第三章 三、悪夢の続き(三)
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(…………あったかい)
――あったかいというよりも、少し……暑いような。
(あつ……い)
「――あっっっつい! あつぅい!」
あまりの暑さに、飛び起きた。
それもそのはずで、毛布と羽毛布団でみっちりと埋められているような状態だった。
「って、シロエと、アメリア。なにしてるんですか……?」
二人ともハダカだし、わたしもハダカだった。
「え……何か、しちゃった後なの?」
部屋も暑く温められて、三人とも汗でびっしょり。アメリアもシロエも、暑苦しそうに身悶えながら眠っている。
「漏斗……?」
まさか、また倒れたの?
しかも、体温を下げないように皆して汗だくになっているという事は、かなり迷惑を掛けた後だ。
「ごめんね……シロエ、アメリア……心配、かけちゃったんだよね」
頭が、半分痺れている。
痛みに近い痺れ。脳にダメージを負ってしまったのだろうか。脳梗塞なんかだと、もう手に負えない。
「……両手両指、ぜんぶ動く。足も……異常なさそう……?」
声も出る。
麻痺は無いみたいだけど、頭がビリビリと、強く痺れている。まるで、長時間の正座で足がひどく痺れたような痛み。
「むしろ、留まっていた血が流れたのかしら」
頭の中というか、思考はとてもはっきりしている。
気付いていなかったモヤが、本当に完全に無くなったかのような。どこまでも遠くをすっきりと見通せるような、透明感のある空気が脳を巡っている。
「いたた……。しびれは強いから、まだ完全じゃないのかな」
「――エラ様?」
シロエが目を覚ました。
「シロエ……心配かけたみたいで、ごめんなさい」
「エラさまぁぁぁぁ!」
シロエは腰にすがりつくように、泣きながらわたしを呼ぶ。
「ごめんね。ごめんね、シロエ。ありがとう」
「エラ、さま」
同じように、アメリアも。
「アメリア。ごめんね。ありがとう」
「うぅ……しんじゃうかと思いました! エラさま……」
汗びっしょりで抱きつく二人に、ちょうど枕元に備えてあったタオルで、背中を拭いてあげた。
「ありがとう。二人とも。ほんとにごめんね」
これほどの看病と、心配を掛けるような病気になっていたのだろうか。それにしては、病み上がりのけだるさや体の重さはない。
(ううん……立ち上がってみないと、分からないかも)
「ねぇ、わたしって、どんな病気してたのかな」
少し落ち着いた様子のシロエに、毛布を被せながら聞いた。
でも、どうやら原因も分からず症状も見た事のないもので、体の状態に合わせて対処をするしか出来なかったらしい。医者を呼んでも、現状に合わせて対処するしかないと言われたそうだ。
意識を失っていたのは、リリアナ達の懸命の看護のお陰で半日ほどで済んだらしい。その後は、何を言っているのか分からないけれど、うわ言を言いながら起きようとしたり、うずくまって泣いたりしていたらしい。
「話しかけても、何も反応がありませんでした。まるで、夢の中の出来事に沿って、そのまま動いているお人形のようでした。……正直、怖かったです」
「う……なんだかごめん」
しかし、依然として体温が低かったので、泣いたり起きようとしたりするのを寝かしつけて、フィナとアメリア、シロエが交代で温め続けてくれたのだという。
暖炉も適宜、他の侍女達が絶やさず強めにくべてくれて、部屋そのものも暑いくらいにしてくれていた。
ようやく、意識のあるわたしになったのが今で、正直なところ、また横になって安静にしていて欲しいと言われた。
――倒れてからは、三日が経過していた。
どんな夢を見たら、そんな夢遊病のような事になるのだろう。
ほっとしてくれたシロエとアメリアは、疲れたので少し休みますと言って、そのまま眠ってしまった。
あまりに暑そうなので、羽毛布団は外してあげた。わたしも暑い。替えのタオルと着替えが欲しいので、ベルを鳴らして侍女を呼び、水や軽い食事も頼んで自分も横になった。
侍女も堪えきれずに涙するほどだなんて、わたしは一体、どんなに酷い有様だったのか……。
(でもどうせ、核心に迫るような事なら何一つ覚えていないだろうなぁ)
痺れる頭をそっと触りながら、それはまだ鋭く痛む事を確認した。
――あっ?
痺れと、痛みと、それから……。
(少女が、虐待されている夢を見てたんだ)
――覚えてる?
