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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season1

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21/207

EP.4:燐灰石(アパタイト)④



 レグラリア国。

 人外戦争で真っ先に滅んだ国。

 悪魔皇が、なによりも憎んだ国。

 人間至上主義国家で、率先して他国と組み、人外種族を、魔族を、追い詰めた。その中でもファウストが『腐った』と呼んで毛嫌いしている人間が、その国の剣撃指南を務めていた将軍格の男だった。


 魔族を利用し、彼らが作っていた『刀』と呼ばれる片刃の剣を、優先してこの世界へと広めた。それを剣技に組み込んだ。長さの違う刀を両手で使用し、攻撃を最大の防御、防御を最大の攻撃として、並ぶものが無いほどの『刀』の使い手となった男と、その一族の当主。



「───・・・っ!」

 ファウストは、シオンを見て、『愛娘』と呼んだ。それは、彼が最も毛嫌いする男の、という意味なら、

「───・・・っ!」

( うそ、だろ・・・! )

 クロウは、ぐっと息を飲む。正直、まだ頭がついていかない。ただ、分かるのは・・・


「待った、ファウスト翁。この場は――」

 引いてくれ、と。

 クロウは、シオンを背後に隠しながら、ファウストに、相対する。


 それは今から20年程近く前に行なわれた。

 人外戦争ジンガイセンソウと呼ばれる戦い。

 魔族皇が、その力をもってして、人のなかで最強

と名高レグラリアの将軍格──即ち、


( あの子の、父親ってことか? )


 彼を、一瞬で殺した。それが、その戦争の、はじまりだった。

 

 ぞわり、と。ファウストが笑う。ざわざわと、空気がざわめく。その口が人よりも裂け、牙が覗く。風もないのに衣がはためき、姿勢が良いその背は相対するものを見下すようにより前のめりとなり、なのに彼等を見下ろすほどに大きくなる。 

 無骨にねじれた角が左右の頭部からメキメキと、軋む音を立てて生え、その両の瞳が血のように赤く、燃え上がる。

 

 人外戦争の開戦者。

 魔族の王。

 善なる魔族から、堕天した悪辣なる、王


 悪魔皇


 ファウスト=ブラッドバーレン


 その者の姿だった。 


「辛苦を舐めながら!無様に汚れながら!かくもこの世を生き残っていたか!はははは!結構結構!」

「翁ッ!!それ以上は───」

「うるさいわ、小童。我は気分がいい。邪魔すな。」

 本来の姿に戻った彼の威圧は凄まじく、シオンはただ呆然と立ち尽くし、そのままファウストを見つめる。

 そんな姿をさも楽しそうに甚振るように、ファウストは威圧を強めてみせるから、


クロウは強く、奥歯を噛み締めた。そのまま、シオンの肩を強く抱き寄せる。


「アンタは良くてもオレは最高に気分が悪いね!」


 初めて見るシオンの様に、その視界から少しでもファウストの姿が入らぬように。その顔を、自身の肩越しに引き寄せて。もう一方の手が抜刀した小烏丸を、ファウストに対して突きつけた。


