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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─  作者: 八広まこと
Season2

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100/113

薔薇輝石(ロードナイト)28







 薄暗い最中


 シオンは目が覚めた。






 滞在期間は後2日。

 その間は今までと同じ王城の一室を充てがわれていた。もう、セレスティニアとして表には出ない予定のため、引き払う旨も伝えたのだが、

「流石に恩人に何も返さないのは・・・」

 と、王や王妃にまで恐縮されてしまい、断ることは出来なかった。

 非常に贅沢なホテル暮らしの様には、それでも慣れることはなく・・・。


 しかも、休み扱いとなった筈のクロウも、実質は予備戦力にはなるので、完全に自由が利くわけではない。

 暇なら手合わせでも・・・なんて、当人が聞いたら、複雑な顔をしそうな提案は、中々実行出来ずにいた。


 そんな、最中・・・。


 室内はおろか、外すらもまだ薄暗い。夜中と言っても良い時間だ。

 ただし、偶然満月が外を照らし、月明かりの明るさは残っている。

 ふと、シオンが窓の外を見て


「───・・・っ!?」


 目を止める。

 月明かりの下で動く人影に、そのまま、ニ刀だけをひっつかみ、部屋を飛び出した。

 部屋は二階。

 飛ぶように階段を駆け下りて、誰もいない廊下を懸命に走る。

 そうして、先ほどの眺めた中庭の扉を、体当たりする様に、押し開けば───



 ─── 目に飛び込んで来た姿。

 



「・・・・・っ」



 既にどれだけの時間を費やしていたのか、息を切らして刀を振るクロウ。片手に小烏丸を帯び、想像で相対していたのは、誰か。

「───・・・っ」

 その姿に目を奪われて。

 シオンは、咄嗟に声をかけられなかった。本当は一人で鍛錬するなんて・・・、とか、悪態の一つでつきたい筈なのに。


 月の光に白く輝いて、舞うように閃く小烏丸。

 それを扱う男から、目が離せない。

 


 その熱い視線に、緋い目が、止まる。



「あ、れ・・・?」

「・・・・・。」



 いたの、と言わんばかりに、クロウがふとシオンに気付いて手を止めた。その様を少し残念に思いながらも、口をついて出たのは、やっぱり逆の言葉だった。


「・・・一人で、鍛錬かよ。」

「いや、だって、いつもの事だし・・・。」

「何時からやってたんだよ。」

「・・・二時間、くらい、前、かな。」

「・・・道理で夜早いと思った。」

「まぁ、呑まない時はそんなもんだよ。一緒の時は大体呑んで寝てるもんね・・・。」

 へらりとクロウが息を整えながら笑う。


(わかっては、いた。いた、けど・・・)


 シオンがぐっと息を飲む。


 何かに秀でる、というのは、そこに積み重ねたものがあるのか、と。シオンが、その汗を拭う姿に、切なげに目を細めた。

「・・・・・。」

 それでも止めてしまうのは、惜しいと思ってしまう、から。


 二刀を強く掴む。


「・・・付き合って、くんねぇのかよ。」

「あー・・・。」


 手合わせしたい。

 それは、本音。

 だけど、それ以上に、目の前の男が刀を振る姿を見続けていたい。


 その上で、その目に自分を写してくれれば、それほど心躍ることは、ないのに。



 しばしの、思案の後、クロウがふっと肩の力を抜くように、


「・・・少し、お相手しましょうかね?」

「───・・・っ!」

 小さく笑ってそう告げれば、ぱあっと、日が差すようにシオンの表情が明るくなる。 


 その顔に、今度はクロウが思わず


「・・・・・。」


(いや、もう、ホント可愛いんだけど・・・!)


 すんっ、とした表情のまま、ぐっと拳だけは固く握る。



 勇んでニ刀を抜き放つシオンに、小烏丸を構える、というより、肩に乗せて。

 クロウがひらひらと指を動かして挑発すれば、目を見開いた可愛い子が、一気に距離を詰めてくる。

 その二刀が連続で振り下ろされるのを、短い金属音と共に、受け、弾いて。

 とん、と一足分距離をあければ、シオンはすぐに追い付いてくる。

 以前は簡単に乗ってきたフェイントを警戒する様に、だけど、その攻撃の手を緩めずにニ刀が迫る手管。

 

