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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season2

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102/113

金剛石(ダイヤモンド)2








「お?誰かと思ったら・・・、シオンか?」

「よぉ!これから仕事か?」

「稼がないとな。てか・・・、良い恰好してるじゃないか。」

「だろ?似合うか?」

「おう、いいな、良く似合ってんじゃねぇか。」

「へへ、ありがとう!」

「いいねぇ、お前さんの満面笑み貰ってコッチもたまんねぇや!」

「仕事、気張れよ?」

「おう!やる気もでるわ、いっちょ頑張るか!」

「じゃあな!」


「・・・・・。」


 さっきから、道行く顔なじみに声を掛けられる。

 そのたびに新しく新調した服を褒められて、笑顔の大盤振る舞いのシオンに、褒めた方としてもニコニコと、場合によっては眼福とばかりに鼻の下を伸ばして去っていく。


 その様を背後から眺めながら、反してクロウの方はややイライラが溜まっていく。

 シオンが可愛いのも、服が似合うのも申し分ない。

 申し分があるのは、しょっちゅう他人から声をかけられること。加えて褒められて機嫌のよいシオンの笑顔が、問答無用で振り撒かれる事。その一部が明らかに下心丸出しで去っていくこと。


(・・・やっぱ、剥いちまえば、よかった。)


 堅苦しい軍服の上着を肩に引掛けながら、むっすり不機嫌そうに歩くクロウに、大方の人間がびくりと反応し、そそくさと去っていくのだが。


「ほら!」

 前を軽やかに歩いていくシオンが、振り返った。


 その瞬間に、吹く風までが彼女に絡む。

 なびく黒い髪と、白いシャツのワンピースの裾。


「クロウ、早く・・・!」


 眩しそうに、眼を細めて、自分を呼ぶ、姿に



(あ・・・。)



(ああぁあああぁぁぁ・・・。)



 衝動的に、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

 その様に思わずシオンがギョッとなる。


「ちょ、なんでだよ!」

「・・・尊い。」

「お前までリィン・・・『聖女サマ』みたくなってんぞ!?」

「・・・あ、うん。ちょっと・・・、キモチがわかる、かも。」

「嘘だろ!?勘弁してくれ!」

 再び耳まで赤くしたクロウに、何がそんなに琴線にふれるのか、と、シオンは首を傾げる。


「てか、そんな恰好でしゃがみ込んでたら、そろそろ不審者扱いされんぞ?」

「この街でオレのコト知らないヤツいないから、もういい・・・。」

「まあ、そうだろうけどな。取り締まる方がいつまでも怪しい事してるワケいかないだろう。」

「・・・多分周囲は察しているから、大丈夫。」

「は?そんなワケあるか。今のお前はただの怪しいヤツだよ。」

「・・・あー、はいはい。そうですね。」


 事実、クロウの言う通り。


 この場所でクロウの事を承知している人間はほとんどだし、行きつけの店が近ければ近い程、『白銀』『毛色の違う大隊長』として恐れられているこの男が、シオンにべた惚れなのは周知の事実だ。

 多少行動がおかしくても、生暖かい目で見守ってくれる程度には理解されている、―――のはシオンのあずかり知らぬことではあるが・・・。


 そんなクロウの手を引きながら、立たせると、店の場所は何処だあそこかと、シオンが訪ねてくる。それを、次は右、そこは左、と誘導しながら。


 大通りから外れた、路地裏。それでも、品がある落ち着いた一軒家。

 壁に緑鮮やかなグリーンカーテンのが這うレンガ造りの壁。小さな窓にはステンドグラス。その下に初めて『宝飾』と小さな看板を認めた。


 ベルの付いた木製のドアを、クロウがゆっくりと開けば、


「いらっしゃい、待ってたよ。」

「ありがとう、おいちゃん、おばちゃん。」

 顔なじみらしい老店主とその妻に、クロウが珍しくにこやかに笑いかける。


 普段馴染みの店以外は凛とした大隊長の顔を崩さない――ついさっきも街中で大幅に崩れ切っていたのは置いといて。

 基本的、対人には淡々とした表情で臨む男が珍しいと、シオンがクロウと老店主を交互に見る。

 その視線い気付いたクロウが、

「昔、ちょっと縁があってね。」

「そう、なのか・・・。」


 シオンが子供のころに、魔族と交流があったように、この店の人たちも、また、魔人達との触れ合いを大事に生きてきた人々だった。

 ゆえに、たまたま仕事の一貫でクロウと関わりをもち、彼の生い立ちを知った時も笑顔で迎えてくれた数少ない人達でもあり、クロウも心を許していた。

 

 今回の買い物においても、少なくない数、この店に足を運んで色々吟味していた筈なのだが・・・。


(・・・あ、危うく、一時の欲望に負けて、全てフイにするところだった・・・!)