「これ以上コイツを傷つけるなら、いくらアンタでも許さねぇよ。」

「・・・ふん、ぬかすわ。」

 クロウの態度を鼻で笑いつつ。ファウストは不意に、暫し二人を眺め、そして、


「ふ、ククク・・・。」

「───・・・っ!」 

「まぁ、勘違いするな。クロウ。」

 同時に、あれだけ強かった相手を威圧する空気が徐々に消えていく。

「確かに、あの男は我が殺した。我が力で縊り殺した!だから、それでよい。」

「・・・・・。」

「個人の罪は個人の責で終わりだ。」

 ふと、シオンがクロウの肩を押して、顔を上げる。にんまりと笑う、ファウストと目が合った。

「血のつながりにまで問う必要はなし。」

 そのまま、少しずつ、ファウストの姿が人の姿へと戻っていく。


「それに、な?」 


「地獄の底でも、自らの力でもがき苦しみ這いあがった人間は、まあ、嫌いではないぞ。」


 ニヤリと笑う悪魔皇。ただ、その目は侮蔑の笑みでも、軽蔑の視線でも、なかった。

 幼い頃、シオンが一身に浴びていた、父の温かい眼差し。それにも類似したような・・・。


「・・・・・。」 

 真っ直ぐにシオンが己を見つめるのを感じて、ファウストは複雑な顔で笑う。あの時と変わらない視線。

 まだ敵同士と別れていない頃に出会った東方種の家族。幸せを形作るとこうなるのかと心底思った。その時はまだ、人と、人以外がここまで歪み捻じれ拗れるとは思ってもいなかった。まだ修正できる。手を取り合える信じていた。

 彼らはその象徴だった。

 まさか、その家族を、自身の手で握り潰す事になるとは、その時は微塵も思わなかったけど。


 幼い頃の、まだ澄んだ目をした少女が、己の無骨な角をまじまじとと見上げ、抱かれた父親の上で触りたいのだともがいていたのを、ふと、思い出す。

 父親を殺され、国を滅ぼされ、きっと残された家族とも離れて。それでも彼女が自分を見る目は・・・。


「良いな、良い目だ。悪くない。本当に、良くぞ生き延びた。」

「・・・・・。」

「今は、第四大隊長クロウ=シキジマの客分として、貴様を迎え入れよう。シオン=オブシディアン。」

「・・・・・。」

「また来るがいい。お前の眼が我を見るのも心地よい。お前の声がどう鳴るか今度しっかり聞こう。くくく、存外良き人間に育ったな。流石は我が怨敵の娘よ。」



「・・・・・。」

「さらばだ、シオン。」

「・・・・・。」






「────・・・っ!」 

 それは、『許可』だった。ファウストの前から立ち去って良い、という許可。クロウは奥歯を噛みしめる。直ぐ様シオンの手を引いた。そのまま廊下を直進し、角を曲がる。その頃には早足が駆け足にも近い速度になっていた。

 一番端の扉を空けて中に飛び込む。


 ガチャリと、鍵を閉めた。


「・・・はぁ。」

 一つ、深く、息を吐く。

 いつもより早い心拍を自覚して、クロウが、小さく舌打ちをした。

 魔族の中の魔族、悪魔皇ファウスト。

 今は同じ大隊長としての立場にいれど、彼と自分では、格も力も圧倒的な差があるのを、クロウは理解している。

 ともすれば、一瞬にして縊り殺されることもありうると。

( だと、しても・・・。 )


 ぽんと、クロウは、無言のまま隣に立つシオンの肩に、一つ手を置く。

「座んな、そこ・・・。」

「・・・・・。」

 クロウが指差した先には、ベッドが、一つ。

 それ以外には、仕事用の机と椅子が一脚。少し扉が空いたままのクローゼットからは軍服と、以前着用したことがある私服がのぞく。

 モノの少ない、殺風景な部屋。


 動かないシオンを、クロウは手を引いて、ベッドの端に座らせて、一旦奥へと消えていく。

 ようやくシオンが、ちらりとそちらに目を向ければ、マグカップを準備するクロウが見える。

 シオンは、そのまま自身の掌に目を向けた。まだ、少し震えている。

 恐怖と、過去の記憶のフラッシュバック。

 だけど───




「生きて、たんだ・・・。悪魔皇・・・。」




 ポツリと落とした言葉に乗せた感情は、思っていたよりも希薄で。負の感情が渦巻くよりも、ただ、事実がこぼれた。

 公では、突如として、悪魔皇が消息不明となった、と伝えられている。

 神出鬼没と言われ全ての人類を恐怖に突き落とした悪魔皇は、外敵に討たれたとも、自ら命を絶ったとも言われていた。彼の所在を調べるよりも早く、たった数カ月で、人間戦争へと突入した世界では、彼に一体何があったのかは、もはや彼が語る以外、知る術はないけれど・・・

