EP6.:紅石英(ローズクォーツ)②
わかった問題に手を挙げる供のように、僅かに身を乗り出して。目をキラキラ輝かせる姿は、それこそこの場にそぐわないが、それでもまるで仕込まれいたかのようなシオンの登場は、周囲の空気を一変させた。
容姿端麗なシオンの、血気盛んな表情は周囲の観客を一気に魅了し、柔剣道場の熱気は最高潮にまで達した。
ハルオミはというと、まぁ、開き直って
「はい、勇気ある挑戦者はただ一人。これまた見目麗しいの勇者の登場だ!」なんてヤケクソの紹介になるし、クロウに至っては、もう眠気も何もかも通り越して、表情を出さないようにするのが精一杯だ。
そんな中、一人シオンだけがどんな状況であれクロウと一戦交えることができるのを嬉々として、上着をぬぎ、腕まくりなんぞしている。
ハルオミが勧めた防具の着用を予想通り拒否しシオンが模擬剣をかまえる。いつもの二刀ではないが、それでも様にはなっているから、きっと一刀での剣技も存分に仕込まれたのだろう。絶対零度だったクロウの放った剣気も、今や完全にシオンに飲まれ消えうせている。
はぁ、と、一つためいき。こうなったらもう覚悟を決めるしかない、とクロウは模擬剣を構える。
瞬間、構えたままに、
「・・・・・。」
( ちょ・・・、まって? )
シオンも溶けるような表情で唇を一舐め。
( あの子、もう、スイッチ、はいってない? )
瞬間、床を蹴ったシオンの踏み込みは見事だった。左一文字は、フェイント、回転してそのまま上段へ切り替え。防御が一瞬遅れて、クロウが息を飲む。弾かるまま後ろへ飛んで、直ぐ様詰めて袈裟斬りを踏み込んでとめれば、ギリギリとせめぎ合う。
周囲の、歓声がわっと上がり、その中に黄色い歓声が、飛ぶ。
その音に隠して、クロウが、シオンに耳打ちした。
「ちょ、なんで、こんなとこ来てんの?オレ、伝えてないよね!?」
「リシリィに聞いた。ここなら手前ェと戦えるかもって。」
「・・・あんにゃろ!」
「なんでこんな楽しいの教えないんだよ。」
「いやいやいや!オレの場合、牽制かける立場だから!ほら、うちの軍にはこんなに強いのがいるぞーって。だから負けられないから、ね?」
「へぇ、サイコーじゃん。」
「そう言う問題じゃないから!容赦なく叩きのめすって方向のヤツだから!」
「あ、そ。」
「ん・・・?」
「いいじゃねぇか、やってみろよ。」
「・・・・・。」
あ、間違えました。
シオンの表情が、至近距離で煽りと怒りに笑むのが見えて。クロウはやっちまったと口を閉ざす。
瞬間、ばっと離れたシオンの、想定よりも早く正確な突きを、少し遅れつつも、十分にいなす。更に湧く観客に、どうするものかと、クロウは頭を抱える。
シオンに花を持たせてやりたい気持ちはあれど、生半可な事をしたら間違いなく当人にバレて大変な事になるし。なにより軍部の上は承諾してくれない。残念ながら、これも、仕事だ。対人で負けは許さない。と、くるならば、そこに応える義務がクロウには、ある。
( 仕方、ない・・・。 )
「───・・・っ!?」
クロウは、最後の突きを避けながら踏み込む。そのまま常人には見えない程の速度で逆袈裟がシオンを襲い横っ腹を引っ叩く。シオンは咄嗟に軽く後ろへ飛び、威力を殺したとは言え、流石に十分ではない。息が止まるような一撃に、シオンがくっと唇を噛み締めた。
同時に歓声がおこり、同じくらいの悲鳴も起こる。床に片膝をつけたシオンを、クロウが追従するように唐竹割りが、降る。それを頭上で一文字に構えた刀で受ければ、すぐ様引いた模擬剣が、シオンの胸を打つ。無論直撃に、ならないように、クロウが刺突の瞬間に模擬剣を、止めたのがシオンは分かった。分かったから、こそ、より、クロウとの、差を強く感じて・・・。
「・・・・・ッ」
