紅柱石(アンダルサイト)2
『 センズリぶっこむ程のモンでもねぇだろ 』
なんて・・・
とてもとても、元貴族のお姫様が言うべき表現ではないのを、まざまざと感じながら、
「な、なんだって!そんな、言い回し選ぶの!!」
あまりにあんまりな、言葉のセンスに、クロウが思わず突っ込む。
その過剰な反応に、シオンが、一歩後ろへ引けば
「まさか、おま──・・・。」
「違う違う違う!本当に違う!あ、いや、そりゃ最っ高のオカズなんだけど結局いつも恐れ多くてできな――」
「・・・は?」
「だ・・・っ!」
思わず口を滑らせた言葉に、シオンが更にもうに一歩、背後へ、後退り。もはや涙目のクロウが必死になって手を振り首を振るが、
「違っ!ほ、本当!ホントにしてない!」
「・・・・・。」
「断じてオカズにしたコトなんか・・・!」
「・・・・・。」
「・・・ねえ?その目ヤだよ。」
「・・・・・。」
「いや、だから、あの・・・。」
「・・・・・。」
完全にゴキ◯リを見る様な眼で見下すシオンのその視線に、ちょっと震えながらクロウが小さい声で懇願する、が、
「あー!!もう!!わかったって!!」
ぐわっと頭変抱えて一度反り返ったクロウが、
「言う!言うからー!!」
「・・・何をだよ。」
「写真の理由!」
「・・・・・。」
すれば、はぁっと一つため息。
「・・・に、任務前に、皆、家族の写真とか持って、幸せそうに眺めたりしてるから!」
「・・・・・。」
「あーゆーのって、いいなって!」
「・・・は?」
白状した理由は、思いの外真面目な理由だった事に、シオンが目を丸くする。
それを、至極恥ずかしそうに、クロウがわしゃわしゃと髪をかきむしる。
「オレが、生きて帰りたいって思う理由なんて、お前だけなの!」
「・・・・・。」
「だから!」
「・・・・・。」
今度は、シオンがあきれたようなため息を吐く。はじめから言ってくれれば、いいのに、とすら思いながら。
それでも存外気弱な目の前の男は、返ってその様子が拒否にも見えるのか
「・・・だめ?」
「・・・・・。」
叱られた犬のような顔で見上げてくる様に、シオンの口から、更にもう一つため息が溢れる。
「・・・そういうのは、ちゃんと、そう言え。」
「だって!こっぱずかしいじゃん!どう考えたって、そんな、ホント・・・」
「・・・いや、オカズ用って誤解される方がよっぽど恥ずかしくないか?」
「それむしろ全っ然健全だから!」
「・・・そんなわけねぇだろ。」
理解できない主張に、一瞬、シオンが米神を抑えつつも・・・。
「まぁ、オトコの事情はどうか知らないが・・・」
「・・・・・。」
「別にいいじゃねぇか。理由があるから戻ろうって思えるんだろ?」
「・・・・・。」
そう告げれば、シオンが柔らかい表情を浮かべて、正面からクロウを見つめる。
怒ってないのか、と伺うような反応に、ぐしゃぐしゃになった、そのお気に入りの髪を撫でた。
「そういうのだった別に怒らない。ダメなんかじゃない。」
「・・・・・。」
「むしろ、そんな隠し撮りみたいなことしないで、もっと―――」
「もっと?」