( 生きて、た・・・。 )


「ほい。」

「・・・・・っ。」

 シオンの手に、温かいマグカップが、乗せられる。

なみなみと注がれた茶色い液体が心地よい香りを辺りにふわりと撒いていく。

「珈琲飲める?オレ、あんまブラック飲めないんだよねぇ。だから珈琲牛乳。砂糖は入れてないけど。」

 なんでもないようなことを、クロウは、至極、なんでもないように話す。

 シオンが、俯いたまま、首をふった。

「・・・大丈夫、これがいい。」

「そ、よかった。」 

 それだけいうと、クロウは一脚しかない椅子を引き寄せる。シオンの斜め前に背もたれ側を前にしておき、跨るようにしてかけた。

 チラリとシオンを見て、顔色が戻ったのを安堵する。何を話せばよいのか、暫しかんがえあぐねて・・・

「なんつーか・・・、性格悪ィから、あのジジイ。」

「・・・・・。」

「伝えられる範囲なら、応える、けど・・・。」

「・・・別に。」

「・・・そぅ。」



「・・・・・。」

 正直、シオンには何を聞けばいいかわからなかった。聞いたところで、わかったところで、自身の何かが変わるわけではない。

 今は少し混乱している。

 何もかも終わったと思っていた中に、だからといって、何が変わるわけでもないのにら変わる切っ掛けがあるぞ、と芽を出しているから。

 それでもシオンは、魔族皇が生きているということで、父親の仇を取るために行動する、にはならなかった。


( だって・・・父さま、は・・・。 )


 ただ、一つだけ、わかる。


「・・・父の、やり方が。」

 ポツリと、呟く。

 家族は、大切だった。父が大好きだったのは、変わらない。それでも、

「父のやり方が、多分、一方で、間違っているのはなんとなくわかってた。」

「・・・・・。」

「その前までは、比較的魔族とも、友好的に過ごしてたから。それが、急に変わって、父の表情も、少し曇るようになった、から・・・。」 

 上手く喋れてないな、と、シオンは思う。だけど、あまり、考えないようにして、ただ思うままに言葉をこぼした。多分、クロウは、それを許してくれるから。

「俺は、よく、わからなかった。わかろうとする、努力も、きっと足りなかった。」

「・・・・・。」

 歳を重ねれば重ねるほど、魔族に連なる者はいなくなっていた。魔に名を連ねる者たちの眼が、少しずつ憎悪に歪むのを感じていた。

 一度、それが徒となり、シオンにむかったことがあった。

 幸い、大事にはならなかったが、その結果として、父や兄達は、元々護身術として教えていた刀術を真剣にシオンへ教えこんだ。幸い、才があり、シオン自身も夢中になった故か、例え魔力を駆使したとしてもそう簡単には遅れを取るようにはならなくなったが・・・。

 その頃には、その力が必須となっていた。火の粉を打ち払う為に、その強さが必要になっていたのだ。


 そして、なによりもその火を煽る、亡国レグラリアの魔族憎悪を扇動していたのは、間違いなく、父だったのだ。


( それは、多分、否定できない事実・・・。 )


 それでも、と、シオンは一度目を閉じる。


 記憶の中の、父は、優しかった。


「それでも、父のすべてを否定するつもりはない。全てを教えられていた、とは、思ってないけど・・・。あの人はあの人なりの考え方で最善を進んでいこうとしていた・・・。」

