もう一度クレアに
コンッコンッ。
「ローレンス殿下、ウェルツ・ラインベルト様のご到着です」
「ああ」
「おっ、生きてるか、ローレンス君」
「…………」
机の上で組んだ両手に顔を埋めたままローレンスがウェルツを睨んだ。
「クックックッ…」
「笑うな」
「いや〜気分最高だわ」
コンッコンッ。
「キース・エバン様が…」
「すまん、遅くなった」
「いや、俺も今来たところだ」
「何かあったのか?急な呼び出しなんて………って、なんだローレンス、お前死にそうな顔してるぞ」
「アハハハ!」
「笑うな、ウェルツ!」
「ウェルが嬉しそうにしてるってことはクレア嬢がらみか?」
「思い人??ローレンスに別の思い人がいると?」 「ああ、笑うだろ、思いきりフラれたんだ。いや、フラレたどころじゃない、あれは拒絶だな」
「………うるさい」
「当然だろ、いきなり手を出すなんて」
「手を出したわけじゃない!」
「抱きしめたなら、まぁ同じだな」
「だろ、俺もさすがに引いたわ」
「仕方ないだろ!命さえ危ういと言われていたクレアが…ずっと会えなかったクレアが目の前にいるんだ。考える余裕なんてなかった。身体が勝手に動いたんだ」
「まぁローレンスの気持ちもわからないではないけどな」
「俺はいいものを見せてもらえたしな」
「ウェル、お前というやつは。いや、そんなことどうでもいい。俺の気持ちは変わらない。それにしても…俺の思い人って…問題はそこだ」
「ローレンスの思い人ねぇ。1人しかいないはずなのにな」
「………聞いてみてやったぞ」
「「え?」」
「クレアに聞いたんだ、ローレンスの思い人は誰なんだってね」
「クレアはなんて?」
「予想通りだ」
「まさかメリッサ・ハングウェイ嬢か」
「ああ、キース、大正解だ」
「ローレンスがメリッサ嬢をねぇ…」
「誰がそんなこと…」
「わからん、皆知ってるって言われたよ」
「皆知ってる?皆が知ってるのはローレンスにはクレア嬢しか見えていないってことだけどな」
「どこでどうなったらそんな発想になるんだ。俺が…メリッサを、なんて」
「どこかでメリッサ嬢になにか言われたとか?」
「クレアが階段から落とされたのは、あの舞踏会の2日後だ。メリッサから何か言われたとしても信じるとは思えない。家でもクレアの様子に変わったところはなかった」
「それにしても、あんな事があったのに今さらメリッサ嬢とはねぇ」
「唯一考えられるのは、俺達の知らないところでローレンスがクレアを裏切って、それをクレアが知って…」
「ウェル!ふざけるな!言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「ふざけるだと?そもそも舞踏会でお前があんなことを言ったからメリッサに火がついたんだろうが」
「………」
「まぁなぁ、そりゃあ公衆の面前であれだけこっぴどくフラレたらなぁ。『ハングウェイ嬢、これ以上は私も黙っていられない。君に対して特別な感情はない。何度言ったらわかるんだ。私のクレアを侮蔑することは許さないぞ』だもんなぁ」
「似てないぞ、キース。お前まで俺をバカにするのか」
「バカにしてはないさ、我らが王太子様はご令嬢方の扱い方がわかってないな、てだけさ」
「メリッサにはいい加減うんざりしていたんだ。だから…つい…しかもあの時メリッサはクレアの足をわざと踏んで、その上侮蔑の言葉を…」
「いつか絶対あの女に目にものを見せてやる」
「まぁまぁ2人とも。実は俺からも2人に報告があるんだ。クレア嬢の一件があった翌日から学園を休んでいたモリス・クローズ嬢。彼女が今日学園に来ていたらしい」
「キース、本当か?」
「ああ、弟から聞いたから間違いない」
「くそっ、のこのこ学園に来るするなんて。クレアが無事生きていることを知って無罪放免だとでも思ったのか」
「いや、ウェル、そうでもないようだ。ブラッドが言うには彼女の様子は明らかにおかしかったらしい。顔色も悪いし、メリッサ嬢達と一緒にはいるがずっと俯いて話をしている様子もなかったそうだ」
「罪悪感か」
「ブラッドの話によると、そもそもモリス嬢はメリッサ嬢達とは心底親しいという感じではなかったそうだ。むしろメリッサ嬢の取り巻きに参加しているだけ。というかメリッサ嬢にいいように扱われていたんだろうな」
「で、メリッサに言われるままクレアを突き落とす実行犯にされた」
