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◯第2章 黄昏時
(一)
「――こちら青」
『はい、こちら村崎です』
パキパキと滑舌よく話す冬子の声は、ノイズが混じりやすい無線越しでも凛と響いて聞き取りやすい。あおは冬子の返答を聞きながら、梅雨の隙間に入り込んだかのように晴れ渡った空の下をぐるりと見回した。
「一色公園に到着しましたが、特に変わった様子はないですね」
『そうですか。SNSの情報では、つい五分前にすぐ近くの交差点で不審な光が目撃されています。数日前からこの時間によく確認されているので、公園周囲も含めしばらく視てもらえますか?』
「えー、とーこちゃん暑いしだるいし何もないしもう戻りたいんだけどー!」
何度言っても染め直してくれないミルクティー色の髪をポニーテールに結い上げた季黄が脱力してしゃがみ込む。直接口には出さないが、あおも季黄に同意だ。
『サボらずにお願いしますね、二人とも』
季黄の訴えをさらりと流し、冬子はぶつりと通信を切る。無線越しでもにっこりと浮かんだ笑顔が分かるほどの清々しい断ち方に思わず苦笑が漏れた。同い年の同僚にはすっかりと見透かされている。
「……じゃあ黄色、とりあえず手分けして見て回ろうか」
「まじで嫌なんだけど……」
特大なため息を落としながら立ち上がり、季黄がよろよろと公園の外へ向かう。今日は揃いになったポニーテールの毛先が気怠そうに揺れているが、一応でも見回りに向かってくれたのでとりあえずよしとする。
季黄の指導員になってから一か月が経ったが、何か改善されたかと聞かれれば答えは否だ。サングラスはずっとかけないし、髪の毛は相変わらずのミルクティー色だし、メイクは色味もラメも華やかなもので、爪も細やかなネイルパーツやシールを使ってかわいく仕上げられている。誰に対しても敬語を使うつもりはなく、例えそれが朱音や支部長の灰二だったとしても変わらない。あの甘えた口調でだらりと話す姿に、最近では随分慣れてきてしまった。
一応季黄にはあおなりに注意をしてはいるが、それこそ彼女も慣れ切っていてはいはいと聞き流されて終わってしまう。そうやって流されること自体慣れてしまって、そこまでを一連のことだと思ってしまっている部分は正直あった。
逃げだそうとしたら逃げるなと朱音には言われた。それからは逃げてはいないつもりだ。でも、言うだけで何も変化のないこの状況は果たしていいのだろうかと時々過ぎる。しかし過ぎるだけだった。
「……まあ、いいか」
面倒ごとは嫌いだ。あおはうんと伸びをし、迷子の捜索へと思考を切り替える。
季黄の嫌がる気持ちもよく分かるくらい今日は暑くて、手のひらで庇を作って空を見上げる。このところ梅雨らしい雨模様が続いていたが、久しぶりに雲一つない晴天が広がっていた。頭上でギラギラと燃えている太陽がそのまま降り注いで地上を焼き尽くす。明度も彩度も高い景色はくっきりとした陰影や鮮やかな色彩が美しくはあるが、いかんせん気温と相まって暑苦しい。
「季黄ちゃんじゃないけど帰りたい……」
さっさと見回りを済まして休憩でもしてやろう。視線を周囲に走らせながら誰もいない公園をだらだらと歩いていたあおは、しかし耳元で走った無線のノイズにぴっと背筋を伸ばした。
『——青、見つけた!』
「! 黄色、今どこ!?」
『え、ここどこだろ……っていうか待って、めっちゃ足早いんだけど! おじさんのくせに!』
故人を追っているのだろう、ごうごうと風を切る音が聞こえてくる。どこにいるのか場所が分からなければ手の出しようがなく、あおは焦れながらとりあえずさっき季黄が向かった方角に向かった。
「近くに何かある!?」
『えー? えーっとぉ……あ、潰れてそうな動物病院?』
「さかもと動物病院! 分かった、そっち向かうからそのまま追って!」
大体の見当はついたので進路をそちらへ取る。脳内で近辺の地図を開き、最短ルートを選択。細い裏道から現在工事中の通行止めや迂回路まで頭に入れているとこういう時に役立つ。故人の元まで最短で辿り着き、事務所まで連れ帰る安全なルートの把握は死神として必須だ。
『あ、右に曲がる! コンビニの前通りすぎたよ!』
季黄の声できゅっと方向転換し、あおは路地裏へ飛び込む。ここを道なりに抜けて左に曲がれば、確か逆方向に出られたはず……!
