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許婚

「待たせてすまなかった、我が愛しの姫。迎えに来たよ」

「………………」

(いえ、待ってないですけど?どなた様?人違い?ドッキリ?何の展開?)

 私の目の前で片膝を付き右手を差し出す男性に、私、ウェルツ、両親、キース、メリッサ、そしてローレンスの時が止まった。いや、会場中の時が止まった。


「一体なんのおつもりでしょうか、コルセン王太子」

 ローレンスが私を庇うように前に立った。

「これはこれはローレンス王太子。お久しぶりですね」

「どういうおつもりか訊ねているのですが」

「結婚の申し入れ以外なにが?」

「お待ち頂きたい。彼女は私が妻にする令嬢です」

「なるほど」

 薄ら笑いを浮かべた高慢ななんちゃら王太子もまた……顔がいい!

(さすが『白薔薇』の世界だわ)

 ローレンスが上品で毛並みの良い馬なら、彼はフェロモン全開の百獣の王。

 真っ赤な髪がまさにたて髪のようだ。


「お言葉ですが、お2人は婚約もされていない。話になりませんね」

「コルセン王太子、お戯れもいい加減にしてください」

「戯れ?ローレンス王太子こそわきまえて頂きたい。彼女は私の許婚です」

「許婚?」

 ようやく声が出た。

「ええ、クレア嬢」

(なぜ名前を!?)

「私はかつてあなたのお父上より、許婚の命を受けております」

 父を振り返る。

「あ、ラインベルト公爵ではなく、あなたの本当のお父上、スタンラッド侯爵です」

「………………」

(………………)


「王太子殿下だかなんだか存じ上げませんが、許婚など聞いたこともありません。妹をからかうのはおやめ下さい」

(ウェル、そこじゃない)

「そうです、コルセン王太子、いきなり許婚など少々無礼ではありませんか?」

(ローレンス、そこじゃない)

「ラインベルト公爵はご存知なんですか?」

(キース、そこじゃない)

「クレア、行きましょう」

(メリッサも、そこじゃない…そこじゃない)

「そこじゃないぃぃぃ!!」

 全員が私を見る。


「皆、そんなことはどうでもいいの!あなたとは結婚しません、ハイ、終了。

 それより、私の本当の父上ってどういうことですか?私はラインベルト家の娘じゃないの?ウェルの妹じゃないの?そこでしょ!」

「あっ……」

 ウェルツが呟く。

(「あっ」じゃない!)

「ぶはははは!」

 突然、百獣の王が笑い出した。

「ハイ、終了って。ハハハハ!私の求婚を、「ハイ、終了」!私を袖にするとは…そんな女は初めてだぞ!気に入った!」


「お父様、お母様!ウェル!どうなの?」

 私は百獣の王を無視して両親とウェルツに詰め寄った。


「何やら楽しそうだな」

「陛下」

 全員が敬礼する。

「コルセン王太子、久しぶりだな。近々戴冠式と聞いたが」

「国王陛下、ご無沙汰しております。はい、戴冠式を前に婚約者を迎えに来ました」

「はぁ~お前は相変わらずだな。昔の戯れ事だろう。悪いがクレアはやらんぞ」

「スタンラッド侯爵と約束致しました」

「はぁ~全くお前は…」

「スタンラッド…誰?」

「クレア」

「ローレンスも知ってるの?」

 肩を抱いてくれたローレンスに詰め寄った。

「記憶がないか、クレア?」

「はい、陛下」

「そうか、我が婚約者に記憶がないという話は本当だったか。それよりローレンス王太子、悪いが私の婚約者から手を離してもらえるか」

「お断りします、彼女は私の恋人ですので」

「ローレンス、部屋へ」

 陛下の指示でメリッサとキース以外全員が別室へ移動した。


「私は遠慮するわね」

 優しく微笑む女神メリッサ。

「俺もメリッサとここに残るよ。俺も部外者だし、メリッサを1人に出来ないからね」

 父親の呪縛から解放されたメリッサは穏やかで優しい性格を取り戻した。加えて美しいメリッサは今や子息達の憧れの的なのだ。

 キースが早く彼女を意識してくれたらいいのに、と私は毎日祈っている。

 いや、今はそれは置いておこう。それどころじゃない。




 明らかに王族しか入れないであろう豪華絢爛な部屋に険悪な雰囲気が充満している。

 私の左右にはローレンスと母上が座った。


「コルセン、どういうつもりだ、いきなり公衆の面前でふざけたことを」

「ふざけてはいないさ、俺は本気だ、ローレンス」

(ん??)