ひどいものだった。体が無くて、止められなくて、とっても悔しかったのも覚えている。
――銀髪の少女。
食事も水も、与えてもらえず……街道に。
――わたしの、きおく……。
「うっ……」
うめき声と涙が、同時にこぼれた。
「うぅっ。うぅぅぅ! んうううぅぅ……!」
悔しい。悔しい。辛かった。悔しかった。悲しみなんて吹き飛ぶくらい、つらかった。
どうにもならない。そうだ。鎖につながれて、逃げ出す事も出来なかった。なのに、あんなに酷い仕打ちを……延々と!
「うぅぅぅぅ!」
込み上げてくる感情は、混沌としている。
涙と嗚咽と、憎しみに似た感情と。どうにも出来ない辛さが、込み上げてきて止まらない。
なのに、冷静な自分もいる。
「エラ様……!」
フィナ。
声にならず、嗚咽で迎えてしまった。
それを見てフィナは駆け寄ってくれた。フィナにも、お礼と、それから謝りたいのに。
「ふぃ……な!」
「いいんです。いいんです。ご無事で目を覚ましてくださっただけで、それだけでいいんです! それよりも、辛い夢でも思い出されたのですか? 私が居りますから。シロエ様もアメリアも居りますから……」
フィナは寝ている二人を避けて、ベッドの真ん中を急いで這うように、側に来た。
「ああ……本当に良かった。エラ様……!」
そして、わたしに覆いかぶさるように、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。
――今は、こんなにも大切に想ってくれて、心から心配してくれる人たちに囲まれている。
「ありが……とう」
その実感だけで、報われたような気がした。
いや、もうとっくに、報われ過ぎて困惑するくらいに、皆に大切にしてもらっている。
「ありがとう……」
こんなに嬉しくて、もっとたくさん伝えたいのに。言葉はありがとうしかないのだろうか。
フィナを抱きしめ返しながら、そんな事を思っていた。
――そして、少ししてから伝えた。
「私、自分のこと、思い出したみたいです」
まだ早朝だったけれど、寝付いたばかりのシロエとアメリアの二人も起こして、夢……昔の事を、覚えている範囲で伝えた。
三人は、話し終わるまでは黙って聞いていた。けれど、話し終えるとアメリアは、「やっぱりあの時、やっておくべきでした」と言った。
「……わたしも、今は正直複雑な気持ちです。復讐したいし、しようと思えば簡単に出来る立場にあって、ものすごく迷っています。正当化しようと思えば、虐待した罪だとか、何でも掲げて処刑してしまいたい。でも……」
『でも?』
三人の声が揃った。
「でも、自分のために今ある力を使うのは、どうにも違う気がしてしまいます」
はぁぁ。と、三人からため息が漏れた。
「エラ様、そうしましたら、この件は私達にお任せください。悪いようには致しませんから」
シロエは何やら、ニコニコと話を進めようと……いや、終わらせようとしだした。
「何を企んでいるんです?」
「何でもないですよ? あ、私達が何か手を下す様な事もしませんから、ご安心ください」
何かをしでかす様な顔をしているけれど、直接何もしないなら、まあいいかと思った。これに関して、もうあまり考えていたくないというのが、本音だったから。
「変な事で、手を汚したりしないでくださいね? 本当に。アメリアも。いい?」
アメリアは目を逸らそうとしたけれど、両手で顔をしかっと持ち、じっと目を合わせて「うん」と言うまで顔を逃がさなかった。
「ふぁい」
渋々であろうと、三人から妙な事はしないと言質を取った所で、少しほっとした。
それでひとつ、自分の記憶がいくつか戻った事に一段落ついたような気持ちになった。
「そういえば、リリアナはどこで寝ているんですか?」
考えてみれば、これはリリアナのベッドだ。それを三人用に改造して、シロエとわたしの三人のベッドになった。
それなのに、看病云々と言えども、リリアナが近くに居ない事に違和感を覚えた。
感染症を危惧しての事なら、わたしを別室にするはずだ。この寝室を使っているのに、彼女が他の部屋で眠る事は、どうも腑に落ちない。
「それは……その」
歯切れの悪い答えが、シロエから漏れた。フィナとアメリアは、すいーっと目を合わせなくなっている。
「まさか、リリアナに何かあったんですか?」
病気がうつってしまったのだろうか。でも、それなら二人一緒にした方が看病しやすいように思う。
「そのぉ……知らせが、あったので……お仕事中というか……」
「お仕事? 知らせって?」
何だか急に、嫌な予感がした。
「王都から、知らせがありまして……。その……攻められているから、応援を。と」
「――何ですって?」
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