滲む汗を乱雑に拭う。上着の中でワイシャツが張りつく感覚が気持ち悪い。季黄ほどではないが、あおも走るのは遅くなかった。間に合えと念じながら必死で駆ける。
が、しかし。
「――っ、待って!」
数メートル先を人影が横切る。その一瞬だけでも故人特有の命の残滓が煌めいたのが分かった。張り上げた声はしかし受け取ってもらえず、故人はちらりとこちらを見たがそのまま走り去ってしまった。
「! 青」
道から飛びだすとちょうど季黄と行き合った。足を止めそうになる季黄の背中を無理やり押しやり、再び走らせる。
「追って。一か八かで回り込むから」
「分かった!」
ぐんと季黄が走る速度を上げる。小柄な身体が軽やかに夏空の下を駆けていく。あおはそのまま季黄たちとは反対方向に行き、また脇道に入った。二人が向かった先の丁字路は片方が工事中だったので、場合によっては先回りができる、はずだ。
走って、走って。息が上がってきて、肺が痛くなる。
このまま、二人がかりで捕まえられなかったら。それはもう、仕方ないんじゃないだろうか。
諦観がじわりと頭をもたげ始める。故人本人がこれだけ逃げ回っているんだ、じゃあ今無理に保護しなくてもいいんじゃないか。このまま逃したとしても、この足の早さなら魂を喰らうものからも逃げおおせるだろう。そうしたらまたどこかの支部が対応して、その時には故人の気持ちも変わっていて大人しく保護されるかもしれない。
そうだ。今、あおたちが必死にならなくても。
疲れたし、季黄も追いつけないし、別の道を選んでいて先回りできないかもしれない。この脇道を抜けて、それでも捕まえられなかったら。捉え損ねたと連絡をして、走ってくれた季黄を労って休憩を取ろう。それぐらいはきっと許されるはずだ。
「……あれ?」
結果的に先回りは成功した。しかし、視界に映った景色は思っていたものとは全く異なった。
「っ、離せ!」
「まあまあ落ち着いて下さいよ」
暴れる故人と、そして故人の腕を掴んで引き止めている女性。ラフな格好をしたその人は買いもの帰りなのか、腕にぶら下げたエコバッグからネギが飛び出ていた。
ぱちりとまばたきをする。今やっと追いついてきたらしい季黄も驚いたように向こう側で固まった。
「俺は成仏したくねえんだよ! このままでいいんだよ!」
「このままって言ってもねえ、そのままだったらこっちが色々不都合なんですよねえ」
「お前らの都合なんて俺が知るかよ! 報告書でも何でも勝手に用意しやがれ!」
「……ふむ、それを分かっていらっしゃると。では魂を喰らうもののこともご存じですよね?」
軽い口調で話しながらも、抵抗する故人の腕を離すことなく留め続けている。
「このまま現世でうろついているとその分リスクも高くなるってわけですよ。成仏したくないというお気持ちを無下にしたくはありませんが、こちらとしても逃げられれば追うしか手段はないわけで。どっちがいいです? 既に死んでいるのに一生魂を喰らうものに怯えながら死神からも逃げ続けるか、それともこのまま——」
女性の視線がちらりとあおを見る。
「大人しく死神に保護してもらい、安全に成仏するか」
「……っ」
「さあ、どうしましょう?」
得も言われぬ迫力を纏った彼女が至近距離から凄み、故人の男性が気圧されたように息を詰める。膠着状態に陥った二者にあおははっと我に返って自分の立場を思い出し、くたびれた足を動かして小走りで駆け寄った。
「あの、すみません」
すっとこちらを捉える流し目にはやはり凛と強いものがある。あおが思わず言葉を詰めると、彼女は一転、にこりと快活そうな笑みを浮かべた。
「ここの死神さん?」
「はい、青と申します。こちらは見習いの黄色です」
手招きで季黄を呼び隣に並ばせる。
「黄色でーす」
「同業の方……ですよね?」
