貴族令嬢 vs クトゥルフ神話 2 まさかの続編
本作を、詩人にして預言者たる「漉緒」氏に捧げます。
執筆者 貴族令嬢・黒い安息日
◇◇◇
【前回までのあらすじ】
四か月前の夏。クトゥルフ神話・インスマスの影を題材にしたメタ的なホラー短編をなろうに投稿した貴族令嬢にして自称なろう作家「黒い安息日」
彼女の才能に見合った低評価とわずかなアクセス数を得た作品は、誰が気にすることもなくインターネットの深淵に沈み月日は流れる。
2024年11月12日、突如なろうのホラー日間ランキングに入ってしまった短編が急激にアクセスを伸ばす。黒い安息日はインスマスの住民による襲撃を疑い、悲鳴を上げながら夜の明石市ウォノターナ商店街を駆け抜けるのだった。
2024年11月14日、正気を取り戻した黒い安息日はこれら混沌たる事案を
「貴族令嬢 vs クトゥルフ神話」
と題して短編にまとめエッセイとして投稿した。
しかし……
◇◇◇
最初に断っておくが、これは連載作品ではない。筆者も望まぬ続編を……強いられているんだ!(集中線)
◇◇◇
インスマスの町など存在しない。アメリカの怪奇小説家ラヴクラフトが創作したクトゥルフ神話に登場する架空の地名なのだ。魚の顔した住民も存在しない。だが貴族令嬢・黒い安息日が住む明石市は、実在する漁業の町なのだ。
黒い安息日は自宅でパソコンを開いた。在宅で仕事する彼女は作業の前に、昨日投降した短編「貴族令嬢 vs クトゥルフ神話」の誤字・脱字を確認すべく本文を読み返した。もちろん作品設定もだ。
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大ジャンル その他
小ジャンル 童話
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血の気が引いた。
恐怖した。
絶望した。
小ジャンルを……間違えている!
「貴族令嬢 vs クトゥルフ神話」の作中冒頭にて
「ホラーとして投稿すべきか悩んだ。 (中略) しかし、真実を語りたくて書いた以上、エッセイとして世に出す覚悟を決めた。」
と自ら書いておきながら【童話】で投稿していたのだ。
なんと……なんと冒涜的な!
童話を愛する心優しく穏やかと思わしき人々に、いったい何を読ませるつもりなのか。禍々しき呪文詠唱をする魚屋の魔導士、名状しがたき多足類の供物・玉子 (明石) 焼き、空き巣で逮捕された元職場の先輩、狂気じみた貴族令嬢の絶叫……
「いやあああああああああああああ!」
「お嬢さまあああああああああああ!」
朝から絶叫する黒い安息日、従者の老執事も部屋に飛び込んできた。恐怖、恥辱、そして童話カテゴリー住民への申し訳なさ。すいません。すいません。すいません。本当に本当にすいません。時が中世ならギロチンにかけられてもおかしくない失態。黒い安息日、伏してお詫び申し上げます。
そういえば昨夜、黒い安息日の活動報告で自作のアクセスや評価の低さについて書き込むと、なろう古参の詩人の方が、黒い安息日の作品を【童話】カテゴリーで投稿するのはジャンル選択の失敗であると指摘されておられた。そりゃそうだよ、と思って読んでいたのだが……
まさか自分のやらかしに対する指摘だったとは!
