六つ道ゆきむつまじく
帰る道ゆきで、こんなことがありました。
くるときに手をあわせた、あの機織りの村のお稲荷さんです。
そこでふたりは、キツネの飴売りをするおじいさんと出くわしました。
キツネの飴売りというのは、キツネのふん装をして飴を売る者のことで、キツネのほかにとっかえべえだの唐人笛、今で言うチャルメラなど、飴売りというのは昔から、子供を集めるのにたいそう面白いことをして見せたそうです。
さておじいさんはどうも、足腰を悪くしたらしく境内のはじでへたりこみ、立って歩けなくなったようすでした。
「動けないのですか?」
「ああ、まいったまいった。かかとをひねってしまってねえ。これでは飴を売るどころではないよ」
「それなら俺がかわりに売ってあげましょう」
「いやそれはあんまり悪い」
「かまいません。どうせ帰るとちゅうですから」
「そうかいそれじゃあ済まないねえ」
ヤタロがまっ白なキツネの格好をきこみ、
「さあ踊ります踊ります、おいこんこんよ、飴をくんねえあのざまをみろ、だれが怖がるものか、よしねえ飴とみて、馬の糞だもしれねえによお」
大仰なふりをつけて踊ります。それをみてキクもぱっと顔をかがやかせ、
「おいこんこんよこんこんよ」
ヤタロに合わせて踊りだしますれば、近所をかけまわっていた子らがわっと寄ってまいりました。
「太郎稲荷、わたす祭りはなかりしを、おのおのだしに、つかうあき人」
「こんこんよこんこんよ」
「あさましや、畜生道にこの世から、入谷わたりの、キツネ飴売り」
「こーんこーん」
ヤタロとキクのまわりで、子供たちも踊り母親たちが笑います。
キクの頭には耳、尻にはしっぽが出ておりましたが、キツネ飴売りのかけ声にあわせた衣装だと見ているのでしょう、ふしぎがる者はいませんでした。
「さあさ見ているだけでなく飴を買っておくれ。お代は一つ四文だよ」
おじいさんもでんでん太鼓を手に声をあげ、のこりの飴はあっというまに売れました。
後はおじいさんをかついで家までおくって、そうするとずいぶん遅くなったので、その日は村の百姓さんに土間でもかりることにいたしました。
わかれぎわ飴売りのおじいさんが、
「今日はほんとうにありがとうよ。さあこれは駄賃代わりだもっていきな」
袋に飴をつめて渡してくれました。
キクは飴をなめて大喜びです。
ヤタロも一つもらいました。
ふたりでころころと飴をなめながら歩く夕ぐれは、たいそう幸せなものでした。
朝になって泊めてもらった家にお礼をし、それから庄屋さんにご挨拶にまいりますと、
「よくない輩が街道にむれているようだ。せいぜい気をつけておきなさい」
と言われましたので、注意して歩いておりますと、例の茶屋でたしかに風体のよくないものたちが屯しておりました。
「よう兄さん娘っこ、馬にのっていかないか?」
「そうさ乗るとこの先楽ちんだよ、歩かなくてすむよ」
「けちけちしないで乗っていけよ、荷物があるなら乗り掛けでいいさ」
つないだ馬のちかくにいるところを見ると、男たちは馬子のようです。
今でも、馬子にも衣装なぞといいますが、それはこの商売をする男たちが風体やおこないが悪かったことに由来するそうです。
「ははあこれが噂になっているのだな」
ヤタロはキクをせかして茶店を出ました。
男たちに声をかけられ、キクがおちつかないでいましたので、早足に街道をいそぎました。
そうしましたら後ろから、さっきの男たちが二人を追いぬいてゆきます。
「やあやあどうだい、馬のほうが早いだろう」
馬にのって駆けていきますと、砂ぼこりが舞いまして、キクがせきこんでしまいました。
歩いてるうち日がおちて、そろそろ寝床を探そうかということになりましたとき、キクがヤタロの裾をつまみました。
「この先に、さっきの男たちがいる」
少しゆくと山道にはいって、そこに古いお堂がありましたので、夜はそこで明かそうとおもっておりました。
なので嫌な気持ちがいたします。
もしやあの馬引きたちは、あそこでヤタロたちを待ち伏せしているのではあるまいな。
と申しますのは、馬子というのはよく徒党をくみ、旅人から金をまきあげたり脅かしたりするのです。
「それならば、明るくなるまでどこかに隠れていたほうがいいな」
「あの男たちはよくない臭いがした。今もする」
危険を臭いで感じとり、キクもいいます。
そこで道のわきのすすき野原に分けいり、太刀で根もとを刈りとって休む場所を作り、ヤタロはそこに寝ころびました。キクも荷物をおろし寝ころぶかと思いきや、
「きーん」
やおら装束を落としてキツネっこにもどりました。
ふいと、提灯の火がおちます。
「キクや。どうしたんだい?」
キクはこたえず、くさむらにさっと姿を消してしまいました。
ヤタロは急に心細さをおぼえました。
この前みたいに、何か気にいらぬことをしてしまったのでしょうか。
けれど身におぼえはありません。
追いかけようにもどこへ行ったのかもわかりません。
もしこのまま、キクが帰ってこなかったらどうしようか、空にうかんだ三分の二のお月さまも、悲しげな色をしています。
寂しさをまぎらわせようと腰に下げていた太刀をひきよせますが、生来やさしい男ですので、腕におぼえなどありません、ですので刃は落としてあります。
それでも今は、ヤタロにとってたった一つ、すがりつける物でありました。
ずいぶん長いことたって、その間ヤタロはずっとキクの身を案じておりました。
これは何かあったのかもしれない、こちらから探しに行った方がいいのではないか、そんなふうに考えだしておりましたら、
「ひんひひん」
馬の声がしたかとおもうと、
「ひいひいひい、火の玉だ火の玉だ」
「にげろやにげろ、ふりむくと魂をぬかれるぞ」
さっきの男たちが、馬の尻を必死にたたいて駆けてゆくではありませんか。
あっちで転びこっちで荷物をこぼし、ほうほうの体でありました。
しばらくそのようすを眺めていると、
「きーん」
と声がして、キクがかえってまいりました。
「あいつらをおどかしてきたのかい?」
「月がいっぱい出てたから、火の玉や提灯や唐傘を、たくさん見せてやったよ」
得意げですが、顔色がすぐれませんのでよく吟味してやると、背にひっかき傷がみつかります。
「あの男たちにやられてしまったのかい?」
「ううん、いじわるな梟がいたの」
ヤタロはキクに、買ったばかりの蝦蟇の油薬をぬってやりました。
「キクよう、もうこんな危ないことはしちゃあいけないぞ」
ヤタロがそい寝してやりながら、キクの背をなでてやります。
夜風が傷にあたると、よくないからです。
「あい」
キクはヤタロの胸のなかで、そうっとこたえました。