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頭上の空は今日も青い。  作者: めろん
◯第1章 信号のない横断歩道
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◯第1章 信号のない横断歩道



     (一)


 死神、と呼ばれる人間がいる。それは正しく現代に生きる人間のことで、黒衣を纏い鎌を構えた骸骨、などという空想上の存在ではない。それらを死神と呼ぶのは、今この時代において前時代的だ。

 死神。それはまごうことなき人間だ。ただ厳密には、人そのものではなくとある仕事をそう呼ぶ。

 職業、死神。それがあおたちの仕事である。

「おねえさんさー、今自分がどうなってるかって分かる?」

「……黄色、敬語。『分かりますか』」

「あーはいはい、分かりますかあ?」

 季黄の問いは投げやりだったが、眼鏡の彼女は小さく頷いた。しかしレンズの奥の瞳は視線が定まらず、海を漂うクラゲのようにゆらゆらと惑う。

「私、は、」

「うんうん」

 窘めても距離感を無視した言葉遣いの季黄にあおはもう一度苦言をと思ったが、眼鏡の彼女が口を開いたので押し黙る。

「……さっき、マンションから飛び降りました。あの、それで……」

 そばで倒れている姿に目を向けてから、彼女はおずおずと季黄とあおを見る。

「私、死んだの……?」

「うん、そーだよ。おねえさんは死んじゃいました!」

 あっけらかんと言い切る季黄は底抜けに明るく笑い、傍らの倒れた身体を指差した。

 その身体はうつ伏せになっていて顔は見えないが、それは確かに、間違いなく彼女のものだ。地面に落ちた黒色の髪は血溜まりで真っ赤に染まっている。客観的に見ても生きている可能性は低く、そして何よりあおの目は捉えていた。倒れた身体に燻る光は、魂と身体が分離した際に発生するものだ。

「そう、ですか……」

 季黄の言い方にか、それとも事実に追いついていないのか。彼女はまた遺体に目をやり、それから自身の手に視線を落とした。死に、魂だけとなったその姿は実体を失ったように半透明に透ける。透けた手のひらに今気がついたのか、彼女は一度目を閉じた。胸中に浮かんだのは安堵なのか落胆なのか、小さく息が落ちる。

「……黄色。その言葉遣いと言い方、本当に何とかなりませんか」

 故人の気持ちが追いつくのを待つあいだ、あおは小声で季黄を咎める。死んじゃいました、はさすがに心の底からやめてほしい。しかし季黄は、反省するでもなく「えー」と不満そうに口を尖らせた。

「じゃあ青がやってよ、あたし分かんないもん」

 一瞬の沈黙。吸った息をため息に変え、舌先で言葉を入れ替える。

「……次はお願いするからね」

「はあいりょーかい」

 季黄の返事はおざなりでそれにまたカチンとくるが、いや今は故人がいるからとあおは首を振って意識を切り替えた。

「落ち着きましたか?」

 あおがいつも以上に丁寧を心がけて声をかけると、彼女は目を開いて頷く。

「あ、すみません。大丈夫です」

「では改めてとなりますが、私は死神の青と申します。あなたをお迎えに上がりました。死神という言葉に聞き覚えはありますか?」

「何となく、は。でも、本当にいるとは思っていませんでした。ごめんなさい」

「いえ、よくあることですのでお気になさらず」

 死神という職業の歴史自体は長いが、公に認知されるようになったのはここ数十年の話だ。しかし知られるようになったと言ってもまだ世間的には馴染みが浅く、死神という言葉にはマイナスのイメージがつきまとう。亡くなった故人と接触しても、一からの説明を必要とされる場合が多かった。

 季黄をちらりと見やるが、一歩下がった彼女は最早他人事だと思っているようで自分のネイルを気にしていた。

 ああダメだ、季黄ちゃん完全にやる気ないじゃん……。

 同行させる意味すらないなと思いながら、あおは自分の仕事をといつものペースを手繰り寄せる。

「私共死神は、亡くなった方の魂を保護して幽世——所謂、あの世へと無事にお送りすることを仕事としております。亡くなっていることはご理解されたようですので、これからの流れについてですが……あ、その前にお名前を伺っても構いませんか?」