よろけつつも、シオンが、熱く湿った吐息を漏らす、から。
( いや、いやいやいや、待って待って。 )
クロウが以前にも感じたシオンの微熱を、感じ取って背中に一つ汗が伝う。
気のせいか、周囲の歓声も熱が入った黄色い声援が大きくなっている、気がする。
再びシオンが模擬刀を振りかぶり袈裟斬りへ。それをクロウが合わせるようにして、切り合う。その最中、至近距離で見るシオンの表情は、
「・・・・・。」
( あ・・・。 )
正直に、言うなれば。
据え膳モノの、淫靡な物に変わっていた。
( ・・・ちょ、やめてやめて、勘弁して! )
幸いにして、シオンのエロ可愛い表情を認識されるまでには、まだもう少し時間がかかりそうではある。試合の前に規定線までの、進入は禁止しているから。
それでも、だ。
纏う空気が、少し気怠げで、湿度を持った熱に変わってきている。疲労困憊の身体なのに、強制的にイケナイ箇所が刺激されて、抗う術もなく熱り立ちそうになってる。
( こ、こんなとこで、ホント、マズイから! )
まさか仕事中の公衆の面前で反応するわけにもいかない。本来ならまず心配したことない出来事だ。仕事上、濡れ場真っ盛りの乱入乱戦だって過去に二度程経験したが、毛ほども感じなかったのに。
それでも今や前科持ち、だ。
( あ、の時も完全に仕事モードだったのに、ガッツリ反応しちゃったし・・・ )
『ラディアン』の時を含め、シオンに対しては、どうにも我慢のきかない。なんだってもう、ホントに、こんなに、揺さぶられてしまうのか。
疲労と眠気も合わさり、クロウの考えも、もはや取っ散らかり始めている。気付けば、思考と、股間の自制に力をとられ、シオンの攻撃に防戦一方になっていた。
それでも・・・
「随分余裕だな・・・っ!」
「───・・・っと。」
「クソ!」
観客がシオンに湧く中、一人、シオン自身だけが、クロウの余裕を感じ取っていった。不意を打ったと自覚した逆袈裟は、この距離でも読まれたかのようにかわされる。
多忙の中の企画だと、リシリィも呟いていたが、それすら感じさせないクロウの剣技に、分かってはいても、シオンは改めて見惚れた。
相対している最中の、冷静で鋭い視線を、ココにいる限りは、ずっと独り占めに出来る。そんな風に考えては、いつまでも続けていたい気持ちと、それでも、一度でいいからこの男に一矢報いたい、二つの気持ちが混ざり、焦がれて、シオンはどんどん深みに溺れていく。
普段よりも早く、息が上がる。苦しくて、じゃない、求めて、渇望して。溺れたその先の、酸素を求めるにも近い、行為に、手を伸ばして───
「・・・・・。」
「───・・・なっ」
その手が、徐に、つかまれる。
シオンが咄嗟に顔を上げると、クロウは一瞬、凍りついた様に前を、見据えていた。
もはや、シオンを少しも見ては、いなかった。
表情は変わらずとも、その気配が驚愕と警戒に変わるのを感じる。
クロウは、シオンの背後の更に、奥の観客席の、ある一点を、見つめていた。シオンがなるべく周囲からわからないように彼が見ている方向へ視線を向ける。そこには、一見好々爺とした老人がニコニコしながら立っていた。
そんな老人を、クロウは、一瞬の油断もなく見据えている。
ぼそりと、小さく呟く声が、シオンの耳に入った。
「よりによって・・・。」
─── アイツ、かよ・・・。
小さく呟きながら、クロウはシオンの腕を掴んだまま、一度そこから視線を引き剥がした。
クロウが、注意を前から外さないまま、シオンにそっと耳打ちする。
「悪い。」
─── このまま合わせてて。
何を、と聞くことも。何がと尋ねる事もできなかった。至近距離でシオンと対峙しているように見せて、クロウは、対象をシオンから観客席に紛れた老人へと完全に変えている。
