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きつねっこの恩がえし  作者: ハシバミの花
2/10

二つ二またしっぽのつけね

 そのままお山に帰るのかと思っておりましたら、キツネっこはヤタロのところに厄介になると申します。

「お礼を言いに」

 きたのではなく、

「お礼をしに」

 きたのだと言いはるのです。しかも、

「お礼をし終わるまで、ずっといる」

 と言うではありませんか。

 そのくせ、さしあたってむすめにできることなどないのですから、

「こりゃあ参ったことになったぞ」

 困ったふうを見せているヤタロでしたが、顔は笑っています。

 もともと気のいい男でしたので、誰かと一緒にいられることが、うれしいのでしょう。

 そういえば、むすめっこの足には罠にかかったときの小さな傷が残っておりましたが、ヨモギをよくもんでくくりつけてあげましたので、やがてきれいに消えましょう。



 いつまでもむすめっこやキツネっこでは困りますので、ヤタロは女の子に、キク、と言う名前をつけてやりました。

 そう言われてみると、ときどきのぞく明るい黄色の耳やしっぽは、かれんな菊の花を思いおこさせます。

「キク」

 とヤタロが呼ぶと、むすめっこも

「あい」

 うれしそうに寄ってまいりますので、キクという名前は、すぐにむすめのものになりました。

 キクは、手先があまり自由ではありませんでした。

 年わかいキツネですし、変化(へんげ)もそれほど得意ではないようで、ためしに竹細工などやらせてみますと、ぴょこりと耳が出ぷっくりと二又の尻尾がはね、うんうんうなりながら最後にはキツネにもどってしまうのです。

「こりゃあいけない。手仕事の役にはたたないな」

 そうは思いましてもそこはヤタロのことで、キクに向かってそう言ってしまうわけにもゆきません。

 キクのほうもなんとなくそれをかぎとって、職人仕事のてつだいは早いうちにあきらめてしまったようで、山に入って小さいけものや鳥や木の実や菜っ葉などを取ってきては、食事の用意をするようになりました。

 それもそんなに上手ではありませんでしたけれども、

「ヤタロ、おいしい?」

 キクにそうきかれますと、

「うんうんおいしいよ」

 うれしそうに答えるヤタロでありましたから、いっしょに食べていたキクも口元を汚しながらにっこり笑います。

 キクはお箸がうまく使えなかったもんですから、ヤタロはちょうどよい(さじ)を作ってやりました。

 そいつでご飯をいただきますと、キクもようやく人と同じように座って食べられるようになりました。

 なにしろこの子ときたら、椀に顔をつっこんだかとおもうと、最後には底をぺろぺろとやりますので、けものそのもののありさまなのです。

「ほうらキク。椀をなめてはいけないよ。さあさ白湯をそそいでやるからそいつをお飲み」

 気をつけないと、今でもついついやってしまうようですけど。



 ヤタロは、数えで二十をいくつもこえていない若者でありました。

 笑顔のまぶしい、たくましい男でありましたが、暮らしぶりはよいとはいえないし、山奥に住んでいて人づきあいも少ないもんでしたから、いまだにお嫁さんをもらっていませんでした。

 生来のんきな男でしたから、それでも別にかまいませんでしたが、なにしろキクというのはかわいらしい子で、何かして変化がゆるみますとしっぽがはみ出てすそから尻がぺろりとのぞきますので、そんなのを見るたびにむずむずいたします。

 ある時のことです。

 ヤタロが軒先に座ってにかわを塗って木がたに紙をはりつけておりますと、

「ヤタロ! ヤタロ! それはなあに?」

 キクがきいてまいります。

「うん。面をこしらえているんだよ。これを乾かしてからはずして、色を塗るのさ」

「めんてなあに?」

「うんこれさ」

 ヤタロが手もとにあったサルの面を顔につけて見せますと、

「ひゃーん」

 キクは家の裏手に逃げてしまいます。

「ほうら怖くはないさ。これはにせものだから」

 そう言ってやりますと、キクはあちらからそっと顔をだし、

「ほんとにこわくない?」

 としりごみしておりますので、ヤタロは面をこつんこつんと叩いてやり、

「ほうら怖くはないだろう? 紙でつくったにせものなのだから」

 キクはおそるおそる近づいてまいりまして、サルの面をぺたぺたとさわります。

 それでほっとしたか、面を自分にはめて、

「きーいきーい」

 とサルのまねなどいたします。

 キクは、サルがあまり好きではありませんでした。

 いじわるで、乱暴なのです。

 人間の男の子を、怖くした感じなのだそうです。

 そんなことを話しながらじゃれついてくるキクの頭をを、ヤタロはなでてやります。

 すると尻尾がぴょっこりと出て、また白いお尻がこぼれでてしまいます。

 それをつい、ヤタロはつるりとなでてしまいました。

「ひゃーん」

 キクは跳びあがり、

「きーん」

 とキツネにもどって、どこかに行ってしまいました。

「あ、これはやりすぎた」

 キクが消えたほうを見ますが、追いかけようにももう姿は見えません。

 その日、キクは帰ってきませんでした。

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