瞬間、食い気味な言葉と共に両肩をぐっと掴まれる。思わず逸れた視線を、クロウへ戻せば
「・・・ん?・・・んン?」
「え?もっと?いいの?それ、もっとイイ感じに撮っていいってことだよね?」
「・・・ナニ自己解釈してんだ。落ち着け。」
「大事なとこだから。そこ、はっきり。くわしく。」
やや興奮気味な赤い目がシオンを覗き込む様は、正直言って、ちょっとヤバイ。シオンの背筋に汗が伝う。
「な、なんだよ、なんでそんな真顔なんだよ。」
「欲しいからだよ、写真。」
至極当然の如く、クロウが淡々と告げる。
ますます、シオンの表情が引きつる。
「・・・・・。」
「いいんだよね?写真。」
「・・・・・。」
「オレが。死地からでも。絶対帰れるように。」
「・・・死地からだろうが地獄だろうが、無傷で帰ってこれそうだよ手前ェなら。」
「写真があれば、それ100%になる。」
「そんな効力ねぇよ!」
「オレの気合の入り方が違うから。効力ありまくりだわ。」
「・・・・・。」
それに関しては、今の様からでも納得できる。できる、が、どうも頷くには危険な気配がしてならない。
「撮っても、いい?」
「・・・じゃあ、一――」
「三枚。」
「・・・に」
「三枚。」
「・・・・・。」
何故かあと三枚と譲らないクロウに、シオンが更に表情を引きつらせる。
はくはくと口を動かせば、いつもなんだかんだ折れるクロウが、少しも譲らないと、言った表情──むしろこのまま前線で刀振るような顔で、シオンを見つめる、から。
「三枚。撮りたい・・・、っーか、撮るから。」
「―――っ!」
暫く考えた後、シオンがくっと奥歯を噛み締めた。
「わ、わかった!わかったから・・・!」
二言はないとばかりに、潔く啖呵を切れば、
「聞いたよ?」
クロウが更に、底冷えがするような笑みを浮かべて
「ちょ・・・!?」
その手が、徐にシオンの手首を握り、その体を引き寄せる。ぐいっと腰を掻き抱いて、自身の膝の上に乗せては、強く抱き締めた。
強く強く包み込んでくるのが恥ずかしくなって、シオンが小さく身動ぎするが、微動だにしない力に、思わず眉根を寄せる。
「さて、と・・・。」
「ちょ、待て!手ぇ離せ、手!」
「イヤだ。」
「なんだこの手!」
依然として振り払えない手に、シオンが抗議の声を上げる。ふと相手の顔を覗き込めば・・・
「・・・・・。」
「ほら、オレが、絶対帰りたくなるような写真、だから。」
ナニを想像しているのか、と問いたくなるほどに、ギラつかせた眼と息の荒い表情とにかち合う。
「落ち着け!眼!眼がヤバいから!」
「え?なんで?逃さないよ?」
一度全力で大きくもがけば、腰に回されている腕が、掌が、撫でるように、下へ、這わされ、掴まれて、
「───・・・っ!」
息を飲む。
身体を、強張らせる。
その指先がナニかを確かめるように動かされるから、あまりにあんまりな手の動きに、シオンが思わずクロウを、見上げれば、
「・・・シオン。」
「・・・・・っ」
やたら甘い、甘い声が、耳元へ落とされる。
熱を持った吐息が首筋にかかる。完全に向こうはソウイウ方向へ進むつもりなのは明白だ。それに写真撮影、というのが加われば、
(阿呆かコイツは!!)
