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この世界はどの世界?

「ん?ん!?んんんん!?!?!?」

 翌日の朝一番に届けられたローレンスからの手紙を前に私は頭を抱えていた。


 昨日、街に誘ってくれた彼に、《皆で行こう》《ローレンスも誘いたい方がいたら是非》と手紙を送った。


 そして涙を流しながら待った彼の返事はこうだった。


 《私としては君と2人で行けたらと思う。これまでの手紙の話もしたい》

 《手紙の話をしたい》それは理解した。でも《2人で》は却下。今やそれは傷口に塩を塗りたくる行為でしかない。御免被りたい。


 問題は次だ。

 《私に誘いたい人がいれば、と君が書いていたことについてだが。

 私は君以外に誘いたい相手はいない。

 そしてこの際だから書き添えておきたい。

 以前、君はウェルツに、私の『思い人』としてある女性の名前をあげたらしいね。

 しかし私は彼女に対して何の感情も持っていない。

 彼女は私の思い人ではない。私の思い人は別の女性だ。

 そのことについて、もし君と会えるなら…手紙ではなく君の目を見て話をしたいと思う》


(んんん???どういうこと?)

 ここは『白薔薇』の世界だ。それはもう絶対にそうなのだ。

 ということはローレンスの思い人はメリッサ以外にはいないはずだ。


(まだ2人は出会っていない?)

 いや、それはあり得ない。ローレンスは今、最終学年。その時にはもうとっくに恋人になっているはずだ。いやいや、それ以前に2人は幼い頃から知り合いで、互いが初恋の相手。つまり今も昔もこれからもローレンスの思い人はメリッサ1人のはず。

(メリッサ以外に誰かローレンスの相手になりそうな主要キャラいた?)


(もし本当にメリッサが相手じゃないなら…この世界は一体なんなのだろう?)

(『白薔薇』スピンオフ…ではないの??)



 コンッコンッ。

「お嬢様、ご主人様がお呼びです」

「ええ、すぐに」

 私はひとまずローレンスからの手紙を引き出しにしまった。


 父上の部屋に行くと、そこには母上とウェルツもいた。


「学園?」

「ああ。お前の身体もずいぶん回復した。そこで学園に戻りたいかどうか、きちんと話をしておこうと思ってね。とはいえ明日から、というわけではないが」

「学園…行きたい!もちろん行きたいわ、お父様」

(なんなら明日からだって構わない。だって学園にはメリッサがいるんだもの!)

 そう思った瞬間、また胸の奥がザワついた。そしてローレンスの顔が浮かんだ。が、振り払った。


「家庭教師の先生は今まで通り来て下さるわ。だからクレア、学園には無理に行かなくていいのよ」

「いいえ、お母様、私行きたいの」

「そうか、よろしい、それならホグマン医師に確認して、大丈夫なら来週あたりから行ってみるか」

「はい、お父様」


「さて、学園に行くとなるとクレアに話しておかなければいけない事があるんだ」

「はい」

「クレアの怪我に関係した話だ。先日、記憶がないと話してくれた。その時、クレアのその怪我は学園の階段から転落したせいだという話をした。覚えているかい?」

「ええ、覚えています」

「うん。それなんだが。階段から落ちたのはクレアが足を踏み外した。当初、我々はそう聞いていた。しかし実は数ヶ月前、事情が変わったんだ」

「事情?それはどういう…」


「これから話すことはあくまで不確定の話だ。それを頭に置いて聞いてほしい」 

「はい」

「クレアが階段から転落した時に、クレアの背後に別の人物がいた。という告発があったんだ」

「別の人物。背後……それはつまり私は………あっ」

 突然、背中への衝撃と冷たい空気がフラッシュバックした。

(あれは…元の世界の記憶と思っていたけれど、クレアの記憶だったの?いや、でも…)


「クレア、大丈夫かい?」

 隣に座っていたウェルツが私の肩を抱き顔を覗き込んできた。

「ええ、大丈夫よ、ウェル、ありがとう」


「お父様、それは、その見間違いではなく、でしょうか?」

「ああ。打ち明けてくれた生徒が、おそらくもう1人、彼の近くにいた生徒もきっと見ていたはずだと言ってね。知り合いではないらしく少し探すのに手間取ったが、その生徒を見つけ出すことができた」

「……で?」

「ああ。その生徒もたしかに見たと答えた。ただ押した場面を見たわけでもないし、もう1人の目撃者…最初に打ち明けてくれた生徒のことだが…彼が何も言わないなら自分も黙っていようと思ったらしい。事が事なだけに不確かなことを簡単に口にすべきではないと思ったと。しかしずっと気になって悩んでいたらしい」

