EP.4:燐灰石(アパタイト)②
女性用の、湯けむり立つ浴場には、四人だけだった。
シオン、田貫、班田、そして、リシリィとよばれた女性だ。鮮やかな長い金髪を今は湯船に当たらないように一つにまとめられている。シオン同様、比較的身長はあるが、女性的で細身な体をしていた。長い手足を湯船に沈めて、静かに目を閉じている。
その横で・・・・。
田貫が眠そうな目をこすりながら、肩まで湯船につかっていた。その横でニヤニヤしている班田が、手で水鉄砲を飛ばし、田貫の顔に水をかければ、ビクッと体を跳ねさせた田貫が、班田の頭を掴み、沈めさせる。不思議なことに、二人とも、例のお面はつけたままだ。どういう素材で、どういう仕組みでくっついているのか、二人が水飛沫をあげて浴室内を走り回っていても、少しもずれることも外れることもなさそうだ。
シオンが不思議そうに二人へ目を向けていると
「ファウスト大隊長の力だから。簡単には外れない。」
「・・・っ。」
シオンが驚いて声のした方へ顔を向ける。リシリィと呼ばれた女性が、その、青い瞳をシオンに向けていた。典型的な『西方種』の美人だ。顕になっている白い項に、シオンは少しだけ、視線を外した。
その一方で、リシリィは特に気後れする様子もなく、シオンから視線を逸らさずに、すっと近寄る。
「シオン?」
「・・・え?」
「貴方が、シオン?」
「え、あ、そう・・・だけど・・・。」
唐突に名前を呼ばれ、シオンは僅かに狼狽える。じっと、探るような目を向ける美人に、なんとも居た堪れなくなってくる。
「そう、私リシリィ。リシリィ=エルラント。」
「シオン=オブシディアン・・・。」
「シオン、よろしく。」
「・・・。」
面白いくらいに、表情が乏しい女性だ。友好的な言葉にたいして表情は変化なく、感情が読めない。
ふと、リシリィが、シオンの肩の傷に目を止める。
「シオンは、戦場にいたの?」
「・・・あぁ、まあ。」
「そう・・・。」
ふと、肩の傷に、リシリィが触れる。
「これも、その時の?」
「・・・いや、そんなに覚えてない。」
「そう。」
そう答えて、ふと最近つけられた傷が、あの男によるものだとふと思い出す。頬と足に擦り傷、背中に打ち身、腹に蹴り痕。凡そ最悪な扱いのくせに、碌に後に残りそうな傷が一つもないことが分かって、少し複雑な気分になる。
「どうしたの?」
「・・・っ」
「なんか、不思議な顔してる。」
「・・・なんだ、それ。」
「嬉しいような、悔しいような?入り交じってる?」
「―――・・・ッ!」
初対面の相手に、見透かされて、思わずシオンは息を飲んだ。自分はそんなにわかりやすいかと。
「ナニ、思い出したの?」
「な、んでも、ない。」
「なんでもなくは、なさそう。」
「だから、別に・・・!」
「今度は真っ赤。」
――― 左頬、なんかあったの?
ふと、指摘されて。無意識に左頬の一文字、薄くなった傷にふれていたことに気付く。
はくり、と。音の出ない声。一瞬、動けなくて、覗き込むようなリシリィに気付けない。
「立って。」
「え?」
「立ってみて?」
「・・・・・。」
軍人というものは、いつもこんな感じなんだろうか、と。
不躾なお願いに、しぶしぶ、シオンはさっきまでの自分をごまかす様に、湯船の中で立ち上がる。
「・・・・・。」
こうしてみると、やはりシオン自身、女性の体をしているのだと、改めて突き付けられる。
小ぶりのとはいえ胸の丸みも、括れた腰も、そこから続く身体の丸みも。いくら鍛えたとて、消せないものがある。正直、自分の、女性としての身体があまり好きではない。風呂は好きだけど、鏡などで、自分の身体が視界に入ることだけは、少し嫌だった。
「もう、いいか・・・?」
「綺麗・・・。」
ポツリと、リシリィが呟く。
先程よりも、心なしか眼が輝いている気がする。不意に手が伸びて、
「ン・・・ッ」
シオンの左脇腹の抉ったような痕に触れる。
「急、に・・・!」
「弾丸・・・違う。魔法力?」
「だ、から、わかんね・・・っ!」
「背中は、斬り傷。見事な一刀。凄く、綺麗に残ってる」
「あ、あんまり、不躾に、触・・・ひっ!」
「凄い、全身傷だらけなのに、とても綺麗。」
「も、もう触る・・・な!」
撫でるような確かめるような指先は痛くはないけど、酷くこそばゆい。身じろぎしながら、シオンは拒むように手で突っぱねる、が。
聞いていないようにじりじりとにじり寄ってくるリシリィに、
「貴方の身体、好きかも。」
「なんだって軍人ってのはどいつもこいつも人の話聞かねぇんだ!」
─── おい、クソガキ共!なんとかし・・・
シオンが迫るリシリィに抵抗しながら、思わず二人を呼ぶ。が
同時にどうにも静かだと思う。
思わず周囲を見渡せば、田貫と班田は、湯船の片隅で沈みそうになっていた。完全に力尽きたのか、ピクリとも動かない。
「あー、クソ!」
シオンは思いっ切り舌打ちすると、リシリィを強引に引き剥がし、溺れかけている2人を担ぐ。
「クソガキ共!寝るならちゃんと家帰れ!」
「「ふぁーい・・・。」」
