第四章 一、白い獣(四)
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森の帰路。
行きは切り開くのに時間を要したけれど、帰りは早い。一日以上掛かった道のりが、数時間で馬を置いた場所まで戻って来れた。
「リリアナ様、エラ様、ご無事でしたか!」
馬の見張りに置いた騎士達も無事だったようで、全員から安堵の声が上がった。
「皆も無事ね? 良かった」
リリアナは置いてきた皆を確認して、ほっとしている。もちろんわたしも。
「それよりもリリアナ様、その白い獣は……」
誰が見ても驚くだろう。まさか獣が同伴しているなんて。
「エラが手懐けたの。すごいでしょう?」
「ちょっと! 変な誤解を吹聴しないでください!」
リリアナがしれっと嘘を言うから、大きな声を出してしまった。
「だって、一番エラに懐いているんだから、間違いではないでしょ?」
「間違いです。そもそも私は、連れて帰るのは反対なんですから」
そんな言い合いを傍目に、見張りをしていた騎士達は遠目から、『白いの』を観察している。
「も~。まだそんな事言ってる。これは王命よ? 懐いてるんだから言う事無しじゃないのよ」
懐く獣なんて初めてだ。などと、観察している騎士達の声が聞こえる。可愛いじゃないか。とか、ネコのようで愛らしい。とか、初見から受け入れつつある。
一緒に戻ってきた騎士達は、誰もが疑いもせずに、この『白いの』を可愛がっている。
いつ本能に従って人間を襲うか、分からないというのに。その上、後ろを歩かせるなんて。
「これが自殺行為だって後で分かっても、遅いんですからね」
そうは言っても、わたしの実力ではアレに勝てないし、皆は歓迎している以上、もはや手出しできない。諦めて連れて帰るしかないのが心底悔しくて、そして心配だ。
「きっと大丈夫よ。普通の獣なら、子どものうちから人間を見たら襲ってくるのに、この子は懐いてるんだから。ね? エラも機嫌を直してよ」
ずっと不機嫌でいるのも疲れたし、わたしが怒っていようと心配していようと、現実は何も変わらない。それに……わたしだってリリアナと楽しくお話したい。
「じゃあ、こいつには一定の警戒を続けると約束してください。決して油断しないと」
「……うん、約束するわ。ずっと心配してくれてるのは、分かってるの。ごめんね。ありがとう、エラ」
そう言われて初めて、リリアナも無条件で受け入れたのではなくて、王命との折り合いをつけて、どうせなら楽しく振舞おうとしているのかな……と、思い至った。
「いえ……私こそ、ごめんなさい。リリアナの立場を考えていませんでした」
「……フフ。やっぱり、エラは賢くて優しい子ね」
やっと、普段通りにリリアナと話せる。わたしの中のわだかまりがほどけて、そう思った。
「リリアナ、ほんとはわたしも楽しく――」
「にゃっ!」
――緊張が解けそうになった瞬間の事だった。また『白いの』が、警戒の声を上げた。
「敵?」
一番にわたしがそう言うと、ガラディオがその気配を察した。
「人間だな。獣ではない」
それを聞いてわたしは、ハッとなった。
「この辺りに、流れ者の集落があるんです!」
「どういう事?」
リリアナが即座に聞き返した。
「黒いトラが言ってたんです。自分のテリトリーのすぐ側に流れ者達の集落があって、餌場にしていたと」
「そんな大事な事、どうして言わなかったのよ!」
ごもっともだ。
「すみません! 色々とありすぎて失念していました。立て続けに色んな事があり過ぎて……」
体調不良……剣による傷の回復の連発で倒れていたせいもあるけれど、かなり大切な情報なのに、忘れていた責任は大きい。
「話は後ね。ガラディオ、指揮を執って。エラはガラディオの指示通りに。無茶をしないでよ?」
「了解」
「はい。すみません」
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「白いのはリリアナを護りなさい。ちゃんとできたら、少しくらいは信用してあげる」
可能なら、こいつを向かわせる方が損害が少なくていい。けれど、騎士達の中で勝手に動かれると、先程と同じように連携が崩れかねない。だから、リリアナの盾になってもらおうと思った。
「なぁお」
(相変わらず、緊張感のない返事ね)
そんな事を思っていると、こいつは不意に猫パンチをした。
ぱき。という音と共に、折れた矢が一本落ちて来る。
枝葉を縫って、わたしかリリアナを狙ったものだ。
「……やるじゃない」
――とはいえ、普通の人間が、ガラディオや精鋭騎士達の相手になど、なるわけが無かった。