 クロウが、僅かに目を細めた。


 前に相対した時、シオンの視線はチラチラとあちこちに散らばる事が多かった。

 だけど今は、その目が相手の──こちらの目を捉えている時間が多くなった。故に、剣先だけの揺さぶりには振り回されない。

 以前指摘した事が修整されている。やはり飲み込みがいい。教えた事はすぐに吸収して、きちんと形にしてくれる。


 伝えたことしっかり受け止めてくれるのはとても嬉しい、とクロウは思う。


 刀だけじゃない。


 告げた想いも、抵抗があった筈の触れ合いも、懸命に受け止めて、抱き締めて、一生懸命に返そうとしてくれる。


 そう、すぐに、吸収して、飲み込みが、早いのは、




 刀だけじゃ、なくて・・・




「・・・・・っ!」


 不埓な方へと行きそうだった思考を戒めるように、『朝風』の斬り上げが吹き上がる。

 それを背を反る様にして避け、そのまま、一回転して、距離を離した。すれば、追撃はせず、真っ直ぐにこちらを見るシオンと目が合う。


 その美しくも力強さを持つ目が、ただクロウだけを映す。  

 

 ゾクゾクと、背を這うような感覚に、喉が鳴る。赤い目がぐっと引き絞られる。

 地を蹴り、距離が縮まる。右の袈裟斬りを容易に抑えて、次いで横薙ぎ、突き。金属音で応えて。


「あぁ、大分いいね。前に伝えたことが身になってくれて嬉しいわ。」

「散々やられたしな!」

「飲み込みの早い生徒さんで。」

「生徒になった覚えはねぇよ!」

「あ!先生って言ってくれても、いいよ?」

「・・・あんまり面白くない冗談だな。」

「本気です。なんなら、ベッ──・・・」

「それはもういい!」

「ちょ!待って待って!それはなし!」  

 刀を合わせた隙の軽口に、舌打ち交じり、シオンが振り上げた足がしっかりと股間を狙っていたのを、慌てて抑え込む。

「そんなホイホイ蹴られちゃ困るの!ココだけは鍛えようがないんだから!」

「知るか!弱点なら重点的に攻めるまでだ!」

「・・・ふーん、そう。」

 なら、と。掴んだ、シオンの足をそのまま引き寄せる

「っ!」

 バランスを崩しかけた体に、手を伸ばして、その腰を抱きとめて。

「そういうこと、すんならコッチも弱点を重点的に、攻めさせてもらうけど?」

「・・・何が弱点だって言うんだよ。」

「・・・え?そんなこと言っちゃう?」

ぎゅっと腰を引き寄せたまま、背後の男が小烏丸を腰におさめてるや否や、その指先をワキワキと動かす。イジワルそうな、その笑みに舌打ち交じり。


「わかったから、もう離せ。」

「・・・残念。」


 名残惜しそうに、一度だけぎゅっと抱き締めた身体を、クロウが離す。

 すれば、シオンが刀を収めながら、あっと思い出したように、

「そうだ、午後からは空いてるか?」

「ん?まぁ、一応、ね。」

「ちょっと、呼ばれてる。帰る前に、一回は顔を出そうと思っててな。」

「誰?」

「あぁ。お前は初めて、かな・・・?」










 そうして、その日の昼過ぎ。

 シオンがクロウと共に訪れた先は・・・。













「この度は、危ないところを二度もお助け頂いて、感謝の言葉もございません・・・。」


 全焼した本邸に変わり、今は街中の別宅を本宅代わりに使用して。


 ハルメニア=アリーチェ=メルリットは、深々と頭を下げた。そのまま中々顔が上がらない様子を少し心配して、シオンが


「ハルメニア?」

 と、小さく声をかければ、彼女はビクリと肩を跳ねさせる。

「まさか・・・」


「まさか、貴女が!あの、セレスティニア様!だったなんて!!」


 そのまた、膝に突っ伏してわあぁぁ、と頭を抱える。ただ、それに関しては、あの一度見ただけの『悪女』セレスティニアと、今、目の前のシオンが同一人物なのは、むしろ把握する方が無理だろう。

