紅縞瑪瑙(サードニクス)1
「ボース、いる?」
「あーん?」
明けっ放しの執務室の扉を叩いて、リシリィが中の様子を伺う。
数枚の書類を、抱えた部下の姿に結印でも、もらいにきたかとクロウが顔を上げた。
「眼鏡必要なヤツ?」
「それはなし。」
機密か否かを確認するが、それは不要と言われ、クロウは懐に入れようとした手を抜いた。
「なら、急ぎの物なんかなくない?」
「ついで。あと、一つ勤務調整お願い。」
「マジで?どこ?」
クロウが少し引きつった顔で勤務表を広げるのを、横から覗き込む様にして探し込めば、
「あ、ココ。」
「ん?」
「以前の任務の時の協力者から頼まれごとされて。どうしても、って。」
「・・・・・。」
確かに、クロウも、その件に関しては覚えがあった。相手の情報や協力があったために、仕事が早く片付いた経緯を思い出し、勤務表をながめながらうーん、と頭を抱える。
急な変更は一週間後。幸いなのは急ぎの任務も仕事もない事。ただ、予定はある。その為には、出勤調整をするのは己のシフトであったが・・・
「まあ、仕方ない、か。」
「助かる、ボス。」
「あ、ただ・・・。」
一つだけ、と、クロウがリシリィに当日にいるであろう場所の確認をすると、タイミング良い事に
「周辺での捕り物があるかも。」
「ああ、あの件?」
「そ。一応、急を要した場合には緊急招集掛けるから、それには応じれるようにして。」
「了解。」
そして、その勤務変更の当日。
リシリィはある建物の中で、シオンを壁際に追い詰めて懇願していた。
隣には、もう一人、リシリィと同じ年頃くらいの女性が同じように諸手を合わせて頭を下げている。
正面には、追いつめられて、冷や汗をかいてる、シオン。
「お願い。シオンしか頼めない」
そう告げられて、珍しく表情が乏しいリシリィのすがるような目に、シオンが眉尻を下げる。
仕事をお願いしたいの、と。
前もって告げられてはいたけれど、肝心の仕事の内容は当日、しかも現場についてから、だった。
連れられて来たその建物の、白く華やかな様子と豪華な入り口に、馴染みのない場所の詳細を尋ねれば、
「ん?式場。」
と、端的に告げられる。そんな縁もゆかりも無い場所に連れられて。シオンが首を傾げながらナニをするのかと問えば、『行けばわかる』に、類似した言葉で誤魔化されながら、あれよあれよと到着した場所は
「おい、ここナニ───」
「ん?写真スタジオ」
「・・・また写真、か」
「え?」
「あ、いや、コッチの話・・・。」
つい先日、写真をネタにしたどうしようもないやりとりで、クロウに容赦の無いアイアンクローをお見舞いしたばかりだとはとても、言えず。
シオンは苦笑いで首を振りながら、
「で?なんの手伝いをすればいいんだ?」
「被写体。」
「ひしゃたい?」
「写真撮らせて?」
「・・・・・。」
(・・・やっぱり似たような事かよ!)
