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メンヘラキラーの優雅な日常  作者: たけのこのち
3/3

襲撃者

「きららさんが二年B組の委員長に立候補してくださるなんて、わたくしとっても嬉しいですわ!」

 紅茶の湯気をくゆらせながら、愛は優雅にほほ笑んだ。


 委員長推薦騒動ののち、どうにかこうにか昼休憩まで周りの視線に耐えきった私は、どこか人目のない場所でゆっくり過ごしたかった。

 しかしながら、学食を終えて席を立とうとした瞬間どこからともなく二人組の女生徒が現れ腕をつかまれた。そのままぶらりと持ち上げられ、さながら捕獲された宇宙人のごとく生徒会室まで連行されてしまう。廊下を通る生徒たちは皆珍獣を見るかの如く見物にやってくるので、恥ずかしくてならない。

 生徒会室へ放り込まれたのちは、いつものとおりである。にこやかにコーヒーを勧められ、怪しみつつもいただく。その間もぴたりとソファの隣に座る愛は、私にほんの少ししなだれかかって一挙手一投足を見守ってくる。

「正しくは、立候補ではなく推薦ですよ。どこから伝わったかは知りませんが、一部始終はご存知なんでしょう?」

「そんな、買いかぶりはよしてくださいな。ほんの少し、お友達から噂話が届いただけですわ。きららさんがこの学校に積極的に関わりたいと思ってくださってとっても嬉しいの。わたくしは大賛成です!」

 愛の内通者でない者を学園から探すより、砂丘の針を探す方が簡単なようである。ここは独裁国家なのか?……あながち間違いでもないか。


「断言しますが、その意見は少数派でしょうね。来週じゃなく、今日選挙をすればよかったんです。私は委員長になる意気込みなんて全くないのに……」

「なってみれば案外見つかるものかもしれませんわ。禅洲さんも気になることを言っていたそうじゃない?この学園を変える、ですって!」

 私の顔を覗き込み、さも面白くてたまらないというふうに愛は語りかけた。

「私にそのような大したことはできませんよ」

 触らぬ神に祟りなし。確かに歪さを感じる学校ではあるが、その行く末を決定するなどという大事業に私が関わる理由などない。

「ご馳走様でした、そろそろお暇いたします」

 愛は意外にもあっさりと私が立ち上がるのを許した。

「コーヒー、お口にあったかしら?」

 まあ、そこに関しては頷いておく。私好みの、キリッと目の覚める味で……。いや待て、なぜ私がコーヒー派だと知っていた?愛は素知らぬ顔で、自分の紅茶を飲み干している。同じものを出せば良いのに、また何もかも知っているぞという牽制なのか?


 性根の悪い示唆へ反発するように、足早に部屋を後にした。


〜〜〜〜


 ようやく授業も終わり、放課後私は寮へ直帰することとした。もう誰とも関わりたくない。ドアには朝に見た通りに紙切れが挟まっており、私以外の誰も開け閉めがされていないということを伝えてくれる。


 いや、何かがおかしい。


 私は真新しいノートを少し千切ってこの紙片を工面したのだが、少し日がかげってきたことを考慮してもこの紙の色は……黒すぎる気がする。

 恐る恐る扉を細く開けて、それを摘み上げてみた。



おかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえり……


「ヒィッ!」

 その紙は黒く染まっていたのではない。ボールペンか何かでびっしりと、狂気を感じるほどに細かく、執拗に書き潰した文字で埋め尽くされていたのだ。殴り書きといった筆致ではない、ゆっくり時間をかけて書いたのであろう小さな文字が整列していた。

 誰がこれを……


 そこまで思考が回るよりも早く、部屋の中から病的な速度の足音が近づいてきた。


「おかえりお兄ちゃん!」

 真っ先に目に飛び込んできたのは、歓喜に目をぎらつかせる星原奈々よりも、彼女のめかし込んだエプロン姿よりも、その手に輝く包丁だった。そのまま両手を広げて飛びついてくるのだ、凍りついたように動けなかった私を責められる人はいないだろう。

 そのまま彼女は、さながら獲物を捉えるタランチュラのように絡みつき、私を部屋の中へと引き摺り込んだ。


〜〜〜〜


「お兄ちゃんの部屋っていい匂いがするね!特にお布団の中にいると、本当に隣であなたが寝てるみたいな気持ちがするの。奈々、ドキドキしちゃった!」

 奈々は手(および包丁)を振り回しながら、この世の素敵な体験全てを味わった小学生のように身振り手振りで喜びを伝えてくる。

 でも君のしてることは犯罪なんだよ……。

「落ち着いて、とにかく手に持っているものを置こうか?ほら、こっちに……」

「だぁめ!お兄ちゃんには美味しい晩御飯いっぱい食べてもらうんだもん。奈々、初めてだけど頑張るから待っててね〜!」

 待つも何も、この部屋にはまずキッチンがない。寮生は付属の食堂で晩ごはんを食べることになっているからだ。一応シンクはついているが、コンロもない場所で彼女は何を作ろうというんだ?

「わかった、わかった。じゃあ一緒に作ろうか、何から手伝えばいい?」

 ご機嫌をとるように話を合わせると、彼女は包丁を傍へ放り捨ててまた抱きついてくる。

「お兄ちゃん、優しい!でもそんなことよりずっとしてほしいことがあるの」

「それをしたら出ていってくれるかい?」

 奈々は顔をブンブン縦に振り、子犬のように飛び跳ねて喜んだ。まだ了承してないんだが……。


「えっとね、えっとね、一緒に入りたいの!」

「な、何に?」



「お、ふ、ろ。一緒に入ろ!」

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