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証拠

「つまり君は父上に言われて私を好きなフリをしていた、と?」

「はい、殿下と結婚すること。それが…それだけが私の存在価値なので」

「そんなもんが存在価値なわけないだろ」

 キースの言葉にメリッサが俯いた。その頬が少し赤くなっている。


「話はわかった。私に対してのことはわかったが…君はクレアにかなりキツく当たっていた。その自覚はあるね」

「はい。今さら何を申しても言い訳になりますが…自身が恥ずかしく、クレアには申し訳ないと思っております」

「そのことは謝ってもらったわ」

「謝ってもらったって。そばで見ていた家族としては、たとえ謝ってもらっても許せることと許せないことがある」

「ウェルツ様のおっしゃる通りです。何も反論はごさまいません」

「メリッサ嬢。俺はクレアの兄として今から君に厳しいことを言わせてもらう」

「はい、なんなりとおっしゃって下さい」 

 そう言ってウェルツをまっすぐに見つめるメリッサの横顔は美しかった。


「ローレンスと結婚することが君の存在価値。そうであるなら、なおさら君にとってクレアは邪魔だったんじゃないか?君の存在価値を脅かす相手だ。クレアがいなくなれば、と考えても不自然じゃない」

「はい。確かに…その通りです。でもだからと言ってクレアの命を奪うような恐ろしいことは考えたこともありません。それに…あのクレアが階段から落ちた日、もうあの時には既に私は父に見限られていました」


「見限られていた?あの舞踏会で私が言ったことが原因か?」

「はい。父ももちろん殿下とクレアのことを知っていました。なのであの舞踏会が私に与えられた最後のチャンスだと言われておりました。

 《今日失敗したら、もうお前は終わりだ》と。結果はもちろん失敗でした」 

「家に帰ったら私の荷物は全て侍女が生活する離れへ投げ込まれていました。私は今、侍女達と寝起きしております」


「虫唾が走る。君は…大丈夫なのか?」 

 キースの声が怒りに震えている。

「はい。ありがとうございます。幼い時から我が家で働く者達は、両親にバレないよう、陰で私を可愛がり励ましてくれていました。なので実は彼らといる方が居心地が良くて」

 そう言ってメリッサは少しだけ笑顔を見せた。

「ですので、ウェルツ様、もし本当に私がクレアをどうにかしたければ、もっと早くしておりました。あの日では遅かったのです」



 そう言うとメリッサはローレンスに向き直り言った。

「先日、クレアからモリスの話を聞きました。そのことに関していくつかお話したいことがございます」

「聞こう」

「ありがとうございます。ただ今さら私が何を言っても信じて頂くのは難しいとわかっております。ですので疑わしいと感じられたことは何でもおたずね下さい。

 まず、先ほども申し上げた通り、あの舞踏会の日、家に帰ると私の荷物は全て離れにありました。そしてそれを問うた私に父が…その…色々と言っておりましたが、最後にこう言ったのです。《こんなこともあろうかと、保険をかけておいて正解だったな》と」

「保険をかけておいた」

「はい。その時は意味がわからず気にもしておりませんでした。

 それから2日後でしたでしょうか、クレアが階段から落ちたその日、私は父の部屋に呼ばれました。そして《ローレンス殿下から目を離すな。お前もまた役に立てるかもしれんぞ》と言われました。父は…上機嫌でした」