「2人は……?」

「俺とコルセンは従兄弟なんだ、クレア」

「従兄弟?似てなさすぎる…」

「ハハ、そうだな。これの母親が私の妹にあたる。私と妹は母親が違ってね。だからコルセンとローレンスでは髪の色から何から似ているところは少ないな。いや、2人ともクレアに惹かれているという点は似てるか」

 そう言って私に微笑む国王陛下。ローレンスのお父様だけあって美しさ、気品、風格、色気、どれも一級品。

(ありがとう、神)



「驚かせて悪かったね、クレア」

 向かいに座った父上が優しく微笑む。

「隠していたわけじゃない。以前のクレアは養女であることを知っていたからね、今のクレアが忘れていることを忘れていたよ」

(それでウェルツの「あっ」だったのね)


「クレア、君の父上、イヴォンヌ・スタンラッドは私と今の君の父上にとって、幼馴染みであると同時に、私の直属の最高護衛長だった」

「最高護衛長?」

「私の2年先輩でした。剣の腕も人格も素晴らしい方でした」

 陛下の後ろに立つキースに良く似たイケオジが微笑んだ。


「しかし君が、たしか2歳になるかならないかの時だったな、事故で亡くなってしまったんだ」

 陛下は私を見ているようで、私の向こうにその人物を見ているような遠い目をした。

「……」

「王宮で開催された乗馬大会で、一頭の馬が暴れ出してしまってね、私に向かってきたのだ」

「誰もが剣を抜きました。もちろん私もです。でも護衛長が《絶対に馬を傷つけるな》と叫ばれて」

 キースの父上は私の故父上を「護衛長」と呼んだ。


「その馬は先王、私の父、ローレンスの祖父だな、先王が崩御した日に生まれた馬でね。我々はその馬に不思議な命の縁を感じて可愛がっていた。臆病でおとなしい馬だったが、大砲の音に驚いたようでね。制御出来なくなってしまった。

 そんな馬を傷つけてはいけないと思ったのだろう。イヴォンヌは自らの身体で食い止めようとしたのだ。

 あの馬でなければ、彼も剣を抜いていただろうし、命を落とすこともなかっただろう」

「幼い時から正義感が強く真っすぐで寛容。あんないいヤツはあとにも先にもお目にかかったことがないよ」

 父上が懐かしそうに言った。


「それで馬は大丈夫だったのですか?というより陛下にお怪我は?」

「さすが護衛長のお嬢様ですね、そんなお言葉が先ず口から出るとは」

「俺の許婚だからな」

「俺の恋人だからな」


「イヴォンヌの命と引き換えに、私も馬も無傷だったよ、クレア」

「あの、では母上は?」

「君の母上は、君を産んだ後すぐに亡くなってね」

「元々身体の弱い方で、なかなか子どもにも恵まれなかったの。あなたを身籠った時はとても喜んでいたわ。穏やかで可愛らしい方だったわよ、あなたにそっくり」

 隣の母上が私の手に手を置いた。その言葉に陛下が懐かしそうに頷く。

「ああ、本当に君は母上にそっくりだ。まさか彼女がなくなった2年後にイヴォンヌまで…。2歳にして天涯孤独になった君を私は養女として迎え入れようと考えた。しかし私の立場上、反対する者もいてな」

