第三章 二、不穏な状況(二)
「小さくなってタテガミを掴んでいろ! てめぇら! 将軍に向かって縦列突進! 囲いを突破する!」
辺り一面に響き渡る号令と共に、一気に加速して馬車の方へと駆け出した。
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そうはさせじと、三メートルはある巨大なオオカミが四匹立ちはだかった。一匹を残し、すぐさまバラバラに襲い掛かって来る。
左右と前、ほとんど同時の洗練された動き。訓練された兵士よりも、さらに鋭い。
(こんなに早い同時攻撃、対応出来るわけが――)
これほどの巨大なオオカミに、それも同時に襲い掛かられたら……わたしはもう、どうして良いのか分からなかった。でも、この人はいとも容易く対応した。
――ガラディオは、右腕のハルバードで右と前のオオカミを薙ぎ飛ばし、左手の剣で左のオオカミの首を払った。首をいなされて、それは突進の軌道を変えられてそっぽを向いた。そのまま地面によろりと倒れ込むと、血を流して痙攣している。いなしながら、彼は首を斬り払っていたのだ。
それを見送っていると、彼は残っていた一匹の跳躍に合わせて、振り戻したハルバードで頭を横薙ぎにした。まるでそれは、綿の詰まったぬいぐるみだったのかと思うほど軽く、ぽーんと十数メートル飛んで行く。その間、二秒もあっただろうか。瞬く間にオオカミ達の囲みを破り、疾走する。
後ろの重騎兵達も、並走して飛び掛かってくるオオカミを見事にいなしている。ガラディオのように弾き飛ばせはしないけれど、確実に重傷を負わせていた。
(すご……い)
「エラ! 馬車に間に合わない! さっきの光を出せるか!」
(わたしに――頼ってくれている)
「は! はい! やります!」
「よし! 投げるぞ! 飛べ!」
言い終わる前に、ガラディオは私の翼のどこかを掴むとそのまま上に放り投げた。
「ひああっ!」
一気に数メートル投げられて驚いたが、お義父様とリリアナを助けなければと思って気を取り直した。
翼はすでに安定して浮遊し、いつでも撃てるような青白い光を放っている。
(わたしの想いに、自動システムがしっかり反応してる……)
便利に慣れ過ぎると、色んな機能が劣化しそう。でも、そんな危惧は後回しだ。
「――撃って!」
狙いも自動だ。それに、わたしの戦意に比例するのか反応が強くて速い。オオカミの数に合わせたのか、先程の何倍もの光が弧を描いていた。
無数の流星のようなそれらは、光の帯を儚く残し、そして消えた。
……倒せたのだろうか。
(遠くて確認出来ない)
その気持ちに応えた翼は、一度羽ばたいたかと思うと……わたしは馬車の上まで瞬く間に移動していた。
「エラ! 無事か!」
馬車の屋根で戦っていたお義父様は、その周りに十匹ほどのオオカミを散らかしていた。左右の手には槍先が剣のような大長物と、左手には剣を持っている。
「おとう様! おとう様こそ!」
体に見える血は、返り血だろうか? それとも……。
「心配そうな顔をしてくれるな。返り血に決まっとろう」
「良かった……。リリアナは、馬車の中ですか? 無事ですか?」
「ああ、当然大丈夫だ。顔を見せてやりなさい」
ほっとして辺りを見渡すと、馬車の周囲にも街道にも、数えきれない巨大オオカミが倒れていた。残していた五十騎を超える重騎兵達は、皆、肩で息をしている。
「こんな数……。おとう様が多すぎるくらいの兵を連れているのは、こういう事があるからなんですね」
「いや……確かに多く連れていたのだ。それがこのざまだ。……普通の群れではないな」
そうした会話をしていると、ガラディオ達が追い付いた。
「ご無事ですか!」
「おう! まあ……エラのお陰だな。あと一歩遅ければ、負傷者が出ていた」
二人は頷き合うと、お義父様はガラディオに何かの合図を送った。
「さて、エラよ。それのお披露目は十分済んだな。大した代物だが、欠点もある。特に、お前のな」
お義父様は、最後は少し怒っていた。でも、それは自分でも痛感していた。
「……はい。勝手に突撃して、危うく死ぬところでした」
「はぁ……あれは本当に肝が冷えたぞ。だが説教は帰ってからだ。皆、疲弊してしまったからな」
「はい……」
色んな思いがぐるぐると回る。とりあえずは馬車に乗り込もうと、地面に降りようとした所だった。ガラディオに呼び止められた。
「エラ。お前は俺と馬に乗れ。まだ気を抜くなよ。戦力に入れている」
「えっ。あ。はい」
手を引かれ、浮遊しているのを上手く操られて、また彼の片腕に抱かれるように乗せられた。
「……よろしく……おねがいします」
まだギラついている彼の目を見て、やはり怖くなって俯いた。
「ああ、よろしくな」
そう言うとガラディオは、部隊に号令をかけた。
「現状を放棄して帰投する!」
「あ、そうなんだ……」
号令と同時に、部隊は王都へと方向転換した。馬車が通れるように、オオカミの死骸はすでに除けられている。このまま王都に戻るのだと思うと、わたしは、あの兄弟の亡骸が気になった。
「ああ。死体の数が多すぎるからな。それに、どうにもリーダー格が見当たらない。ここに留まるのは危険だ」
「えっ。倒した中に居ないんですか?」
「居ないな。この群れはたぶん、先発隊みたいなものだろう」
(ここまで連携の取れた群れが、様子見部隊?)
「油断するなよって事だ。って、おい……。眠ってもいいが、声を掛けたらすぐに起きろ。いいな?」
話を聞いて戦慄を覚えたにも関わらず、わたしは急激な眠気に襲われていた。まぶたが閉じかけているのを見て、彼はそう言ってくれたのだろう。
「はい……では、お言葉に甘え――」
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――目を覚ました時、わたしはお風呂に居た。
いくら眠かったとはいえ、裸にされても起きなかったのだろうか。自分が信じられない。
……あれから、無事に戻れたのだろうけども。
シロエとフィナに抱えられながら、お湯に浸けれられている所で目が覚めたようだった。その状況はもはや、混乱するよりも自分の図太さに驚いた。
もしくは、あの兵器を使うと脳が極端に疲弊するのかもしれない。
「そうだ……リリアナ。リリアナは?」
「すぐ隣でお湯に浸かっておられますよ」と、聞くや否やシロエがすぐさま答えてくれた。何を言うか、すでに分かっていたのだろう。
「リリアナ、ごめんなさい。心配をかけて――」
「ええ、それは後でね。あなたも傷が無くて良かった……。今はまだ、ゆっくり休むといいわ」
「……はぃ」
どういう意味で彼女がそう言ったのか、理解するまでもなく体が言う事を聞かなかった。
――まだ眠気が強く、とてもではないけれど、それに抗う事なんて出来なかった。
体の事はもう、フィナとシロエの二人に、任せてしまうしかなかった。
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