第三章 三、悪夢の続き(五)
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翼で高速飛行のさなかに、ただ目指すだけではいけないと思い、獣達が大挙してどうやって戦うのだろうと想像していた。
(兵站はどうするんだろう)
獣であろうと、水と食事は必要になる。人は蓄えを持っていくけれど、獣に蓄えなんて……。保存技術などないから、かなりの短期決戦になるように思う。
(……腐りにくい、この初冬を選んだのだとしたら?)
そこまで考えられる獣が居るとしたら、脅威だ。
「獣として考えるには、どうにも気持ち悪いわね」
人が、裏で手を引いていると考えた方がまだ素直だ。
(何が敵なのかを、見誤ってはいけない)
……とりあえずは獣が相手だとして。
知らせがあったのが三日前……獣には食べ物も満足にないだろうから、もう始まっていると考えた方がいい。
いや……飲まず食わずで、野生動物ってどのくらい動けるんだろう?
この星の、獣の生態なんて考えた事もなかった。けれど、人と似たものとして考えておくしかない。もしかしたら、今日あたりまでにらみ合いをしているかもしれない。
(戦況はどうなるかな)
あの城壁はかなり高い。獣の対策として造ったのだから、基本的には越えられないはず。
ただ、あのクマでさえ、二十メートル近い距離を一足飛びに詰めてきたのだから、本気で登る事に集中されたら、登れてしまうかもしれない。
(はぁ。考えるにしても、分からない事だらけで疲れるだけだ……)
「わっ!」
急に不安定になった飛行に驚いて、声が出た。
「疲れると、結局こうなっちゃうんだ……」
飛ぶことに集中しないと、考え事をしながらだと最高速度を出せないらしい。それに加えて、失速が激しいと今みたいにふらふらになってしまう。
とりあえず、少しゆっくり飛ばないと体が持ちそうにない。到着しても光を撃てなければ、何をしに来たのか分からなくなってしまう。
「悔しい……。兵器があっても、動力が自分自身だとこうなっちゃう……」
ガラディオとリリアナは、どのあたりだろう。兵站を意識すれば、王都まではどうしても二日はかかるはず。それなら、どこかで追いつく可能性もある。
仮に、王都に着いたところで六十騎だと……上手く合流出来るのだろうか。下手をすれば城壁のせいで、ガラディオ達だけが獣の大軍に、狙い撃ちされかねない。
(心配ばっかり増えていくじゃない)
――お義父様は、援軍の中にわたしを数に入れていたのでは?
光線の殲滅力は、一番理解されているはず。もしそうなら、援軍とはガラディオに連れられて、ほぼ単騎で駆け付けるわたしの事だったのでは。
その可能性が高い。いや、もはやそうとしか思えなかった。でなければ、駆け付け六十騎のような援軍など、合流するために兵を失いかねない邪魔者だ。
(どうしよう。わたしが急がないといけなかったのに!)
――もう、体の事を考えている場合じゃない。
(無理しないって約束、うそになっちゃった。ごめんね、皆……)
「もう一度、全速力!」
脳を締め付けるような感覚と、ふわりと浮いたような感覚が同時に来た。景色はまた、目まぐるしく歪んで進んでいる。
(集中すれば、やれる。絶対に)
「見えた! ガラディオ達だ!」
王都が見えはじめてから少し後に、重騎兵とは思えない速度で進む一群が見えた。速歩でずっとここまで来たのだろうか。兵站も最小限のようだ。馬車が三台だけ。
(あの人達だって、決死の行軍してるじゃない!)
腹が立った。
肝心な時に倒れた自分に。
人には無理をするなと言って、自分達は平気で命を懸けるその姿に。
「ガラディオ~!」
速度を徐々に落として、彼の馬に並走できるように滑空した。
「ガラディオ! 追い付きました!」
「うおおっ! エラ! お前……無理をしているだろう! すぐに引き返せ!」
口元の空いた兜から、怒声が飛んできた。
「なによ! 偉そうに! ガラディオ達だって決死の覚悟のくせに!」
込み上げていた怒りを、初めて人にぶつけた。
本当は、そんな事をしたくはないのに……我慢できなかった。
「言っただろう! 公女が前に出るなと! 先陣を切るなどもっての他だ! 帰るんだ!」
「絶対に言う事なんて聞くもんですか! そもそもどうやって合流するんです!」
「迂回して北門を目指す! 敵は正面の南門に集まっているからな!」
なるほど……。
彼は苛立ちながらも、わたしを説得するためか、いちいち答えてくれている。
「それなら私を連れていきなさい! 馬に乗せて! 少し休ませて!」
ガラディオの今の立場はどのくらいか分からないけれど、公女より上は王族しかいない。だから思い切って、彼に啖呵を切って命令をした。
「……ちっ! そんな態度をどこで覚えたんだか! 鬱陶しい令嬢め! 乗れるものなら乗れ!」
相当に気が立っているのだろう。立場などお構いなしの口調で、そして挑発的だ。
でも、負けてなどいられない。……体力も、限界に近い。
「馬鹿にしないで!」
彼の背を目掛けて、横に滑るようにして飛びついた。そもそもが自動制御だけど、細かな動きは無意識的に緊張してしまう。
「っはぁ、はぁ……」
「エラ、どうして来た。俺はお前を戦場に立たせたくないんだ」
ガラディオは、馬が駆ける音に消えない程度に、大きな声で言った。
「どうしても何も、おとう様は絶対、私の戦力を期待されたはずよ? 私が来なくてどうするんですか」
「今回は獣相手だがな。あまり、人を殺す事に慣れて欲しくはない」
「そ、そんな事――」
(気にされたら……やりにくいじゃない)
「――民を護る剣に向かって、ぬるい事で心配しないで。……あなたも同じだったはずでしょ」
(調子が狂っちゃう)
「……ふん。せいぜい踏ん張るんだな!」
はいっ! と、彼は馬に鞭を入れた。
「あ! ちょっと、ちょっと待って。迂回しないで!」
「何だと?」
加速しかけた馬を、先程までの速度にゆっくりと戻していった。
「私が光線で道を開くから。そしたら、しんがりに回って。城門に入るまで、皆を護ってみせるから」
「……出来るんだろうな! いざとなって、また倒れましたじゃ全員が死ぬぞ!」
隊を預かる者として、当然の危惧だ。
「そのために、こうして休ませてもらってるのよ。敵が見えたら教えて。近付けさせないから」
「……失敗したら、俺がお前の代わりを務めてやる」
そう言うと、ガラディオはもう一度速度を上げ直した。
「ちょ、ちょっと、後列に伝えなくていいの?」
「今からやるんだ」
急な作戦変更は、さすがに止まって伝達しないとだろう。そう思っていたけれど、彼らは違った。ガラディオは剣を抜くと、上に掲げてからくるくると回して、何やら合図を送った。
振り返ると、後ろも次々と抜剣して、同じ動きをしている。
「何? いまの」
彼は、それには答えず、後ろ手でタスキのような紐を渡してきた。
「体を結んでおけ。少しは楽だろう」
「……ありがとう。ガラディオ」
翼で最低限浮いておいて、彼につかまる事で並走しているような状態なのが分かっていたのだろうか。ありがたく紐でつないで、あと少しだろうけど、楽をさせてもらう事にした。
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