「うん、そう。私はちょっと向こうの支部に所属してるんだけど、住んでるのは一色町で。まあ見ての通りただの通りすがりで、買いもの帰りってわけ」
ネギが顔を出したエコバッグを掲げ、にっかりと歯を見せる。短いベリーショートの髪型と、Tシャツにジーンズの格好がよく似合うかっこいい女性だ。ハキハキと活舌のいい口調が心地よく、顔の横で大きなピアスが印象的に揺れている。
故人はすっかり逃げる気を失くしたようで、女性が手を離しても暴れることなくその場に佇んでいた。あおは男性の隣に並び、女性に頭を下げる。
「お休みの日にすみませんでした」
「いーえ、こういう時はお互い様でしょ! 気にしないで。このクソ暑い中走り回るのも嫌になっちゃうしね」
「おねーさんまじそれ! ほんとだるいし暑いしおじさん足早いしで死ぬかと思ったー!」
「はは、正直!」
いつも通りの季黄に女性は呵々と笑って手を叩いた。ネギが揺れて、腕に下がったエコバッグがかさかさと鳴く。
「ふふ。まあ、これからどうなるって分かってても、それより先のことは私たちも分かんないし知らないし、中途半端に知っていればこそそこに身を投じるのは嫌だって、だから逃げたくなる気持ちも分からんでもないんですよ」
死神の女性はうんうんと一人頷き、故人の透けた肩を叩いた。
「まあでもねえ、それでもこちらも仕事なのでねえ。強引な真似をして申し訳ない。ご容赦して頂けたら幸いです」
「……いや、こちらこそみっともなく声を上げて悪かった」
不思議な人だ。ざっくばらんな語り口は雑さを感じるが、しかし不快な気分を与えない。人柄がそうさせるのか、あんなに拒んでいた故人ですら大人しく頭を下げていた。
「まあ来世できっといいことも待ってると思うから、楽しんでいきましょうよー。……なーんて、まだまだ若輩者の意見なんですけどね!」
ケタケタと笑った女性は「……さて、」とエコバッグを見た。
「ではでは私は、ちょっとアイスを買っているのでそろそろお暇をば……」
「すみません、ありがとうございました」
「おねーさんありがとう、超助かった」
「いいえのことよーっと。じゃあね、青ちゃん黄色ちゃん」
ひらりと手を振り、女性はこの場をあとにする。残されたあおは故人と無言で視線を交え、それから仕切り直すようにぺこりと礼をした。
「改めまして、私は死神の青と申します。遅ればせながら、ご冥福をお守り致します」
「黄色でーす、よろしくおじさん」
「……」
しかし故人の男性は不機嫌そうに口をつぐみ、早く連れていけと言わんばかりに顎をしゃくって先を示した。態度が軟化したと思ったのは気のせいなのか、それともさっきの女性が相手だったからなのか。
理由は分からないが、でも逃げなくなっただけマシだ。あおは一方的にこれからのことを軽く話し、説明もそこそこに事務所へ向けて出発する。向こうにコミュニケーションが取る気がないのなら、より早く戻ったほうがいいだろう。
「ねえねえ、おじさんめっちゃ足早かったけど何で? もしかして死ぬ前って陸上選手でもしてたの?」
さっきの今でまた全力疾走で事務所に戻る気力はなかった。早足で歩きながら、季黄がいつものように暢気に話しかける。だらりとした甘えた口調に、名前すら名乗らない故人は一切返事を寄越さない。
「あたし分かんないんだけどさー、成仏ってそんな嫌なもん? 死んでもここいたいの?」
「……黄色、余計なことは聞かない」
「えーだって気になるんだもん。ねえねえ、どうして死神から逃げてたの?」
あおの小言はさらりと流される。この子は仕方がないなとため息を落とした時、低い声が刺々しく唸った。
「……黙って聞いていれば、この失礼な小娘は一体何だ?」
故人の鋭い眼光が季黄を射抜く。
「ぺらぺらぺらぺら、敬語も使わないで人の神経を逆撫でするようなことばかり。大体その髪の毛はふざけているのか? 洒落っ気なんぞ出しおって、俺らの時代にはそんな死神一人もいなかったぞ。頭の弱そうなそんな話し方で故人に接していいと思っているならどうかしているな」