「起きろぉぉおおお──・・・っ!!!」
「収拾つかなくなってますね、むこう・・・」
この銭湯は、洗い場の壁を挟んで男湯と女湯が繋がっている。街風呂なため、そこまでの広さはなく、場合によってはお互いの話し声が相手側へと届くのだが、シオンの叫びは見事に両浴室内に、響いた。
まずいなぁ、とハルオミが遠い目をするのを、
「リシリィと、あの二人ですもの。」
淡々とつげてリヒト=ワグナーは汗を流した。リシリィに、負けず劣らずの長い紫髪を、同様に一つへ結び、タオルを巻いている。
「シオンさんに申し訳ないことしたなぁ。」
「シオンって、例のクロウ大隊長の、コレ?」
リヒトは徐に小指を立てて少し興味深そうに笑う。ハルオミは、少し考え込むように首を捻り、
「どちらかというと、うちのボスが一方的に熱を上げてるって言ったほうが正しいですね。」
「やっだぁ!あのクロウ大隊長ちゃんが!?」
きゃーと、男風呂にしては似合わない悲鳴をあげて、長髪の男はハルオミの、背中をバンバン叩く。
「痛いッス、ワグナー副隊長・・・。」
苦笑いをしながら、直属だはないにしろ、自分より上の立場のリヒト=ワグナーに最低限の、対応で返す。
それはともかくとして、と。
ハルオミはうーん、と眉間にシワを寄せる。
「てか、ボスどうしたんだろ・・・。」
そのハルオミの言葉には、リヒトにも思い当たる事があるのか。
「まぁ、最近特にちょっとねぇ。翁の特殊任務も続いたからかしら?」
別隊に所属しながらも、特殊任務に関してはクロウ達と組んで活動する事が多いリヒトも、以前と比べてのクロウの変化には何となく程度には気付いていた。
だけど、と。リヒトの言葉に首を振る。
「それは、今に始まったことじゃないです。」
軍でのファウストは大隊長の立場だ。クロウと同等である。それでも、その存在故に、ファウストは表立って大隊長としての権威を振るうことも、隊を指揮することはほとんどない。彼は、彼の『存在』を持ってしての、大隊長である、という特別な存在であった。
そして、軍の隊長以上は彼の立場も承知している。隊長以上は、全員過去2回の戦争経験者だ。
つまり、隊長格の中で、彼が『誰』なのか、は言うまでもないのだ。
ハルオミが、湯船で二度三度顔を拭い、一つ息を吐く。
昨日の任務は潜伏していた、他国の軍部と繋がりがある店への強制捜索だった。ある程度裏付けがとれた為の踏み込み、しかも特秘事項がからむと合ってクロウ達に委ねられた。敵方の人数や武装状況も、考えて、20名程度いれば素早く制圧する事が可能と判断された。
しかし、実際に踏み込んだ先で思わぬ反撃を受けた。相手方の武装が想定以上だったのだ。
諜報部に舌打ちしながら、ライフルを握りながら機を探っているハルオミ達の横で、僅かな隙を付いて前へ出たのはクロウ自身だった。
優勢を悟ったのか、前線で、ライフルや散弾銃をぶちまけて嗤うキレた相手の、確実な急所に──眼球や喉元に、投げナイフを投げつけて、そのまま銃弾が途切れた所から相手側へと切り込んだ。
それを、きっかけとして、陣形が崩れた中、先陣が切り込む。
そんな中、情報を得られと判断された『捕縛対象』のみを器用に戦闘不能にして、クロウは結局、彼一人で三分の一を斬り捨てたところで、戦闘終了と、なった。
本来なら、隊長職らしく、後方で指揮することが多いクロウだが、最近では、自身が先陣を切ることが多い。直近三回の任務では三回とも、だ。
「隊長がそれじゃあ大問題じゃないですか。」
「まぁ、元々先陣切っちゃうタイプではあったけどね。それで助かってるとこも、あるけど。むしろ出ばりすぎちゃうのら、ちょっとねぇ。」
「ただ、あの『ラディアン』での、やりとりくらいから、なんですよね。妙に殺気立つようになったの。」
「そうなの?」
「そうですよ。明らかに斬り捨てが増えましたもん。あの人自身が先陣きってポンポン首落としてくんだから。」
「あら、情熱的。」
「しかも、『ラディアン』のとき、偶然シオンさんとかち合ったからなぁ・・・。あの後僕たちはすぐに対象確保優先して退去してますけど、ボスはシオンさんの相手してたから。多分関係してると思うんですよね。」
「あ、相手って、まさか!?」
「ガッツリ斬り合いです。」
「うっそ!クロウちゃんとまともに相手できるの!?その子!」
「まぁ、僕もずっと見てたわけじゃないんですけどね。それなりの腕はありましたよ。」
「すっごいのねぇ、その子・・・。」
「おまけにスーパーイケメンです。」
「ちょ、うそぉぉおおお!写メないの!?写メ!!って、あれ?ちょっと待って。メンズ?」
「アレ?受付もういませんでした?」
「いなかったぁ!アタシ入ってきた時はもういつもの兄ちゃんだったぁ!」
「じゃあ、出た時に堪能してください。湯上がりイケメン。ちょっと、ブチ切れてるかもですが。」
「ぃよっしゃぁぁあああ───ッ!!」
男前な拳を握るリヒトに、ハルオミは
( この人も大概、だな・・・。 )
心の中で、シオンに謝罪した。