 故人は相原美香子と名乗った。ほか、軽く個人情報も聞いてからあおは警察へと連絡する。

 死神は誰かが亡くなった時、現場へ向かう同時に警察に通報する。もしその死に事件性があった場合、迅速に対応するためだ。死神の通報でいち早く現場に急行することで、事件解決の糸口になることがないとも限らない。まずは感知した死の方角、そして故人と接触してからは改めて名前や職業、どうして亡くなったかなどを伺い、精査した情報を再び警察と共有する。二度目の通報で警察は人員の配置など対応を変えるが、死神にとってはさして大きな問題ではないのでそれ以上は関係ないのだが。

 二度目の通報を季黄に任せようと思ったが、やめた。相原が話をしているあいだあの子はメモを取ることもせず、ただぼんやりとそこに突っ立っているだけだった。

 最近の見習いの子ってこんな感じなの……?

 あおは最早今晩何度目か分からないため息を落とす。一緒に同行する芽吹(めぶき)季黄は十七歳、死神見習いとなって二年目の新人だ。正式な死神の下につき、仕事や立ち居振る舞いを学んでいく教育の時期。今まで見てきた新人は基本的に真面目に仕事をこなしていたし、あお自身が見習いの時もそうやって乗り越えてきた。

 こんな、季黄みたいな子は初めてだ。どうしてこの問題児に限ってあおが面倒を見なければいけないんだろう、と指名してきた上司の顔を思い浮かべて思わず顔を顰める。

「あの……何かありました……?」

「! いえ、滞りはありません。警察もあと数分で到着するとのことです」

 相原に心配そうな顔をされたので、あおは慌てて表情を取り繕う。故人の前だ、今は季黄への苛つきや上司への不満はなく、故人のことを感情と理性の一番に据える。

「このあとですが、警察に現場の引き渡しが済んだら事務所に向かいます。ここからだと、徒歩十五分ほどでしょうか。事務所でいくつか書類にご記入頂いて手続きを終えたあと、朝まで待機してから冥府への移動となります」

「朝まで待つんですか?」

 相原の問いにあおは腕時計に視線を落とす。針が差し示す時刻は二十二時十四分。ざっと見ても六時間ほどか。

「天命は天明と共に在り。私たちの世界ではそう言われていまして、向こうに逝く汽車は一日一本、朝にしか出ないんです。ご不便とご迷惑をおかけすることにはなってしまうのですが、ご理解頂けたらと思います」

 静謐に満ちた朝焼けの中に現れる汽車は、どんな景色よりも幻想的で美しくて好きだ。空の向こうへと渡る故人たちも、汽車が現れた瞬間はみんなほうと息を落とす。

「……青ー、警察来たー」

 ぴっと季黄が指差した先、夜に紛れるように停車したパトカーから下りてきたのは二人組の警察官だった。

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ青」

「お疲れ様です!」

 ぺこりと会釈をすれば、年嵩の警官板見は気さくに片手を上げ、もう一方の若い警官梅岡は背筋を伸ばしてぴっと敬礼をする。警察とはこうして現場の引き渡しを行うから、必然的にあおたちとは知り合い程度の距離感になっていた。

「今回お亡くなりになったのは相原美香子さん、二十六歳看護師の方です。お勤め先の病院は隣の生野地区にある総合病院で——」

 あおが本人からの情報を開示すると板見は大きく頷きながら聞き、新人の梅岡はぶつぶつと復唱しながら一つ一つメモを取っていく。季黄もこうやってメモを取ってくれたらいいのになと思いながら、あおは背を丸めて手帳にペンを走らせる梅岡に話すペースを調整した。

