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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season2

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紅縞瑪瑙(サードニクス)7







「・・・・・。」


 リィンが、難しい顔で腕を組み、目の前に置かれた書類を眺める。

 第二大隊の諜報部からようやく送られた内容は、正直あまり嬉しいものではなかった。


 人はどう足掻いても、共通の敵を作りたがるイキモノらしい、と。リィンはその無駄な共闘意識に舌打ちをする。

 その中心となっている国を、隣の広げられた地図へチラリと目を向ける。



『イ=ラウ』



 ルミナスプェラ北東の大国。

 人の国の中で最も歴史が古いとされ、彼のグランセザリア神皇国とも親交が深かったとされる国だ。


 ただ、それ故、か。

 最も強くアリシアンを信仰する。


 無論、旧式ノ考え方、で。

 それ故に、表向きは敵対こそせず、裏では怨恨深いナニかを疑う程には、執念深くルミナスプェラを潰そうと企んでいるような考えがその政策の端々に見える。


 魔人奴隷の売買はもちろんの事、直近で報告にあった赤い目の奴隷商人の女も、第四大隊長の周囲で再び不穏に暗躍する『シキジマ』も。今のところ、全てがこの国に繋がっているのも、気になる。


(また、この露骨に繋がっているように見えるのが、ねぇ・・・。)


 リィンは徐に自身の耳たぶをやわやわと触れる。考え事をする時の、癖の一つだ。

 『イ=ラウ』の主の、神経質そうな顔を思い浮かべる、あまり見たくはない顔だが。


 大国の主『ケルバス』は野心的だが、小心者の男だった。故に、扱い易い、そう踏んでいた。


 しかし、ここ最近の動きは彼の性格に合わぬ行動ばかり。


 まるで別人の様に・・・。


 リィンが眉根を寄せる。目頭をぐっと押さえる。抱えている案件は複雑なものばかりだ。これだから統治者、なんてロクなことがない、と。心の中だけでは泣き言を言って。


 それでも、 


「ねぇ、ガルシアさん。」

「はい、聖女様。」


 静かな銀の月の様な美貌と聡明な知識量を誇る西方種の宝。ガルシア=アインザートが、静かに会釈をする。


「貴女が思う、あの鹿野郎(ケルバス)って、そん豪胆なことするかしらね?」

「・・・・・。」

 敢えて彼女に、聞く。

 ガルシアは数年前まで『イ=ラウ』に滞在していた。それこそ、大国の主を知る程の立場でもって。


 暫くの無言の後、ガルシアは、その美しい顔に僅かな嫌悪を滲ませて、

「いいえ?」

「・・・・・。」



「小胆小心の腐れビビり野郎なので、間違ってもそんなことは。」

「ぶふっ!」



 その外見に似合わぬ言動に、リィンが思わず吹き出す。しばらく肩を震わせては、あーっと天を仰ぐ。


「・・・ホント、私の周りの女性って、素敵な性格が多いわ。」

「お褒めに預かりまして光栄でございます。」

 そう優雅に微笑んでみせるガルシアに、リィンは、同じくらい愛らしい笑みで返して、うーんと一つ、背伸びをした。



 















 五二三室内の惨劇は、その日の朝には病院内全てへと広がり。漏れなく病院長から軍へとクレームが入った。それに対して、ビクトルは謝罪を建前の謝罪の意を露わにしながらも、予め想定していた内容であることも忘れずに念を押しつつ。


 それでも、当該病棟の職員と患者の安全を考慮し、即日の強制退院を余儀なくされる。


 確かに予測の範囲とは言え、シオンは、周囲からの複雑な視線をうけながら、未だ血の匂いが消えない室内の荷物を整えていた。

 

 退院、即ち、現場復帰となったクロウは、部下からの早々の連絡を受け、看護師と顔を合わせたくないからという至極情けない理由で、窓から退散する。

 五階最奥なら、人目につかないからと繰り出した荒業は、それでもしっかりと病棟責任者に発見され、怒鳴られ、追い立てられる様に走っていったその背に、


(もう、二度と入院できねぇな・・・。)


