第四章 一、白い獣(一)
すみません。つながりのおかしい所を加筆修正しました。(2022/11/30 17:38頃)
新章になります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
第四章 一、白い獣
――これが、世の道理からはずれたモノ。
人が、持ち得えないものを持っている。
来るべきではなかった。出会うべきではなかった。
もしくは、今出会えた事を幸いとするべきか――。
わたしとリリアナは、森の奥深く、さらに北の外れに来ている。
もちろんガラディオも一緒だけれど、間の悪い事に、後ろからついて来た獣の討伐に行ったところだ。戻るまで、早くても数分は掛かるだろうと言い残して行った。
――霊獣や神獣とは、こういうモノを言うのだろう。
真っ白な長毛。真っ赤な瞳。青銀に淡く輝く虎柄。尾は長く美しい。
愛嬌のある美猫の容貌。だけど横顔には、すでに威厳が見え隠れしている。
寝そべる様な、横座りでただくつろぐ姿さえも、気品を感じる優雅な佇まいだ。
この存在は、霊格の高いなにか、だ。
おいそれと、人が触れて良いものではない。ましてや、捕まえるなど――。
**
森の奥深くというのは、人の足が入っていない所という事だ。つまりは道が無い。まれに獣道があるとはいえ、人馬が進めるようなものではない。
そう。馬は見張りと共に、途中で置いてきた。置き去りにして一日以上。重い荷物も武器などの装備も、全て人力で運びながら探索してきた。
(すでに体力の限界に近い)
そう思っているのは、もしかしてわたしだけだろうか。藪も邪魔だし、木の枝も邪魔。虫は寒くてもなんだかんだいる。もっと真冬にならなければ、消え去りはしない。
万が一にも虫が服の中に入らないように、ブーツインの白いズボンに、シャツインの長袖。フード付きの丈の長い、白のスリットワンピース。帯剣ベルトに愛剣。さらにフード付きの白いマント。そして翼。
(なぜ白色かって、虫が付いたらすぐに分かるでしょう?)
リリアナも似たような恰好で、短剣を差している。
「虫は嫌い。帰りたい。もっと枝も草も払って。藪なんか進めない」
散々文句をぶつけて、先頭を行く騎士達の仕事量を増やしながら進んできた。
リリアナはなぜか慣れているようで、文句ひとつ言わない。まるでわたしがダメな子筆頭のようになっている。
でも、考えてみてほしい。わたしは行きたくないと言ったのに、ほぼ強制だった。少しくらい、今の状況に文句をつけても許されるはずだ。
(……ううん。許してくれてるから、わたしの気の済むまで藪を切り開いて、道を作ってくれてるんだけど)
それはそれで、逆に忍びない。
そもそもの、事の発端は国王の命令だった。
最初からアドレー家への命令だったとしても、不平不満が出ないように手の込んだ芝居を打ってまで。
国王は最初に、全ての貴族に今回の調査依頼を募った。
『森林街道の北の森深く、さらに北での白い獣の調査。我こそという者は名乗り出よ』
だが、つい先日大変な目に遭った所で、しかも黒いトラの噂は広まり切っていた。王国随一の猛者、ガラディオでさえ負傷してやっとの獣と、対を成す様な白い獣が居るとしたら……どうなるかくらい想像はつく。
最終的にお鉢が回ってきたというような態で、アドレー家に勅令が下った。
(公開根回しって言うと思う)
お義父様は、王都の被害状況にかかりっきり。となると、娘の私が行く事になる。
森の獣は、先日の戦争でほとんど壊滅しただろうから比較的安全だろう。という推察と、白い獣が成獣でないならば、捕まえて利用できないかという打算。
保険としてガラディオの同伴。それと、わたしの兵器と合わせれば危険は少ないはずだという事で、お義父様公認でのお役目となった。
「大切な娘だって、言ってくれてたのに」
終わらない文句を時折口に出していると……。
「あなたの戦果を見たら、誰だって使いたくなるわよ。大事な娘だとしても、その自動兵器が強すぎるもの。一緒だと心強いわ。よろしくね、エラ」
隣を歩くリリアナは、わたしの嘆きを一蹴した。
「ひどいです。虫がほんとに無理なのに。こんなところで野宿も嫌です。お風呂に入りたい」
「あら~。最初の頃は何でもします頑張ります! みたいな子だったのに。もうあの頃のエラは居ないのね」
彼女は、横目でチラリと見て、に~っと笑んだ。軽く意地悪を言う時の笑い方だ。