「……で、遺書はリビングのテーブルの上に置いてあるそうです」

「ん、リビングのテーブルの上な」

「はい。報告は以上になりますが、何かありますか?」

「……あのう、一ついいですか?」

 控えめに手を上げた梅岡にサングラス越しに視線を向ける。

「自殺の理由は何なんですか?」

 梅岡の疑問を、そのまま合原に視線を流すことで尋ねる。あおもそこまでは聞いていなかった。

「……相原さん?」

「……遺書に書いてある、と伝えてもらっていいですか?」

「分かりました。遺書に書いているので、そちらで確認して下さいとのことです」

「え、あ、そう……ですか」

 眉根を寄せた梅岡は腑に落ちていないようだ。しかしいくら警察が納得いかないとしても、故人が語ろうとしないことを無理に聞くことはできなかった。警察とは連携を取り合う協力関係にはあるが、あくまであおたちの仕事相手は亡くなった故人当人だ。

「……あの、でも、もうちょっと聞いてもらっ」

「よし、大体は把握した。青、もういいぞ」

 尚も言を重ねようとした新人を横に追いやり板見がにっかりと笑った。付き合いが長い分、板見は死神の動向は把握してくれているので助かる。あおは板見に「ありがとうございます」と小さく声を落とした。

「これくらい構わねえよ。ほら、行った行った」

「はい。それではよろしくお願いします、失礼します」

 手を振る板見とまだどこか納得はいってなさそうだが敬礼をする梅岡に、あおは頭を下げてから「行きましょう」と季黄と相原を促してマンションの前から動く。

「ではこれから事務所へ向かうのですが……道中、最大限お守りはしますが、ご自分でも充分にお気をつけて頂けたらと思います」

「……守る? 気をつける?」

 歩き始めたばかりの相原の足が止まり、あおもコツコツと鳴り響いていた足音を止める。季黄だけが呑気な足取りでローファーの靴音を鳴らし続けた。

「身体から離れた魂は常に狙われているんです。喰われてしまうと、あなたは二度目の死を迎えることになります」

「く、喰われる……!?」

「ガブッといかれちゃうんだってー。怖いよねえ」

 季黄が能天気に笑うのを遮るようにあおはスラックスのベルトに引っかけた特殊警棒のグリップを握り、思いっ切り地面に向かって振り下ろした。ジャ、と鋭く音が鳴って先端が伸び、シャフトが固定されて縮まなくなる。あおは具合を確かめるように一度二度手のひらに打ちつけ、小さく頷いてから相原に微笑んだ。

「喰われないようにお守りするのが私たちの仕事です。さあ、行きましょう。黄色、相原さんの後ろに」

「ほーい」

 二人を先導するようにあおは前を歩く。仕事の肝とも言える、故人を連れての事務所への帰還だけは真面目にやってほしいとちらりと季黄を見る。相原に馴れ馴れしく話しかけたと思ったら、急に興味がなくなったのか会話を放り投げた。相原の困ったような表情にうーんとあおも困惑する。

 季黄があおの所属する一色支部に配属されてから約三週間、あおが指導につくようになってから二週間。五月末にやってきて今は六月だが、何をどこまで、どう言ったらこの子は聞いてくれるんだろう。こんな、敬語を使いましょうという小学生を相手にするようなことも自分が言わないといけないのだろうか?

「……黄色、警棒の準備はしておいて下さい」

「りょー」

 とりあえず最低限のことだけを言うと、一応季黄は腰に下げた警棒を手に取り、先端を引き伸ばしてシャフトを固定させた。新人の特殊警棒は、扱いやすいメカニカルロック式が採用されている。

「……その警棒って、何に使うんですか?」

 ちょうど電灯の下で振り返ると、相原は少し怪訝そうに首をかしげる。

「万が一の時に対処する用です」

「これでね、ぶん殴るの」

「……ですので、近道ですが人通りのある道路沿いではなく、敢えて人のあまりいない住宅街の中を通って事務所に向かっています」

「ほら、周りに誰かいてぶん殴っちゃったらダメじゃん?」

 つけ足される情報が余計でひくりと口角が引きつる。せめて言葉は選んでほしい。

「……その万が一っていうのは、喰うやつ?」

「はい、そうです」

「それは、一体何なんですか?」

「何……そうですね、言葉にするのは難しいのですが、私たちはそのまま『魂を喰らうもの』と呼んでいます。一見ただの黒い靄なのですが、身体と離れた魂が死を自覚した途端、その匂いを嗅ぎつけてどこからともなくやって来ます」

