金剛石(ダイヤモンド)3
老夫婦が何度も手を振って見送ってくれた店からの帰り道。
二人とも家まで待ちきれなくて、そのまま、少し歩いた先の、個室のある飲み屋に入った。
大きな建物の二階。外階段から上がっていく店。過去にシオンが来たのは二度。
その際は何れもクロウ以外の相手で、彼とまだ知り合う前だった。
個室の、しかも、少し狭い。簡単に触れ合える距離での呑み、なんて、少し見え透いたようなその空間があまり好きではなかったけれど、
今は・・・
「・・・・・っ」
四畳には満たない程の空間。
入るや否や、案内したくれた店員に、メニューも見ずに、どこにでもあるような酒と簡単なつまみだけ頼む。
そうして二人だけの空間になれば、まるで子供みたいに老夫婦から大事そうに手渡された紙袋の中を覗き込んだ。
クロウがその一つを手に取る。ゆっくりと開ければ、中には黒曜石──金曜石とも言われる、金の輝きが入った漆黒の石のピアスが入っていた。
魅入られる程の、深い黒と、時折際立つ金色の輝きに、シオンが目を細める。
「やっぱ・・・凄い、いいな。」
感嘆の吐息と共に注がれる賞賛に、自分が褒められたわけでもないのに、クロウは、無性に嬉しくなる。
そのまま、一緒に貰ったニードルを準備した。
「・・・これ、どうやって開けるんだ?」
「ん?見る?」
すれば、クロウが初めてとは思えない手付きで、右の耳たぶ──イヤーロブと言われる位置にニードルを、刺した。
「・・・っ」
思わず小さく息を飲んだシオンが少し眉根を寄せながら、金曜石のピアスを装着していく様を、怖怖と眺める。
あっという間に片耳をつけ終わったクロウが、大層御満悦、といった表情で、耳に着いた漆黒を眺める。
「どうどう?」
ケロッとして、見せびらかしてくるクロウに、少し青い顔をしたシオンが、素直に
「・・・まだ、装着方法の衝撃が抜けなくて、上手く、評価、できねぇ。」
「・・・ああ、そう。」
と、少し青い顔で呟くのを、少し吹き出しながらクロウがニヤニヤする。
「意外と、チキンだね。」
「だっ!だって、なんか、針刺さる瞬間とか!刺さってる状況とか!」
「普段から斬った張ったを繰り返してる人間とは思えない発言だわ。」
シオンの珍しく怯えた様子に、クロウが笑いながら言えば、それにシオンが唇を尖らせる。その時、注文の品が届いたと声がかかった。
それらを受け取るや、机の端に並べて。
クロウがもう片方の穴開けに勤しむ。
一度やればそれほどではない、と、言った様に、今度は更に手早くニードルを刺し、ピアスを装着させていく。
「ほら、できた。」
簡単だよ、なんて笑うクロウに、シオンが、こくりと珍しく喉を鳴らす。
そんな彼女の前で、クロウがもう一つの箱から、赤い緋い一粒を取り出した。
「じゃあ・・・、そろそろ覚悟は、いい?」
「・・・・・。」
向かい合わせになって、クロウがシオンの耳に触れる。この辺かな、なんて言いながら、位置を決め、
「開けるよ?」
「あぁ・・・。」
シオンの珍しくも緊張した様子が、触れた箇所から伝わってくる。それがなんとなく面白くなって、クロウのイタズラ心を刺激してくるから、
「大丈夫だよ、腹に穴が空くよりは痛くないし。」
「・・・あぁ。」
「オレに蹴り飛ばされた時よりは全然平気じゃない?」
「・・・そうだな。」
言う通り、腹に穴が開いたことがあるくらいだから、と・・・。
早鐘を打つ心臓を抑え込んで、シオンが自分自身に言い聞かせていた時
不意に、針の感触。
「ひゃ・・・っ!」
一度開ける箇所を確認する様に、ニードルで突っつけば、予想以上にビクッと肩を跳ねさせたシオンに。クロウの手が思わず止まった。
「・・・・・。」
「さ、刺すときは一回声かけてくれ!」