それがわかって、シオンはぐっと奥歯を噛み締めた。これからは、どれだけシオンが全力で求めても、クロウは背後の老人から意識を外さないだろう。それが悔しくてたまらないが、シオンにはどうしようもない。
老人は、多分、それだけの使い手。しかも、味方ではない、方向での。
視線の先で、白にも近い銀髪を後ろで流した老人が、不意に冷たい笑みを浮かべる。
ゾクリと、背筋が泡立ち、シオンは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
その目は、完全にクロウへと向き、敵対心をあらわにしている。
クロウが、シオンとの立会を継続しつつ、道場内に待機していた部下へ視線と手振りで合図を送る。少しでも、周囲にその緊張の空気を伝わらせない為に少しずつ。先程まであった余裕が作れず、側にいるハルオミとリシリィからも緊張の気配が伝わる。
クロウは老人からの殺気にも近い視線を受けながら、引き続き彼を見据える。今できることは、唯一彼らに対抗できるであろう自分が、そちらを認識していることを、ただ強く示す事。何かあっても動ける様に。何かをしたくとも動かれる、と思わせる様に。それがどこまで老人に通じるか分からないけれど。
周囲を警戒したハルオミとリシリィからは老人以外の注意人物が確認されたとは合図がない。今のところ、単独襲撃の可能性、で対応を模索する。
最も、この老人なら一人でも、クロウ以外の周囲を一蹴するなど、わけもないことではあるが・・・。
ふと、老人が持っていた杖をゆっくりと目線まで掲げてみせた。
「───・・・っ!」
仕込み杖なのは目星がついていた。この老人の剣技はおそろしく早い。瞬きの間に、周囲が血の海になる。
その、瞬間、
「な・・・!?」
周囲もなにもかも無視して、老人がクロウの眼前へと踊り出た。冷たい笑みから、仕込み杖が、抜かれる───
( ふざけんじゃねぇ・・・! )
─── よりも、早く。
思考もなにもかも消して、クロウは、なによりも早く目の前の老人を打ち倒す選択を選ぶ。
容赦なくその腹にめり込んだ神速の一撃は、シオンへのものとは違い、クロウは模擬刀とはいえ、実戦さながら威力を抑えることなくそのまま振り払って───
「が・・・、はっ!!」
「・・・・・。」
耳に入る声に、我に、返った。
払った右胴は、確実に相手を戦闘不能に追いやる一撃。それでも、相対した老人へは届くかどうか、分からないと思っていた、のに。
その一撃を、受けたのは、シオンだった。
クロウは、目を見開いて戦慄く。息を飲む。
ぐらりと視界が揺れた。先程まで認識していた老人の姿は1ミリもない。
わけが、わからない。眼前の光景を認めるのに、酷く時間がかかる。
一方でシオンは、ともすれば飛びそうになる意識を繋ぎ止める様に、シオンは必死に両足へ力を入れた、が、一歩、二歩と、ふらつく。
よろめく。
「────・・・っ!」
ハッとしたクロウが、その体に必死で手を伸ばした。シオンが、小さく、血液と胃液が僅かに入り混じった唾液を吐き出す。そして、ガクリと糸が切れたように崩れるのを、クロウが床に倒れ込むギリギリでその両腕に抱きとめた。
顔を上げた先、殺気をこめた眼で睨んでも、先程までいたはずの老人は、綺麗さっぱり消え去っている。リシリィとハルオミに視線を送れば、彼らも老人を探している様子が見えた。
クロウは、これ以上ない程に、奥歯を噛み締めた。もはや失った老人の姿を捉えることはできないだろう。見失ったどころか・・・。
「───・・・ッ!!!」
しん・・・と、静まる周囲の空気の中、クロウがハルオミに、声をかけ進行を促す。我に返ったハルオミが、この演目を締める言葉を告げるのが聞こえる。
歓声を背後に聞きながら。
クロウは、くったりと意識をなくしたシオンを、しっかりと横抱きに抱え上げて、奥へと消えていった。




