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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season2

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紅縞瑪瑙(サードニクス)6







 目の前に広がる光景に、リシリィは一歩も動けずに、立ち尽くす。


 駆けつけて来たハルオミが、一度だけリシリィの肩を抱き、何かを告げるが、耳に入ってこなかった。


 目を見開いたまま、すでに息のないグレイスの身体を、隊員達が取り囲み検分する。



 その向こうで



 胸から腹部にかけて一刀を受けたクロウが、歯を食いしばりながら、シオンに支えられて、辛うじてその姿勢を保っているのを、



 まるで夢の中の光景の様に、リシリィは、見ていた。

 
















「さすがに情報提供者の、隠していた身元まで掘り当てるのは出来なかったわ・・・。」

「そうですね・・・。一応第五大隊には再調査を依頼してますが、これ以上出るかなぁ?」

「・・・・・。」


 あの後、ルミナスプェラの軍医の指示の元、クロウが運び込まれたのはこの国で最も大きな病院だった。

 病院と名乗るだけあって、総合的な診療科と入院の施設がある。

 軍の機密を持ち、兼、資格から襲われるリスクのあるクロウを入院させるには、と少し揉めたらしい。それでも、我が国誇る聖女様の、鶴の一声で、彼の入院が決まった。


 言うまでもないが、当人の希望では、断じてない。




 そうして入院三日目


 部屋は五二三号室。

 一番最奥の特別室。希望じゃない。病院側がせめてもの譲歩として、提供してきた部屋だ。

 建物の中では最上階・最端。誰が入院しているかわからない様、どっかの親分が入院しているみたいに入り口に部下が立つ、なんてことはしない。ただ、金があるのかな、というような患者が入る部屋――実際は仮に刺客が来てもその場で全て解決することを約束されたための場所だ。

 

 別に、それなら入院なんてしなくていいだろうと、初日にとっとと自主退院を試みたクロウだったが、軍医と同期だという主治医の男が、採決結果と画像を見ながら、傷の処置と抗生剤の投与、経過観察を含めた最低一週間の入院を提示してきた。

 思いっきり突っぱねようとしたクロウだったが、仮にも『家族』という立ち位置でクロウに手を引かれ一緒に病状説明を受けたシオンが、





『逃げだす、なら・・・。俺が、責任もって引導を渡す、が・・・?』

『・・・・・。』


 どうする?と。



 否と言えば、その場で斬り捨てると言わんばかりの表情で、クロウに、死ぬ(入院する)か殺されるかの二択を突き付けるから。

 左右に目を泳がせ、たっぷりの汗をかいたクロウが、五分間の思案の後、一週間迄、という条件で了承したのだった。


 だがしかし、結局入院したところで、点滴を受け、各種検査を受けながらも・・・


「やること変わんねぇし・・・。」

 結局何処にいたところで、仕事をする事にかわりがないことを嘆きながら。

 書類仕事に勤しむクロウの元へ、報告と書類を持ってきたハルオミが、顔を出した。



「リリの様子は?」

 開口一番、クロウが気になっていたことを口にする。


 あの時、加減をする余裕も、急所を外す考えも咄嗟に浮かばなかった。それほどに、グレイスの刀技は優れていたと言えよう。少なくともあの時刺客として訪れた何者よりも技量があった。

 

 彼女の目的も理由も、実は隠し持っていた使命も、今は謎のままだ。


 操作続行とはなっているが、果たしてどこまで解明されるかはなんともいない。


「・・・まぁ、一見は変わりなく見えますが。」

「・・・そ。」

「表に出さない、のは、彼女の代名詞ですから。」

「・・・・・。」


 今となっては知りえる事はできないかもしれないが・・・。


 それでも、きっとあの時、一番心に傷を負った部下の為に、クロウは出来る限りのことはやろうと決めていた。


 書類内容と、今後の任務の指示、それらを打ち合わせしながら。

 ひと段落したクロウが、伸びをしながら、それでも引き攣る様な痛みに顔をしかめると


「・・・・・。」

 ハルオミが、少し心配そうな顔を向ける。

 それに、クロウがじっと一瞥して

「別に、大した事ねぇよ?」

「・・・・・。」

「腹に穴空いた時よりマシ。」

「そりゃそうでしょうね。」


 ハルオミが一瞬だけ、すまなそうな顔をして、頷く。

 一通りの書類仕事を回収したハルオミが書類を抱えて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「リリに関しては、まあ、僕が何とかします。」