「クソが」

 ウェルツが思わず悪態をついた。


「でも結局クレアは回復し学園に戻ってきた。今、君の父上は?」

「別の結婚相手が見つかったそうです。殿下には程遠いですが、それでも父に利のある相手のようです」

「ちょっと待ってメリッサ!見つかったって。ついこの間は探しているみたいって言ってたじゃない」

「そうね、クレア。でもね、一昨日言われたの。《見つけてきてやったぞ。役に立てて嬉しいだろ》て」

「そんな…ヒドい、メリッサのことをまるで物みたいに」

「父にとって私は物なのよ、クレア」

 諦めたようにメリッサが笑った。


「あ〜〜〜ムリだ。さっきから怒りで頭がどうにかなりそうだ」

 キースが声を上げた。

「メリッサ嬢には悪いが、これまでのことを思うと正直まだどこまで信じていいか混乱している。けれど、もし今君が話しているのが全て本当なら…」

「今すぐそんな家、捨ててやれ」

「ウェルツ様」

「あ、だからと言って全て許したわけじゃないぞ」

「はい、もちろんです」

 メリッサはそれでも嬉しそうだ。


「それで…実は私も悔しかったので、何か見つからないかと家で働く者達に相談してみたんです」

「何か見つかるとは?」

「もちろんクレアの怪我の件に父が関わっている証拠です、殿下」

「証拠?」

「はい。すると父の一番そばで仕えている侍従が、モリスのお父上であるクローズ侯爵からの手紙があったかもしれないと」

「手紙!?」

 ウェルツが前のめりになって叫んだ。

「はい」

「一番そばで仕えている者にも裏切られるとは…」

「人間性の問題だな、気をつけろよ、ローレンス」

「ああ、人選には細心の注意を払うよ」

 将来ローレンスの一番そばで仕えるのはウェルツだと言われている。

「2人とも冗談言ってる場合じゃないわ。で、メリッサ、その手紙って?」

 メリッサがニヤリと笑ってカバンから手紙を取り出した。

「見つけたわ、クレア」

 私は思わずメリッサに抱きついた。

 ローレンス達3人も思わず声を上げた。


「これは完璧だな」

「《モリスに言いつけました》《ヒューダルトマン病院にお口添え頂けるなら何に代えましても》だと?息子の為ならクレアがどうなってもいいっていうのか、ふざけやがって」

「ウェル、落ち着け、今はそれは置いておこう。それよりローレンス、これがたしかにクローズ侯爵からのものかはどうやって確かめる?あっ、すまない、メリッサ嬢、君を疑うわけじゃないが、念には念をってだけだ」

「いいえ、キース様、疑って下さい。調べて頂いて、私が無関係だとわかって頂けるなら、いくらでも」

「クローズ侯爵の文字かどうかは恐らく調べられるだろう。いや、王室の権限という権限を全て行使してやる。クレアをこんな目に合わせた償いはきっちりしてもらわないとな。と同時にモリスだな」

「これがあれば落ちるだろ」


 ローレンスとキースの会話にメリッサの顔が曇る。

「モリスも…お父上に言われたらイヤとは言えなかったんだと思います」

「たしかにそれはそうだろう。同情の余地はある。しかしメリッサ嬢、残念だが罪は罪だ」

「はい」

 こういう時のローレンスの言葉には重みがあり揺るぎがない。


「それよりメリッサ嬢、これが表に出れば君はかなりツラい立場になる。大丈夫か?」

「はい。覚悟はできております。それこそこれまでの自分の行い、クレアやローレンス殿下への数々の無礼への償いとして当然受け入れるべきものです」

「そうか…わかった」

「クレアにも話したのですが、元々いつか家を出るつもりでした。家を追い出されることも含めて。なので1人で生きていく覚悟はとうの昔から出来ております。それに修道院に入ろうかとも考えています」

「修道院?メリッサ本気?」 

「ええ、クレア。私はあなたに散々ヒドいことをしてきたわ。自分の行いと向き合って神に仕え赦しを得る。私には相応しい場所だと思うの」

「そんな…」 


「ハングウェイ侯爵のことが明るみに出ると、王室として公的に君を支援することは難しいかもしれない。が可能な限り努力するよ」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