 シオン自身もそれは当然と、


「いや、それに関しては、むしろ俺がよく化けたって、褒めてくれよ」

「・・・・・。」

 少し得意気に、イタズラめいて笑うシオンに、ハルメニアは、それでも潤んだ眼でじっと彼女を見つめる。

「・・・女性、ですよね?」

「・・・残念ながら、な。」

「あぁああぁぁぁ・・・。」

 大きなため息と共に、ハルメニアが再度肩を落とす。その、あまりの素直な落胆ぶりに、

「・・・なんか、ごめんな。」

「あ!言え、いや!違うんです!ごめんなさい!つい!」

 申し訳無さそうにも謝罪するシオンに、我に返ったハルメニアが思わず顔を上げブンブンと両手を振った。


「シオン、そろそろ・・・」

 二人の様子を遠くから眺めていた、青年が声をかける。深く帽子を被った、眼鏡をかけた青年だ。

 以前連れていた彼とは別の男性に、ハルメニアがあら、と首を傾げた。

「今日は以前の方とは違うんですね。」

「え?あ、ああ」

「そう言えば・・・」

 ハルメニアが、こそっと顔を近付けては、

「あの、例の大隊長様との関係は、どこまで本当なんですか?」

「───・・・っ!」


 すれば、ふいっと少し目尻を染めた顔で、視線を逸らされる。


(あぁ、眼福・・・) 


 その顔に思わず見惚れていれば、


「何度も悪いが、そろそろ・・・」

 改めてシオンを呼びに来た青年が、彼女とハルメニアの間に割り込むようにして入ってくる。

 それに少しムッとしながら、彼を見れば、向こうも向こうで、眼鏡越しに、明らかにコチラに敵意を向けた眼で見てくるから。


「ナニ?貴方、この人のなんなの?」

「ハ、ハルメニア・・・?」

「へぇ?」

 すれば、少し面白そうな顔で青年が唇を吊り上げた。


「知らねぇの?」


 ずいっと、顔を近付けては、僅かに眼鏡をずり下ろす。


「───・・・っ!!?」

「セレスティニア様には、彼女にベタ惚れな赤い目の忠犬が付いてるって。」

「あ、なた・・・!」


 眼鏡の隙間から覗く瞳は、赤く赤く。


 帽子で髪を隠してはいるけれど、僅かに覗く色は輝く様な銀髪だ。

 まさか目の前に例の大隊長がいるとは思わず、ハルメニアが息を飲んだ。

 そして思わずセレスティニア──シオンを見れば

「自分からバラしてなにしてんだよ・・・。」

「いや、ココは牽制しておかなきゃいけないトコでしょ?」

「ナニ言ってんだか・・・。」

 呆れた様に息を吐く彼女の、でもその目は酷く優しい。きっとそれが答えなのだろう。

 ハルメニアは、はぁっとため息を吐いた。


「ちなみに、さ?」

 シオンが、腕を組んだままふと、街の大通りの方へと目を向ける。その先には、賑やかな繁華街につながる道だ。

「ココらへんで、美味い酒と肴、呑ませる店、ある?」

 大凡貴族とは到底似つかわしくない言動に、ハルメニアが、それもまた彼女らしいとくすりと笑った。


「うーん、そうですね・・・、人気なのは・・・。」

 そう言って、ハルメニアは腕を組んでみせた。









 レンガ造りの灯籠が、ノヴル=オルガヌスでの飲み屋の証。

 以前街歩きをした際に学んだ通り、ハルメニアから教えてもらった店を確認して、シオンとクロウは案内されるまま席に着く。

 

 夕方の、仕事終わりの人で溢れたような店内の活気は、ルミナスプェラでも、ノヴル=オルガヌスでも変わらない。

 ジョッキになみなみと注がれた地ビールに、葉物野菜のお浸し、魚の煮付け、肉や貝類の串やき等を机が並んで、二人の目がキラキラ輝く。


「美味そう・・・!」

 早々にジョッキを合わせる。

「そうだねー、宮廷料理ってモンより、確実にオレもお前もコッチのが合うわ。」

「見た目もな!」 


 ニヤリと笑って、シオンが早々に肉の串焼きに手をつけた。かぶりついた瞬間、鳥の油が口の中にじゅわりと広がる。油をまとったもも肉の弾力を感じながら、口いっぱい頬張る。