 人は二回死ぬと言う。一度目は心臓が止まる時、二度目は存在を忘れられた時。

 けれど、死神の中では二度目の意味が異なった。一度目は心臓が止まる時、そして二度目は魂を喰われた時。

「黒い靄に触れたらその瞬間、魂は喰われてしまいます。その時点でその魂は消滅し、二度と生まれ変わることができなくなります。輪廻転生、それが途絶えてしまうんです」

 命は巡る。あおだって季黄だって相原だって、警察官の板見や梅岡だって、みんないつかの誰かの命を経て今ここにいる。それはずっとずっと昔から繰り返され、そうして命は生きてきた。

 紡がれてきた命を再び未来へ送る。魂の葬送、それが死神の請け負う業務だ。

「なので、もし黒い靄を見かけても近寄らないで下さいね」

「……黒い靄って、あれですか?」

 相原が指差した方向に視線をやる。進行方向、一つ先の電柱の近くに、黒煙がたむろしているような、そんな黒い塊がさざめき人の形を象っていた。丸い頭、伸びた手足。子供が描いた影人間のようなそれは夜道に在って尚、暗く、闇く、昏く、深淵そのもののように。

「……まさしくあれですね」

「わー出ちゃった。相変わらずきもーい」

「黄色、隙を作ります。そのあいだに相原さんを連れて先に」

「はあい」

 魂を喰らうものは故人を狙う。定まり切らない輪郭をざわざわと揺らめかしながらこちらに迫ってくるのを捉え、あおは警棒を構えて待った。

 じわじわと音もなく近づいてくる黒い靄。あおはそれから相原を隠すように前に立つ。目も鼻も口もない、何もない真っ黒な靄はどこで何を判断しているのか的確に魂を捉えてくる。

 ギリギリまで引き寄せ、黒い靄が相原に向かって手を伸ばした瞬間にあおは「黄色!」と叫んで警棒を振り下ろした。同時に季黄が相原の腕を引っ張ってあおの背中から飛びだし、魂を喰らうものを避けて駆けだす。伸ばされた右手はあおの警棒で霧散するように夜に散ったが、しかし黒い靄の反応は早く左手が駆け抜けていく相原の背に向けられた。

「黄色、そのまま先に向かって下さい!」

 下から掬い上げるように左腕を払う。魂を喰らうものは警棒を当てても殴った感覚はなく、何かを捉えた感触もない。ただ空気を殴ったように掴みどころはないが、靄を崩して一瞬でも散らすというのが大事だった。それがすぐにまた形作られるとしても。

「……青ー、あたし道分かんなーい」

「っ、そこの十字路を左に曲がって直進、突き当りを右折!」

 故人を狙う魂を喰らうものが現れているというのに、季黄はマイペースだ。というか仕事中だという自覚はあるのか。腹の底が沸々として、あおは警棒を握る手に力が入る。

「周囲への警戒は怠らないで下さい!」

「あはは、それぐらい分かってるよー」

 笑いながら季黄が事務所へ向かって駆けていく。ああ不安だ。季黄の足の速さだけは買っているが、しかしそれにしてもあの子に故人を任せるのは不安しかない。

 相原の気配を追ってぬらりと動いた魂を喰らうものの進路を塞ぐように移動し、あおは合流を最優先に据えて素早く黒い靄の懐に踏み込む。勢いのまま縦に一閃、頭から裂かれた魂を喰らうものが形を崩して霧散したのを見届けてからあおは踵を返した。

 幸か不幸か、季黄と相原はまだそれほど進んではいなかった。ほどなくあおが追いつくと、季黄は走りながら「やっほー青」と暢気なものだ。

「やっつけた?」

「私にできるわけないでしょう、事務所までこのまま走ります」

「え、やっつけてないんですか……?」

 季黄に手を引かれて走っていた相原は不安そうに背後に目をやった。そしてあおたちを追ってくる魂を喰らうものを目にしたのだろう、ひっと息を飲んで走る速度がぐんと上がる。

