロウが、ぴくりと、反応する。
簡単には、頷きがたい言葉に、クロウはシオンを抱き込んだまま、ちょっとだけ言葉を濁した。
「・・・い、や。それ、は・・・、ちょっと、ダメだわ。」
「え?ダメか?厳しいな、やっぱ。」
「いや、その・・・。それ、罰則じゃなくて・・・」
─── ご褒美だろ、って突っ込まれる・・・。
「は?なんで?」
「・・・なんでも。」
思わず顔を上げて眉根を寄せたシオンに、うまく目線が合わせられなくて、クロウは視線を泳がした。
『 閑話休題 』
「まぁ、あと、あえて言うなら・・・」
ふと、未だその腕に閉じ込められたまま、シオンは呟く。
「俺、結構お前に串刺しにされかけたり、壁に、蹴り飛ばされたりしてたけど」
「・・・・・。」
「今回の一撃で、全部手加減された上での、攻撃だったってのが、よくわかった・・・。」
「あ・・・。」
にこりと笑うその笑顔は、妙に怖くて・・・。
「ちょっと腹立つ・・・。」
「本当、ごめんなさい・・・。」
クロウは、今度こそ、しっかり謝罪した。




