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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第三章 三、悪夢の続き(二)


    **


 獣に、人を食わせているやつがいる。

 そんな噂が、まことしやかに流れていた。



 森林街道を脇に逸れて奥地に行くと、流れ者が集まる集落がどこかにあるという。

 その森の中で、獣に差し出す様に生きた人間を食わせていた。

 獣は他の人間を襲う事はせず、差し出されるのを待っていたようだと。

 まるで供物を捧げられ、祀られているような雰囲気であったという。





 実証されたわけではないけれど、人を食った獣は、知能が高い傾向にあると言われている。

 それは皆が共有している感覚だった。

 獣じみた本能的な攻撃ではなく、多彩なフェイントを用いるのだとか、群れの数が異様に多くて言語を持つようだとか、明らかにこれまでとは一線を画す差がある。



 そして実際、それを目の当たりにするような状況に直面していた。

 これまで何度も、他国の侵略を防いできた王都で、守護する騎士達は、苦戦していた。

 討って出た騎士達は軒並み敗走し、城壁を頼った防衛戦を強いられている。



 最初は、オオカミの小さな群れが王都近郊に出現したというので、その数に見合った数を出して討伐に向かった。油断さえしなければ、すぐに対処できるだろう。誰もがそう思っていたし、担当していた貴族も、これでまた功績が稼げるなと内心思っていた。



 目視では見えない小さな丘の陰。そこに、オオカミ達の伏兵が居るなど誰も予想せず、騎士達に恐れをなしたように引いていく小さな群れを、彼らは果敢に追い立てた。

 小さな丘を迂回するように逃げる群れが速度を落とし、さあここでケリをつけてやろうと、騎士達が武器を構え直した時だった。追っていた数の三倍は居たと言う。



 命からがら逃げ延びた騎士の一人は、王都でその惨状を報告した。

 その彼も、左腕を失っていた。





 初日はそれで終わった。

 次は、その三倍に勝てる数を出すのだと、担当していた貴族は息を巻いていた。王にも、国を護る剣であるアドレー将軍にも、その報は伝えた上で、次こそはと。



 だが、結果は凄惨なものだった。

 百五十騎という、その貴族の持つ兵力の全てを失った。

 なぜならば、同じ手を食らったのだ。



 小さな丘に向けて差し向けた兵は、そのオオカミの群れに森林街道まで誘われた。

 見事に釣られた結果、街道を追い進んだところで左右の森林から、さらなる伏兵に襲われて瞬く間に全滅した。

 推測でしかないが、その数は兵と同数か、それ以上は居たのではないかと。





 王都全体にこれが知らされる事となったが、対応は後手に回っていた。

 対策を講じる前に、オオカミの大部隊に進攻されたのだ。



 その上、先日罠に嵌められた小さな丘の上には、巨大なトラとクマが陣取っている。

「あれが、何頭いる?」

 指揮を任されたアドレー将軍は、特に巨大な獣のひと群れを眺めて、側近に問うた。



「見えているだけで五十。他にも隠れているかもしれません。正確な数は……」

「そうか」

 獣たちは王都の外周全てに散っているわけではなく、目的を持って正面に陣取っている。距離が取れて、死角の多い正面だけに。



「出るわけにはいかんな。かといって、防戦だけでは負けるか……」

 淡々と述べるアドレー将軍からは、その感情は読めなかった。

「この城壁が、獣に破られますか?」



 城壁は、古来より獣用に造られたものだ。人よりも断然高い身体能力を持つ獣に対抗するために、高さも厚みも随分とある。

「あのトラの大きさを見ろ。あれならこの城壁、跳ね登れるような気がせんか」

 それに、隣にぬっと立つ巨大なクマの力は計り知れない。分厚い城壁さえ、いつか破壊されるのではないだろうか。



「一匹ずつなら、対処も出来たのでしょうが」

「……そうだな」

 見えているだけで五十。そのどれもが、普通の大きさではない。



 以前にガラディオが首を刎ねたクマが、三階建ての家ほどの図体だった。もしかすると、あれらはその時のクマと同等か、それ以上だ。

 陣取った巨大な姿は、遠くからでも不気味な存在感を醸し出している。



「あれらを指揮するヤツが居るはずだ。それを討たねば、仮に今を凌いでもまた来るだろうな」

 アドレー将軍は、この戦いの後まで考えていた。

「勝つ……という事ですよね」



 ただ目の前の事だけを見ていては、その次、もしくはさらにその先に敗れるかもしれない。それを考えるという事は、勝てるつもりで話されているはずだと、側近の騎士は思った。