「メリッサ嬢、俺はまだ正直複雑な思いもなくはない。それでもこの手紙のことは心から感謝する。ありがとう」

「ウェルツ様やめてください!私こそ、これまでの数々の無礼な行い、申し訳ありませんでした」

「俺も可能な限り君を支援するよ。なんてったってクレアの新しい友達らしいからな」

「ウェルツ様…ありがとうございます」

「そうなの私達友達なの!ね!」

 私はメリッサの手を握った。



「クレア」

 ローレンスがいつもとは違う声で私の名前を呼んだ。

「はい」

「クレア、君は本当にメリッサを許すのか?それでいいのか?無理はしていないか?」

「はい。許します。というか私はメリッサにされたことを覚えていなくて。だから私もメリッサも、ここから新たにスタートかなって。新しく始めればいいと思っています、人生も、私達の関係も。ね、メリッサ」

「ありがとう」

 メリッサがまた泣き出してしまった。


「メリッサって実は泣き虫なの。それになんでもすぐ顔に出てわかりやすいったらないの」

「俺達が知ってるメリッサ嬢とクレアが言うメリッサ嬢は違う人物なんじゃないか」

 ウェルツが目を丸くして呟く。その言葉にメリッサが涙を拭いながら笑った。

「私も自分でそう思います。クレアは私をお見通しなんです。上手く偽れないんです。それに、クレアも以前とは少し違う気がします」

「そうなんだよメリッサ嬢。階段から落ちた時に頭を打って別人になったようだ」

「ウェルったらひどい」

(たしかに別人だけど)


「以前のクレアは…可愛いいのはもちろんだけど、家族からだけでなく誰からも、愛される、ということに何の疑いも抱いていないようで。羨ましかった。敵意や悪意など何ひとつ知らない。いえ、知らずに済むように皆から守られている。それが羨ましくて妬ましくて。

 それでいてイヤミなんて感じさせない。むしろ謙虚で前に出ることもない。誰にでも優しくて気遣いができて。クレアの周りはいつも楽しそうであたたかそうだった。クレアが眩しかった。自分の惨めさを浮き彫りにされるようで。

