第三章 四、儚い現実 青い光(四)
「よくもまあ、毎度毎度勝手な行動が出来るもんだな」
彼は怒っている。それはもう、怒られてもしょうがないとは思っているけれど。
「でも……でもね、リリアナに酷い怪我をさせたのよ? 許せないじゃない。それに――」
「――だからといって、護られるべきはお前もだと言っているだろうが」
一度、お説教を全部聞いてからでないと、収まらないだろうか。そう思ったものの、こちらも言いたい事があるのだ。
「あの黒いトラは、私を狙ってたの。私が行かなきゃ、リリアナも侍女達も、駆け付けた騎士達も……みんな、殺されてたわ。だから、どうしようもなかったの」
「……はあ。状況の裏付けは後でしておこう。それでもだ。お前は、踏み込まなくてもいい所まで簡単に踏み込み過ぎだ」
むう。と、わたしは口をつぐんだ。納得してでは、もちろんない。言っても聞いてくれないし、わたしにこれ以上、どうしろというのだと思って……つまりは、スネた。
「それより、少し回復したなら浮いてくれないか。さすがに重い」
「……失礼しちゃう」
今、ガラディオは……翼の八十キロ以上の重さと、わたしと、そして剣の重さを抱えている。言われても仕方がないのは分かっているけれど、「重い」と言われたら少し傷つく。
「それよりも、一人で来たの?」
ガラディオは、精鋭を率いていたはずだ。単騎で来る意味が分からなかった。
「ああ。獣達の中にトラが居たはずなのに、城壁の攻めには見なかった。それは他の場所に集めているからだろう。そして、お前が一人で獣を追いかけて行ったとあれば……繋がると思ったんだ」
「なら、なおさら……」
どういう思考の末に、それらが繋がったのか分からなかった。わたしが獣に狙われる理由は無いはずだし、彼の勘なのか経験なのか……疲れているからそれは聞かない事にした。でも、単騎で来る理由は聞いておきたかった。
「……トラは手強くてな。精鋭達でも無傷では倒せない。数が居ればいいという問題でもない。誰かは間違いなく負傷、もしくは……死ぬ事もある。だが俺なら単騎で倒せる。だから一人で来たんだ」
彼は、人の姿をした別の生物なのではないだろうか。精鋭達でさえ苦戦する獣を、単騎で倒せるものなのだろうか。
「今倒したトラ達で、全部だと思う?」
「お前が倒したのが四体。ここに来るまでに十体は倒したから、ほぼ全てだろう。報告でも、トラは多くて十五だと聞いている」
なら、あいつを入れて、全部倒したのだろう。
「そうだ。黒いトラ……どうやって倒したの?」
「……まだ息はあるみたいだがな。もう動けんだろうが、止めを刺しに行くところだ」
「えっ?」
お互いに向き合う形で抱えられているから、向かう先の黒いトラが、まだ息があるとは思っていなかった。彼が戦闘態勢を取っていないから、全て事切れているのだと。
あいつにやられると思った時には、わたしは意識が途切れていた。だから、結局のところ何がどうなったのか分かっていなかった。
「そういえば、あなたのハルバードは? さっき、持っていなかったから焦ったのよ? 私がなんとかしなきゃ、あなたが死んじゃう。って」
暗い上に遠目だったのに、よく視認できたと我ながら思う。
「確かに剣だけだと、危なかったかもしれん。助かったよ。まあ、それも回収しに来たんだが……まだ迂闊に近寄らん方が良さそうだな。お前も臨戦態勢を取れ」
そう言われて、わたしはもう一度気力を振り絞った。ガラディオの後ろで、いつでも援護射撃が出来るように中空で様子を見る。いつもの布陣だ。
――……これをナげたのは、そのオトコか。
頭に響く声は、弱々しかった。
よく見ると、黒いトラの胸の辺りに、ガラディオのハルバードが深く突き刺さっている。おびただしい出血なのだろう。横たわるそいつの周りは、ぬらぬらと月の光を鈍く反射していた。
「そうみたいね。さすがのあなたも、避けられなかったのね」