「市街戦になるかもしれん。市民の避難を開始しろ。だが、城壁は死守してくれよ? これが壊れれば、ヤツらが雪崩れ込んで来るだろう。そうなったら終いだ」



 クマの持つ破壊力と、トラの機動力。とりわけ恐ろしいのはトラの方だ。城壁を容易く跳ね登るだろう。そうなると、市街戦となって戦況は混乱する。

 クマの破壊力は、城壁があるうちは時間が稼げる。ただ、破壊されるまでどれほど持つか分からない。その後は、王都の壊滅が待っている。

 それゆえに、城壁の死守は絶対だった。

「はっ。我々の命に代えましても」


 



 なぜ、こんな事になっているのだろう。側近の騎士は、この緊迫感の中にありながらも頭の片隅で考えていた。

 ヤツらは、多くで群れる事がなかったからだった。



 ここまでの数で統制を持って押し寄せるのは、もはや軍隊だ。以前まで見られたのは、異種の数匹が手を組む程度だった。それ以上はあり得なかった。

 言語の無い獣に、統率も指揮も、出来るわけがなかった。



 今は、そのあり得ない事が起こっている。

 獣の軍隊は、およそ千は下らない。

 九割以上はオオカミ。これは城壁を越えられないだろう。



 だが、残りの一割を、トラとクマが占めているのは大問題だ。

 悠然とこちらを観察しているトラ達は、まだ出る幕ではないのだとばかりに、くつろいでいる。その姿だけを見れば、どでかいネコでしかないのに。



 クマは好戦的で、オオカミに紛れてあちらこちらに散っていて、その巨体を城壁にぶつけたそうにしている。それよりも気になるのは、小さな丘に居るクマの群れだ。ゆらりと立ってはこちらをじっと見つめ、そしてまた四つ足に戻る。それらは、さらに大きい。



 リーダーはどれだ。

 群れの最奥の、どこかに居るはずだ。

 軍隊を模した形で攻め入るほどの、統率する力と知能の、両方を備えた獣が。

 見つけて、最優先で討つ必要がある。

 それだけではなくて、眼前に映る全ての獣が、一定の言語を有している事は間違いない。



「一体……こいつらは何なんだ……」

 側近の騎士はぞっとした。

「勝てる……よな」

 




「ファルミノに応援要請だ。緊急の狼煙を上げろ。やはり、四の五の言ってられん。それと、この手紙を飛ばすのだ。数日だけでも持ちこたえれば、活路が開けるかもしれん」

 クマは弩弓に当たるかもしれないが、トラにはどうも、当たるように思えない。あれが動き出したら、乱戦は必至。そうなるとクマへの対応が遅れて、城壁を破壊されかねない。



 アドレー将軍の予測はこうだった。

 オオカミは数による威嚇。弓の的になるから射程外にしか居ないし、あれらが本格的に仕掛けてくるのは最後だろう。クマも弩弓の的になるから、最初にはおそらく動かない。



 初手は、トラとオオカミによる夜襲。オオカミどもを盾代わりに、トラが城壁を越えようとするだろう。あんな大きさで俊敏なのだから、近接戦闘になれば勝てる部隊はほとんどない。

 仲間の犠牲ありきの覚悟で、弩弓の斉射をするしかない。それだけは避けたいところだが、これは、最悪の事態ならばそうなるという予測だ。



 敵の知能が低ければ、もしくは我が身可愛さで突撃をしてこなければ、何も危惧する必要なく、快勝出来るだろう。

「獣らしく、本能のままに来い。ワシらの真似事をしようなど、薄気味の悪い」



 獣には見せた事のない弩弓。これを知らずに飛び込んでくるのが普通だ。

 もしも、最初から弩弓の攻撃を読んでの行動パターンならば、一番危惧している事が事実だと証明されてしまう。



『人を食った獣には、その人間の知識と知能が多少なりとも、受け継がれる』

 人の動きを見て、真似たのをそう感じただけの事であろう。という持論を、アドレー将軍はずっと崩さずにいる。

 ただそれでも、軍の動きを真似出来るとまでは思っていなかった。

「本当に、薄気味の悪い……」





 アドレー将軍は、狼煙が上がっている事を確認した。

 ガラディオが間に合えば、勝率はかなり上がる。それに……エラの持つ、剣と翼。あれは、どんな軍隊にも負けはしないだろう。



 気掛かりなのは、あれを使う事で、エラに何かしらの負担が掛かるのではという危惧だ。大切な娘を、戦争の道具として消耗させたくはない。

 国と民を取るか、娘を取るか……。まさかそんな事で迷う日が来るなど、アドレーは夢にも思わなかった事だった。




お読み頂きありがとうございます。


読んで「面白い」と思って頂けたらば、ぜひとも他の人に紹介して頂いて、広めてくださると嬉しいです。

「つまらん!」という方も、こんなつまらん小説があると広めてもらえると幸いです。

ぜひぜひ、よろしくお願いします。

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