クシオンが顔を引き攣らせた。
リシリィの友人だという、茶色い髪の優しい顔をした女性――グレイスは、この式場の広報担当だという。カメラ撮影やメイクも行え、中々有能な女性らしい。
以前、何らかの理由でリシリィ達の仕事に協力した経緯があり、そのお礼として、今回、広報用の写真撮影に協力するのだと、シオンはリシリィから聞いた。
確かにリシリィは綺麗だ。西方種の特徴が強く出た、金髪に淡い緑の瞳は遠目にも美しく栄えるだろう。
今回、彼女が花嫁のドレスを着て、結婚式の広告用の写真を撮るらしい。それはいい、とシオンも大きく頷いた。
頷いた、のだが・・・
「なんで、相手が俺なんだよ・・・。」
「シオンがいいから。」
「ハルオミでいいじゃねぇか、アイツ差し置いて横に立つとか、申し訳なさ過ぎて・・・。」
「本番じゃないから。仕事だから。」
「・・・お前、それちょっとずるいぞ。」
「顔優先。」
「それちょっと酷いな・・・。」
リシリィの容赦の無い一言に、シオンはハルオミに心の中で謝罪する。
「まあ、そういうことなんで。」
あくまでも、頼まれた仕事だと、しっかり主張してくるリシリィに、シオンははぁっと息を吐く。
「・・・仕方ないな。」
「じゃ、ちょっとメイクしてから着替えるから。」
よろしく、と、ばかりに別室へ通されて、グレイスが、嬉しそうにニコニコと笑いながら
「よかった、助かりました!こんな素敵な人に引き受けてもらえれば成功間違いなしです!」
なんて、仕事道具を準備しながら告げる言葉を、シオンがお世辞と受け取りながら頷く。
「いや、そちらも大変だな・・・」
「いえいえ、本当に!リリちゃんには感謝しないと!」
「感謝して。」
会話を聞いていたのか、少し離れた場所からリシリィの声がして、シオンと知人の女性が、顔を見合わせて思わず笑い合う。
「ホント、リリちゃんったら!」
「リシリィらしいな。」
「ええ、ホント。」
メイクブラシを並べ、いくつもの化粧品を使いやすいように取り出しながら。グレイスが、大きな鏡台の前に座らせたシオンの肌の色と、化粧品の色を比べていく。
「新郎役でも、メイクが必要なのか?」
ふと不思議に思ったシオンがグレイスに尋ねれば、
「ん・・・?あ、ええ。写真撮影に映える様に目尻にライン入れたり、睫毛長くしたりはもちろん、ファンデーションだってしますよ?」
「へえ、そんなものなのか・・・。」
「まあ、実際の式では、男性側はしないコトが多いですが。」
そう告げながら、グレイスが下地をシオンの肌へと落していく。
「じゃあ、これから少しメイクしますから・・・」
「あぁ・・・」
そう告げられて、肌に辺るメイクブラシの柔らかい感触に、シオンは瞼を閉じた。
寝ていたわけじゃない。
閉じた瞼の向こうで、時々リシリィとグレイスが会話をしていたのも聞こえていた。メイクに関することらしく、専門的な言葉も多く出てきて、シオンは途中で口をはさめなかった。
ただ、肌と目元、眉毛はともかく、口元にリップブラシを当てられた時、シオンは僅かに違和感を覚える。いくら写真映えがあったとして、
(新郎側に、リップ塗るか・・・?)
だから、せめてそれを訪ねようと目と口を開いたら
「だめ!動かないで!」
「―――・・・っ!」
グレイスの厳しい声が飛んで、思わず瞼も唇も閉じる。
「大事なの、ここ、大事なの!だから!」
とにかく大事だとだけ力説するグレイスに、手をひらりと上げてシオンは了解を合図する。
暗い視界の向こうで、リシリィとグレイスの熱の入った会話と、布ずれの音が聞こえる。
「シオン、立って!」
「目、あけていいな?」
「それはダメ!」
「なんでだよ?」
「もう少し、もう少しなの!完成を見て欲しいの!」
「・・・・・。」
「だからこのまま服着替えるから!」
「は?目を閉じたまま?」
「お願い!」
「・・・・・。」
完成も何も、自身のタキシード姿を見たところで・・・と、思いつつも。
とりあえず、シオンは苦笑して了承した。すれば、閉じた瞼の向こうで、服をはだけさせられ、何やら着替えさせられる。