 出かける前のやり取りに、今思えば心底来れてよかったと、クロウが心の中で安堵のため息を吐く。


 店の中はアンティーク調の棚には、品の良いアクセサリーや宝石が静かに鎮座していた。


「ココで、何を探すんだ?」

 興味深そうに、きょろきょろと視線をさまよわせるシオンを見つめながら、

「どんなのが好きなの?」

 クロウは、あえて質問の答えは言わずに、シオンの好みを聞いてくる。すれば、少し驚いた様に目を見開いて。その視線が僅かに伏せられる。


 長い睫を揺らして思案する顔が、クロウの胸をぐっと締め付ける。


「いや、・・・あんまり、考えた事がなかったな。」

「そ?あんまり刀を振るのに影響がないほうがいいかな?」

「そうだな。」

「何色が好き?」

「色は、黒とか、だけど・・・」


 不意に、シオンの漆黒の目が、クロウの瞳を覗き込む。


「最近は、深い赤が・・・気になる・・・。」

「・・・え。」

「お前の目の色、だからかな?」

「・・・う。」

 そう言って、クロウをじっと見つめてくるシオンに、思わず、クロウがこくりと喉を鳴らす。

 

「赤・・・真紅?深紅、かな?それとも、緋・・・。」

「・・・あ、いや、あの・・・。」

 より顔を近付けて、その眼の色のなまえを探そうとするシオンに、クロウがしどろもどろになりながら、ちょっとだけ距離を、取る。

 普段なら、いっそ引き寄せて膝にのせて、どうぞと言わんばかり――あわよくば・・・と、するのだが、今日の目的を考えると、ちょっと慎重にならざるを得ない。

 露骨な緊張を全身で表しながら、そんな、クロウと、シオンの様子をニコニしながら見守る老夫婦。


 と、


「とりあえず、探しておいたものがあるんだけど。」

 そう告げた老店主が、カウンターの下から、二つ三つと箱を取り出す。それを見るために、シオンを促したクロウが共にそちらへ近づく。


 二人の前で、老店主が箱を開ければ、小さな赤い石の付いたリングがを出てきた。

「どう?」 

「良いと思う。凄い、綺麗だな。」


 ・・・てか、と。

 シオンがクロウを見上げる。


「お前はどうなんだよ?」

「え・・・。」

「お間が欲しいものなんだろ?」

「・・・うん、まぁ、そうだね。」

「お前はどんなのが好みなんだよ?」

「お前が赤なら、オレは黒かなぁ・・・。」

「ん?なんで?」

「・・・・・。」

 きょとん、と首を傾げるシオンに、思わずクロウの目が、泳ぐ。

 どうにも噛み合わない二人の台詞に、店主夫婦が顔を見合わせた。店主の妻が、シオンに声をかけて、彼女の前に別の宝石も並べてみせる。


 その間に、店主がクロウに軽く手招きをすれば・・・


「ちょっとちょっと・・・。」

「お、おいちゃん・・・。ナニ?」


 入り口近くまでクロウを引っ張って離した後、老店主は思わず、呆れた顔でクロウを見上げる。


「クロウくん、さ?・・・あれ、お連れさんには、ナニ選んでるか伝えてないの?」

「う・・・。」

 すれば、あれほど勇猛果敢な大隊長が、ピクリと反応する。

 気まずそうに目を泳がせて、しどろもどろに応えるから。

「あ、いや・・・。とりあえず・・・、買っちゃえば、こっちのもんかなって。」

 情けない返事を返すクロウに、思わず呆れた店主が、

「こういうのはちゃんと言わなきゃダメなんじゃないかな?」

「だ、だって、もし、その・・・。」

「いらない、なんて言う子じゃないだろ?いい子なのは見ててもわかるよ?」

「わかって、るん、だけど・・・。」

 初めて見るクロウの情けない様に、店主は呆れ半分、微笑ましさ半分で、目を細める。慰めと激励の意味も込めて、とんとんと背を叩いた。

「以外にヘタレだねぇ、アンタ・・・。」