先程までの、藪だらけの場所とは違って、この辺りからは馬でも歩ける程度には開けた森だ。戦うための移動にも、ほとんど労を用しない。
ほんの数分で片が付いて、三人ほどを生け捕りにしたようだった。
「エラの出る幕は無かったな」
ガラディオもほとんど動かなかったくせに。
「私はここに居ろって。あなたの指示よね」
「飛べないお前の接近戦なんて、危なっかしくて任せられるか」
木々の枝葉や藪に邪魔をされて、わたしの機動力は無いに等しい。森林で索敵しながらの戦闘なんて、確かに危ないだろう。
「まぁ……妥当だと思う」
悔しいけど、個体性能で考えるならわたしは戦闘向きではない。兵器を活用できてこその戦力だと、誰よりも自分が一番理解している。
「なんだ、素直だな。ま、それが一番いい。よくやった」
「何もしてないのに褒めないでよ!」
「指示通りに、動かずに居たんだ。褒めてやるさ」
そう言う彼は真顔だから、本心なのだろう。
「……ありがとう」
本当はからかわれてる? と思って、彼の顔を見やった。
ガラディオはニッと笑って、こちらを見ている。
(やっぱりからかってるんじゃ……。いまいち分からない表情ね)
「さて、拠点を吐かせてくるか」
しばらく掛かる。そう言って彼は、捕らえた三人の所に行った。
――流れ者たちの拠点は、一気に潰しておく事になった。
聞き出した情報によると、五十人以上が住処にしている、そこそこの規模になっているらしかった。砦のような造りではなく、木々を利用した住居の集まりらしい。
実際に、そこを餌場にしていた黒いトラは王都の城壁さえ飛び越えるのだから、壁を作る意味は無いだろう。資材も足りない。
こちらは精鋭が三十。数的には不利だけど、ただの集落で、流れ者程度の相手ならば問題ない。
ガラディオからは、森を焼いてしまってもいいから、翼で狙撃できるなら撃てと言われた。
大火災になったらどうするのか聞いたけれど、「この森で火災が起きた事はないから、大丈夫だろう」と。
それなら、白いのに最初から撃っていればよかった。今後、もしも怪しい動きをしたら、撃ち抜いてやろうと思った。
結果として……。
集落殲滅作戦は、何の被害もなく終わった。
それというのも、敵は襲撃されるのを察知していて、『そのほとんどが、奇襲しようと木の上で弓矢を構えて待っていた』からだ。
つまるところ、上空に飛んだわたしが、翼で索敵したままに全てを撃ち抜いて終わった。
後始末として、騎士たちは残党探しと、建てられた小屋の全てを壊す作業に時間を取られたけれど。
「エラ! 大活躍じゃないか!」
リリアナの側で、白いのが大人しくしているかを観察しながら、騎士たちが戻るのを待っていた時だった。
ガラディオはやはり、わたしをからかっているのだろう。どこかご機嫌な様子で戻ってきた。
「わたしがじゃなくて、この翼のお陰ですけどね」
「ハハハハ! 細かい事は気にするな。多少は面倒な討伐だと思っていたが、面倒なのは集落を壊す作業だけになったからな」
「エラ様! 感謝いたします! お陰で弓による奇襲もなく、安全に討伐できました!」
騎士の一人が、代表してだろう。わたしにお礼を言ってくれた。
「……い、いえ。コホン。お役に立てたなら良かった。皆さん無事ですか?」
一瞬だけ、人見知りでどもってしまったけれど、アドレー家公女としての振る舞いをした。
「はい! もちろんです! ありがとうございました!」
「ええ。何よりです。お疲れ様でした。帰路もお願いします」
「はっ!」
最後に騎士は、敬礼して皆の方に戻っていった。
「様になってるじゃない。行きとは別人ね。フフフ」
リリアナにそう言われて、気が付いた。確かに行きは、ただのワガママ小娘だったのだ。
「……虫が怖すぎて、錯乱していたんです」
「アハハハ、そうね、そういう事だって、皆も理解してくれてるはずよ。アハハハハ」
取って付けたような態度でも、リリアナみたいに笑わずに、ちゃんと対応してくれたあの人には感謝しかない。
「もう。この話はおしまいです。おしま――」
「エラ。こんな無害な虫でもダメなのか?」
――と、ガラディオは、わたしのこぶし大もある虫の、裏側を目の前に持ってきた。
「――きゃああああああああああああああ!」
白いのさえ一瞬飛び上がり、繋いでいた馬たちも嘶いた。部隊の皆も何事かと、騒然とした事は言うまでもない。
子供じみたガラディオのいたずらに、リリアナもさすがに雷を落とす勢いで激怒していた。
わたしとリリアナの二人が怒ったままの帰路は、どの死地に向かうのかという程、ピリついた部隊だったと……。
騎士たちは語り継いだとか何とか。
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