新しい友人
「おい、俺は1週間ぶりに帰ってきたんだ。クレアに一番に会いたかったのに。なぜお前達と生徒会室に来なきゃいけないんだ?ウェル、クレアは何をしたいんだ?」
「俺も知りたいよ。昨日いきなり、俺達3人と秘密の話をしたいから誰も来ないような場所に集まってほしいってだけ言われたんだ。理由もなしに。ただ場所を、て」
「ローレンスの部屋もダメ、ラインベルト家も俺の家もダメ。一体なんなんだろうな。それにしてもウェル、よくこの部屋を思いついたな」
「まぁ仮にも俺は生徒会長なもんでね」
「俺は副会長だけど、誰も来ない場所って言われてもここは思いつかないな」
「副会長2人はえらく無能でね」
「へぇ、いつの間にか俺は副会長をおろされてたのか。なんだ代わりに無能なヤツが任命されたのか?ていうか、そんな事どうでもいいんだ、クレアに会いたい。ウェル、クレアはまだか?」
「ごめんなさい、おまたせしました!」
「クレア!」
「ローレンス、ちょっと、ちょっと今は待って」
「は?」
抱きしめに来そうなローレンスを止めた。
「もうすぐ皆に紹介したい人が来るから」
「紹介したい?」
「そうなの。でも私達と一緒にいるのを見られるのはまずいかもしれないから、ちょっとだけ遅れて来るよう言ったの」
「ローレンス、訳せ、意味がわからん」
「俺もだウェル」
「クレア、いったい…」
「あっ!来たわ!こっちこっち、ちょっと待ってね。さてさて、皆様、今日は新しいお友達を紹介したいと思います。ジャ〜ン!メリッサ・ハングウェイ令嬢で〜ぇす」
そう言ってメリッサを部屋に招き入れた。
「「「はぁああはあ!?!?!?」」」
3人が同時に叫んで立ち上がった。
「クレア、どういうことか説明してくれ」
「だから、ウェル、色々あって私の階段事件にメリッサは関係してないことがわかったの」
「クレア、そしてメリッサ嬢も、面と向かって悪いがそう簡単に信じることは出来ない」
「ローレンスの言う通りだ。何を根拠にメリッサ…嬢が関係してないと?」
「あのね、ウェル、メリッサには私を突き落とす理由がないのよ」
「それはどうかと言わざるを得ないな。そもそもクレア嬢は覚えていないだろうが、メリッサ嬢はローレンスを…」
「キース!だからそれが違うの、違ったの」
「は?」
そこで私はメリッサと目を合わせた。この状況を覚悟していたとはいえ多少怯んでいるメリッサは、それでもしっかりと私の目を見て頷いてくれた。
「あのね、メリッサが私を害する理由がないの。だってメリッサが本当に好きな相手はローレンスじゃないもの」
「………」
「………」
「………」
「「「はぁぁぁああ!?!?!?」」
「ふふふ」
メリッサの顔を見て笑うと、赤らめた顔で彼女が恥ずかしいそうなぎこちない微笑みを返してくれた。
ーーーーーーーーーーー
あの日、メリッサを連れて自習室に入った私はメリッサの隣に椅子を移動させ座った。
「さぁ2人きりですね、ゆっくり話しましょ。メリッサ様と恋バナができる日が来るなんて夢のようだわ」
「………どうしてわかったの?私が……その…」
「キースを好きだって?」
メリッサの顔がみるみる赤くなる。
「メリッサ様って案外顔に出るんですね、わかりやすい」
「そんなこと!私は…可能な限り感情を出さないように生きてきたわ」
「じゃあ本当にお好きなんですね、キースのことが。…って、えっ、えっ、なんで?なんで泣くんですか?」
「違うの、違うの、勝手に涙が。だって誰にも言えなくて…キース様のこと…が…好き…なんて…言えなくて…言っちゃいけないって。想っちゃいけないって。ずっとずっと」
「ローレンスのことを好きなメリッサ様でいないといけなかったんですよね、ずっと」
その言葉にメリッサの涙が止まらなくなってしまった。私はメリッサを抱きしめた。
メリッサの涙が落ち着いてきたので、私はメリッサから離れた。
「教えて下さいますか?メリッサ様はいつからキースのことを?」
「学園に入ってすぐ」
「そうなんですか?何かきっかけが?」
「……私は幼い時から父にローレンス殿下と結婚しろと言われてきたの。《そのためにお前はいるんだ》て。だから学園に入学したとたん、《殿下に取り入れ》《殿下に気に入られろ》って。
でもまだ学園に入学したての13歳よ。しかも殿下は2学年上。そんな方に簡単に声なんてかけられるわけない。
そう父に言ったら、《役立たずは食うな》て、《殿下と知り合いになるまでは食事はやらない》って言われて」
「あ〜〜〜ちょっともうこの段階で殴りそう」
「は?ふっ…ふふふ…クレア様ってなんだか…意外だわ、そういう方だとは思わなかった」
「だって…でも本当に食べさせてもらえなかったんですか?」
「ううん、侍女や侍従達がね、内緒で食べ物をくれていたから。少しは口にしていたわ」
母親という言葉が出てこなかったことに心が痛んだ。彼女はそういう環境で生きてきたのだ。
そう、この世界のタイトルには『孤高』という言葉があった。
『孤高の白薔薇』であるメリッサは愛されることなく育ったヒロイン。