「その警棒で祓えないんですか!?」

「これ、ただの市販の警棒なんです。追い払うことはできても、祓うことはできません」

 魂を喰らうものには核があり、そこを叩けば空気に溶けるように全てが霧散し故人が追われることはなくなる。ただしそれは消滅をするわけではなく一時的なもので、時間が経てばまた黒い靄は復活するが、しかしその時事務所へ向かうにはそれで充分な時間を稼げる。

 死神が魂を喰らうものから故人を守るための戦い方はざっくりと三パターンある。一つは一撃で核を叩く方法。核は視認するのが難しく、これは才能の話になって『視る』精度が高い死神にしかできないやり方だ。もう一つは警棒を振るって黒い靄をどんどん散らしていき、本体が薄くなって表層に姿を見せた核を叩く方法。これが一番確実なやり方であり、多くの死神はそれを実行する。靄を削っていけば、核は確実に視えるようになるからだ。

「じゃあせめて追い払うくらい……」

「すみません、私」

 そしてあおのやり方はそのどちらでもなかった。

「逃げの一手、なんです」

 魂を喰らうものと一定の距離を取れる程度には立ち回るが、あとはひたすら逃げに徹する。危険は事務所に辿り着くまでついて回るが、帰り着くスピードだけで言えば何よりも早かった。

「ちな、あたしもそうだからよろしく!」

 相原の手を引く季黄がにこりと笑う。いいから前を見て警戒をしてくれ。あおは言葉の代わりに息を吐き、走る速度を上げて二人を追い抜かした。角を曲がり、魂を喰らうものがいないことを確認してから季黄たちを先に行かせる。事務所まではあと少しだ。

 もう一手を防ぐため、あおは追ってくる魂を喰らうものの進路を塞ぐように立つ。接近しながら伸ばされる黒い靄の手を警棒で振り払うように薙ぐが、拳を固められた気配に一歩下がってあおは伸ばした腕を引き戻した。

 ガキ、と固い音と感触。

 故人と違い、魂が喰らうものと生きている死神が接触しても消滅するなんてことは起こらないが、しかし時折彼らは反撃の意志を見せた。殴るや蹴るの単純な攻撃。獲物を狙う邪魔をするなという抗議なのだろう。もちろん当たれば痛いし怪我をする。

 空気を圧縮したような攻撃を警棒で受けたあおは衝撃を往なし、黒い靄で形作られた肩の辺りに警棒を振り下ろして右腕を散らす。そのまま流れるように胴に横一閃を与え、魂を喰らうものの輪郭がざわざわと大きく崩れ始めた隙にあおはまた走って季黄と相原の背を追った。

 やがて見えてきたコンビニから出てきた若い男女とぶつかりそうなになったのを避けてから、季黄は「着いたよー」とのんびりとこぼし隣の雑居ビルへ。最後にちらりと背後を確認すると魂を喰らうものはまた輪郭を取り戻してこちらに迫っていたが、もう足止めしなくても大丈夫だろうとあおは判断する。

 季黄がビルの入り口の扉を開ける。相原と一緒に中に飛び込む。あおも素早く身を滑り込ませ、勢いよく扉を閉めた。

「はいとうちゃーく!」

 季黄は仕事は全部終わったと言わんばかりに両腕を上げて伸びているが、相原は緊張した面持ちで閉めた扉を見つめていた。あおは少し上がった息を小さく整えてから「大丈夫ですよ」と言を落とす。

「この建物には結界を張っていて、中に入ってくることはありませんから」

「……そうなんですね」

 はあ、と長い息が落ちた。疲労と安堵、恐らくその両方がこもっているのだろう。

「死んでからこんな怖い思いをすると思いませんでした……」

「色々と申し訳ありません、もう安全ですので」

「二人ともおそーい、エレベーター閉めちゃうけど」

 エントランスの奥で、一人さっさとエレベーターに乗り込んだ季黄が声を尖らせる。説明も何もない季黄にやっぱりため息を吐き、あおは立ち尽くす相原を促した。

「事務所は五階なんです、どうぞ」

 相原のあとからあおも乗り込むと、季黄が嬉しそうに「はーい、上へ参りまぁす」と閉と五のボタンを押す。光った数字、エレベーター内に表示されたテナント名は全国死神協会一色支部。

 エレベーターの扉が閉まり、上昇を始めた。


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