 その唇の端に付いたタレに気付いて、クロウの指先がふと伸びるけど、それに気付いたシオンが、舌先でぺろりと舐め取るから。

「・・・・・っ」

 覗いた舌に、一瞬喉を鳴らしつつ・・・。行き先が消えた指先が一度戸惑って、頬を掻く。


「なんか、色々巻き込まれたって感じだったな。」

 シオンが肉を頬張り、酒を流し込みながら、今までの事を思い出しながら苦笑いを浮かべた。

「結局、皆言葉足らずってのがな。」

「知らねぇよ。」

 早々にジョッキを空にして、二杯目の焼酎ロックをくっと煽りながら、クロウが面倒くさそうな顔をする。 


「そもそも、話す話さない以前に、純血だかなんだかしらないけど、これまた女譲るとか譲らないとか、わけわかねぇ。」

「・・・王族って大変だな。」

「大変とかじゃない。有り得ない。猫の子じゃないんだから。」

 クロウの言葉に小さく笑って、同様にジョッキを空にしたシオンが、魚の煮つけを口にしながら、しばし考えて


「すいません、追加で本酒の冷!」

「はーい!」

 シオンの声に、配膳をしていた女性定員が笑顔で頷く。それに笑顔を返しながら、葉物のお浸しをつまんだ。

「全体的に、味は濃い目だな。それはそれで酒に合うけどな。」

「親爺さんのところはしっかり出汁も取ってたしね。あそこは仕事が丁寧だよ。」

「だろ!」

 自身の店を褒められたことで、シオンが満面の笑顔を向けてくる。

 それに目を細めて頷きながら、さっきからチラチラと周囲の客が彼女に視線を向けてくるのを、クロウが少しうざったそうに、牽制していた。

 只でさえ会話の中でもそれを気にしながらいたのに、不意に注いだ彼女の笑顔に、周囲の視線が一瞬にしてどよめき、中てられたように頬を染めながら揺らめいた。


「・・・・・。」

 きっとトラヴィスなら、素直に優越感を感じて終わる、が。

 残念ながら、相手は自分だ。

 折角目も髪も隠して来たというのに、それゆえに返ってシオンへ特別な視線が集中している気がして、クロウは、シオンにバレない程度に、小さく舌打ちした。


「・・・もし、お前なら──」

「・・・ん?」


 シオンの言葉が、届いた熱燗に礼を言うため、一度切られる。軽く礼を言う姿にも、店員が嬉しそうに顔をほころばせるのすら、複雑な表情で見つめて・・・。


「・・・どうする?」

「え?」

 尋ねられた内容に、クロウが我に返った。

「ナニ、が?」

「いや、だから、さ?」


 シオンが手酌の本酒に口を付ける。少しイタズラめいたような顔。


「血とか、立場とか・・・そういうのが合って・・・。」

「・・・うん。」

 質問の内容に、嫌な感じがする。


「どうしてもって、周囲から圧力がきたり、乞われたり、して。自分の大切な人を渡さ―――」

「いや、さ?」


 被せる様に続きを止めた、クロウの声。

 目の前の気配が変わるのを感じて、シオンは視線を上げた。すれば、にっこりと笑っているのに、


「立場とか圧力とか、そんなモノ如きで、オレがそういうコトする奴に見える?」

「・・・話のネタだってんだろ。」

 表情に反して、酷く不機嫌そうな顔を前に、この男にこの手の話を振ったのが馬鹿だったか、とシオンが困ったようなつまらなそうな顔で、眉間に皺を寄せる。


