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ローレンスとの出会い

 私の身体はゆっくりと回復に向かい、最近では短い時間だが庭園を散歩できるようになった。


 それまで気づかなかったことにも気づくようになった。その1つが私の部屋に飾られた見事な花だ。


「アーシャ、いつもお花をありがとう。本当にキレイだわ」

「お嬢様、それは私が頂戴するお言葉ではありませんわ」

 そう言って微笑むアーシャは私と同年齢、もしくは少し上だろうか。私が目覚めた瞬間からずっとそばで私の世話をしてくれている侍女だ。


「ではお母様かしら、お父様?それともお兄様?」

「お嬢様!こんなに美しいお花を、しかも毎日贈ることが出来るのはこの国にはお1人、いえお2人しかいませんわ」

「この国にお1人?お2人?どなた……え?もしかして」

「はい、陛下とローレンス殿下ですわ。そしてこのお花はもちろんローレンス殿下からです」


(ロ、ロ、ローレンスですってぇええええ!!)

「ゴホッ、ローレンス殿下」

「はい、それに今召し上がっているお菓子も殿下からの贈り物です」

「えっ」


 毎日お茶の時間に出されるお菓子。この世界にもこんなに美味しくて美しいお菓子があるのかと毎日嬉しさを通り越して感動すらしていた。

 それがあのローレンスからのものとは!恐れ多くて今口に入れたものを吐き出したくなる。


「もちろん当家にもキレイなお花やお菓子はたくさんあります。でもやはり殿下がくださるものは格が違いますよね」

「そ、そうね。というか、それなら、ねぇあなたも食べて。皆で食べましょう!」

(ホントは瓶にでも入れて永久保存したいけど!)


「フフ、大丈夫ですよ、お嬢様。殿下はお嬢様の分だけでなく、この家で働く私達全員の分までくださるんですよ!」

「えっ、皆に?」

「そうなんです、さすがローレンス殿下ですよね。お花とお菓子を毎日毎日。なんて素敵な方。ローレンス殿下は全てにおいて完璧です」

(ローレンスはやっぱり現実になっても素敵なのね)

「いつかきちんとお礼を申し上げないと」

(でも、なぜそこまで?…まぁ親戚だからか)


「そうですね、早くお元気になってローレンス殿下にお会い出来るといいですね。殿下も待っていらっしゃると思いますよ」

(待つ?とは?まさか、お礼をせがむタイプとか?もしそうだったらがっかりだな〜)



「クレア!」

 ノックもなしに勢いよく扉を開けるのは、この家ではウェルツただ1人しかいない。

「お兄様、おかえりなさい」

「ああ〜可愛いクレア、会いたかったよ。体調はどう?」

「ふふっ、大袈裟です、お兄様。今朝も会いましたし、学園に行っていただけじゃないですか」

「その学園にいる時間が問題なんだ!まるで永遠のように感じるよ。というか、クレア、いい加減「お兄様」はやめてくれよ」

「あ、ごめんなさいウェル、つい」

 以前のクレアはウェルツのことを「お兄様」とは呼ばずに「ウェル」と呼んでいたようだ。



 記憶が失われている影響はこんな風にところどころで露呈してしまう。おそらく家族は皆わかっているだろう。しかし誰も何も言わず自然に振る舞ってくれる。だから私も何も言わないことにした。言ったところでどうこうなるものでもない。私の問題だ。