「そりゃ、お前の役目だろうよ。」

「ただ、困ったら二人で泣き付きに行きます、シオンさんに。」

「え!?そっち!?オレじゃなないの!?」

「だって、リリ、シオンさん大好きだし。」

「知ってるよ!てか、始めに言ったことを容易にひっくりかえすんじゃねぇよ!」

「世の中にはできるコトと出来ないコトがあるんで。」

「・・・・・。」

「勿論、努力はしますよ?」

 さらりと言ってのけては部屋を後にする、その後姿を見送りながら、はあっと一つため息を吐いた。

 すれば、


 コンコンと軽いノックの後、


「生きてるか?」

「・・・はいはい、生きてますよー。」

 冗談交じりにしては真面目な声色。聞きたかった声に、クロウが小さく笑う。視線を上げれば、紙袋片手に入って来たシオンが

「追加の着替えは持ってきた。どうせあと数日だろ?」

「一応その予定。」

 含みを持たせた言葉に、シオンがわずかに眉根を寄せた。

「何かあるってのか?」

「んー・・・、出方次第、って感じだよね。」

「・・・『シキジマ』の、か?」

「こういう時の話は早くて助かる。」

「どういう時は話が遅いって言いたいんだか・・・。」

「ん?そりゃもう―――」

「あ、いい。聞く気はない。」

「・・・・・。」

 ニンマリ 顔をさらして告げようとした言葉を容易に切り落とされた、クロウが小さく口をと尖らせる。

 敢えて、入院するほどの傷を負ったと、秘密の情報を僅かに流せば、すでに監視捜査に来たであろう部外者の姿はクロウは何人か見かけている。

 あの時、シオンが見逃した刺客の二人は、薄暗い裏路地で死体になって発見された。役目を果たせなかった使い捨ての扱いなんてそんなモノかと、『シキジマ』の容赦のなさを実感する。

 

「もう少し様子は見るけどね?」

 そう告げたクロウが、ごめんね、なんてシオンの頬に手を伸ばす。それを甘んじて受けて、シオンが僅かに視線を落とす。

 ま、仕方ないな、なんて呟く様に愛しさが募る。

 クロウが、揺れる髪をその耳にかけて。赤く膨らんだ、その唇を眺めれば・・・

 

 喉が、鳴る。


「・・・そろそろ、色々触りたいんです、けど。」

「退院したらな。」

「ココで是非───・・・」

「なんだ、斬られたいならちゃんと言えよ。」

 瞬間、『夕凪』の居合に、クロウが、間髪剣線から下半身をずらす。

「そうじゃなくて!やめてよ、本気で狙うの!」

「どうせ避けんだろ?」

 舌打ち交じりのシオンがつまらなそうに言えば、クロウが慌てた様に

「最近剣速上がってきてんの!結構ギリギリなんだよ!?」

「本当か!?」

「そこ、喜ぶところ!?」

「当たり前だろ!刀技が上達したってことだろ!?」

「オレの下半身が直接的被害に遭う確率が増したってことだよ!」

「それはどうでもいい。」

「・・・いつか、絶対本気で後悔させてやる。」

 唇を尖らせる様に、ため息を吐きながら


 それでも、


「早く、帰って来い、な?」

「───・・・っ!!」



 耳元に落とされた本音に、それこそ神業的な速さで、クロウその手がシオンを掴み、ベッドへと引き込む。


「お、ま・・・。」

「無理、無理無理無理無理。今勃った。今ヤリたい。我慢できない。ココでしたい。」

「・・・そうか。」

「そうだよっ!!!」

 血走った目が自分を、見下ろすのを、シオンが手を外させて、伸ばした先には、


 白い包帯。

 

「ひぎゃっ!!」

「コレで、もう一週間くらい、延長になんねぇかな?抉ればなんとかなるか?」

「やめてやめてやめて!!」

「いいんじゃないか?ここ病院だし。」

「ごめんなさいごめんなさい!ほんっとスミマセン!」



 ドタバタと繰り広げられる昼の珍事は、痺れを切らした看護師が、容赦無く、うるせぇ、と怒鳴り込んでくるまで続いた。

 

 



 