それを思い出した時、私の中で散らばっていたピースがピタリとはまり、1つの答えが導き出された。
そしてそれは悲しくも当たっていたのだ。
「で?キースとは?」
「ええ。それで…ある時、学園の庭で泣いていたの。悲しくてどうしたらいいかわからなくて。
そうしたらキース様が声をかけてくださって。《どうされました?具合でも?なにかツラいことでも?》て。
大丈夫です、て答えたんだけど。
《でも泣いてるじゃないか》て。《相談にのるよ》て。
私が黙ったら、キース様は《僕はキース・エバンだ。なにか困ったことがあるならいつでも言っておいで。できる限り力になるから。僕はこう見えてそれなりに頼りになるよ》て笑って。
《何があったかわからないけれど、女性を泣かすヤツを僕は許さない。本当にいつでも言っておいで》て。
そう言って…頭を撫でて下さったの」
「わぁ〜それはキース、素敵ね」
「でしょ?」
そう言って笑うメリッサは本当にただの可愛い恋する女の子だ。
「キース様はきっと誰にでもそう声をかけられる方で、その時そこで泣いていたのが私でなくても、きっと声をかけたはず。
でもね、私にはそれが良かったの。
私がどこの誰であろうと関係ない。家名や爵位なんて関係ない。私、に優しくしてくださったことが嬉しかったの」
「だから、あなたに《メリッサ様本人は》て言われた時には心臓が止まりそうだったわ。
キース様を好きになった理由は私本人を見て下さったからなのに、私自身はいつの間にか自分のことも他人のことも、その人本人でなんて見れなくなっていたの。
大キライな両親と同じ人間になっていたのよ。さすが親子よね」
「違うわ!メリッサ様は違うわ!だって考えてくださったじゃない!家としては謝るべきじゃない。きっとお父上ならそうおっしゃったでしょうね。でもメリッサ様は謝ったわ。わざわざハンカチを買いに行かれたわ。それはメリッサ様とお父上が違う人間だからだわ。あのハンカチが証拠よ」
「ふっ、ありがとう」
「それからキースとは?」
「もちろん何もないわ。それに私にはローレンス殿下と結婚する選択しかなかったの。それ以外はなかったのよ。
だからキース様への思いは心の中だけに秘めておこうって。心の中で想うのは自由でしょ?
でも、キース様が殿下の親友でいつも一緒にいるって知ったときは絶望したわ。だって好きな人の前で別の人を好きなフリをしないといけないのよ。
地獄じゃない?そう思ったら、もう何もかもがどうでも良くなってしまって」
「それからは皆知ってる通りイヤな女一直線よ。
殿下に気に入られようと必死になったわ。それしか生きる道がないんだもの。
だから私はあなたが嫌いだった。
殿下に愛されてるからじゃない。
何のためらいもなく好きな人を好きって言えるあなたがうらやましかったの。
ううん、違うわ、それも言い訳。
父に言えない怒りをあなたにぶつけていたの。あなたは何も悪くないのに。本当にごめんなさい」
私は何も言えず首を横に振った。
「でもね、これは繕うわけじゃなく言うんだけど、あなたと殿下にうまくいってほしいって思う自分もいたの」
「解放されるから?」
「そう。そうなったら、私はもう殿下を好きなフリを終わらせることができる。同時に役立たずとして家から追い出されるかもしれないけど、その時はその時だわ、て」
「追い出されるって」
「だからね、私、一人でも生計を立てられるように色々頑張ってるのよ」
そう言って笑う彼女は私が憧れた優しく美しく強いメリッサだった。
「メリッサ様、私ずっと思ってたことがあるんです」
「なに?」
「ずっとメリッサ様を見るたび、なんだかモヤモヤしていたんですけど、今わかりました。
メリッサ様は笑顔が一番素敵です。出来るならメリッサ様にはいつも笑っていてほしい。メリッサ様の笑顔は世界を救います」
「は?ふふふ、世界って」
「少なくとも私はメリッサ様の笑顔に救われました。今もずっと救われてます」
「あなたって、ほんとに変わってる。いいわ、じゃあ条件があるわ」
「なんですか?」
「様、はやめない?」
「えっ、やめます!いいんですか?お友達じゃないですか!嬉しい!」
「ふふふふ、クレア、あなたってやっぱり変だわ」
「ところでメリッサ、今は…お家では大丈夫なんですか?」
「ええ…なんとか大丈夫よ、ありがとう。役立たずって呼ばれてはいるけどね。父も母も、会話はおろか目も合わせてくれないわ。
それに今、殿下に代わる結婚相手を探してるみたい。なにか父の利になるような相手をね。私はいつまでも父の駒でしかないのよ」
(なんてこと…)
「何度も言うけど、それでも私はこれで良かったと思ってるの。好きでもない人を好きだと言って、誰かに当たり散らして。それより今こうして叶わなくても好きな人の話ができる方が嬉しいかも。ふふ、私今楽しいわ。ありがとうクレア」
「メリッサ、ちょっとイヤな話をしてもいい?」
私は階段事件の調査の話を彼女に打ち明けた。
彼女がこの件には絶対に関わっていない。そう確信できたから。
彼女はウェルツ達3人から詰問されることを覚悟で、彼らと話をする場を設けてほしいと言った。