ハンダコ・ニーカの浮遊録
ワモン兄さんに顔を優しく撫でられて、ボクは目を覚ました。眠い目を擦りながら、海藻のベッドから滑り出す。
リビングに着くと、もうみんなが食事のために集まっていた。普段は海を泳ぎ回っているコウ姉も、今日は珍しく席についている。
「コウ姉おはよう。帰って来てたんだね!」
「大物が獲れてね。ニーカの好きな魚だと思ったら、気づけばここに来ていたのさ。」
コウ姉は手を照れくさそうに絡め、ニカッと色を変えた。
いつも通り、ボクだけみんなと姿が違う。兄さん姉さんのように、優雅に手や腕をくねらせられたらいいのに。体の色も変えられないせいで、何か話したい時には毎回貝殻や海藻を持ってこないといけない。その上、食いちぎられたわけでもないのに数が少ない手腕では、持てるものの数さえ少ない始末。昔からずっとそんなのばかりで、優しいみんなに受け入れられているのがとても申し訳なかった。
次の日も、また次の日も、ボクはやっぱりボクだった。頭の藻はユラユラと視界を遮るし、吸盤のない腕じゃうまく物を引き寄せられない。
タチウオに腕を切り裂かれた時には、見たことのない色の墨が傷口から噴き出した。ボクの体の中に生えていたサンゴは、かつてワモン兄さんの腕を切り落とした鋭い歯から腕を守ってくれたけど、みんなとの違いが強調されたことの方がボクにとっては大きかった。
「ニーカはきっと魚の仲間なんだよ」
嵐の今日も、やっぱりボクはボクだった。水をかき分ける外套も、貝殻を噛み砕ける丈夫なあごもないまま。
物知りのまっちゃんはあの時たしかこう言った。「血の色が赤いのも、体の中にサンゴを生やしているのも、魚の特徴なんだ」って。
それが本当だったらどうしよう、ずっと抱いていた不安は今日消えた。海から打ち上げられてのたうつ魚達とボクは違う。早く泳げないこの手腕は、彼らのヒレと違って、岩に突っ張って体を支えられるのだから。強烈に流れてくる空に逆らいながら、一心不乱に岩場を這い上がりながら、この発見に僕は満足していた。
ゴボゴボと口から海水がこぼれ落ちた時はヒヤリとしたけれど、存外息苦しさは感じなかった。おかしいな、ボクらは水がないと息ができないはずなのに。そう思いながら、ニーカは嵐で打ち上げられた兄弟達を助け出す。空が溢れた岩の上で、ニーカだけがまともに動くことができた。滑りの少ない柔肌は、兄弟達にとってはしがみつきやすいようだった。吸盤でしがみつかれた肌は傷ついて痛いけれど、そんなの少しも気にならない。サンゴに支えられた手腕での移動なら、這うより楽に段差を乗り越えられた。
再び水を得た礼をいう兄弟達と共に、ニーカは海底へ戻っていった。みんなと違うこの姿も、役に立てた今日はもう気にならなかった。ボクがボクであったから、兄さん姉さんが空で溺れずにすんだんだ!
タコ足の半分しかない4本の手足と、イカの触手触腕の2倍ある20本の指と。名前の由来をひらめかせつつ、ニーカは今日も海を泳いでいる。
酸素濃度が十分高ければ、哺乳類は液体中でも呼吸ができるんだそうです。