「だっ、だって・・・!」

 指摘されて、クロウも自覚があるのか、ぐっと息を飲んだ。


「まず、アンタはどんなのを身に付けてほしいんだい?」

「一発でこの子がオレのってわかるヤツ。」

「・・・ああ、そうだったね。」


 即答する様に、老店主が再度溜息を吐いた。


 確かに見てみれば、白一色のワンピースシャツに黒いコルセット型の腹当てに結われた飾り紐は緋色だ。ズボンは黒だが、それ以外の色を一切纏わせないところに、彼の独占欲の強さが露骨に主張してくる。

 老店主の視線に、クロウがとがめられた子供のように唇を尖らせて、

「そうしておかないと、あっちこっちから虫がわいてくるんだもん。」

「・・・確かに。凄く、美人さんだからねぇ。」

「・・・・・。」

 じゃあ、さ?と。

 一度引っ込んだ店主が奥から出してきたのは、『ノヴル=オルガヌス』に行った時、彼女が身に着けていたのと同じ程に強い赤。


 ピジョンブラッドのピアス。


 それと、もう一つ。


「・・・・・っ!」

 どうせなら、と、店主が出してきたのは、同じデザインの黒曜石のピアスだった。

 黒曜石には金のシラーが入り、ただ黒いだけでなく、光の加減で見える金が、シオンの強い瞳を思わせる。

「こ、れ・・・」

「まぁ、そこまで虫除けしたいなら、基本外さないアクセサリーの方がいいよね。」

「・・・・・っ!」

 目をキラキラさせて縋ってくるクロウに、小さく笑って店主は頷いた、時、



「あら。いいじゃないか。」


 店主の妻が、シオンの指を見てニコニコと微笑んだ。

 それに、シオンが恥ずかしそうに目を細めるのが見えて、クロウの目が、がっつりとそちらに向く。

「な、なに!?」

「え!?あ、いや!」

 その可愛い表情に、思わず手を伸ばせば、シオンがびくりと反応してその手を隠そうとするから、その肩を引き寄せて思わず覗き込む。

「見せて!」

「いや、その。あの・・・!」

「見せておやりよ、よく似合ってるよ?」

「・・・・・っ!」

 店主の妻の促しに、ぐっと息を飲んだシオンが、おずおずと言った様子で、左手を差し出す。




 すれば、ソコには、先ほどのピアス同様の緋い石と、白く輝く石が埋め込まれた指輪が、



 

  ――― 左手の、薬指に、あって・・・





「 ・ ・ ・ ・ ・ 。 」



 瞬間、頭が真っ白になったクロウが


 徐に、その手から指輪を抜き取った。


 そうされるとは思わなかったのか、シオンが少し目を見開く。

 そして、寂しそうに、気まずそうに小さく笑って、目を伏せる。

 老店主の妻がナニかを言おうとするのを、老店主が、制すれば、

 シオンの手を離さないまま、


「あ、あのさ・・・?」


 クロウが一度、ぐっと言葉を区切る。


「オレが、その指に、嵌めさせても、いい?」

「───・・・っ!?」


 耳まで真っ赤になって、シオンの手をより強く握りしめるクロウに、シオンもまた同じくらい、目元を赤く染める。


「え、あ・・・。」

 言葉を、失って。

 一瞬、老夫妻に目を泳がせて、

 目尻も眉尻も垂れ下がった二人に、うんうんと頷かれ。

 

 開いた唇が、何かを言おうとして、

 でも、何を言えばいいかわからなくて、

 そのまま、閉じて 



「・・・・・っ」


 シオンが、小さく頷く。


 込み上がる感情に、クロウの心臓が跳ねる。

 一瞬、眩暈。

 

 差し出された手を、そっと、そっと、支える。

 普段あれだけ精密に小烏丸を振り、容赦なく死線をくぐるその手が、これ以上なく震えていた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、指輪を、はめていく。


