布良星の告白
殺人の濡れ衣を着せられた彦星。冷静ながら彦星に怒りをぶつける水星。布良星を救うために動き出す彦星。秘密を抱える布良星。布良星の秘密とは、、、
星座山8合目の休憩所の中で、僕は立ち尽くしていた。どうすれば良いのか分からなかった。おぼつかない足取りで外に出てみると、登山道からマーキュリーが登ってきた。
「あ、、、マーキュリー」
「ああ、アルタイル。どうした。元気ないな」詠斗に聞かれ、僕は少し口籠った後、休憩所の中のスピカのことを詠斗に話した。話し終わると詠斗は青ざめ、急いで休憩所の中に入った。
僕の一連の話を聞いていた詠斗は、
「なんでスピカの言動がおかしいって思ったときに止めなかったんだ、、、!」
「え、、、」
「この人殺し!」僕は理解が追いつかなかった。なんで僕が人殺しだなんて言われなきゃいけないんだ。僕は詠斗に対して怒りを覚えた。
「なんで僕が人殺しなんて言われないといけないんだよ!僕は悪くないだろ!」詠斗に怒りをぶつけると、
「そもそも、ジュピターの件もお前がやったんじゃないのか」あろうことか、濡れ衣を2枚も着せられてしまった。
それと同時に、僕は悟った。
「ああ。もう僕の味方はいないのか、、」説得力のある詠斗の話は誰もが信用するに違いない。僕はそう思った。
「、、、わかったよ。どうしても僕のことを信じてくれないんだね」友達だと思っていたみんなから一気に突き放された気分だった。
「ネメシスめ」詠斗のこの言葉の意味は分からなかったが、あとは無言でそれぞれ山を下った。
詠斗が警察に通報したらしく、山を下り終えると登山道に警察が入っていった。
この日からしばらくして、家に警察官が訪ねてきて、
「星野塔弍さん。あなたに星座山での連続殺人事件の容疑の疑いがかかっています」と告げられた。
「え、、、僕が、、、殺人だなんて、、、、、」僕は愕然とし、膝から崩れ落ちそうになった。
「まだ決まったわけではありません。可能性の話です」警官はこう続けたが、蔑むような、疑うような目で僕を見ていた。
「分かりました、、、」
警官が去った後、僕は決意した。
「疑いを晴らすために、僕なりに今起こっていることを調べよう」そう決意し、僕はこの事件について考察を深めた。まず、幸太→亮司という死の順番について考えた。
どうしてこの順番で死んだのか。一番に思いついたのは、彼らの星の名前のことだった。
幸太はジュピター(木星)、亮司はスピカ。この名前の順番と死の順番の関係性を考えることにした。
それと同時に、あの時詠斗が放った”ネメシス”いう言葉について考えていた。
ネメシスは星の名前なのだろうが、そんな星はこの世には存在しない。星言葉や意味を揶揄して言ったのだろうか。だとしたら、その意味はなんだ?詠斗の真意が全く分からずにいた。
考えていくうちに年越しを迎え、1月も終盤に差し掛かっていた。
考えるうちに、1つ分かったことがある。それは、それぞれの星が一番きれいに肉眼で観察できる時期に2人が死んだということだ。。この仮説が正しければ、次に死ぬのは理久、その次に僕が死んで、最後は詠斗の順番となる。理久ことカノープスの見頃は確か2月。猶予はあまりなかった。
「理久が死ぬのは止めないと」僕はそう思い、理久に会いに行こうとした。
そのとき、外では最悪なことが起こっていた。10日以上降り続けた雪のせいで、星座村全域で積雪深度2mを観測。外に出られない状況になっていたのだ。星座村役場から外出禁止令も発令されていた。
僕はそのことを忘れて家のドアを開けようとしたが、開かなかった。ドアの前まで雪が積もっていたのだ。