「……あなたも同業でしたか」
呪詛のような低音に紛れた事実に驚く。まさか元死神が魂のまま彷徨っていたとは思わなかった。
抜き身の刀を振りかざされたような季黄はムッとし、あおが止める前に「しゃべれるんじゃん」と嘲るように言葉を吐き出す。
「俺らの時代ってウケる、いつの話してんの? おじさんたちの時代とか知らないし、てか興味もないし。え、でもさー、ってことは死神だったくせに逃げてたの? それこそそんな死神一人も知らないんだけど?」
「――黄色!」
さすがに悲鳴のような声が漏れた。真正面から故人を睨め上げる季黄を下がらせ、あおは血の気の引いた顔で「申し訳ございません!」と勢いよく頭を下げる。
「後輩が大変失礼な発言を……本当に申し訳ございません!」
「何で青が謝んの?」
「いいから黄色も頭を下げる!」
年齢も経験も比較しようがないほど上の人間にそれだけの発言をしておいて、季黄は悪びれることなく不遜に鼻を鳴らす。こうなったら無理やりにでもと季黄の頭に手を伸ばすと、それを遮るように故人の男性が「構わん」とぴしゃりと言い放った。
「しかし……」
「謝意のない謝罪などいらん。それよりも不愉快だ、そいつを下げろ」
不快そうに眉根を寄せて季黄を見る目は苛烈だった。この状況では故人の言う通りにするほかないと、あおは季黄の肩を掴んでまた一歩下がらせる。
「黄色、先に戻りなさい」
「でもあおちゃ」
「いいから! 話はあとでします」
今までになく強い声音を出して季黄の発言を制す。季黄は物言いたげにしていたが、彼女へのフォローはあとだ。サングラス越しに向けられる季黄の睨むような眼差しを真っ向から受け止めて毅然と視線を返す。
「……あーはいはい、分かりましたあ。黄色帰りまあす」
ちっと舌打ちを落としてから、季黄はひらりと手を閃かせて一人先に事務所に戻っていく。季黄の姿が見えなくなってから、あおは誠心誠意深々と頭を下げた。
「この度は本当に申し訳ございませんでした。私の指導不足です」
「……あの子は何年目だ?」
「見習いの二年目で、学校へ通いながら死神をしております」
「バイトか。それにしては何もかも酷すぎるな」
「……確かに改善すべき点が多い子ではあります」
身だしなみは規則を破りまくっているし、サングラスはかけないし、敬語は使わないし、色んなことを覚えようとしない。故人にだって暢気な甘えた口調で気まぐれに話しかけるし失言したりも多々あるが、でも、だからと言って、いたずらに人を傷つけるつもりで言葉を吐くような子ではないはずなのだ。先ほどのように明確な悪意を持つ季黄なんて初めて見た。
何故、どうして、今回はあんな暴言を口にしたのだろう。
「指導が甘いんじゃないのか?」
「申し訳ありません」
「……さっきも言ったが謝る気のない謝罪はいらない。もういいから、さっさと事務所にでも連れていってくれ」
「……それでは、ご案内致します」
止まっていた歩を促して事務所へ向かう。故人を追いかけている時まではあんなに暑かったのに、今は冷や汗が滲んでどこか薄ら寒く感じた。
それっきり、その故人が口を開くことはなかった。
「——季黄ちゃん」
「あおちゃんおかえりーお疲れー」
結局名前すら教えてくれなかった元死神の故人を待機部屋に連れていってから事務室に戻ると、季黄はさっきあったことが嘘のようにけろりとしてあおに手を振る。落ち込んでいるけど気丈に振る舞っているとか、そういう類ではないことは分かるのであおは思わず眉をひそめた。
分かりやすく落ち込めと思っているわけではない。しかし起きたことをなかったことにしようとするのはさすがに看過できなかった。
「どうしてあの人にあんな態度取ったの?」
