第三章 四、儚い現実 青い光(三)
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――さあ、もうスコしだ。もうスコしオりてコい。
「待ってって言ってるでしょ。わたしは優柔不断なの」
――ナニをタメラう。ワレと、オちツいてハナしアおうではないか。フ、フ。
胡散臭い。
その言葉に誠実さは感じられないし、どこかあざ笑っているように感じる。
(だけど、古代種の力について聞き出せるなら……)
「ねえ。古代種の事、何か教えてよ。そしたら考えてもいいわ」
――ドウシのタメだ。ヨいだろう。コダイシュは……ネンをウマくツカう。
「ネン? が、よく分からないわ」
――おマエはスデにツカっているではないか。
「どうしたら使った事になるの?」
――ネンをツカうと、それにコオウするものがアオくヒカる。ネンじるコトが、コダイシュにとってのチカラだ。
「青く光る……あなたの虎柄の縁が光っていたのも、そういうこと? じゃあ、あなたは古代種のトラなの?」
――もっとシりたければ、オリてコい。スベてオシえてやろう。
「……なら、あなたは森から出て来る事ね。フェアに行きましょう?」
――おマエはウエからウてるが、ワレはナニもデキん。ネラいウちするキだろう。
「しないわ。さっき撃ったのは、侍女達に酷い事をしたお仕置きだもの。今は撃たない。それにね、これ以上危ない事をしたら、私は色んな人に怒られちゃうの。きっと泣いても許してもらえないわ。だから、あなたが妥協してくれないなら、この話は終わりよ」
――そうか。ならば、ドウシよ。コロアいだな。
頃合い?
(……しまった。時間を稼がれた?)
――もっと、おシャベりがしたかったか?
辺りはもう、真っ暗になっている。月は出ているけど、あんなに真っ黒なトラを目視するのは不可能だ。
『緊急回避』
ぐん。と、意図しない方向に急加速されて眩暈が酷くなった。同時に、びゅう。と、大きな風切り音がした。おそらく大木が近くを飛んで行ったのだ。
先程の斉射で、気力がごっそりと持っていかれたわたしには、もう闇雲に光線を撃つ事が出来ない。かといって、このままでは逃げる事しか出来ない。
「……森から出て来ないなら、森ごと焼き尽くしてやるけど。どうする?」
――やってみるがヨい。ワレはコマらんからな。
まだ、近くには居るようだ。
『緊急回避』
ぎゅうっと、脳が頭蓋骨の中で振り回されるような感覚が、何度か続いた。ごうごうと、巨木が何本も飛ばされてきたのが分かった。
(こっちは青く光ってるから、いい的になってる)
かといって、適当に飛び回って動きを読まれたら、逆に回避が難しくなる。
ここは、一旦引いた方がいいのかもしれない。そう思った矢先だった。
――ごぅるルるるルルアアア!
頭の中の全てが、その咆哮に震えた。
一瞬、意識が途切れたのが分かる。体の感覚が一度消えたからだ。そして今は、自由落下のどうしようもない加速とその風切り音を、体全部に受けている。
――もらったぞ。そのイノチ。
(ああ、今のは、あいつのとっておきの技だったんだ……やられちゃったなぁ……)
きっともうすぐ、あのとてつもなく太い前足で、その爪で、わたしを仕留めるのだ。
(リリアナ。ごめんなさい)
『動力途絶。補助動力に切り替え、飛来物直撃に備え防御翼展開』
アナウンスは、途中まで風切り音で聞き取れなかった。
「させるかああああああ!」
これは、ガラディオの怒った声だ。
――ぐぶっ……。
あいつの、頭に直接響く声は、何か重い液体が弾けたような、不快な音だった。
それとほぼ同時に、がぎゃっ、という衝撃音と共に弾き飛ばされた感覚がした。
戻りかけていた意識が、もう一度飛んだ。
「エラあああああ! 聞こえないのか! 飛べええええええ!」
前にも、こんな事があった気がする。でも、今は真っ暗で、上も下も分からない。
「一丁前に諦めてんじゃねえぞ!」
……いつも、優しくないガラディオ。
わたしは、褒められた方が……出来る子だと思うのに。
「くそガキがああああ!」
(――それは、あんまりだと思う)
『自動制御機能復元。予備動力、残量危険域。落下軽減アシストに切り替え』
意識が、戻ったのだと思う。
状況は理解しているつもりだった。翼のアナウンスも聞こえてはいた。
(落ちてる? これは――)
重力を感じる事は出来ないけれど、落下している方向は、体が受けている風のお陰で分かった。
「浮け、飛べ、落ちないで……!」
すーっと、空中で安定した事だけは分かった。ただそれが、浮いているのか、どの方向かに飛んでいるのかまでは分からなかった。
「てめぇ! 心配ばっかりさせやがって!」
ガラの悪い言葉でわたしに叫んでいるのは、ガラディオだ。
いや、呑気に彼を嫌がっている場合ではない。まだ、あいつを倒していないのに。
「どこなの?」
知らずと声を出していた。
先程聞こえた方向を見ると、うっすらと騎馬が一騎、暗闇の中でも見えたような気がした。
その周囲に、うごめく影が数体。わたしは中空から見下ろす形だからこそ、弱い月明かりに浮かぶ黄色い獣が見えた気がした。
「ガラディオ! 敵です!」
勘違いならそれでいい。でも、今は獣の軍に攻められている最中だ。どこにどんな獣が潜んでいてもおかしくはない。
「――なにっ?」
彼は、私に集中し過ぎて、その影の存在に気付くのが遅れたのだ。
(ハルバードを持ってないの?)
彼の陰影なら、長い槍斧――ハルバードが目立つはずなのに。それはどんなに目を凝らしても、見当たらなかった。
「――撃て。撃て撃て撃て!」
無意識だった。わたしに出来うる事は何かと、揺れ続ける脳をフル回転させて、なんとか導き出した意味ある行動。
青い光が幾筋も、ガラディオの体ぎりぎりに走った。その周囲にも。
ぎゃう。があっ。という短い断末魔が聞こえた。
「ガラディオに当たったわけじゃ……ないですよね?」
眩暈は治まっていない。それどころか、酷くなっている。頭も痛い。こんな状態で光線を撃っても、翼は自動で照準を合わせてくれるのか不安だった。
「……あぁ。……助けられたな」
良かった。
だからか、ガラディオは警戒を解いているようだった。
姿はおぼろげにしか見えないけれど、大きな彼の、鎧姿のシルエットが分かる。そこには、戦陣に居るような覇気はない。
「もう、敵は居ないのですか?」
目が霞む。だから、敵が他にいないのか、あいつ――黒いトラは逃げたのか、わたしには分からない。
「もう大丈夫そうだ。一応、警戒はしておくが」
それなら……。
「うけ、とめて」
気力はもう、限界だった。
答えなど聞かずに、彼の胸へと飛び込んだ。ただ両手を広げて。
しがみつけばもう、後は彼が上手く抱えてくれるだろう。
お読み頂き、ありがとうございます。
またもやブックマークを頂戴しまして、ありがとうございます!
複数増えたのが信じられなくて、しばらく思考停止していました(笑)
これからも頑張ります。
そしていつもの。
読んで「面白い」と思って頂けたらば、ぜひとも他の人に紹介して頂いて、広めてくださると嬉しいです。
「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。