「お気の毒に」

「俺の妹が優しすぎる」



「クレア、お前が突き落とされたかどうかはわからない。お前の背後にいた人物が、そうだな、例えば意図せずよろめいてしまった。結果、お前に当たってしまったということも考えられる」

「そうですね」

「意図的なものか、偶発的なものか。或いはやはり単に足を踏み外した事故なのか。現時点では何も判明していないし、今後判明するかどうかもわからない」

「はい」


「クレア、あなたを怖がらせたくて言ってるわけじゃないのよ。ただあなたが学園に行くなら、十分気をつけてほしいの。私は、出来たら行ってほしくないのだけれど」

「ええ、お母様」

「クレア、今の話を聞いて、もう一度学園に行くかどうかを考えなさい。お母様の言う通り、不安なら学園など行かなくていい」

「わかりました、お父様」


「家にいて寂しいなら俺が24時間ずっとクレアのそばにいてあげるからね」

「フフ、それはお断りするわ」

「なっ、クレア〜」

 シスコン・ウェルツのお陰で少し気持ちが軽くなった。

 それにしても…元の世界の私も、クレアも、共に誰かに突き落とされたとしたら。それが意図的だとしたら?それほど憎まれる何かが私にあったということ?

(私、ヤバみ)


「お父様、私は誰かに恨まれていたのでしょうか?そんなことをさせてしまうくらい」

「それは違う!クレアは何ひとつ悪くない」

 父上より早くウェルツが反応した。

「でもウェル、相手にそうさせる何かが私にあったから…」

「あ〜だからクレアはイヤなんだ」

「え?」

「クレアは優しすぎるんだ。なぜ相手の気持ちを慮るんだ。なぜ自分に非があると思うんだ。クレアが悪いわけじゃない、メリッサが!」

「ウェルツ!」

(メリッサ?今、メリッサと?)


「すみません、口が滑りました。しかし父上、クレアはやはりこんな性格です。ちゃんと相手を特定して警戒させることも必要かと」

「ふぅ、お前は全く」

「ウェル、今、メリッサって言った?」

「……ああ、言ったよ。クレアが前に名前を出したメリッサ・ハングウェイだ」

「メリッサがその、私の背後にいたの?」

「いや、それは違う。ハングウェイ嬢とは別の人物だ」

「ただ彼女はメリッサのグループに属している。そしてメリッサが何かとお前を目の敵にしていたのは、それこそ皆が知っていることだ。メリッサがやらせたに違いないね」

「ウェルツ、そうと決まったわけでは…」

「まだ証拠がないだけです。クレアいいか、お前は何も悪いことはしていない。アイツの頭がおかしいだけだ」

「メリッサ…」

「お前がメリッサの名前を覚えていたのは、やはりお前の中にもアイツに対して何らかの強い思いがあったからだと俺は思ったんだが」

(ええ、メリッサへの強い愛ならありました)


「でも、どうしてメリッサは私を?」

「………ふんっ、嫉妬だろ。クレアが可愛いくて皆に愛されているから」

(嫉妬?あの、なりたい顔ナンバー1のメリッサがクレアに?妹A子よ?まさか!)


「とにかくだ、学園に急いで戻る必要もない。だからクレア、先ほども言ったが、しばらくよく考えなさい」

「わかりました、お父様」

(いや、全くわからないですけど!)



 部屋に戻った私は本格的に頭を抱えた。

 ローレンスのことといい、メリッサのことといい、一体この世界はどうなってしまったんだろう。

 こんなの『白薔薇』じゃない。


 モブA子として、生きて動いている推しキャラ、メリッサとローレンスを遠くから拝める。それだけで十分幸せ、いや、幸せの極地だ。それこそが私の希望であり喜びだったのに。


 しかも真偽は不明にしても、階段から突き落としてやりたいと思うほどメリッサに嫌われているとしたら。

(女神のように優しいメリッサを怒らすクレアとは)

(まさかまさかのクレア、悪役令嬢説?)

「学園かぁ、どうしようかなぁ」



 コンッコンッ。

「クレア、大丈夫かい?」

「ウェル」

「突然に色々聞かされて疲れただろ」

「ええ、少し」(いや、かなり)

「身体に障ったら大変だよ。少し昼寝でもすればいい。さぁベッドにお入り」

 ウェルツが横たわる私にシーツをかけてくれた。



「ねぇウェルツ。やっぱりメリッサは私とローレンスが仲良くしていることを怒ってるんじゃないかしら」

「え?」

「もしそうなら、ちゃんとメリッサに伝えるべきだと思うの」

「なにを?」

「私とローレンスのことは誤解だ、て。ローレンスは単に私のことを妹のように可愛がってるだけだ、て。妹だ、て。それだけだ、て。そう妹よ、妹なの。それだけよ…」


 そのまま私は眠りに落ちた。キャパオーバーだ。

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