第三章 三、悪夢の続き(九)
イマはユメをミてるがいい。
キセキ? サダメ? 『それ』にミチビかれるモノとして、そのセキをハたせるようアガくがいい。
おマエはそれをフコウとヨぶか、シアワセとヨぶか、どちらにもキヅかぬか。
ウラギリモノのナカマよ。ワレのテキよ。
ワレのコエがキこえるモノよ。
アス、ケッセンをしようじゃないか。
ワレラはマけるだろう。だが、そちらのヒガイはオオきくしてやろう。
リコテキでオロかなニンゲンドモに、ワレラのイカリとニクしみを、そのノドモトへとツきタててやろう。
これはセンソウだ。おマエタチのオコナいをクヤみながらイきてユけ。
ワレラはサイゴのイットウになるまで、ケッしてトまらない。
ワスれられぬようキオクにキザんでやる。
ユメにもゲンジツにもうなされ、クルしむがいい。
――誰?
「あなたなんて……知らない。なぜ私にそんな事を――」
おマエにキこえるのだから、おマエがセキをオう。そのノロいにもニたシュクフクを、ヨロコんでいるではないか。
「何の事?」
hiygwjuqijiwrwtlrrmi。all、inlwqiijiaubuurrwtleiy。
「何なの、一体……」
**
――カァンカァン! カァンカァンカァン! カァンカァン! カァンカァンカァン!
けたたましい鐘の音が、深い深い眠りの、睡溝の奥深くまで聞こえた。そのせいで、意識が急浮上して頭痛を伴う目覚めになった。
「ぅる……さ……」
「エラ。エラ、早く起きて。ねぇってば。エラ。早く逃げて」
リリアナの泣きそうな、小さな声がようやく聞こえだした。
「リリアナ?」
頭と瞼が重く、まだよく見えない。というよりは、粉塵なのか煙なのかが立ち込めていて視界が悪いのだと分かった。
「何が……」
「エラ。早く起きて。早く逃げて」
リリアナの声だけが弱々しく聞こえて、本人の姿が見えない。
「どこ? リリアナ?」
「いいから、逃げなさい。あなたなら逃げられるでしょう。早くファルミノまで逃げて」
ファルミノに? 今は王都で、獣達と戦闘が……。
「リリアナ! どこですか!」
襲撃を受けたのだ。ずっと鳴り響いていた警鐘が止んでいるせいで、思考が追い付かなかった。
「いいから。あなたは逃げて。そのへんに翼があるはずよ。あなたの大事な剣も、そこに」
「一緒じゃないと嫌です!」
どこ? どこに居るの? 声は凛としていても、とても弱々しくて場所がいまいち分からない。
「だめ。見ないですぐに逃げるの」
ただ事ではない。絶対に、リリアナを護ると決めたのに、自分だけ逃げるような真似ができるはずがない。
それなのに、視界が悪くてどういう状況なのかさえ分からない。
(視界を確保しないと――)
「――来て!」
強く、祈るように念じた。わたしの剣と、翼に。
すると、応えるように青い光が、手元に投げ込まれたかのように剣が届いた。翼は……中空に浮いている。
「羽ばたけ」
翼の起こした風がびゅうと駆け抜けて、辺りがはっきりと見えた。
「り……リリアナ……」
「見ないでって、言ったのに」
そこには、瓦礫に埋もれたリリアナの、片腕と上半身だけが見えていた。
「痛い場所は? どのくらい埋まっていましたか?」
まさかとは思うけれど、何時間も圧迫されていたなら、急に瓦礫をどかしてはいけない。
「ほんの数分よ。こんな状況で寝てるんだもの。どうやって起こそうかと思ったわ」
「痛みは酷いですか? どこか動きますか?」
どうか、動けないだけで無事でいて。どうか。どうか。
「……あまり、想像したくはないわね。足がものすごく痛い。他は、瓦礫と瓦礫の間に……はまっているだけだと思う」
どうしてこんな事に。どうして……。
「すぐに、どけますから」
「無茶よ。はやく逃げなさい」
「あなたを見殺しにしろなんて、そんなの聞けません」
そうとうな量の瓦礫だ。天井が半分抜け落ちてきている。壁も潰されて…………違う。
違う。
違う。
屋敷が、吹き飛んでいるのだ。きっと。
三階だったはずの部屋が、一階になっている。
わたし達の居た部屋と上の階が、まるごと削り取られたみたいに庭に転がっている。
「あなたもどこか打ち付けているはずよ。無理をしないで逃げるの」
――わたしは、気を失っていたんだ。
「助けます。助かりますから。絶対に」
絶対に。でないと、リリアナが居ないと、生きていられない。
「リリアナ。手足は床に着いてますよね?」
「……それは間違いないわ」
「目を閉じて、ゴミが入らないようにしていてくださいね」
岩切流の、岩砕き……だめだ。下手に崩れて下敷きになるかもしれない。
……鏡面割りを、横薙ぎで斬らなければ。
「いきます」
「……どうなっても、気にしないわ。気楽にやりなさい」
意識を極限まで集中して……この剣なら、出来る。……出来る!