「・・・うん、ごめん。」
「あ、空いた?」
「・・・まだ。」
「───・・・っ。」
「・・・・・。」
(た、楽しい、かも・・・。)
クロウが、ゴクリと、喉を鳴らす。
びくびくと、多分、初めて見るおびえた様な姿に、嗜虐心がゾクゾクと、刺激される。
伏し目がちの目元の、濡れた睫毛と、赤く染まる目元にどうしようもなく、煽られる。
触れた側から震えが伝わってくる。
耳たぶを差し出す、ということは、そのすぐ下の、綺麗な首筋も露わになっているということ。
いつもより、緊張した、ナニかに耐えるようにキツく閉じた、目と、赤い、唇。
そして・・・
「・・・・・。」
無意識、なのか。
クロウの胸元に添えられた手が、ぎゅっと、シャツを、握る・・・。
「・・・・・。」
(多分、ピアス通った瞬間・・・、オレ・・・)
(あああぁぁ─・・・。)
明らかに、楽しくなってる。
チラリとシオンに目を向ければいつ来るのか、と構えている様に、ゾクゾクとイタズラ心が膨らんでくる。いや、でも、これは・・・と、誰に言う訳でもなく、口のなかで言い訳を繰り返すけど、ニヤニヤが止まらない。
そのまま、熱い昂りが身体にまで巡ってきて、必然と呼吸が荒くなる。
何はともあれ、
と。
「・・・あけるよ?」
「やっ、ちょ、ま、待って!」
「───・・・っ」
明らかに、いつもよりも、弱々しいような、怯えるような様に、唇が吊り上がる。ごまかす様に、舌で舐める。
「はぁ・・・、よ、よし!ヤる」
「大丈夫?もう少し待てるよ?」
「あ、いや、でも・・・。」
困惑する様な、目が泳ぐ様に鼻息が荒くなる。
「いや、する!するから!」
「・・・いいの?大丈夫。」
「だ、だから大丈夫だって言って──」
瞬間、ニードルを、その耳元に、突き刺す。
「うわ・・・っ!」
「―――・・・っ!」
瞬間、上がる声と、びくんっと跳ねる身体に釣られないように、手元だけは細心の注意を払いながら。
「い・・・たぁ・・・っ」
「・・・・・っ」
白と、黒だけの視界に、深く、赤い緋い輝きが目に飛び込んでくる。
潤み、伏せられた漆黒の目と髪、反して白く浮かぶ肌。ソコに、突き刺さる、自分にしかない、緋。
「 ・ ・ ・ ・ ・ 。 」
どくり、と。
心臓が高鳴る。
肌が泡立つ。
虐めに虐めた挙句、彼女につけられたのが、自分のものだという証。その身に穿たれている事実に、震える。
不意に、チラリと、シオンの目がこちらをみる。
高鳴る心臓の鼓動が、更に速くなる。
「おー・・・。」
「ん・・・、はい、った・・・?」
「入った入った、ちゃーんと入ったよー。」
荒くなる呼吸を必死で噛み締め、目を細めてその緋を見やる。そこに、不安げなシオンの指先が、ゆっくりと耳元に触れながら、
「大丈夫?ちゃんとヤれた?」
「ヤれたねぇ。ヤれたヤれた。」
「ちょっと鏡見てくる!」
「はいはい、いってらっさい。」
一度部屋から出ていく姿を見送って。
(あー・・・やば、なんか、イイわ。)
本気で、二度目はどうヤるか迷う。
じっくり考える時間が欲しくなるが、まぁそれは仕方ない。戻ってきたときの様子で考えてみようと、シオンを待てば、
「すごいな!あんな道具でちゃんと入ってるんだ!」
片耳に付いた赤いピアスを嬉しそうに触れながら戻ってきた姿に、クロウの、心臓がキュンとトキめく。トキメキつつも、
「よし、今ならいける!コッチも!」
「・・・あれ?なんか、平気になっ ちゃった?」
「・・・・・。おい、何でそんなつまらなそうなんだ?」
「いや・・・、いやいやいや、別に、そんな、ね?」
「・・・・・。」
クロウの前にちょこんと腰を下ろしつつも、訝しげに見上げてくるシオンの姿に、冷や汗をかきながらニードルを準備する。
