婚約
「そっちの話は解決したようだな。全くいい加減こちらの話を進めたいんだが。俺もそろそろ時間がない」
百獣の王が焦れたように…いや、どちらかというと仲間外れにされ拗ねたように割って入ってきた。
「先ほど終わったはずですが?お断りいたします」
「断られることを断る」
「は?それは横暴です」
「約束は約束だ」
「そんな約束知りませんし、聞いていません」
「陛下はご存知のようですが、どういうことでしょうか?」
ウェルツが訊ねた。
「あー、実はコルセンがまだ幼い時、しばらくここに滞在したことがあってな。その時、コルセンの世話をしたのがイヴォンヌだったのだ」
「それで…」
ローレンスが眉根を寄せて続きを乞う。
「どうもその時に《娘をやる》とかなんとか言ったらしいが、そんなもの約束になどならん」
「それは違います。男と男の約束です」
「とりあえずコルセン王太子、話を聞こう。養女とはいえクレアは私の大切な娘だ」
現父上の言葉にコルセンはため息をつくと、故父上との話を始めた。
「俺は当時子どもながらに随分ひねくれていた。家では王位継承者の兄上ばかり可愛がられているようで腹は立つし、ローレンスのように仲の良い友もいなかった。
そんな時ここに1人で滞在することになった。捨てられたような気持ちになって部屋に籠もっていたら君の父上であるスタンラッドがやって来て、剣を教えましょうと言われた。
ある日、俺が《剣など上手くならなくてもいい》と拗ねたら、スタンラッドに《それでは大切なものを守れません》と言われた。
《それなら、お前の大切なものはなんだ?》と聞いたら《娘です》と答えたんだ。
《陛下ではないのか?》と聞くと《陛下には内緒にしてください。2人だけの秘密ですよ》と笑った。
それが妙に嬉しくてな。2人だけの秘密なんて友人のようだろ。
そしてスタンラッドは言ったんだ。《大切な娘を守りたい。それがひいてはこの国を守り、陛下を守ることになると思います》
それならと俺は《ではもし私が強くなったら、お前の娘を嫁にもらってやろう。お前は娘より先に死ぬ。私が娘を守ってやる》と言ったんだ。
そうしたら彼が《コルセン様がお国で一番強くなられたら、そうですね、わかりました、娘をコルセン様の妻に。一番強くなられたら、ですよ》と」
(なんだそりゃ。いい話っぽいけど勝手なことを)
「その時以来、俺は何があっても剣の鍛錬だけは休まなかった。もちろん剣だけでは一番強くはなれない。知識を学ぶことも怠らなかった。
全てはクレア嬢を妻に迎え、スタンラッドとの約束を果たすためだ」
射るように見つめてくる瞳に思わず引き込まれそうになるが、肩を抱くローレンスの手に力が入り正気に戻された。
「そして、俺はついに我が国で誰をも寄せ付けぬほど強くなった。兄上もいなくなり、名実ともに俺が一番だ」
「えっ、お兄様を殺したんですか?」
「ふざけるな、殺すか!病になってな」
「あ、申し訳ありません」
「ぶッ、クレア嬢は本当におもしろいな。うん、ますます気に入った」
「ありがとうございます。結婚はお断りしますが」
「当然だ」
「《はい、終了》だ」
私の返事にローレンスとウェルツが続く。
「さぁどうだかなぁ。さっきも言ったが俺はもうすぐ正式にノーカサス国王になる。私が正式に申し込めば断るのはなかなか難しいぞ」
「コルセン、卑怯なマネはするな。クレアの気持ちを無視するのは許さない」
「クレア嬢の気持ちとはなんだ」
「それは…」
「私はローレンスを愛しています」
「クレア!俺も君を愛している」
私達は見つめ合った
「ふんっ、とりあえず今日のところは引いてやろう。ただ俺も簡単にはあきらめないけどな」
「コルセン、暇つぶしならやめろ。どうせ周りの女に飽きただけだろ」
「ローレンス、暇つぶしではない。まぁ周りの女に飽きたのは事実だ」
「みろ!」
「とはいえ俺はずっとクレア嬢の様子は気にかけていた、まぁ正直今日クレア嬢に直接会うまでは、多少面白半分だったけどな。しかしまさかこんなに可愛く美しい女性になっていたとは。その上、楽しい。うん、俺は楽しいぞ」
「は?」
全員が呆気にとられる中、百獣の王は「時間切れだ」と言い残してなぜかご機嫌に部屋を出て行った。
「父上!」
「まぁまぁコルセンは昔からああいう奴だ。気にするな、あくどいことはせん。クレアもすまなかった」
「いえ、とんでもございません」
「いざとなれば、私も国王として、ローレンスの父親として君をローレンスの妃に迎える手筈は整える。心配しなくてよいぞ」
「はい、ありがとうございます」
「父上、ラインベルト公爵、今、この場でクレアと婚約させて下さい。なんなら結婚させて下さい」
「結婚!?」
全員の声が揃った。
「絶対に誰にもクレアを渡しません。お願いします」
結局、正式な婚約発表は後日となったが、私とローレンスの婚約がその場で成立した。
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「あの日のコルセンには参ったけど、おかげで君と婚約出来た。あれからコルセンからは何もないよな?」
「それが…」
今朝届いたコルセンからの手紙を持って王宮を訪れた。
記憶が戻って初めて入ったローレンスの部屋は私の部屋より数倍キラキラで彼の匂いがした。
「は?何があった?」
「コルセン王太子から贈り物とこれが…」
コルセンからの手紙を見せた。
その手紙には『婚約したと聞いたが、案ずるな、婚約はいつでも破棄できる』と書かれていた。
「あいつ!こうなったら戦争も辞さない」
「ローレンス、なんてこと…んんんっ…キャア!」
キスをされ、いきなり抱きかかえられた。そしてそのままベッドへ向かう。
「ローレンス?」
「君は俺のものだ。俺のクレアだ。絶対渡さない」
そう言って、唇を押し当てられた。
彼に身を任せたままふっと思う。
(この世界って、、結局どの世界なんだろ?)
でも、どの世界であろうと、今私にはローレンスがいる、ウェルツもキースもスザンヌもフローラも、何よりメリッサもいる。
(どの世界かなんて、もうどうでもいい)
ローレンスの胸に強く顔を埋めた。
完
ありがとうございました。