そこまでしなくても、と呟けば、リシリィが弾んだ声で『いいから楽しみにしてて!』なんて応える。
そんなに力作なのかとも思うが、それでも、この手の写真での主役は花嫁だ。
(どっちかっていうと、リシリィのドレス姿が見てみたいんだけどな・・・。)
なんて、頬を綻ばせれば
「いいよ、眼を開けて?」
そうして、鏡の前の自身の姿をみて・・・
「・・・なんで?」
こうなった、とシオンが鏡の中を座った目で眺める、
「やっぱり!最高、私の見立て!」
「・・・・いや、ちょっと待て。どうしてそうなった?」
完成も何もない。シオンの想像とは完全に違う。
そもそも話が違う。
「一回着てほしかった!」
「・・・・・。」
リシリィがキラキラした目でシオンを見つめ、グレイスが天を仰ぐ様に頭を抱える――コレ、どっかで見たことあるな、とシオンはぼんやりと考えて・・・。
鏡の中の姿は、何度見返しても、ウェディングドレス姿のシオンが写っていた。
長くぱっちりとした睫毛に、淡い色のアイシャドウ、艶やかな色に染められた唇と、華やかなメイクを施され、鏡の中の自分がまるで見た事・・・
(・・・いや、なんか、最近こういうコトした覚え、あるな。)
なんて・・・。
浮かぶ感想も、以前の隣国への渡航した際の姿に覚えがあって、それほど違和感は感じない。ただ、それでも身に付けているのは、ウェディングドレス、だ。
ビスチェタイプの胸元に、後ろが編み上げになっている。一見シンプルなデザインだが
「この後姿が凄く、素敵!」
「撮影でも、このドレスの裾をしっかり写すから。」
「凄くいい!」
「・・・・・。」
一般的にロングトレーンドレスと呼ばれる種類の、長く尾を引く裾には見事な刺繍が施されている。それを背に、ヴァージンロードを歩くのが夢だと、リシリィが夢見るように告げるから
「いや、だったらリシリィが着ろよ・・・。」
シオンが思わず突っ込めば、
「それはそれ、これはコレ。」
「・・・・・。」
「シオンのドレス姿も見たかった。」
「・・・お前。」
「タキシードの方は、まあ、仕事ならOKしてくれるって思ってたけど。ドレスは断固拒否されるってわかってたから、先に。」
「いや、お前本当にずるいな!」
「ついでだから、これで位置取り、一回撮って!」
瞬間、シオンがビクリと肩を跳ねさせる。いっそ着るだけなら諦められる。だけど、写真は、とシオンがぶんぶん首を振る。
「や、やだ!」
「そうじゃない、私が取る前の位置合わせとしてだから。必要なことだから」
「・・・・・。」
「別に出回る写真じゃないし、位置取り確認だけだから、すぐ消すよ。」
「・・・・・。」
リシリィの言葉に、それでも、とシオンが僅かに眉根を寄せる。そもそも花婿の方だから、と引き受けたはずなのに。これは契約違反じゃ、なんて・・・
シオンが考え込んだ、時、
不意に、リシリィの携帯が、鳴った。
「・・・ハル?」
『あ、リリ?僕』
「なに?」
『多分ボスから、今日近くで仕事あるって言ってたじゃん?』
「うん。」
『ちょっと、問題発生。阿呆が一匹逃げたんだけど、もしかしたらって。』
「マジでか。」
リシリィが電話をしている間に、せめて、と。
シオンがこのまま席を外しても大丈夫かとグレイスに問えば、彼女は手でOKをして見せる。
とりあえず、休憩だと。この際今の姿は置いといて、シオンは階下へと向かった。
『今追跡中で、なんか、ちょっと綺麗めの白い建物の扉ぶち破って入っちゃったから』
「ビンゴかよクソやろー」
『ボスが追っかけてるから大丈夫だと思うけど、一般人に被害ないようにシクヨロ。』
「一人じゃ限度がある。休日手当弾めて言っといて。」
「シオン、ちょっとまずいことにな―――」
電話を終えたリシリィが振り返って、ついそこまでいたシオンの姿がない事に、気付く。
すればグレイスが、メイク道具を一部片付けながら
「あ、あの人なら、ちょっと休憩って・・・。」
「・・・マジでかー」
その言葉に、リシリィが、たいして困っていないような顔で、眉尻を、下げた。