 なんて、呆れ顔のまま、シオンが肩を落とした。






 そんな彼の代わりに、荷物をまとめ帰り支度をすますシオンの元に、二つのノックの音と、次いで


「ボス?ちょっと報告──・・・」


 鈴のような声が耳にはいる。


「・・・リリ?」

 シオンがその方へと視線を向ければ、少し目を見開いたリシリィと目が合った。リシリィは、一度こちらを見て、だけどすぐに目を僅かに伏せて、視線を逸らす。

 そして、


「ごめん、シオン・・・。」

 不意に告げられたその謝罪が、間違えて声をかけたものではないことにシオンは気付いた。

 小さく目を細めて、


「リシリィ、こっち。」

 彼女を手招きする。


 説教を待つ子供のような姿に、シオンがちいさく口元を綻ばせた。その頭を、髪を、そっと、撫でる。


「大変だった、な?」

「・・・・・。」

「お疲れ様。」

 すれば、リシリィの、俯く様が深くなる。肩が小さく震えているのは、見ないふりをした。その体をぐっと抱きしめれば、徐に彼女は背へと腕を回してくる。


「友達だった・・・。」

「うん。」

「そばに、いなきゃって。」

「そっか。」

「大切な人を亡くすのが辛い事だけは、わかってる、から。」

「そうだな。」 

「でも・・・」


「ホントに、それだけ、だった。」 

「そう、か・・・。」


 リシリィが絞り出す様に告げる言葉に、シオンはただ、相槌のみを繰り返す。


 抱き締めて、ただ、その髪を撫でる。子供をあやすように。


「ボスにも怪我させて、シオンにも、迷惑かけて・・・。」

「それは、気にしないでくれ。」

「でも・・・」

「リシリィが無事なら、それがいい。」

「・・・・・。」

「アイツも、それに関してはきっと同じ気持ちだ。」

「・・・そう。」

 目を細めて彼女を見やるシオンにリシリィが小さく頷いた。



 そうして僅かに顔を上げた先、



「・・・・・。」

「リシリィ?どうし───・・・。」


 一気に、表情を強張らせたリシリィに、


 その視線の先へと目を送れば、








「失礼してるよ。」






 先刻までは、確かに誰もいなかった空間に、白髪の老人が一人佇む。

 一刀を腰に差し、キョロキョロと辺りを見回しながら。少し訝しげな顔をして。


「なんだ、あのガキはもうおらんか・・・。」

 と、落胆した表情を浮かべてみせる。


 穏やかな物腰と、柔らかい表情。

 なのに、明らかに格の違いを、実感する。


 相対すると、ココまでの力量差があるのかと、シオンが小さく息を飲んだ。リシリィがカタカタと震えながらも、必死でレイピアの束に手をかける。


 『人災』と相対した時の対応は、一つ。


 とにかく、呼ぶこと。

 彼等と相対できる味方を。

 とにかく、呼ぶ。


 だけど──・・・


「リシリィ・・・。」

「・・・・・。」

 シオンが、静かに制する。きっとリシリィは自身が『人災』と相対し、その間にシオンにクロウや田貫、班田を呼んできてもらおうと考えたのだろう。

   

 ただ、シオンは冷静に判断する。

 時間稼ぎにすら、なれない。


 とてもじゃないが、まともに対峙すれば秒も持たないだろう。

 シオンなら、あるいはもう少し持つかもしれない。が、それでも到底クロウが駆け付けて間に合うとは到底思えない。

 


 そして、なにより・・・


(殺す気なら、相対すら、させずにしている、だろう・・・?)


 少なくとも、それだけの差がある、と、


(なら、ば・・・!)