「ええ、もうそんな私は居ないです。だから優しくしてください」
精一杯張り合って、それを力に変えて一歩一歩を踏み出す。騎士達が切り開いて、さらに何人もで踏み鳴らしてくれた道を。
ただ、リリアナはふとした時に確信をついてくるから油断ならない。
最初の頃の自分を、あまり思い出せないから。というか、厳密にはチキュウに居た頃の記憶がもう、ほとんど無い。嫌な思い出はなぜか残っているけど、どういう暮らしをしてきたか、どんな世界だったか……まるで夢で見た架空世界のようで、おぼろげな断片でしかない。
こちらに来てからも、毎日のように練習していた剣術や武術だけが、体にしみ込んでいる。
(もしも今、チキュウの事を何か言ってみなさいと言われても……何も分からないのよね)
それはつまり、もはや「別の星から来た」という特別感は無い……に等しい。
(でも……あぁ、思い出そうと頑張ってみると、ピラミッドだとかシベリアだとか、ここでは何の役にも立ちそうもない知識は出て来る……)
「あら、急に黙ってどうしたの? ほんとに疲れちゃった?」
「い、いえ! やっぱり、素直で可愛い子でいようと思っただけです」
「あ~。何か隠してる顔ね。なになに? どんな悪い事を企んでたの?」
「たくらんでません……疲れても、健気に頑張る姿を見せようと思ってただけです」
こういう誤魔化し方は、上手くなってきたように思う。
「ほらやっぱり! 女を使うのが、増えてきたな~と思ってたのよね。やっと自分の魅力に気付いたようね。うんうん」
リリアナは割と何かを勘違いしたまま、勝手に納得してくれたようだ。
「ふふ。人に甘えるのが、こんなに楽しいとは思いませんでした。嫌われてしまわないか、不安ですけど」
そう言うと、彼女はふんふんと頷きながら、「本気だったり期待をしてしまったら、嫌われちゃうのよ」と言った。
いまいち意味が分からなくて、わたしは首を傾げた。
「ま、そういう反応のうちは、きっと大丈夫よ」
――悪路だし、きつい道のりなのは間違いないけれど、皆のお陰で楽しい旅だ。森も、良いように見れば紅葉が広がりかけていて、様々な色で目を楽しませてくれる。そんな風にも思えるようになって、数時間が過ぎた頃。
……そう思えていたのは、こいつに出会うまでだった。
出会った瞬間、来なければよかったと……心底後悔した。
ガラディオは、部隊の三分の一を連れて後方で戦っている。
残り二十人の騎士と、リリアナとわたし。
ガラディオが居ても、こんな森の中で長物は使えない。わたしとて、翼で光線を出したりしたら……森林火災になりかねない。枯葉も落ち葉も、火災を引き起こすのに十分な量が辺り一面に広がっているから。
「……どうしましょう、リリアナ。あれは人が触れていいものではないです」
うっそうとする森が、突然少しだけ開けた場所に、それは居た。
霊獣か神獣か。その白い獣は、悠然と横座りをしていた。寝そべって気を抜いているようにも見えるけれど、視線はしっかりとこちらに向いている。
わたしの五感、第六感もあるとするならそれも、全てが逃げろと言っている。
場所も不利だし、視界が悪かったせいか、まさかすぐ正面にこいつが居たなんて気付かなかった。誰も。
こいつの目の前を、リリアナと喋りながら。騎士達は必死に道を切り開きながら……本当にすぐ前までを歩いていた。
(どうしてこんな至近距離で、誰ひとりとして気付かなかったの?)
目視で五メートルくらい。道を切り開いていた騎士達を責めたくなる。こんなに目立つ白い獣を、視界に入ってそうなのに、なぜ気付かずに進んだのかと。
いや、責めるのはやめよう。もしかすると、木の上に居たのを、隙をついてスルリと降りてきたのかもしれないのだし。
「エラ……」
リリアナの、緊張した声が漏れた。
「リリアナ、わたし達の後ろに下がっていてください」
わたしはそう告げて、騎士達の前に出た。
いかに精鋭騎士とはいえ、せめて翼の硬い防御だけでも無ければ、あの前足のひと振りで体が千切れ飛ぶだろう。
(黒いトラは、子どもだと言ってたわよね……すでに三メートルはあるんだけど)
剣を抜いた瞬間に攻撃されそうで、うかつに抜剣できない。騎士達も、それは理解しているようだ。
――逃げたいけど、逃げられるプランが思いつかない。
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