「ウェル、今アーシャと話していたの、このお花やお菓子のこと。これってローレンス殿下からの贈り物らしいの、ウェルは知っていたのよね」

「ローレンス?あぁまあね」

「そう、でも困ったわ、お礼を申し上げないと」

「困る?お礼?申し上げる?」

「もちろんよ。たとえ縁戚関係にあるとしてもここまでして頂くのは申し訳ないわ。出来るなら辞退申し上げなくちゃ」


 私の言葉にウェルツが目を丸くして驚いている。

「ん~~そうきたか」

「え?」

「いや」

 今度はずいぶん嬉しそうに、それでいてイタズラっ子のような笑顔で私に言った。

「そうだね、殿下に伝えておくよ」


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「ウェル!ウェル!」

「よぉローレンス、キースも。朝からなんだ?課題を忘れたのか?」

「そうじゃない、ウェル。お前、俺に嘘をついていただろ」

「嘘?」

「ああ、クレアのことだ。お前、クレアはまだベッドから起き上がることさえ出来ないってこないだ言ったじゃないか」

「それが?」

「昨日、ラインベルト公爵に会ったんだ。公爵が言っていたぞ、クレアはもう散歩出来るまでに回復したって。歩けるくらい回復したら会わせてくれる約束だったろう」

「チッ。父上も余計なことを」

「はあ!?お前…」

「まぁいい、ちょうど俺も声をかけようと思っていたところだ。昨日クレアから頼まれたんだ、お前に会いたいって」

「クレアが!?本当か?」

「ああ。毎日の贈り物にお礼を申し上げたいって」

「え?」

「たとえ縁戚関係でもここまでしてもらう義理はない。出来たら辞退したいってね」

「うそをつくな!」

「これは本当だ」

 驚愕したローレンスの表情を見て、ウェルツはニヤニヤ笑っている。


「ウェルツ、嬉しそうにするな。お前、ほんと、ローレンスに嫉妬しすぎ。それより、ということはクレア嬢はまだあのままってことか?」

 キースの言葉にウェルツの表情が翳る。

「………ああ、目覚めてからのクレアのままだ」

「それはつまり」

「覚えていないんだろうな、ほとんど何も。もちろんローレンスとの関係も」

「覚えていない………」

 今や絶望と言ってもいい表情のローレンスがつぶやく。


「クレアに「お兄様」って呼ばれるたび泣きそうになるよ」

「クレア嬢からは何か訊ねてこないのか?」

「いや、何も言わないし、何も聞いてこない。けれど混乱しているのは見ていて明らかだ。自分の中で折り合いをつけて受け入れていってるんだろう。アイツは…なんというか強くなった気がする。少し変わったな」

「クレアは元々強い人だよ。それにしても覚えていないのか…俺とのこと」

「ああ。残念だな、ローレンス。失望したか?新生クレアが好みじゃないなら遠慮せず消えてくれ」

「キース、この男は本当に俺達の幼馴染みで親友なのか?」

「俺に聞いてくれるな。それにしても許せないな、クレア嬢をこんな目に合わすなんて」

「ああ、絶対に許さない」

「はっ、どの口がそんなこと言うかねぇ。そもそもクレアがこんなことになったのはローレンス、お前のせいだろうが」

「俺はクレアを裏切ったことはない」

「それでも、クレアは階段から突き落とされた」

「わかってる、だから、俺はっ」

「まぁまぁローレンス、落ち着けよ。ウェルもだ、お前だってこうなる前には2人を認めていたじゃないか」

「クレアの為にしぶしぶだ。それがこんなことになるなんて。クレアがこんな目に…」


「ウェル、お前の言いたいことはわかった。でもクレアに会わせてくれ。というか俺は会いに行く。公爵にも会いに来てくれと言われたしな」

「いいかローレンス、次はないぞ。万が一にでもまたクレアの身になにか起きたら、その時はもう二度とクレアには会わせない」

「わかってる、次なんて絶対起こさせない」

「とにかく早く証拠を見つけよう。ウェル、そう熱くなるな、クレア嬢のことを心配しているのはお前だけじゃない」

「ウェル、頼む、クレアに会わせてくれ」

「………勝手にしろよ。あ、勝手にとはいえ2人で会うなよ、俺が付き添うからな!」

「ああ、それでもいい、ありがとう」


 ーーーーーーーーーーーーー

 ローレンスとの出会い(いや、再会か!?)は突然だった。


 私とアーシャは庭に出て散歩をしていた。


「クレア!」

「ウェルだわ」

 振り向くとそこには…いたのだ。永遠の最推しキャラ、ローレンス、その人が。

 彼はウェルツよりも少し背が高かった。そして想像していた1000倍美しかった。あのローレンスが目の前にいる。


 驚きに硬直してしまった私に彼が声をかける。

「クレア」

(ああ、ついにローレンスの声が聞けた。なんて優しく響く声なの。イケボに合掌)


 言葉が脳内を滑っていく。思考はそこにはなかった。ただただローレンスを見つめ呆然と立ち尽くしていた。


 彼は優しげな、でも悲しげな何とも言えない瞳で私を見ている。


「クレア…」

「申し訳ございません、ご挨拶もせず。ローレンス殿下、クレアにございます」

 スカートを持ち、膝を折ろうと視線を下げた瞬間、誰かに強く抱きしめられた。それがローレンスだと気づくのに数秒かかった。


「クレア、クレア、会いたかった、クレア」

(え?え?え?)