あおはかけていたサングラスを外して胸ポケットに引っかけ、デスクに手をついて座っている季黄を見下ろす。
「普段の季黄ちゃんなら、何か腹立つことを言われたって笑って流すでしょ。それがいつでも正しいってわけじゃないし、嫌なことを言われて怒るなって言ってるわけでもない。ただ故人は私たちにとってはお客さんで、大切な仕事相手なんだから、あんな真っ向から噛みついちゃダメって普通に考えて分かるよね?」
「普通に考えてって、それあおちゃんにとっての普通じゃん。あたしとあおちゃんの普通なんて違うに決まってるじゃん」
「論点をずらさないで。私はどうしてあの人にああいう態度を取ったのかって聞いてるの」
季黄はあおを見上げて、「えーだって」とへらりと笑った。
「嫌いなんだもん」
「……知ってる人だったの?」
「んーん、ぜーんぜん。知ってるわけないじゃん、あんな嫌味なおじさん」
片方の手で頬杖をつき、もう一方の手はネイルを気にするように爪を触る。その態度にさすがに腹が立ち、イライラとした気持ちが声に乗って言葉が尖った。
「じゃあ何が嫌いなわけ?」
「死神」
ふっと爪に息を吹きかけた季黄は、どこか挑戦的にあおを見返す。
「嫌いなんだよね、死神」
「……自分も死神なのに?」
「そ。てかなりたくなくても逃げらんないじゃん。好きになれってほうが無理じゃない? あおちゃんはなりたくてなったわけ?」
「それは――」
思わず言葉に詰まった。ほらねと言わんばかりに季黄が笑う。
「だからあんなこと言われてすっごく腹が立った。やっぱろくな人間いないし、ろくな仕事じゃ――」
「季黄、言いすぎだ」
「ぎゃっ!」
後ろから季黄の頭を容赦なくはたいたのは同じ見習いの未取だった。後頭部がいい音を立てた拍子に季黄は頬杖を崩して態勢も崩す。
「ちょっ、痛いんだけど!?」
「自業自得」
頭を抑えて振り返った季黄を、未取は冷静な表情のままデコピンで迎え打った。鈍い音に季黄がもう一度潰れたカエルのような悲鳴を上げるが、未取は生真面目を一切崩さずため息を吐く。
「お前が何を嫌いでもどうでもいいし、今してるのはそういう話じゃないだろ。故人に酷い態度を取って不快にさせた、それで先輩のあおさんに迷惑をかけた。理由がどうだろうとこれが季黄がやったことだ」
淡々と話す未取は決して怒っているわけではない。しかし滔々と語る姿にはどこか気迫があり、季黄どころかあおまでも黙って聞いてしまう。未取の後ろで、桃香もオロオロと心配そうに様子を窺っていた。
「迷惑をかけたらどうする?」
「……あやまる」
「じゃあ、ほら」
未取に手のひらで示されてびくりとする。季黄は大人しく立ち上がり、今日初めて頭を下げた。
「迷惑をかけてごめんなさい、あおちゃん」
「あ、うん。えーっと、次からはこういうことは絶対しないでね」
「うん、分かった」
思いがけない流れにあおはしどろもどろになるが、季黄はこくんと素直に頷いた。
「故人の方にも謝ろう。俺も一緒に行くから」
「うん、ありがと」
季黄と未取が連れ立って待機部屋へと向かう。未取は途中であおを振り返り、季黄の代わりに再度謝罪するように軽く頭を下げた。
突然の展開とあまりのスマートさに言葉を失くしていると、桃香が微苦笑を浮かべて寄ってくる。
「えーっと、割って入っちゃってごめんね、あおちゃん」
「いえ……十七歳には思えない落ち着きだと前から思ってはいましたけど、未取くんって何者ですか?」
「もうわたしに教えられること何もないんだよー。すごいよね」
桃香がふふと笑む。あおはこの短時間で動いた感情と状況が目まぐるしく、全部が綯い混ぜになってぐちゃぐちゃになる。
ただぽんと浮かんだのは毅然とした未取が朱音のように見えたことと、なりたくて死神になったのかと問われ言葉に詰まってしまった何とも言えない苦さだった。