 シオンが、臆する己を必死に押し隠して、声をかけた。



「何用か?」

「んー・・・?」


 すれば『人災』──リュウシン=シキジマは、片眉だけを器用に上げて、二人の方へと視線を送る。それだけで刺すような殺気を感じ、リシリィは声も出せない。

 そんな彼女の肩を抱いて、シオンは一度奥歯を噛み締める。が、すぐに詰めた息をふっと吐き出しては、

「貴方が『ガキ』と呼んだのは、私の夫だ。」

「・・・ほぅ?」

「クロウに何か用ならば、私が承ろう。」

「・・・・・。」


 リュウシンが、じ・・・っと、射貫く様なその目をシオンに向ける。それだけで、背に汗が伝う。

 当人にすれば、ただ見ているだけ、なのかもしれない。だが、その視線の中に、シオンでは到底辿りつき得ない深淵の奥底の様な深さを感じる。


 それでも、引かない、とばかりに。


 シオンは真っ直ぐにリュウシンを見返せば、


「そう、そうか・・・。」

「・・・・・っ!」


 不意に、ニヤリとリュウシンがイタズラじみた笑みを浮かべる。その子供のよう表情が、どうにも自身の最愛の相手と重なった気がして、シオンは思わず目を見開く。


(あぁ、でも・・・)


 当然と言えば当然なのかもしれない、二人には血縁関係があるのだから・・・。


 すればリュウシンは目を細めてシオンを見つめる。その目には決して嫌悪や侮蔑ではない、また何か違った輝きが潜んでいて、シオンは、周囲の評価とは違うナニかを感じ、戸惑いを覚えた。


「どうりで、あのクソガキ・・・。浮き足立っていると思えば・・・。」

「・・・・・」

「お嬢の事を、射止めた、か・・・。」

「───・・・っ」


 その表現に、少し恥ずかしさを感じて、思わず目尻を赤くする。何より、『人災』とも称される程の相手にまで


(アイツ、ナニ言ったんだよ・・・っ!)


 と、思わず心の中でクロウに叫びつつ・・・。


 シオンはリュウシンの視線を必死で受けた。

 すれば、僅かに和らいだ鋭さの代わりに、

 

「前にも言ったが・・・」


 ── おぬしの一族とは、昔から縁がある。


「・・・・・。」

 レグラリア国城趾で、この老人が言ったことを、シオンは決して忘れてはいなかった。その後、考えてみれば、とシオンには僅かに思い当たる事があった。

 セリアンが何度か彼と話している姿を見かけた事があると。内容は知らない。ただ、オブシディアンとは違うその一刀には、確かに見覚えがあったのだ。


「まぁ、相手はともかくとして・・・」


「お嬢のことは、祝福をしよう。」

「・・・あ、りがたく、受け取ります。」


 まさかの言葉に、シオンは一瞬だけ息を飲んで、でも、一向に変わらぬその目の温かさに、素直にその言葉を受け取り、感謝を告げた。

 その様に、リュウシンもまた、小さく唇を釣り上げ


「『人災』と恐れられ、国の敵と蔑まれたワシにまで感謝を述べるか。」


 すれば、僅かに戸惑うシオンが、それでも、


(あざな)や周囲の評価だけでは、逆に貴方は測れない、気がして・・・。」

「・・・・・。」


「・・・そう、か。」 

 心のままに零した言葉に、目を細めるリュウシンを見て、不意に胸が熱くなる。



 その顔は、時折クロウが見せる、表情そのままだった。



「あぁ、良い時間だった。これ以上ない時間だ。」

「・・・・・。」

「邪魔したな、セレスティニア=ハルベルテ=シオン=オブシディアン」

「今は、シオン=オブシディアンだけで・・・。」

「・・・そうか。」


 二度、三度と頷くと、リュウシンは二人へと背を向ける。そして、窓からふわりと外へと飛び出し、





「幸せに、な?」

「・・・・・。」




 本当にその言葉を告げたかったのは、誰に、なのか、と。



 シオンはそれを尋ねたい思いをくっと堪えて、







「ホント、二人とも出ていく方法が一緒って・・・。」




(どれだけ似てるんだよ・・・。)


 言葉に出さずに、そっと見送った。



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