 その様に、うーん、とクロウが一度天井を見上げて、それでも、


「そう、話のネタ、ネタね・・・。」

「・・・・・。」

「ふぅーん・・・。」

「・・・・・。」




「まず、相手も周囲も、・・・念入りに、ブチ殺そうか。」

「・・・・・。」

「二度とそんな口叩けなくなる様に。」

「・・・・・。」



 想定以上の凶悪な返事に、シオンはちょっぴり後悔した。




「あと、・・・仮に、お前が同意なんかしてたら、二度と外に出さない。」

「・・・なんで俺なんだよ。」

「オレの相手なんて、お前以外いないから。他の相手を前提として考える事なんざ意味ないよ。だから。」

「・・・・・。」



 両肘を付いた手がロックの氷を一度からんと回す。シオンを覗き込んでくる緋い目が、暴力的な光を携えて、ぐっと引き絞られる。




「お前はもう、ただ、ひたすらオレのモンだけ咥え込ませて、二度とそんな口叩けないように・・・、狂わせてやるよ。」

「・・・・・。」

「何もかも、知らない。全部ぶち壊してやる。」


「・・・・・。」

「・・・くらいは、する、かもね?」




 想像以上の狂気が垣間見せて・・・。

 クロウが再度ニッコリと笑うが、言うまでもなくその眼は一変たりとも笑みを含まず。


 シオンは無言のまま、クロウを見つめた。

 クロウもまた、僅かに怒気を含んだままの視線をシオンから離さない。


「で?」

「・・・なにが?」

「まさか、そんな予定でも・・・あった?」 

「あるワケねぇだろ・・・。」

 僅かに眉根を寄せて、呆れた様なため息交じりに応えれば。それでも、剣呑な表情のままクロウもクロウとて射貫くような視線を向けてくる。

「・・・そ?よかった。じゃあ、二度と聞きたくないわ、そんなタラレバ。」

「・・・そうかよ。」


 悪かったな、と。シオンにしては、素直ながらも、どこか不貞腐れた様な謝罪の言葉に、クロウが鼻で笑う。

 ただネタの一つだったのに、とは思いつつも、確かに普段からこの男のが口にする言葉を考えれば、少し配慮が足りなかったのかもしれない、とは、シオンも反省しつつ。本酒の冷を空にして、追加を、と頼んだ。


 そうして、テーブルの上、溶けた様に


 身体を預けながら、


(それでも・・・)


 ふと、思う。


「・・・・・。」

 少し不貞腐れた様な顔で唇を尖らせる男を見上げる。酒に酔った頭のまま、先ほど告げられた、狂気じみた『タラレバ』を、思い出す。


 

「別に、嫌だ、とは、思わないんだよな・・・。」

「は?ナニが?」


 未だ不機嫌な顔のまま、片眉だけ器用に上げたクロウが、コトンと置かれた追加の泡盛を一口。グラスの氷が再びなる音を聞いて、シオンがどこか嬉しそうに眼を細める。





(別に、コイツの独占欲の強さは、今更、だな。)





「お前に・・・」

「・・・あー?」






「お前に狂わされるのなら、それも悪くないかって―――・・・。」

「ぶふっ!!!ぐっ、げほっ、ぶ、ごほっ、ごほっ!!!」





 思ったままに、シオンが告げたら、




 眼の前の男は、盛大に噴き出した。

  