反対側の耳を差し出してくる姿に、再び欲が天を仰ぎ見る。
「さて、そろそろいい?」
「だからいいって言ってるだろ?早くしろよ。」
「・・・いいの?さっきより痛いかもしれないよ?」
「腹に穴空くよりはマシだって言ってんだろ。」
「わかんないよ?ホントに痛いかも──」
「さっきからなんなんだテメーは!?」
「・・・あ、すんません。いきます。」
「え!?ちょ、待──」
危うく焦らしてるのがバレそうになって、さくさく進めようとすれば、慌てたような声。
シオンの気持ちが追いつくよりも、先に
「ひ・・・っ!」
「・・・・・。」
さくりとニードルを刺して、もはや、慣れた手付きでささっとピアスを装着させていく。
そうして、涙目のシオンの、その両の耳に赤い緋い宝石が花開き、添えられるのを見て。
「いったー・・・。なんか、腹貫かれた時より痛い気がする。」
「・・・いや、それはないでしょ。」
なんて、ツッコミつつ。
自ら咲かせた耳元へ咲かせた赤い花の出来栄えに、満足そうに、目を細めながら、
「・・・いや、コレ、想像以上にイイわ。」
思わず唇を舐める。
「お前の肌に、オレの色がぶっ刺さってる。」
「なんだ、その言い方。」
僅かに不穏な響きを持つ言い方に、シオンが少し眉根を寄せる。
その様を目を細めて見下ろしながら、シオンの手を取る。所有の印を刻んだ指に、そっと唇を落としながら、
「お前は?どう?興奮シない?オレの肌にお前の目や髪と同じ色がついてるのが。」
「今までなかった色だから。そこだけ凄ェ、鮮やかなの。嫌でも目が行く。」
「お前が誰の者が、すぐわかる。凄ェ、嬉しい。たまんない。ソソる。」
感無量といった声が、熱い吐息と共に注がれる。
シオンが見上げた先でその赤い目が酷く歓び、興奮してるのがわかる。
「お、まえは・・・。」
「違う?お前は、そうじゃない?」
シオンの目の前で、クロウがその銀髪をかき上げる。その耳元で存在を主張する漆黒の石に、シオンが目を奪われる。
「オレのココで光っている色は、誰でもない、お前の色だ。お前の色が、オレに突き刺さってる。」
「・・・・・。」
「凄ぇ、嬉しい。」
「・・・・・っ!」
「オレは、お前のものなんだって感じる。」
「・・・ほんとに、お前は・・・っ!」
呆れた様な、だけど、何処か息を飲んで耐える様なシオンの表情に、クロウが喉で笑う。
「ごめんね、こんな独占欲が強くて。」
「・・・・・。」
「でも、無理。もう、我慢しない。ノヴルでいい加減懲りた。」
もし、トラヴィスやエルヴィスがそのセリフを聞いたら『全然我慢してない!』とか『何をもってして、我慢としていたのか!』とか色々な反論が飛びそうではあるが・・・。
それでも、ノヴル=オルガヌスでの経験は、クロウに強い焦燥感を植え付けた。シオンは本当に人目を惹く。周囲を魅了する。
『セレスティニア』のフリをしていた時には気にならなかったのに、本来の彼女として、過ごした瞬間、皆が彼女に、惹かれていく。
誰もが彼女を求めて止まないような、そんな風に見えた。実際、王兄は理由を付けて、彼女を自分のものにしようとした。
絶対に、渡すつもりなんて、なかった。
だけど、誰よりも否定をしていたはずの、立場や純血の血筋が、不意に、クロウを苛んだ。
お前如きが、手を伸ばしていい相手じゃないのだと、突きつけられた、気がした。
もし、あの時に彼女がすぐさま手を取ってくれなかったら、なんて。
考えるだけでも、嫌になる、と。
あの時、しっかりと抱き締めてくれなかったら。
あの、王兄の、手を取るような真似をしたのなら。
多分誰も彼も鏖にして、彼女を閉じ込めてでも、なんて・・・
己の内に秘めたどす黒い感情に、恐怖する。