――おマエをカれると、オゴったシュンカンをやられたようだ。
その言葉も弱かったけれど、少し笑んでいるように聞こえた。
「エラ。何を独りで喋っている」
(そうか、彼には聞こえないんだ)
「頭に直接、響く様な声で話してくるの」
「……そうか」
ガラディオは少し困惑しているけれど、黒いトラに敵意を感じないためか聞き流すつもりらしかった。そこから動く事なく、様子を静かに見守っている。
――ワレのテキよ。ドウシよ。
「……なぁに?」
――ワレのコらは、どうなった。
「ガラディオを襲ったトラなら、倒されたみたいよ」
――……そうか。
真っ黒なその瞳が、少し潤んで光ったように見えた。
――ヒトツ、タノみがある。
「……なにかしら」
――モリのフカくに、まだコをカクしている。
「そういうの、困るわ」
――おマエに、ソダててホしい。
「困るってば!」
――ワレがコダイシュをナンドかタべたせいか、シロくウまれた。イきノコるのは、キビしい。
「あなた……やっぱり、人間を」
――ワレはニンゲンを、ニクんでいるからな。トウゼンだろう。だが……コは、チガう。
「だからほんとに、困るってば」
――おマエのチカラに、コオウしてナツくだろう。
「勝手にそんな事言われても、何もしてあげないから!」
――モリの、キタのハズれの、さらにフカくだ。……ネンじるだけで、デてクるだろう。
「獣なんて、飼えるわけないでしょ! あなたみたいにバカでかくなったら、どこに住まわせるのよ!」
――フ、フ。……タシかに、タノんだ。
「バカじゃないの? そんな事より、古代種の事とか色々教えなさいよ!」
それは、今しがたまで確かにこちらを見ていたように思った。それなのに……その瞳からは、もう光を感じなくなった。
「エラ……死んだようだ」
今の今まで様子を見守ってきたガラディオが、少し気遣うような声でそう告げた。
「……ガラディオ。森の北の、さらに奥に、行ってあげないとダメみたい」
「……何を話したんだ? それによる」
馬から降りた彼は、おもむろに黒いトラに近寄りながら言った。
「信じられないかもだけど。……そこに、白いトラの子を、隠してるって」
一瞬振り返った彼は、また視線を黒いトラに戻して、突き刺さっているハルバードに手をかけた。
「それで?」
と、彼は問う。
「……見つけて、育てて欲しいって言われた」
聞かなければよかったのに、どうして話を聞いてしまったんだろう。
「俺は知らんぞ。お前が決めろ。あとは、将軍の許しでも請うんだな」
まるで、もうわたしが探しに行くと決めているような口ぶりだ。
「どうしたら、いいのかな」
「……知らん」
彼はそんな事よりも、なかなか抜けないハルバードに集中したいようだった。
「一緒に考えてよ」
「知らんと言ってるだろうが。飼うのはお前だろう、エラ」
これ見よがしに名前を言う。最近は「お前お前」と呼ぶくせに。
「はぁ~……。もういい。リリアナに相談する」
「そうしてくれ。これ以上、馬の上でも同じ事を聞いたら振り落としてやるからな」
なんて冷たいんだろう。勝手な事をするから、きっとわたしの事が気に入らないのだ。
(……でも、乗せてくれるつもりでは、あるのね)
冷たいのか、優しいのか……義務だからそう言うのか。
「……黙って乗っているから、また少し休ませてね」
別にわたしは、おしゃべりがしたいわけではないのだから。
本当は、もうこうして浮いているだけで、気力がごりごりと削れている。
「あぁ。黙っているなら乗せて帰ってやるさ」
その言葉だけは、いつもの口調だった。
ぶっきらぼうという程でもなく、怒っているわけでもない。
彼の呆れたような声は、優しくされるよりも甘えやすくて……少しだけ気に入っている。
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