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頭上の空は今日も青い。  作者: めろん
◯プロローグ
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プロローグ

〇プロローグ


 青信号は進め。

 黄色信号は注意しろ。

 赤信号は止まれ。

 もう一度青になったら、左右をちゃんと見て、気をつけて進みましょう。


     *


 光の残滓を追う。数分前に弾けたのは南西の方角で、視界の深いところで残像が蠢く。色の入ったサングラス越しでもその軌跡は網膜に刺さり、痛みの種類としては太陽を直接目にした時のそれに近い。

 その瞬間強く光ったそれは、その場に留まったまま動いていないようだ。

 ……うん、大丈夫。

 あおは位置を確認し、一人頷いてから隣を走る季黄(きき)へと声をかける。

「——黄色、最短ルートは分かる?」

「えー、あたしまだ道覚えてないから分かんなーい」

 甘えた声音がふざけるように笑うから、あおは思わず出そうになった舌打ちを堪えて代わりにため息を落とした。

「……うん、じゃあこのまま私について来てね」

「はーい、りょーかい」

 返事までも真剣味に欠ける。あおはもう一度小さく息を吐いてから、向かう先を修正することなく走る速度を上げた。夜空には散らばった星と一緒に弓張り月が浮かんでいて、まるで誰かに嘲笑を向けられているかのように思えた。

 あおよりも足の速い季黄は難なくついて来ているので、あおはそのまま丁字路を左に曲がり、次の曲がり角を右に折れる。一本道を直進、次の十字路も真っ直ぐに進めば大通りに出た。タイミングよく青に変わった信号にラッキーと横断歩道に足を踏み入れる。

「——すみません、通ります!」

「うおっ、あぶね!」

 ふらふらと歩いていたサラリーマンのそばをそのまま駆け抜けると、背後から戸惑ったような声が聞こえてきた。

 歩道橋から下りてきた女性をステップを踏むように避け、あおはサングラス越しの世界に目を凝らす。事務所から南西の方向。やっぱりその場から動いてないようで、あおは季黄にアイコンタクトを送ってから再び走りだす。

 闇に溶けるのだろう。身に纏う服は黒で揃えられた喪服で、夜は特に驚かれることが多かった。昼間の明るい時も、喪服で街を走るという姿に視線を注がれることは多々あるけれど。驚かれようが、これが仕事の時の制服だから仕方がない。

 やがてあおと季黄は現場に辿り着く。目の前にそびえ立つマンションの屋上を仰ぎ見て、そして視線を下ろす。

「……こちら青、対象を発見しました」

 ガラス張りのエントランスはオレンジ色のやわらかい明かりに満たされ、夜闇の下からは中がよく見える。エントランスから漏れる光は淡く辺りを照らし、その明かりが届く位置に佇む二つの影が在った。

 一つは呆然と立ち尽くし、もう一つは地面に倒れ伏している。倒れている側の地面はあたたかい橙色に照らされ、てらりと紅く光っていた。

 光の残滓がちらちらと閃き、間違っていないことをあおに教えてくれる。あおは引き締めるように呼吸を整え、隣に並ぶ季黄の背中を押した。トトン、と前に踏みだされたローファーの靴音が聞こえたのか、立ち尽くしていた影が驚いたように目を見開いた。

「!?」

「えーっと、こんばんはあ」

 語尾をだらしなく伸ばしながら季黄が笑って頭を下げた先にはいるのは女性だ。年齢は二十四のあおとそう変わらないくらいに見える。ショートカットの黒髪に眼鏡をかけている大人しそうなその人は、季黄とあおを順番に見て、それから倒れている身体を見て、言葉を発するのを躊躇うように口の開閉を繰り返した。

「……あ、あの、」

 やがて落ちた声はか細く震える。

「……私が、見えるの……?」

「うん、視えるよー」

 季黄はにっこりと微笑み、敬語も使わずに馴れ馴れしく首肯する。そう言えばこの子はまたサングラスをつけていないなと思いながら、あおは窘めるように季黄の肩を叩いた。

「黄色、挨拶」

「あ、はあい」

 ぴっと背筋を伸ばした季黄は、小さな子供の拙いお辞儀のようにぴょこんと頭を下げた。

「あたしは死神の黄色でーす」

「同じく死神、青です。あなたをお迎えに来ました」

 ご冥福をお守り致します。

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