でもきっと、それが事実だから・・・。
「・・・・・。」
「・・・どうした?」
表情を、消したまま、シオンだけを見つめるクロウに、心配そうな視線をむけた。
その顔に、クロウが手を伸ばす。
シオンの髪をゆっくりと耳にかける。
モノクロの美しさを持つ彼女の中で、その緋だけが煌々と光を放つ。
「あァ・・・。」
穿たれた血の色に、クロウが仄暗い悦びを含む、獣じみた笑みを浮かべ、
「誰にも渡さない。」
「・・・・・。」
「死んでも離してやらない。」
「・・・・・。」
「もう、オレだけの、シオンでいて?」
「・・・クロウ?」
泣きそうに、顔をゆがめる。
彼女が好きで、一緒になりたくて、希った筈なのに。
己が抱えた感情は、こんなにも、自分勝手なものだったと自覚する。
「ごめんね?こんなマガイモノでマザリモノに捕まっちゃって。」
「───・・・っ!?」
「もう諦め──・・・」
「おい!」
不意にばちんっ、と。
その両の頬を思いっきり叩かれて、クロウが我に返った様に身体を跳ねさせた。
ぐっと目を見開いて息を飲んで。
まじまじと、シオンを見れば、彼女は真摯に射抜く、強い目でクロウを見つめていた。
「その言い方止めろ。お前が俺に言ったんだぞ?自分卑下する様な言い方するなって。」
「・・・あ。」
シオンの言葉に、クロウの目が更に大きく開かれる。
「マガイモノとかマザリモノとか、俺は一度だってそんな目でお前を見たことはない。少なくとも、俺の前ではそんな事を言わせない。」
「・・・・・。」
「あと、な?」
不意にその目が柔らかく笑う。叩いたその手が柔らかく頬を包む。引き寄せて、額をくっつけ合う。
「お前が捕まえたんじゃない。俺がその手を掴んだんだ、そうだろ?」
「・・・・・。」
「何度も言ってるよ?俺はちゃんと、お前が好きだって。信じてないのか?」
── こんな事までして。
なんて。
薬指に、二色の光る石が埋め込まれた左手が米神から頬をやわらかく撫でる。その向こうで、赤く光る耳元が揺れる。
「奥さんになってって言ったんだろ?」
「・・・うん。」
「俺の返事はどうだった?」
「・・・そのつもりだって。」
「なのに、なんでそんなに怖がってるんだよ。」
「・・・・・。」
「お前はちゃんと、俺の旦那様、だよ。」
「───・・・っ!!」
瞬間、今までの不穏な空気が嘘のように、クロウの纏う気配が変わる。
同時に、耳まで真っ赤にして、はくはくと口を二度三度させるやいなや
「そ・・・」
「ん?」
「その、表現は、ずるい・・・」
ぽすりとその首筋に顔を埋めれば、
「は?ずるくはないだろ。そのまんまだろ?」
「・・・・・。」
追い打ちをかけるように、
「な?旦那様?」
「───・・・っ!!!」
耳元で落とされた言葉に、ぐっと息を飲んで、唇をかんで、
「・・・それ、さっきの、仕返し?」
「あぁ、バレたか。」
熱を持つ頬を必死で隠しながら、上目遣いで見上げてくるクロウに、シオンが彼女らしい、男前な笑みを返す。
満足そうな彼女に、もう降参の意味で、クロウ両手を上げてみせれば、
「はい、すみません。ごめんなさい。自分が悪かったです。」
「どっちが?」
「・・・どっちも。」
虐めたことも。
自らを、貶めたことも。
クロウが、素直にそれを認めて。
「よし。」
まるで、飼い犬を褒めるように、その髪をわしゃわしゃとなで回すから。
「・・・それは、旦那様、というより、飼い犬にすることではないでしょうか?」
「そう思うなら、肩書と同じ立場になれるよう頑張るんだな。」
「・・・・・。」
ぐうの音も出ない一言に、何も返せず。
それでも。
せめて、とばかりに。
舌を出すシオンの、その唇に、クロウは、噛みつくようなキスをした。