誰もそんな事を許可したつもりはない、と、ぐっと相手を見れば、頬を撫でてくる手が、甘さを伴って落ち着かない。
「・・・・・。」
ただの写真撮影が、あらぬ方向に道が逸れている。
シオンがもう一度抵抗を大きくすれば、より強く身体を引き寄せられて、ぴったりと密着させられなる。相手の身体的反応なんて、言うまでもない。
到底、酔い、だけでは、ごまかしきれないような熱までが伝わってきて、シオンは頭を抱えた。
もっといい話だった筈なのに。
そういう理由なら、今後どれだけ大変の場所に赴く事になっても、その一枚が、コイツにとって、生きて帰りたいと思う理由になってくれるなら、それがいいって思ったのに。
(なんか・・・、凄ぇ、腹が立ってきた。)
シオンのまとう空気が、ざわりと、変わる。
「・・・オイ。」
舌打ち、一つ。
「いい加減にしろ。」
「・・・・・っ!」
耳元に落とされる声が、戸惑いから怒気に変わって。
その気配を敏感に察したクロウが、ビクッと肩を跳ねさせた。無遠慮に腰から太腿辺りを、柔く、柔く、弄っていた手が強張る。完全に酔った様な赤ら顔が、さっと青く変化する。
その様をじ・・・っと、シオンが、見る。
クロウの額に、汗が浮かぶ。
「この・・・」
「クソッタレの、クソ野郎が・・・。」
「・・・・・ッ!!!」
怯えた犬の如く、クロウの背が逆立つ。
「・・・あ、あああの、シオン、さん?」
「るせぇ、黙れ。喋んな。」
「・・・いや。あの・・・。」
不躾な掌を掴んで、シオンがそれこそ、クロウに負けないほどには、瞳孔の開いた顔を近付ける。
「どんな写真撮るつもりだテメーは。」
「・・・いや、その。別に・・・」
「あァ?」
「ス・・・、スミマセンごめんなさい初めて撮らせてくれるって言われて凄い調子乗りました。」
「調子、乗りすぎじゃねぇ?」
ナニ、考えてた・・・?
と。
シオンが、変わらない表情のまま、クロウに迫る。すれば、密接したまま一度冷静になった身体が。考えていた写真内容に反応してか・・・
ぐ・・・っ、と。
「・・・・・。」
「・・・ずいぶんと正直だな、『シタ』は。」
「・・・・・あ。」
「で?ナニ考えてた?ナニするつもりだった?」
「ご、ごめんなさ・・・」
「謝罪はいらねぇ、吐け。」
「・・・いや、あの・・・その・・・。」
大海を動き回る回遊魚の如く、泳ぎ回る目を捕まえて。シオンの射抜く眼光に、逃げ切れぬと覚悟を決めた、クロウが・・・
「や・・・」
「・・・・・。」
「ヤラシイ事されて、恥ずかしがってる顔、と。・・・☓☓せた、時、と・・・」
「・・・・・。」
「◯◯撮り、できれば動画で───」
「ずいぶんとお花畑だったようだなァ!!テメーの腐った脳内は・・・っ!!」
ガッツリとその顔面にアイアンクローをかましながら、シオンがその胸ぐらをつかみ上げる。
いくら、素直に吐けとは言ったが、まさかそんな危険な言葉がボロボロと出てくるとは思わなかったと。シオンが僅かに目尻を染めつつも、怒気に顔を歪め、吠えた。
「スミマセンスミマセン!本っ当にごめんなさい!嬉しくてマジでアタマ沸いちゃっただけなんです!!!」
「それでオカズにした事ないとかよく言えたな阿呆が!!」
「そ、それは、ホントに・・・!!」
「もはや、どうでもいい。」
すっぱりと言い切って。
シオンがクロウの手からその、携帯電話を奪う。
未だにクロウの顔を片手でギリギリと締め上げながら、もう一方の手で器用にスマホを操作する。
そして、シャッター音が、鳴る。
「は!?なんで!?」
「この写真を撮った相手がいるってことで良しとしろ。それ以上、ぎゃーぎゃー言うなら・・・」
掴んだ携帯が、みしりと悲鳴を上げる。
同時に一瞬だけ、シオンの視線が、シタへと向けられて、戻って、
「潰す。」
「・・・・・。」
(どっちを・・・!?)
