第三章 二、不穏な状況(七)
警戒した騎士が二人、雑踏の中からさっと現れて、わたしの前で壁を作った。
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「そこの女、止まれ。これ以上あの方に寄るな」
はっきりと通る威嚇の言葉は、その彼女だけでなくわたし達にも注目を集めた。
「邪魔だよ、騎士だからって何なんだ。私はそいつに言いたいことがあるんだ」
やけに低いしゃがれた声は、喉が酒に焼けた人のものに似ている。
「そうさせないために我々が居るんだ。下がらないなら取り押さえるぞ」
二度目の警告は、容赦しないという強いものだった。
「うるっさい! おまえたちは馬鹿なのか! あんな白い死神をありがたそうに!」
突然。というよりは、いつ叫び出すだろうと緊張していた時だった。大きな声でわたしに向けた酷い言葉を、さらに続けようとしている。
「おいっ、取り押さえろ!」
壁になっている一人がそう指示しながら、ほとんど二人同時に取り押さえに掛かった。
その女性は抵抗した。口を閉ざされないように、顔に手が来ないように上手く暴れている。
「そいつはアクマの生まれ変わりだ! なぜまだ生きている! なぜ生まれてきた! お前なんか産むんじゃなかった! この街から消えろ!」
「くそっ、黙らせろ! こいつの口を塞ぐんだ!」
その女は、体はとうに抑えつけられているのに、地面に這いつくばっても叫ぶのを止めない。
「噛まれるなよ! 感染しかねん!」
口を塞ぐための物など、騎士でさえ持ち合わせていないようだった。手を噛まれて、もしも獣化病になってしまったら……。そんな心配をしつつも、『その女の言葉』が耳から離れなかった。
――産むんじゃ、なかった……?
「お前のせいだ! 貧しいのも全部! お前のようなアクマが生きているからだ! 早くここから消えろ! 白い死神のくせに、偉そうに歩きやがって!」
「貴様! アドレー公爵のご令嬢だぞ! 知らんはずないだろうが!」
口を未だに塞げない騎士達は、必死になって言い返している。
「実子じゃないくせに調子にのるな! どんな手をつかった! 私にも分け前をよこせ! 世界のご――」
みぎゃっ! という悲鳴を最後に、叫び声はなくなった。
どうにも手の出ない状況を終わらせるために、その頭を上から踏みつけたのだ。
――フィナが。
「何をいいように言わせているんですか。さっさとこうすれば良いのです」
激怒したフィナは、青い瞳が真っ赤になっているのではという程に、切れ長の目が充血していた。アメリアも、それを見習ったのか横っ腹に蹴りを入れていた。与えていた短刀に手を掛けているのを見て、慌ててアメリアを抱きしめ引き剥がした。
「すみません。私がもっと早くこうしていれば……お聞き苦しい事を、お耳に入れずに済んだものを」
口惜しそうに顔を歪ませながら、なぜかフィナは謝っている。
「い、いいえ、ありがとう。フィナ、アメリアも……。怒ってくれて、ありがとう」
「すみませんエラお嬢様。我々が居ながら、こんな事に」
取り押さえた騎士達も、沈痛な面持ちをしている。
「ううん。まさか暴力じゃなくて、言葉で言われるなんてね。私もどうしていいのか分からなかったもの」
「すみません……」
側で囲んでいた騎士達も、剣の柄に手を掛けて他を警戒しているけれど、その女の対処は出来ないでいた。
「お前。どこに住んでいる。名前と住処を言え」
いつの間にかフィナが、屈んで女に問い詰めていた。少しだけ地面から口が離れるように、その女の髪を掴んで。
「……いう、もんか」
女はそう言って、少し息を吸い込んだように見えた。その瞬間に、フィナは女の顔を地面に打ち付けた。
「もういいです。その首、刎ねてもらいますから」
冷静に怒り狂っているフィナは、騎士に殺しなさいと、静かに告げている。
「や……やめなさい。こんな往来で。アドレーは民を護る剣ですから。たわごとくらいで人を斬っては、家名に傷がつきます」
こんな時に、どう振舞えばアドレーの名を汚さないか。それだけを考えて、出た言葉だった。
「しかし……その剣をなじるなど、不敬極まり無い事です。戒めに斬っても、名は落ちません」
そう言った騎士の一人は、隊長だろうか。後ろから、あまり周囲に聞こえない声量で助言をくれた。
それに対して、わたしは首を横に振って答えた。
「いいんです。もういいから、解放しなさい」
そのやり取りをしている間に、アメリアはその辺りから拾ったのか、女の口に入るくらいの石を詰めていた。その上から猿ぐつわをして、喋れないようにしてしまった。
「……フフ。……賢いのね」
褒めたわたしに、「ほんとは、殺してしまいたかったです」と言った。
混乱したままのわたしは上手く返せずに、アメリアの頭を撫でた。
口を塞がれた女は、取り押さえていた騎士二人に連れられて、雑踏の中に消えていった。この場から、とりあえず遠ざけたのだろう。
「えぇっと……すごい人も居るのね。でも、せっかくだから、もう少し街を見て回ろうっか」
このまま帰るのも何だか負けた気になるし、まだ、来て間もないから余計に嫌だった。
「エラ様……ご無理なさっていませんか?」
フィナは、わたしの目をじっと見た。
「……そうですね。エラ様、もう少し歩きましょうか。我々侍女に一番人気の甘味があります」
何かを察したのか、そう言って付き合ってくれるようだった。
アメリアもしょんぼりしていたけれど、さっきとは別の串焼きを見つけて与えると、それはそれとして美味しそうに食べてくれた。
「わたしも食べたくなったから、もう一本くださいな。ううん、二本」
フィナに支払いをしてもうと、その一本を彼女に渡そうとした。
「え、わ、私はもう……」
遠慮というよりは、本当にいらない様子だったけれど、何かを思ったようで「いえ、頂きます」と、串を手に取ってくれた。
フィナは、先に食べているアメリアを呼ぶと、串焼きの先端を少し前に突き出した。アメリアは何かを悟ったように、食べている途中の串の先を、フィナのそれに近付けた。
わたしも、何となくつられて、こういうことかな? と、同じように串の先端を彼女たちのものに寄せた。まるで、串を剣に見立てた円陣のようだ。もしくは乾杯だろうか。
三人で合わせて、一度先端を低く下げてから、上げ直す。
「我々侍女は、何か理不尽があったとき、こうして結束を固めるのです」
フィナはそう言うと、串肉を一口ほおばった。
わたしもアメリアも、同じように口にした。
「……ふふ、美味しく感じる」
本当は今はもう、味なんてしなかった。さっきの女が吐き捨てた言葉で、心はすでに泣き出している。それでも、アドレーの娘がこんな事で、民の前でめそめそとするわけにはいかない。
そんな胸中で、今の円陣には勇気をもらった。味はしなくても、すんなりと飲み込めただけで美味しいと感られたのだ。
「私、やっぱり来て良かった。いろんな人が居るのだと知れたし。だからまた、こうして三人で来ましょう。こんな風に食べ歩きなんて、お屋敷では出来ないんだもの」
そんな事を言いながら歩いていると、商店街を歩ききったようだった。ファルミノの街の中央大通りに出た。ここは平民も住んでいるけれど、商人区になる。貴族ではないけれど、それなりに財力や権力を持つ中間層が多く住む地区だ。
「こんな風に、色んなところに繋がっているのね……」
平民区の商店街を抜けた事で、気丈に振舞っている事が急に疲れてしまった。もう、お屋敷に帰りたい。
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