「はっっ!」
キンと鳴ったと同時に、瓦礫に横一閃が通った。これで、崩しやすくなったはず。
……もう一度。いや、そうだ。翼も使わなければ。
そう念じただけで翼が背に回り、自動的に装着された。
(羽の刃を……)
瓦礫に差し込んで支えにする。この翼の――この金属の強度なら、十分柱になるはずだ。
「羽刃を突き刺せ」
明確なイメージをもって命令すると、瞬く間に三対の羽がリリアナを護るように突き刺さった。
「もう少しですからね。次は、少し手荒になります」
リリアナは答えなかった。苦悶の表情に脂汗がつたっている。
(急がないと)
そう思いながら、一旦後ろに下がるように飛んだ。
少し距離をあけて、速度を使って翼で体当たりをするためだ。この翼は、ゆうに八十キロはある。その重さの頑強な金属での、振り子よりも勢いのあるぶちかましだ。
「あれを安全に弾くだけの速度。演算できるはずよね? 行け!」
出来ると信じて命令するしかない。でも、間違いなく出来るだろうという確信があった。
そしてすぐさま、視界が歪まない程度の速度で、当たる直前に背を向けるようなぶちかましを繰り出した。
(――わたしの岩崩しの動きをトレースしてる)
どがっ。という一瞬の鈍い音がして、瓦礫はガラガラと向こうに崩れた。
綺麗に全部とはいかないけれど、リリアナの全身が見えた。細かな瓦礫の破片をどかして、最後に足に乗っている破片に手をかけた。
「いっ!」
「ごめんなさい。我慢……してくださいね」
そっと破片をどかすと、原型はとどめているけれど……とてもうごかせるような状態ではない傷だった。
「う……」
血の気が引くような形に、わたしが声を出してしまった。
足が……下腿部の下半分がありえないほどズレている。折れた挙句に、瓦礫の重みで。という事だろう。
「ねぇ。私の足。どう、なってるの?」
これを……説明できるような勇気が出ない。
「あ、あとで、教えてあげますから……」
「立てそうかしら。すごく痛いけど」
強がっているけど、リリアナの呼吸は痛みで早くなっている。
それに、すぐに添え木をして、固定しないと動かせない。
「エラ。無理そうなら一人で逃げなさい。これは命令よ」
わたしには翼もあって、リリアナ一人なら抱えて飛べる。誰かを抱えて飛んだ事はないけれど、絶対に一緒に行く。
首を横に振りながら、嫌ですと答えた。
でも、どうしよう。みるみるうちに、リリアナの足が紫色に腫れあがっていく。内出血が酷い。
(あまり酷い場合は、切開しないと壊死してしまう……どうすれば。知識はあっても、どうすればいいの! わたしにはそんな経験ない!)
どうしよう。迷っている一秒さえ惜しいのに。どうしよう。どうしよう。
「フショウシャヲカクニン。チユコウセンショウシャジュンビ。ジュツシャノセイシンニソウオウノフカアリ。テントウニチュウイ」
唐突に、剣が抑揚のない言葉を発した。
(なに? この剣の言葉はカタコトで分かりにくいのよ! てんとう? 転倒に注意?)
嫌な予感がして、剣を床だったものに置いた。翼による浮遊もやめて四つん這いになって警戒した。これなら転ぶことはない。
「ショウシャカイシ、イチ、ゼロ」
そう告げた剣の柄から、扇状に光が放たれてリリアナをまばゆく包んだ。その光はかなり眩しくて直視できない。
「うっ……」
わたしは突然の強い眩暈に、吐き気を催した。でも、負傷者の隣で吐きたくないので必死にこらえた。
「ショウシャシュウリョウマデジュウゴビョウ」
剣が光を放つ間、わたしは徐々に、眩暈と吐き気が強くなっていく。
「うぅっ。ぅうう」
つらい。眩暈がこんなにもつらいものだとは。空間の全てがぐるぐると回って、想像を絶する気持ち悪さで、四つん這いでさえ維持していられない。
わたしはうずくまりながら、必死で耐えた。
でもこれは、翼の動作補正が効かなくなって、ジェットコースターのように振り回されているのかもしれない。
(あと……どれだけつづくの……)
「アトジュウビョウ。ジュツシャハイシキノソウシツニチュウイ。ショウシャガイジデキナクナリマス」
「はぁ……はぁ……」
あと十秒も、耐えられない……。
つらい。くるしい。きもちわるい。
「アトナナビョウ」
長い……。十秒なんてとっくに過ぎている。
こんなに長いわけがない。
「アトゴビョウ」
もう、黙ってて。いつまでたっても終わらない。きもちわるい。
(でも、リリアナ……)
「サン」
(チユコウセン、って。治癒光線、だよね? じゃなきゃ、あとでへし折ってやる)
「ニ」
おねがい。はやく、おわって。
「イチ」
もう、むり……よ。
「カンリョウ。エイヨウホキュウザイサンジュウミリノトウヨヲシジシマス。チユモードシュウリョウ」
「あぁ…………もう、だめかと。思った……」
リリアナは、本当に治っただろうか。少しだけでも。
「エラ……あなたの剣は、何でも出来るのね。痛くない。……痛くない。エラ、ありがとう」
まだ強く残る吐き気と眩暈に耐えながら、なんとかリリアナの足を見ると、紫色のフグのように腫れあがっていた足が元に戻っている。
「……すごい」
自然と感嘆の言葉が漏れた。
折れて完全にズレていた足が、真っすぐに……細くてしなやかな、リリアナの美麗な足に戻っている。
「あはは……ほんとに、助かったのね。エラは……大丈夫なの?」
すっきりとは治まってくれないけれど、ピークの半分くらいにはなっている。
「まだ……立てそうにないですけどね。大丈夫そう――」
言いかけた所に、頭の中に響く声が聞こえた。
――そろそろヨいか? セキをオうモノよ。ワがテキよ。
お読みいただき、有難うございます。
読んで「面白い」と思って頂けたらば、ぜひとも他の人に紹介して頂いて、広めてくださると嬉しいです。
「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。