心に浮かんだ疑問は、とても口には出せず・・・
「・・・はい、スミマセン。」
そうして、平謝りに謝って。
ようやくシオンが口を聞いてくれたのは、夜が明けた朝だった。
それからある日の
某日・・・
国境付近にて、緊急の作戦開始十分前。
最後の小休憩。
クロウは、ハルオミやリシリィと、最終的な打ち合わせの後、隊員達の様子を遠目に確認していた。
昨日から振り注いでいた雨がようやく止み、明け方の肌寒さがまとわりつく。
少し離れた場所で。
ハルオミとリシリィが何か確認し合っているのを見て、クロウはなんとは無しに携帯を開いた。
最終的な活動時間の確認をして、そのまま携帯を懐に入れようとした時、ふと、違和感に気付いて、再度画面を覗き込む。
なんの変哲もない、代わり映えのない、表示画面に、一つ、覚えのない画像データーが置かれていた。
首をかしげて、そのデーター情報を見れば、作成日は半月ほど前に、なっていた。
半月程前、といえば・・・
「・・・あー」
写真関連でうっかりオイタをして、シオンにこっぴどく怒られたのを思い出し、僅かに目が泳ぐ。
結局写真は撮らせて貰えず、半泣きのまま一足先に布団にくるまったのをなんとなく思い出して、クロウは、ちょっと情けなくなる。
「・・・あれ?」
一つ、違和感。
クロウは、そうだ、と首を傾げた。
シオンを怒らせた挙句、結局写真は撮らせてもらえなかった。だから、別になんのデーターものこっている事はない。
それこそ、アイアンクローを食らわされながら、情けない顔を晒した写真だけだ。
「・・・・・。」
トップ画面の見知らぬデーターは、動画データーだった。どくりと、心臓が鳴る。
「・・・まさ、か。」
こういう時、期待したらダメだと、クロウは、自らに言い聞かせる。言い聞かせる、けど、つい、期待してしまう。
そうして、動画データーを開けば
『ん・・・?』
「───・・・っ!!?」
画面いっぱいに広がる、愛しい人の顔。
『・・・え?これ、もう撮れてんの?』
慣れていないように、画面を操作しているのか、少し困ったような表情。
『・・・ホントに?あー・・・』
その顔が画面から少し離れて、苦笑いをしながら、
『・・・まぁ、いいか。』
目を細める。
「───・・・っ」
任務が始まってから三日会ってない。別にそんな事は多々ある事だ。今更、と、クロウは思っていた。思っていた、けど・・・
『・・・てか、何喋ればいいかわかんねぇよ、コレ。』
画面越しに、話しかけてくる顔に、酷く切ない気持ちが込み上げてくる。
なんの意味もないのに、液晶に映るその頬を撫でてしまう。
画面越しの、あの子が、優しく笑いかけてくる。
『とにかく・・・、ちゃんと、生きて帰ってこい。』
『コッチも、ちゃんと、待っててやるから。』
『・・・・・。』
『・・・俺も、お前が大事だから、な?』
ゆっくりと、画面越しに伸ばされる指先。魔法が終わる合図のように、動画が止まる。
「───・・・っ!!」
こういう時に、もっと簡単で、ありふれた、嬉しい言葉がある筈なのに。
そんな表現じゃない、それでも、シオンらしい愛言葉に、どうしょうもなく彼女を渇望する思いがこみ上げてくる。
ともすれば泣きたくなるほどの切なさに、うつむいた顔のまま、クロウが携帯を懐へとしまった。
「・・・・・。」
一度くしゃりと、髪を撫でる。
彼女といると、つい目先の欲望が魅力的過ぎて、思わず手を伸ばしてしまう。だけど、そんな自分を叱って、笑って、本当に欲しいものはこれだろ、と言わんばかりに示してくるのを・・・。
「ボス!」
時間だと、示してくるハルオミの方を、無言のまま振り返る。
全ての任務に危険はつきもの、だから、
待っててやるから、と、優しく笑うその表情を、もう一度思い浮かべて・・・
「ん、じゃあ、始めようか。」
クロウは、自身の大隊のもとへと、向かった。
【閑話休題】
そうして、難なく帰宅した先にて・・・
「いや!なんであんな遠回しなの!?せめてこういう時くらい、好き、とか、愛してる、とか!言うのもありじゃない!?」
「言わねぇよ。意味ねぇだろ?それじゃあ。」
「意味ないって・・・」
「その言葉を聞きたいなら、ちゃんと帰ってくればいい。」
── そうだろ?
「・・・・・っ」
(こンの、人タラシが・・・)