「まぁ証拠はないがそんなところだろう」
「もしモリスが罪悪感に苛まれているとしたら」
「ああ、ローレンス、そこだ。崩せる可能性も出てくる。ブラッドが試しにやってみると言っていた」
「助かる」
「アイツは俺と違って令嬢達に取り入るのがうまいからな。ふざけた弟だと思っていたが、こんなところで役に立つとはね」
「うまくいったら、将来王室で雇ってもらえ」
「俺の専属諜報係にしよう」
ローレンスが笑った。
「そりゃあ助かるな、女にかまけてロクなもんにならないと心配してたんだ」
「ところでクレア嬢は学園に戻るのか?」
「う〜ん、父上が近々クレアと話をすると言っていた。出来れば当分戻ってほしくはないが…」
「同感だ」
「ただな、ローレンス、クレア自身が戻りたいと言ったらさすがに止めるのはかわいそうだというのが父上の意見だ。怪我の一件は今のところ表向きただの事故だし。クレアが足を踏み外しただけのね」
「絶対に違う」
ウェルツの言葉にローレンスが苦々しく反応した。
「グレン・ソーダ令息の告白がなければ我々もそう思ってやり過ごすところだったよな」
「打ち明けてくれたのが3ヶ月経ってからっていうのが腹立たしいけどな。もっと早く教えてくれれば…」
「そう言ってやるな、ウェル。自分の一言で誰かが罪に問われるかと思ったらな。しかも今や昔の勢いはないとはいえ、腐ってもクローズ家だ。名家の令嬢を告発するなんて勇気がいることだ。しかもまだ13歳だろ」
「年齢は関係ないね」
「そんな事言って、お前が最近自習室でグレン令息の勉強を見てやってるの知ってるぞ」
「あまりに出来ないからちょっと教えてやってるだけだ」
「フッ、素直じゃないねぇ、お兄様は」
「キース、いい加減にしろよ」
照れて悪態をつくウェルツに、ローレンスとキースの顔がほころんだ。
「グレン令息が他の誰でもなくローレンスに打ち明けてくれたのはありがたかったな。それこそ王太子に声をかけるなんて勇気あるよ」
「舞踏会でクレアを庇ったローレンスを見ていたから、ローレンスならきっと全てうまく運んでくれると思ったんだと」
「自習室で聞いたのか?」
「キース、いい加減にしろよ」
「ハハ、すまん、すまん。惜しむらくは押した瞬間を見ていてほしかったよなぁ。ローレンス、グレン令息は見てないって言ったんだよな、お前に」
「ああ、俺に教えてくれたのは、クレアが落ちる寸前に彼女の背後にいるモリスを見た。そしてクレアが落ちたと同時に走り去った。それだけだ」
「そばにいたクレアが階段から落ちたのに助けもせず走り去るだけでも十分に犯罪だ」
「ああ。最後はそれで詰めようと思ってる。しかしまずは情報と証拠集めだ。キース、ブラッドによろしく頼む。俺はメリッサの父親とモリスの父親の関係を引き続き調べるよ」
「御意だ」
「話を戻すが、父上としては、もしクレアが学園に戻ると言うなら、その時は記憶の事も怪我のこともきちんと話すつもりらしい」
「クレア嬢に、突き落とされた可能性があると伝えるのか?」
「ああ、伝えざるを得ないって言ってた」
「まぁ、そうだよな。クレア嬢自身にも警戒を促しておかないとな。じゃあローレンスとのことは?」
ローレンスがビクリと反応した。
「クレア嬢に話すのか?」
「…………」
「…………」
キースの問いにローレンスもウェルツも黙った。
「ウェルツ、それは…俺とのことはクレアにはまだ話さないでもらえるか?」
ローレンスはしっかりとウェルツの目を見据え言った
「なぜだ?」
「今日のクレアの様子を見たら…話すなら俺が自分の言葉で伝えたい」
「………」
「俺は……今のクレアで、もう一度俺を好きになってほしいんだ。もう一度俺を選んでほしい」
「そういえばクレア嬢はメリッサ嬢のことは覚えているんだな?なんだかこんがらがってはいるが」
「聞いたわけじゃないが、記憶がまっさらというわけではないようだ。俺のことは覚えていたが、侍女のアーシャのことはわからなかったらしい。アーシャがそう言っていた」
「俺のことは覚えていたな。俺が名乗らなくても名前を呼んでくれた」
「拒絶されたけどな」
「言うな」
「クククッ……はぁ〜」
ウェルツが軽く深呼吸し姿勢を正すと軽く頭を下げた。
「ローレンス、キース、ブラッドはここにいないが…皆本当にありがとう。感謝してる、色々ありがとう」
これだからウェルツを憎めない。ローレンスとキースは顔を見合わせて笑いあった。