 奥までしっかりと赤と白の宝石が埋められた指輪に彩られた


 その手をそっと離せば。




「あぁ・・・。」




 シオンが自身の手を、少し宙へとかざしてみせる。

 店内に差し込む日の光

 淡く輝く光に、シオンが目を細めた。






「綺麗、だな・・・」






 感嘆の息と共に、心底、嬉しそうに、微笑む、から





「 ・ ・ ・ ・ ・ 。 」


 再び、その手を握りしめた。


 引き寄せる。

 抱き寄せる。


 シオンが思わず焦った様に、老夫婦を見てクロウを見て、また老夫婦を見て、を繰り返す。


「ちょ、おま!こんなところで―――・・・」

「オ、レの・・・っ!」


 耳元に、酷く緊張した様な声が、聞こえる。

 初めて聞く様な響きに、シオンが僅かに身動ぎして、クロウへと眼を向けた。

 至近距離で見る、今、自分の指で輝く石と同じ、緋い瞳が、これ以上ないくらいに、緊張している。


 その男が、何を言うのか、と

 じっと、じっと、その目を、覗き込めば・・・





「オレの・・・」

「・・・・・。」 








「・・・オレの、奥さんに、なって・・・。」

「―――・・・っ」









 クロウの、絞り出したような、言葉に

 一瞬だけ、シオンが目を見開いて

 だけど、すぐに、小さく笑って


「おまえ・・・。」

「・・・うん。」

「前も、家族になってって、言ってくれたじゃないか。」

「―――・・・っ!」



 頬にこぼれる、白銀の髪を、そっと耳にかけた。





「その時から・・・、ずっと、そのつもりだよ?」

「・・・・・っ」





 そのあかい眼から、一つ、白い雫が、零れる。

 それを、親指で、そっと、拭って


「泣く奴があるか、ばか。」

「あ、いや・・・。」


「てか、その為の買い物ならちゃんと言えよ!全然わからなかったじゃないか!」

「・・・はい。すいません。」


 シオンの当たり前の叱責に、クロウが肩を竦めて小さくなる。

 隣の老夫婦が呆れた様な顔で笑って頷いていた。そのまま、

「その指輪は、もう外さない方がいいね。」

「え?いいの?」

「当たり前だろう。そんなことしたらワシら、罰が当たる。」

「ありがとう、おいちゃん。」

「あと、どうする?」

 老店主が差し出した二色のピアスに、今度はシオンが目を見開く。

 思わずクロウを見れば、その顔を嬉しそうに眺めて笑う。


「いい?」

「え?」

「お揃い。・・・ダメ?」

 ここまでくれば良いもダメもないけれど、念の為、というようにお伺いを立てるクロウに、シオンは目を見開いたままぶんぶんと首を振る。

 その様子を微笑まし気に眺めながら、老店主が指輪の箱や、ピアスを包みながら、 


「二人ともピアスの穴なんか開いてないけど、大丈夫かい?痛くないかな?」

「まあ、身体に穴空いたことあるから・・・、大丈夫でしょ?」

「そうだな。」

「・・・・・。」

 何が大丈夫なのやら、と。突っ込みたくなるような発言をさらりとしてみせて。


「・・・似た物夫婦かい。」

 老店主がクロウはともかくとしてと。

 シオンを見つめては、労わる様な視線を向けた。


「前線に出てたのかい?」

「まあ、な。」

 そう言って、腰に下げた二刀をそっと撫でる。初めてそこでシオンの刀に気付いた様に小さく眼を見開いた。

「刀使い、かね。」

「・・・ああ。」

「そうか、そうかね。」

 

「ちゃんと幸せになるんだよ?」

「―――・・・っ!」

 不意に、優しいしわの刻まれた手が、シオンの頭を撫でた。

 そのぬくもりに、泣きそうになって、シオンの目が不意に潤む。

 きっと、何度かクロウと共に、この時の為に色々と考えてくれたのだろう。

 老店主夫妻の優しさに、シオンは胸にあたたかな光が灯るのを感じた。

「・・・ありがとう。」

「うん、うん。」

 同じように目尻に涙を浮かべた老夫婦が、何度も何度も頷きながらシオンを労わる。



 その様を、クロウが眼を細めて眺めながら



「おいちゃん、おばちゃん・・・。」

「んー?」

「そろそろ・・・、返して欲しいかも。」


「「「・・・・・。」」」



 三者三様の意味を含んだ視線に、


「・・・なによ。」

 クロウが、小さく唇を尖らせる、から。



「・・・ホントにクロウくんは。」

「まったくねぇ・・・。」

「あほか。」

 



 シオンが、悪態を吐いては、小さく、綺麗に、笑った。



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