「・・・・・。」

「それがたとえ、人外の民を貶め、苦しめる方法であったとしても・・・。共存を否定する道であったとしても・・・。」

 ぐっと、シオンが唇を噛み締める。


「ただ、それで死ぬことになって・・・。でも、俺は、父さまが何かを恨むとは、思っていない。」


 その言葉に、クロウが僅かに目を見張った。

「───・・・、なん、で?」

「だって、父さまは、父さまなりに、悪魔皇を認めていたから。」

「・・・なぜ?」

「父が悪魔皇を語る時、いつも楽しそうに、笑ってたから。」

「・・・・・。」

 それだけは、間違いなく、言えるのだと。シオンは強い目をクロウに向けた。

 別れた時のファウストの表情を、クロウは思い出す。人間嫌いのあの魔族が、どこか、懐かしげな、楽しげな表情。その目に慈しみを感じたのは、多分、クロウだけではないのだろう。

 昔は友好的であった、とシオンは告げた。世界は二つの種族を分け隔て、争いと憎しみをぶつけ合うまでになってしまったけれど。

 僅かな一時だけ、理想とする世界は、すぐそこにあったのだろう。



 そして、今は、それを再度手にするために、この国が、ルミナスプェラが、ある。



「・・・そっか。」

「・・・・・。」

 ふんわりと、笑顔がこぼれる。空になったマグカップを、台所に置こうとして、クロウはふと、シオンのマグカップを指さす。

「冷めちゃったけど、温めなおす?」  

「・・・え、あ。」

 クロウが指さした、シオンの珈琲牛乳から湯気は消え去っていた。それでも、もう、

「いや・・・」

「・・・・・。」



「これが、いい。」



 シオンの手の震えは、消え去っていた。


 こくん、と、喉を鳴らす。


 仄かな温もりが、喉を流れる。



「・・・美味いな。」 



 不意に、見たことがない程綺麗に、シオンが笑うから───

 




「───ッ!!?」

 ガダンッと大きく歪む椅子と、

「ちょ、あ、うわっ!!」

 バランスを崩して、後ろに思いっ切り倒れ込んだクロウが、したたかに背後を打ち付けた。

 

「だ、いじょうぶかよ・・・」

「へ、平気平気・・・」

 ひっくり返ったまま、シオンには手を振ってみせて。でも、内心は動揺・・・。


( 格好、悪ぃ・・・ )


 ひっくり返った今の姿が、じゃない。

 現実をつけつけられて、尚、自身の信じる者を信じきれるシオンの強さと。

 分かっていたはずなのに、人の弱さや醜悪さを突き付けられる度に、引っ張られる様に無様に堕ちる、自身の弱さを。


 見せつけ、られて。



( だから・・・ )


 強く、惹かれる・・・。




「本当に大丈夫か・・・?」

 いつまでも起き上がろうとしないクロウを気にして、シオンが顔を覗き込む。

 下から見上げる彼女の顔は、やっぱり、綺麗で、かわいくて、眩しい。

 クロウは、僅かに目を細めた。


 このまま、ずっと、見上げ続けていたい、気分になる。




「大丈夫かよ、ほんと。」

「いや、あの、さ?」

「カップは、割れてねぇな?なにしてんだよ、もう。」 

「あーいや、うん、考え事・・・。」

「考え事?」



「ほんと、なんも関係ないんだけど・・・。」

「何だよ。」

 めをぱちぱちさせながら、何を言うのかとこちらを伺う様子が、いつもより、幼く見える。

 こんな事言えば、絶対怒るって分かってる。だけど、誤魔化すのには好都合な、心の底からの湧き上がる思い。


 うちに秘めたままに悶々とするのも。ちょっと、


( まぁ、もったいないんで・・・ )


「いや、あのさ?」

「だからなんだって───・・・」

「父さまって、呼んでたのかーって・・・」

「・・・は?」

 身悶えするように、緩む口元をバレないように手で隠す。




「お前が、父さまって呼ぶの・・・、凄ぇ、カワイイなって・・・」

「・・・・・ッ!」




( いやいやいや・・・ )



   ─── そこで真っ赤になんのは、


       ちょっと、反則でしょ・・・。





 流石にそこはぐっと飲み込んで。


「余計なお世話だ!」

「はい、すんません・・・!」

 

 ごんっと、頭に落ちる拳を、甘んじて、受けておいた。



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