三題噺伍
三題噺伍 お題「見る 織物 左利き」
右手を握る。それだけのことが出来なくなって僕は左利きに自分を変えなければならなくなった。
当然、以前やっていた織物関係の仕事もめったに来なくなったし、そもそも親類縁者がほとんどいない僕のところに来ようという人間自体がめっきりと少なくなったように感じられた。それをいいことに僕は一日中ごろごろしては、過去のものとなった織物をぐるぐる体に巻きつけては、不細工な踊りを披露していた。観衆0、賞金0のその踊りはだけど僕にはとても優しくて、肌触りのいい大きな布と一緒にいられることがやけに嬉しく感じられるのだった。
今日もそんな一日を過ごそうとしていた僕の生活は、とあることによって引き裂かれた。
僕がいつものように踊っていたら、段差にでも引っかかったのか、突然バランスを崩してしまったのだ。それも、前や左方向ならともかく、動かない右手の方向に。僕は受身を取ることも出来ずに頭を強く打ち付けた。
気がつくと僕は浮かんでいて、自分の体を見下ろしていた。体と切り離されているからか、なんだか感情の動きが少なくて驚く。その驚きでさえも一瞬の後には消えてしまうほど幽かなものだった。これが幽体離脱かぁ、と呆けてしまう。
「違うわ。あなたは死んだの」
「死んだ?」
「そう、だからひとつだけ願いを言って。それを聞き届けたらあなたを送るから」
それは少女だった。それとしか言いようがない。それ以外に特徴がない少女だった。
だから僕はどうせかなえられないことを知って言った。
「僕は右手が動かせるようになりたい」
*
気がつくと、暗い闇の中にいた。
ここがどこだかわからない。まさか本当に死んでしまったのだろうか?
何も見ることが出来ない、道なき道をとぼとぼと歩いていると、ポストぐらいの大きさの機械仕掛けの装置のようなものが置いてあった。触れてみると、ひやりとする冷たさとだこぼことした感触がした。金属製みたいだが、一体何に使うのかはわからない。
その時僕は、使えなくなった右腕を使ってそれに触れていることに気がついた。僕が驚いたのは右腕が動いていることではない。左腕が全く動いていないことだ。最近では慣れ始めて左腕のほうが早く動くはずなのに。そして気づく。動かないのは左腕だけじゃなく、右手以外のすべてなんだと!その瞬間、あの大きな織物が、ぶわさっ、と顔にかぶさって。
「動く右腕は気に入った? まぁ、かわりに体が動かないことなんか大したことじゃないわよね、あっはは」
少女は骸を見下ろして、ただ嗤っていた。