「・・・大丈夫か?」

「お、おおおおま・・・っ!!ぶっ、ごほっ!げほごほっ!!」

「勿体ねぇの・・・。」

「だ、誰のっ!せいだよ!!」

 未だしっかりむせ込みながら肩を震わす。さっきまで剣呑に怒気を含んだ危険な目つきが、一転して涙目だわ、あちこちに泳ぎ始めるわ、で。


 酷く、楽しい、と。


「ふ、くく・・・。」

 床に溶けたままのシオンが愉しげに喉を震わす。酒に濡れた眼差しが、嬉しそうに細められる様を見止めて。

 クロウが、僅かに目尻を赤らめて、シオンを見下ろす。

「・・・楽しんで、ない?」

「いや?」

「・・・・・。」

「イイ男だなって思ってるよ?」

「・・・えと、あの。この瞬間の何処にイイ男っぷりが?」 

「確かに、この瞬間だけでは評価できねぇな。」

 そう笑ったシオンが、ゆっくり手を伸ばす。その指先が、届かなくて、不意に眉根を寄せる。


「おい・・・。」

「な、なに――・・・」

「こっち。」

「・・・・・。」

 隣の席を指差し、誘う淫靡な酔っ払いに、クロウがひくりと頬を引き攣らせる。周囲のざわめきが少しだけ遠のく。

 一瞬の躊躇、だけどその誘いに抗えるわけもなく・・・。

 かたりと、椅子が音を立てる。

 すぐ傍の人の気配。

 お互いの膝や肘が、肩が、触れる距離。


 隣に並んだクロウに、シオンが嬉しそうに目を細めて・・・



「・・・うん、眠くなってきた。」 

「え!?ナニ、えぇ!?」


 シオンが露骨に大きな欠伸をする様に、クロウが目を剥いて叫んだ。

「・・・やっぱ定期的に呑まないと、弱くなる?ダメなのか?」

「いや、それは知らない、けど!・・・ホント、早くない!?」

「んー・・・、今朝早かったしな。」 

 しょぼしょぼする目を擦り始めるシオンに、クロウが慌てて会計を済ます。

「ほら、立てる──」



「運ばれてやる。」 

「・・・は?」



 伸びた指先が、今度はしっかりと組んだの肩に触れる。そのまま、問答は無用。

 太腿に感じる重さ、胸に感じる体温。

 膝に乗っては、身を預ける姿に、テーブルの周囲がにわかにざわめくけど、それどころじゃない。

 クロウががっつりと固まる。

 まさか、隣に呼んだのは

「・・・え?ナニ?そういうこと?そういうことなの?」

「おぅ。」

「運ばれる気満々かよ!」

「だから言ってるじゃねぇか・・・。」

 もはや、夢現に首筋に顔を埋めてくる様に、クロウの背筋がぞわぞわしてくる。

 ゴクリと、思わず喉が鳴ってしまう様に、


 ふと、顔を上げられて、至近距離で視線が絡む。


 シオンの声が、

 

「・・・反応、してるな。」

「!!!!」


 ぼそり、と、耳元に零されて、尾を踏まれた犬の如く。

 クロウの背筋が泡立つ。


「し、仕方ないじゃん!!」

「演技ばっかりだったもんな。」

「そうだよ!実際は距離だけ、近くてろくすっぽ振れてないじゃん!」

「そっか、そうだよなー。」

「・・・な、んで、そんな嬉しそうなのよ。」

「そう?」

 せめてもの仕返しとばかりに返した言葉でも、そのとおり、シオンはやっぱり嬉しそうだ。


 嬉しそう、だから・・・。


(・・・・・。)

 何も言えなくて。クロウは小さくため息を吐いた。

 この国に来てから、


(振り回されてばっかりだわ、ホント・・・。)


「・・・抱っこ?おんぶ?」

「んー、抱っこ。」

「・・・へいへい。」

 首筋に顔を埋め、膝に抱えたままのシオンを抱き上げる。

 すれば、首に回された腕がぐっと強くなる。

 周囲から、羨ましげな視線が振り注ぐけど、それを、容赦無く、冷たい視線で一瞥する。

 

(もう、うんざりだわ、ほんと・・・。)


 この国に来てから、周囲の視線がこれほどうざったく感じたのは初めてだ。

 いつもの場所なら、彼女の知人も彼女とのやり取りも、それほど気にならなかった、のに。


(あー。くそ・・・。)


 本当に、自分のモノにしてしまえば、このイラつきも焦燥感も消えるのだろうか。

 

「ありがとうございましたー!」

 店員の明るい声に、軽く頭を下げて。クロウが店を出た。


 真っ暗になった道を、くったりと身体を預けてくるシオンを抱えながら、ゆっくりと歩く。


 悪い店ではなかったけれど、どうしてもルミナスプェラの店が恋しい。

 何より、これ以上周囲の煩わしい視線に、彼女を晒したくない。てか、見せたくない。


 いっそ、本当に閉じ込めて、自分しか見えなくさせてしまえば、どれほどいいか・・・。


(まぁ、無理な話ですけど・・・。)


 ならばせめて


「・・・早く帰りてぇな、ホント。」

「・・・だな。」

「・・・起きてんの?」

「・・・起きてない。」

 腕の中で身動ぎしながら、それでも降りようとはしないシオンを、抱き直せば、


 再び、クロウの耳元に落とされた言葉に、

 

「何処にいても、さ?」

「・・・・・。」

「・・・お前は、隣にいてくれる、だろ?」

「そりゃ、ね。」


 間髪入れずに返される言葉に、今度は笑い声が落とされた。

 だから、クロウは意地悪な質問を返す。


「ホントに、眠かったの?」

「・・・・・。」

「ふーん、そう。そうかー」

「・・・ぐーぐー。」

「ふ、クク・・・ッ」

 

 わざとらしく、寝たフリなんてしてみせるその声に笑みをして、


 吊られたように肩を震わすシオンを、しっかりと抱きかかえたまま、クロウは、慣れない夜道を、真っ直ぐに、歩く。


 ルミナスプェラに帰ったら、何よりもまず



(二人きりで、飲みたい・・・。)


(それと、ちゃんと、触れたい・・・。)



 あんまり考えすぎると、それこそ抱きかかえた体温が起爆剤になって反応してしまうから。


 楽しみは、程々に想像しつつ


 クロウは、夜道をゆっくりと、進んでいった。


 

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