 私は妬ましさや悔しさをクレアにぶつけてた。クレアは何も悪くないのに。

 父のせいだけではありません。私自身が汚い人間…」

「違うわ!メリッサ、そうじゃない!立場が違えば私だってそうなる。メリッサが悪いんじゃないわ」

「ありがとう、クレア、本当に今までごめんなさ…」

「メリッサ、もう言わない約束でしょ。十分謝ってもらったわ。

 それより、私、そんなクレアに戻れないかもしれない。いい子すぎて…荷が重い…」


 つい口を出た本音に4人が一瞬黙ったかと思うと、吹き出して笑い始めた。

「いや、そこは戻れよ、クレア嬢」

「可愛い俺の妹はどこへ」

「クレア、今もクレアは何も変わらない。十分素敵だわ」

「ああ。今のクレアも以前のクレアも変わらない。好きだよ」

「これからも皆に好きでいてもらえるように頑張らなきゃ」

 少し笑えたことで、皆の顔に色が挿した。


「とにかく、よくわかった。クレアがそう言うなら我々もそのつもりでメリッサ嬢と向き合うことにしよう」

「ありがとうございます、ローレンス殿下」



「それにしてもメリッサ嬢、家に帰って大丈夫か?食事はちゃんと摂れてるのか?」

 キースの問いにメリッサの頬が色づく。

「はい、大丈夫です」

「そうよ、メリッサ、なんなら家に来て。ゲストルームもあるし、なんなら私と一緒に寝ればいいわ。ね、ウェル」

「ああ、いつでも来たらいいよ」

「ウェルツが苦手なら俺のとこでもいいぞ。母上は娘を欲しがってるから喜ぶ」

「なんだキース、それは結婚の申し入れか」

「「えっ!!!」」

 ウェルツのからかいにメリッサの顔が真っ赤に染まる。それを見たキースも真っ赤になった。

「あ、いや、メリッサ嬢、すまない、そういう…でも本当に俺のとこで、いや、そういう意味じゃ」

「あ、あの、本当に大丈夫なので」

「なに赤くなってんだよ」

 3人の会話を笑って見ていたら、向かいに座るローレンスが何やら私に目で合図を送ってくる。


 彼の視線がメリッサからキースに、そしてまたメリッサに移り、何か言いたげに私に戻ってきた。

 《もしかしてそうなの?》

 私はそっと目配せした

 《ええ》

「ぶほっ!」

 叫びそうになったのを咳払いでごまかしている。

 なんだかわからないが幸せな時間だ。


「じゃあ今日はこれで解散しよう。メリッサ嬢、この手紙は預からせてもらうがいいか」

「はい、もちろんです」

「モリスの件は父上にお許しを得てからになる。皆にも随時状況を伝えるが、君らも何かあったら教えてくれ。また集まろう。ということで、俺はクレアと帰る」

「は!?何を…」

 ウェルツを無視してローレンスが続ける。

「キース、メリッサ嬢を頼む。ウェルツ、お前は自習室でも行け」

 ローレンスはそう言うと立ち上がり、私の手を取った。

「え、あ、メリッサ、またね!気をつけてね!キース、メリッサをよろしく!」






「はぁーーなんなんだあいつは。なんでクレアがあいつと帰るんだ!くそっ。じゃあな、キース。俺は…まぁ仕方ないから自習室でも覗いて帰るよ」

「グレン令息か?」

「ああ、まぁな。で、メリッサ嬢、あまりに急展開すぎてまだ俺の頭も追いついてないが、とにかくだ、君の勇気には敬意を表するよ、ありがとう。それとクレアをよろしく頼む。アイツはえらく君を気に入ってるようだ」

 そう言うとウェルツは部屋を出て行った。


「では私もこれで」 

「メリッサ嬢、送ろう」

「いえ、あまり一緒にいるのを見られないほうが」

「ああ。そうか…そうだな…」



「だから俺を頼れと言ったのに」

「え?」

 荷物を持ってドアを開けようとしたメリッサが振り向いた。

「あの時、君に何かあればいつでも俺を頼れと言ったぞ。素直に頼らないから…ヒドい目に…」

「キース様?」

「そりゃあ父上に背くことは難しい。それはわかる。わかるが…」

「キース様、まさか、覚えていらっしゃるのですか?あの時私に声をかけて下さったこと」

「そりゃあ覚えてるだろ。あんな可愛い子が泣いていたんだ。覚えてるし、気になるだろ。でも次に会った時の君はまるで別人のように可愛げのない女性で。俺の勘違い、人違いなのかと思っていた。

 けど、さっき君が泣きながら笑った顔を見た時に、やっぱりあの時の女の子は君だったんだと確信したんだ。

 そしたら余計に腹が立ってきて。

 何故俺に言わなかった?何故「大丈夫」だなんて…

 いや、そうじゃない。俺があの時もっと話を聞いてやれば良かったんだ。あれからも君にもっと声をかけていれば…気づいてあげられたのに…悔しくてたまらん。

 いいか、これからは絶対に1人で我慢するんじゃな…って、メリッサ?」

「ご、ごめんなさい」

 メリッサの頬を次から次へと涙が伝う。

「メリッサ」

「ごめ…ごめんなさ……い。先に出て……」

「だから泣きたいなら泣けばいい。俺に遠慮するな」

「でも…」

「いいから。全く君ってヤツは…」

 キースが立ち上がり、メリッサに近寄った。

「んー好きなヤツがいるって話だが、とりあえず泣いてるし、抱きしめても大丈夫か?」

「え?…………は、はい」

「うん、素直が一番だ」

 そう言うとキースは彼女の頭を撫で、そのままゆっくりと彼女の身体を包み込んだ。

「もう大丈夫だ。俺達がついてる」

 メリッサは温かい腕の中で声を上げて泣いた。

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