「で、私達夫婦が君を迎えるという僥倖に預かったんだ」

「クレアが妹として家に来た時の嬉しさは忘れられないよ」

 後ろに立っていたウェルツが私の頭をクシャクシャッと撫でた。

「ウェルはずっと自慢してたもんな、妹が出来たってうるさいのなんの」

 ローレンスが笑う。

「クレアが泣くとウェルが一番にあやしに行ってね。そのうちウェルじゃないとあなたは泣き止まなくなったのよ」

「羨ましくて仕方なかったよ。本来なら俺の妹になってたはずなのに、て。まぁおかげで俺は恋人になれたけどな」

「こんな男に持って行かれるとは。俺が育てたのに」


 そう。私がずっと考えているのはそれだ。

 申し訳ないがラインベルト家と血の繋がりがなかったことは、今の私にはさほどショックではない。むしろ日々の優しさを思うと、クレアはなんて幸せ者だろうと思う。

 問題はそこじゃない。問題はウェルツだ。


 お気づきだろうか、全国の薔薇リスト同士たちよ、ウェルツ・ラインベルト、なんとこのたび、『残念なシスコンキャラ』卒業ですッ!

 こんな展開誰が想像出来ただろう。

『残念』どころか、ウェルツは血の繋がらないクレアを一途に思い、誰よりもいつどんな時もクレアだけを大切にしてきた、涙が出るほどの『一途な健気キャラ』だったのだ。

 思わず薔薇リストとして、ウェルツの手を握りそうになって、はたと気づいた。


 そんな健気なウェルツ・ラインベルトの思いを私クレアは打ち捨てるのだ。

 ウェルツの愛情を独占するだけしておいて、自分だけローレンスと結ばれる。

(え、これ、ん?いいの?私、ひどくない?これは薔薇リストとして、じゃなくて妹として…んん〜いや、でも…)



「クレア、どうした?」

 ローレンスが私の顔を覗き込む。

「ウェルと兄妹(きょうだい)じゃなかった」

「え?あぁうん、そうだね」

「私……ウェルが、ウェルに恋人が出来るまで誰とも恋人にならないし、結婚もしない。いっそウェルと生きていく…」

「「はあああ??」」

 ローレンスとコルセン王太子が叫ぶ。

「クレア、何を言ってるんだ?ウェルは関係ないだろ」

「あるわ。ウェルは本当の妹じゃないのに、ずっと私のそばにいてくれたの。今の私がいるのはウェルのおかげだわ。なのに、私だけ他の誰かとなんて、うん、そんなの…ダメよ」

「許婚殿、意味がわからん」

「ウェル、なんとか言ってくれ」

「ムリだ…俺は感動して泣きそうだ。クレアが、クレアがローレンスより俺を選んでくれた」

「選んでないだろ!ウェルツ!」


「はぁぁぁーーもう少し浸らせてくれてもいいだろ。心の狭いヤツだな。クレア」

 ウェルツが私の前に跪き両手で私の両頬を挟んだ。

「クレア、聞いてくれ。俺にとってお前は妹として神、妹として世界、妹として俺」

(…………ちょっと何言ってるかわかんない)


「俺はずっとお前のことが誰より大切だし誰よりも好きだ。ローレンスの好きなんて足元にも及ばない」

「は?ウェル、ふざけ…」

「黙ってろ、ローレンス。クレア、でもだからこそ俺は誰よりもお前の幸せを願ってる。お前がローレンスを好きだというならそれでいい。ローレンスより俺の方がいい男だが」

「いちいち…お前は…」

 ローレンスが苦笑いしながらボソボソと呟いていてる。

「俺はお前の兄上だ。血が繋がっていようが繋がってなかろうが関係ない。それに恋人や夫とは別れるかもしれないが、兄妹なら別れることはない」

「別れないぞ、絶対」

「俺は一生お前の兄上だ。クレアの幸せが俺の幸せなんだよ」

 そう言って優しく笑うウェルツの腕に飛び込んだ。


(まさに『最強残念キャラ』の名に恥じないどこまでも残念で素敵な兄上、ウェルツ・ラインベルト!)


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