 夜半、


 音もせず、歪みもなく。

 影のみが、三つ。膨れ上がったベッドを取り囲む。その内の一つが、空気を揺らすことなく、片手を上げて見せた。

 すれば、ようやくと言わんばかりに、その、顔に残酷な笑みが一瞬だけ闇に浮かび、消える。


 下ろされた手を合図に、音もなく布団へと埋まる短刀。だけど、すぐに感触の違和感に刺した人影二人が肩をピクリと反応させれば、


 とん、と。その背に触れるようにして、


「あァ・・・、やぁっと来たわ・・・。」

「───・・・っ!?」


 その腹を小烏丸が貫いた。

 血が垂れるよりも先に、開きっぱなしの窓から、その体を突き落とす。抵抗する余裕もなく、宙を舞う身体が地面へと落ち、潰れる音がすれば、


「あ、悪いけど静かに、ね?夜勤の看護師、凄ぇ怖いヤツなんだわ。」

 しっ、と。

 唇に指を当てるクロウが、残虐さの際立つ笑みを浮かべてみせる。

 

 そして、


「遅ェよ。」


「普通、負傷のスキ付くなら、治療が進む前に来ない?」


 ベッドのシーツで血を拭いながら、クロウが、


「まぁ、でも、よかったわ。無駄に傷負ったカイがあった。『シキジマ』って、何処から聞いてんのか知らないけれど、オレの負傷話が来ないと、ひたすら使い捨てしか送ってこないもんねぇ。」

 人余ってんなら、(コッチ)によこしてくれよ、なんて、軽口を、たたきながら。

「使い捨てだから、ロクな情報持ってないんだよねぇ・・・。」 


 毎度毎度手を下す割には、合わないコロシだと、笑いながら、それでもアンタ等は別だと、クロウは二人のうちの、手練の方をじっ、とみる。 


「『シキジマ』本家直下の、実働隊。」

「・・・・・。」

「その隊長サンなら、まともな情報(モン)、持ってるよね?」

 すれば、その、影が初めて、小馬鹿にしたような目でクロウを見下す。

 侮蔑の笑みを含んだ声が、闇を震わす。

「・・・お前如きに、捕まると思うか?」

 その声に、んー、と考える様なクロウは、

「そこに関しては否定しない。容易に殺せるけど、生きて捕縛は少し難渋するかなぁ?てか面倒臭い。」

「・・・ほざけ。」

「そうしたら、さ?特別ゲストが来てくれてるんだよね?気付いてた?」

「な、に・・・」


 瞬間、手練れの男の片腕が飛んだ。

 器用にその腕は弧を描き外へと弾き出して、呆気に取られた様に息を飲んだもう一人の、その隙をついて、クロウがその男の、体を軽く押して外へと突きだし。そのまま、浮いた身体を腹から両断する。

 血飛沫を上げながら落ちていく身体と、すぐ下に待機していた部下の姿に、目を細めて、


 室内を振り返る。

 前もって汚れる可能性を示唆された部屋ではあるが、それでもそこに勤める人間からすれば、いい感情は、ないだろう。


 血塗れになった室内を見回して、クロウが膝を屈する影を、見下ろした老人に嫌味を呟く。


「いや、勘弁してよ。今日の看護師、死ぬ程怖ぇったじゃん。」

「そいつは悪かったな。」

 すれば、喉を震わせた声は、何処か愉しげに応じる。クロウ曰く、生きて捕縛くには難渋と言わしめた男の腕を肩からいとも簡単に切り飛ばしてみせた男は、白髪の長い髪に付いた血飛沫を軽くぬぐった。


「代わりにてめぇが怒られろ。」

「ふ、くく。それは中々ない経験だな。」

「叱られることが?」

「・・・昔はよく、フェリシアに小言を言われたものだが。」

「あ、そ。」

「今みたいな状況になってな。」

「天下の『人災』に小言なんて、やるねばあさん。」

黒曜石オブシディアンのお嬢程じゃないさ。」


 二人が軽口の応酬を叩き合うのを、まさかと言わんばかりの眼で


「な、ぜ、貴様ら、が・・・」


 男が見上げるのを、クロウが演技じみた不満そうなため息を吐いてみせる。

 

「死ぬ程不本意だけど、ね?」

「ま、さか・・」

「それでも、さ?」


「オレとこのクソジジイが、共闘するに値する、唯一の共通事項」



 どうしようもない程の、侮蔑と嫌悪、憎悪を滲ませた赤い目で、



「『シキジマ(てめぇ等)』が死ぬ程嫌いってことだよ。」




 ── そのためなら、手段は選ばねぇ。




 クロウは、片腕を失った男の膝に、小烏丸の刃を沿わせる。










「さて、やろうか・・・。」



 ── 精々、新鮮な話を、頼むわ。



 



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