七つ心のないないに
大変な遠出をおえて家につくと、さすがにほっといたしました。
ヤタロはその日のうちに手仕事をはじめ、キクは住みなれた山をかけ回ります。
独楽はとくべつな道具がいりますし、凧はつりあいをとるのが大変ですので、数を作るのはそれなりに時間がかかります。
ヤタロが仕事にかかりっきりになってしまいましたので、キクは山に入って木の実なぞを集めるようにしていました。
そろそろ冬の入り口にさしかかるあたりで、キクの様子がおかしくなりました。
前はべたべたとしていたヤタロに、あまり近づかなくなりました。
それで避けているのかというと、そうではなくちょっとはなれたところからこっそりとこっちをうかがっているのです。
「ううむキクはどうしてしまったのだろう。しばらくあまりかまってやれなかったので、すねているのかもしれない。これが終わったら、たっぷり遊んでやろうか」
考えながら、凧にやっこの顔かたちを描きこんでゆきます。
さらりさらりとよどみのない手つきで、目元口元の赤、半纏の青なぞ塗ってゆきますと、きれいなやっこ凧がしあがります。
やっこを十ほどもしあげますと、次は角ものに初日の出を描いてゆきます。
まっ赤な太陽を描いて乾かないうちに、下のほうにちょんと黄色をたしてやりますと、なんとも粋に朝やけが姿を現します。
ひと仕事おえてふと顔をめぐらしますと、こちらを見ていたキクが恥ずかしそうにぴゅうと逃げだしました。
里山に雪がちらつきますと、そろそろ師走の声がきこえはじめます。
虫の声は遠のき、鳥やけものも姿をけします。
寒さがきびしくなってきたころ、職人仕事は片づいて、ヤタロは品物を問屋さんに卸しにゆくことにいたしました。
凧は大きいかごにぎっしりとつめ、独楽はひとつひとつ縄で数珠つなぎにいたします。
大荷物をかついで山をおりますと、田畑はあまねく雪に埋もれ、吐く息までその白さにとけてゆきます。
厚着していることもあって、ヤタロたちの歩みは夏秋ほど順調ではございませんが、寄りそって歩くふたりは、ほんとうの夫婦のようにも見えました。
そうそう、キクの背が、少うし伸びておりましょう。
それでヤタロとのつり合いがとれてきたのかもしれません。
少し無口になったことも、子供っぽさがうすれている所以なのですが、ヤタロはキクに元気がないのが心配です。
「どうした。おなかでも痛むのかい?」
キクは首をふります。
「のどや頭は? 反魂丹でも出そうかい?」
反魂丹はおなか痛のくすりです。
キクは首をふります。
「どうれ熱はないようだが」
額に手をあてると、顔を赤くしてぱっと逃げてしまいます。
また嫌われたのかと、ヤタロは寂しくなってしまいます。
いつもより日にちをかけて、ふたりは町につきました。
濡れていけない荷物があるので、天気のあやしい日なんかはめずらしく一晩五十の木賃宿などをつかいました。
問屋場につくと、親分が手をひろげて喜びました。
「よく来たヤタロ。遅れるかと思ったぞ」
そんな心配をするのは、〆日がかなりせまってきていたせいでございましょう。
ヤタロはいつも暦をふところにしまっておりますので、日どりをまちがうことはないのですけれど。
そういえば新しい暦を手にいれなければなりません。
看板に”東講”とさげた旅籠屋をえらんで、ヤタロが宿をとります。
東講とは行商人の組合で、安全な寝床なども教えてくれるのです。
たらいで足を洗いながら、ヤタロが番頭に注文をつけます。
「正月まで世話になりたいんですが、せまくてもいいので安い部屋をおねがいします」
「ふとん部屋の横でよろしいですか? 朝夕は音がしますけど」
「音はかまいません。窓はありますか?」
「ありませんけれども」
それは都合がいいと、ヤタロはおもいました。
キクがいるので、人目はないだけありがたいのです。
通された部屋で荷をとき、身軽になってキクをつれて外にでます。
「町をまわろう。あつい汁粉を食べさせてやる」
「あい」
人がゆきかう年の瀬の町に、ふたりがまぎれてゆきます。