僕達が外に出られない間に、2月を迎えた。2月になると旭川市や北海道から除雪団が到着し、陸上自衛隊もやってきた。夜通し除雪作業が行われ、5日後の夕方にようやく外出禁止令が解かれ、僕は真っ先に理久の家へ向かった。
氷結した道路を全速力で走った。何度も転びそうになり、実際何度か転んだ。それでも僕は走り続けた。
理久の家に着き、インターホンを押すと
「はーい。三浦ですけど」理久の声だった。
「、、はい、、、星野です、、」泣きそうになりながら答えると、ドアが開き、理久が顔を出した。
「寒っ!塔弍、こんな寒い日にどうしたんだよ」理久のからかうような口調も変わっておらず、僕は心底安心した。
「うん、、ごめん、、。それより、聞いてほしいことがあるんだ」と言い、家の中に入れてもらった。
「母さんは役場に炊き出しに行ってるから、心配しないで。それよりも、話したいことってなんだよ?」
「うん、、僕は、今までに死んだ幸太と亮司の死んだ順番について考えてたんだ」
「、、、その話はやめようぜ」理久は暗い声で言った。
「待ってよ。このままだと、理久が危ないんだ」
「俺が危ない?どういうことだ?」理久は動揺しているようだったが、僕は続けて
「幸太と亮司は、それぞれの星の見頃を迎える月に死んでいるんだ。今月、つまり2月は、カノープスが一番良く見える時期なんだよ」
「つまり、、、次は俺が死ぬってことか?冗談はよせよ」
「冗談じゃない!僕は本気で言ってるんだよ!」
「もうこの話はやめようぜ。不謹慎だぞ」
「不謹慎とかの問題じゃない!理久が死ぬかもしれないんだよ!」
「俺は大丈夫だよ!」理久の口調が強くなった。
「わかったよ!」僕はそれだけ言うと、理久の家を出た。
家を出ると、理久が出てきて、僕の前に回り込んだ。
「待ってくれないか。塔弍」と言った。
「、、、なんだよ」僕が応じると、
「、、、この事件の犯人は、、、」
「不謹慎じゃなかったのか!」僕は咄嗟に理久を押し飛ばしていた。僕は、自分の言ったことをすぐに変える理久の癖が嫌いだった。その嫌いな癖に、自分の言うことを聞いてくれない苛立ちが重なり、体が先に動いてしまった。
「犯人は、、、」ここで理久の声は途切れた。理久が飛び出した道路を横切った除雪車の轟音に掻き消され、はっきり聞こえなかった。
除雪車の跳ね飛ばした雪の靄が晴れた時、僕は驚愕した。
理久は通り過ぎていった除雪車に轢かれて死んでいた。今度は、間違いなく僕が押して殺したという自覚と事実が目の前にあった。
「あ、、あああ、、、」僕は何をしているんだ。なんで理久の死体が僕の目の前にあるんだ。
「僕は、理久を救いに来たんじゃなかったのか、、、僕のせいで理久は、、、」独り言のように呟いていると、除雪車が走り去っていった方の道路から詠斗が歩いてきた。
「ん、塔弍。なにやって、、、」そこまで言ったところで、詠斗は黙りこんだ。
そのとき、僕に飛び掛かり、僕は詠斗に胸ぐらを掴まれた。
「何やってんだよお前!なんで理久を殺してんだよ!」スピカのときは弁解したが、僕にはもうそんな気力は残っていなかった。
「ああ、、、」僕はそう呻くことしかできなかった。
「、、、警察に通報させてもらう」そう言い、詠斗は携帯を取り出して110番に電話した。
着信中のプルルルルルルッという音が聞こえてくるたびに、僕は暗い闇の中に1人取り残されているように思った。
空を仰げば、地平線に沈んでしまいそうなほど低いカノープスが爛々と輝いていた。
謎の言葉を放つ水星。除雪車に轢かれ、命を落とす布良星。表向きに布良星を殺した彦星。裏に潜む”ネメシス”とは、、、