「すまなかった、君につらい思いをさせてしまった。クレア、すまない」

(は?は?は?なになになに??)

「あ、あの、あの、殿下…」

「ローレンスだよ、君は僕をそう呼んでいた。またそう呼んでくれないか、クレア」

 この間、私はずっと彼に抱きしめられたままだ。


(ちょっと待って)

「殿下、あの少し離れて…少し苦し…」

「おい、ローレンス、いい加減にしろ」

 ウェルツが間に入ってくれ、ローレンスはようやく私を離してくれた。


(いや、ちょっと待ってほしい)


「殿下、殿下からの贈り物の数々、心より感謝申し上げます。しかしこのような振る舞いは…思い人でもない女性にいきなりこのようなことをされるのは…たとえ縁戚同士とはいえ…殿下の思い人が悲しみます。その方がおかわいそうです!」


 メリッサが悲しむようなことは許さない!

 瞬間頭に血が昇った私は、驚きに目を見張るローレンスを睨みつけてその場から離れた。


 がっかりだ。心底がっかりだ。

 あんなにメリッサに一途だったローレンスが。どれだけ女が寄ってこようと、「相手の女性が誰であろうと、メリッサに誤解を与えるようなことはしたくない」「私はメリッサを悲しませたくない」そう言い続けたローレンス。

(そんなローレンスだから好きだったのに!)


 そりゃあ女としてはあんなイケメンに抱きしめられるなんて幸せの極地、憧れるに決まってる。正直、震えが止まらない。

 強く抱き寄せる逞しい腕と密着した身体、耳元で優しくささやく声。顔も全身も火照っているのがわかる。緊張した、嬉しい、夢のようだ、冥土の土産だ。


(でも、そうじゃない。それではダメなの!そんなローレンスは認めない!メリッサだけを抱きしめ愛するローレンスじゃないとダメなのだ)

(メリッサごめんね、誤解だからね、悲しまないでね)


 部屋に戻ると涙が溢れた。

 先ほどとは違う感情に襲われる。


(ローレンスなんて大嫌いだ。あんなことされたら、あんな風にささやかれたら。もう一度って……思っちゃうじゃん。思わないなんてムリだよ。そんな風に思わせることをするなんて残酷すぎる)




 コンッコンッ。

「クレア、入るよ」

 ウェルツが珍しくノックをして入ってきた。

 私はベッドに潜り込んだ。彼がそっと隣に座るのがわかった。


「ローレンスは帰ったよ。驚かせてすまなかったと伝えてくれってさ」

「………」


「クレア、ねぇ、さっき言ってたのは…ローレンスの思い人って誰のこと?教えてくれないか」

「そんなの…私に聞かなくても皆知ってるはずだわ」

(2人が思い合ってることは周知の事実だったじゃない)

「そうか。んーでも教えて」

「……メリッサ・ハングウェイ」

「メリッサ?」

「ウェルだって知ってるでしょ?ローレンスとメリッサは両思いだし、いずれは結婚するのよ」

「そうなの?ローレンスとメリッサが?」

「そうよ」

「ふーん。そうか。それってさ、誰から聞いたの?」


(ううっ、『白薔薇』のことは言えない)

「誰からじゃなくて、皆知ってるわ。逆に知らない人なんているの?」

「俺は知らなかったな」

「そう。ウェルは関心がないからじゃない」

(シスコンのウェルはクレアにしか興味ないものね)


「まぁいいや、クレア、大丈夫かい?今日は疲れただろ。俺は少し出掛けるけど、食事はしっかり摂るんだよ。そしてゆっくりおやすみ、僕の可愛いクレア」

「………」

 ウェルツはシーツごしに私にキスをして部屋を出て行った。


 ウェルツは何を言ってるんだろう。それともまだ両片思い中?それでもメリッサが傷つくことに変わりはない。

(それにしても今日は最悪。もうあんな女たらしとは絶対に関わらずにいよう)


「あああ〜ローレンス、好きだったのになぁ」

 そう呟いたとたん、彼に抱きしめられたことを思い出した。身体の奥が疼いた気がして身震いした。

(はあ〜忘れよう)

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