せめて、あの時気付いて修正していれば……
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愕然とする黒い安息日に一通の手紙が届く。
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お伝えしたい事がございます。
お越しいただけると幸いです。
明石だんご協会
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居たたまれない気分の黒い安息日には僥倖だった。ちょうど兵庫県知事選の不在者投票もできる。貴族とは言え選挙は必ず投票、それは大人としての義務であり権利である。最悪の民主政治であっても最良の専制政治に勝ると考えるのはヤン・ウェンリーだけではあるまい。誰を投票してもいい、それが自分の意思ならば。
ラインハルト・フォン・ローエングラムのような金髪をなびかせ、停留所で黒い安息日は神姫バスを待った。しかし訪れたのはおんぼろの明石市営バス、乗客は黒い安息日ひとりだった。妙にエラのはった顔の運転手が無言でバスを走らせていくが、程なくして停車した。
「すまないねお嬢さん……故障なんだ……よくあることさ……ここからは歩いておくれ……」
市営バスの故障がよくあることだと問題だろう。しかし……たしか明石市営バスは10年以上前に廃止……今は民営の神姫バスか山陽バスしかなかったはず。
黒い安息日が下車した場所は、明石だんご協会の事務所前だった。先に投票を済ませるつもりだったが仕方ない、先に協会のお伝えしたい事とやらを聞こうじゃないか。そもそも、「だんご」と私 (黒い安息日) に何の関係が?
明石だんご協会は、なんJ民の恨みでも買ったのか、看板の「んご」の文字だけ落ちていた。黒い安息日は文字板を拾い看板に取り付けた。しかし投稿ミスするほどのバカなので、逆さまに取りつけていたのだった。
明石だごん協会
◇◇◇
「……そうかい……いろいろ……大変だったね」
「ええ、インスマスに襲われたかと思いましてよ、ホホホ」
明石だんご協会の会長は、世間に秘匿された貴族令嬢の存在を知る人だった。スキンヘッドの彼は、だんご協会はもとより玉子 (明石) 焼き協会の会長も兼任できそうな風貌だった。
「……なろうの投稿……読ませてもらってるよ」
「あら、光栄だわ、ホーホホホ!」
「……全ての作品に……荒らしコメントを書いている」
「お前だったのかよ、ぶっとばすぞ」
黒い安息日の作品がなろうで投稿されていることは、貴族の存在を知る者にとって笑いの……失礼、話題のタネとして広がっていた。多くの上流階級が密かに閲覧していたが、誰も星を付けない辺りで評価の程がうかがえよう。
「……ところで……投稿ジャンルを間違えたとか?」
「はい、エッセイを童話で投稿してしまいまして」
申し訳なさそうにする黒い安息日、しかし明石だんご協会の会長は鋭い目線で彼女を睨み付けた。
「……そもそも、貴族令嬢シリーズはエッセイなのか?」
「はい、エッセイです」
黒い安息日は胸を張って答えた。
「……創作ではないか」
「はい、それも仰る通りです」
「……ではエッセイとは言えまい」
「ジャンルとは作品を縛る枷ではありません」
「……ならば貴女の考えるジャンルとは」
「作品の本質です」
「……貴族令嬢シリーズの本質がエッセイだと?」
「随想や小論をコミカルに表現しているにすぎません」
「……批判もあろう」
「批判は個性を磨きます、受け入れて作品を輝かせたい」
磨くとは削ること。
削るとは磨くこと。
ルールは境界を明確にすべきだが、ジャンルはむしろ境界を越えたい。その先に見える地平線は、きっと心揺さぶる冒険の始まりを告げるだろうから。
黒い安息日は文才無くとも夢がある。たとえ死んでも永遠に、ネットの海で浮かび続ける面白おかしい作品を書き残したいのだ。誰も見たことのない斬新で刺激的な作品を。
人生の漂流者に届け、輝ける無人島。
私はガラクタをかきあつめ、島の宝箱に詰め込んで、亡霊となって君を待とう。どこにも辿り着けなかった情けない私が抱く、それが最後の夢。
◇◇◇
黒い安息日は自宅に帰った。
♪ テケリ・リ
テケリ・リ
着信音が鳴りスマホを見ればダゴン……いや、だんご協会の会長からだった。絵文字の多いオジサン構文で書かれたメールの内容はともかく、最後は明石の伝統的なお祈りの言葉でしめくくられていた。
イア イア クトゥルフ フタグン
イア イア ウオノターナ
イア イア クトゥルフ フタグン
イア イア イア = ルルイエ