第三章 一、恋愛事情(七)
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昨日の間に、何とか五通までに絞った。
それらには『少しずつ、お互いを知っていけたらと思います。良い関係を築きましょう』という返事を書いて、他には『社交界でお会いできるのを楽しみにしています』と送った。
どちらもあまり変わらないように思うけれど、明確に違うらしい。
お昼過ぎになって、やっと全て書き終える事ができて、心底ほっとした。三百通近い手紙に返事を書くなんて、誰が言ったのだろうと後悔したほどに。自分の執務室だと喜んでいたのに、今は少し嫌いな部屋になった。
「ふあぁぁぁ……」
気の抜けた声を出しながら伸びをすると、フィナから「そんなお声を出してはいけません!」と、顔を赤くしながらのお叱りを受けた。
「むぅ」
そこまで妙な声にはなっていないはずだけど、もはや疲れで自分の声など聞こえていなかったので、そんなだったのかなと反論はしなかった。
「ところでフィナ。おとう様とリリアナは、今から外出する事が出来るかしら」
「今からですか?」
そう。予定としては告げていたけれど、わたしの仕事待ちだったので「行けそうなら」という曖昧な伝え方しかしていなかった。
「お聞きして参りますね」
「ありがとう」
その間に少し休もうと思って、豪華な椅子にぐったりともたれて目を閉じた。
翼が兵器である事を、どこで見せようか。
力を求めてはいたけど、手に入ったものは大き過ぎた。
(なら、一体どのくらいの力なら満足できたんだろう――)
この身と、愛する皆と、それから、民? 国? どこまで守れるだろう。力だけでは難しいだろうけど……武力による脅威は、わたしが居る間は制圧できる。恐らくは。
(この翼が対艦ミサイルを防げるなら、今の文明レベルなら敵なしだよね)
でも、壊れたりしないかな。
(……いや、数千年の間、壊れずに存在しているなら……)
こんな自問自答をしながら、翼と剣。二つの強大過ぎる力の、持て余し方を考えていた。
「すぐにでも出られるようですよ」
意外な伝達に、少し面食らってしまった。どこかで、今日はもういいかな、などと思っていたから。
「分かりました。すぐに用意しましょう。動きやすい髪型と服にしてください」
偉そうに用意しようと言いながら、全てフィナにしてもらうクセがついてしまった。自分でするよりも、断然楽で速いのと、甘えるのが心地良くて。
(なんか、令嬢っていう名のダメ人間になってしまってる……)
一階のフロアに降りると、すでに乗馬服のリリアナと武装したお義父様。そして同じくガラディオが居た。シロエはメイド服のままだ。
「ガラディオだ! お久しぶりですね」
考えてみれば、リリアナとシロエが来ているのだから、彼も居るはずだったのだ。
「よう! 嬢ちゃんは大活躍だったな。少し背が伸びたか?」
快活で気さく。お義父様を超える長身と、鋼のワイヤーを密集させたような筋肉の塊り。その彼は、全身鎧を着ていても重さを感じさせない身軽さだ。
(彼の筋肉で、鎧がはじけ飛ぶんじゃ……)
「ガラディオは、相変わらず強さが滲み出てますね……鎧が窮屈そうだけど」
なぜか少し、皮肉を言いたくなってしまった。絶対に敵わない彼に対抗心を持ってしまっているのだろうか。
「ハハッ。なかなか合う鎧が無くてな。これでもフルオーダーなんだぞ」
力こぶを作るポーズを取った彼の腕では、はめている腕の鎧が浮き上がっていた。伸縮のある素材で、無理矢理装着しているのだろう。
「っふふふ」
「ぷっ! ガラディオ! そんな事になってるの、私にも見せた事ないくせに」
リリアナには滅茶苦茶ウケていた。
「嬢ちゃんくらいの子には、いくらか見せた事あるんですよ?」
それを言わなければ、わたしも楽しいままだったのに。
(まるで子供扱いが直ってないじゃない)
「さあ、エラよ。この後は何を見せてくれるのかな」
お義父様が、早く出ないと日が暮れるぞと、暗に言ってくれた。
「そうでした。そこの……転がしたままの翼の力をお見せします」
どこか、人が居なくて遠くからでも人目につかない所を求めると、森林街道が良いだろうという事になった。
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ガラディオ率いる重騎兵六十。その中を特性の箱馬車で揺られて森林街道まで来た。翼はこの屋根に乗せておいた。付属のティアラを着けて居れば、翼を意のままに操れる事が分かったので、一番丈夫なこの馬車の屋根に乗せて運ぶ事にした。もちろん、幕を掛けて隠してある。
「そろそろ、この辺でお披露目しましょうか」
小窓を覗きながら、そう提案した時だった。
「獣の群れです! 馬車が一台襲われています!」
偵察に先行していた騎兵の報告だった。
「数は!」
隊の速度を緩めながら、箱馬車の側を走るガラディオが聞いた。
「オオカミ5頭、クマ一頭! クマは特級です!」
「厄介だな……」
前に座るお義父様が呟いた。
「そんなに大変なんですか?」
獣に遭遇した事のないわたしは、恥を忍んで素直に聞いた。
「ああ。特級というのは本当に大きくてな。普通の騎兵では討伐できん事もある」
これだけの重騎兵に囲まれていても、クマ一頭に全滅させられる恐ろしい世界だったのかと、この星の現実に改めて血の気が引いた。
「まあ、やつがおるから大丈夫だろうがな」
外のガラディオの事を言っているのだろう。
「全隊、停まれ! 俺と、先頭の五騎で行く!」
という事は、前の重騎兵は強い人達なのだ。
「エラ、お披露目は少し待っておれよ?」
ここは、素直に聞いておこうか。それとも……。
「……おとう様。翼は、それでも大丈夫だと思います。それだけの代物なので、出ても良いですか? 特に防御面では、どんなものであっても私に傷ひとつ付けられないでしょうから」
「エラ。無理をして怪我をしたらどうするの」
お義父様の隣のリリアナは、そう言って止めた。
「ぜーったい、大丈夫ですから」
お義父様も、うーんと唸っている。
「危ないと思ったら、必ず下がりますから」
お義父様はやれやれと首を振った。
「本当に聞かんやつだ。必ず、無傷でと約束しろ。もし傷の一つでもついたら、次からは出させてやらんからな」
「はいっ!」
心配で睨むように見るリリアナを横目に、お義父様に天井のガラス窓を開けてもらい、抱き上げて出させてもらった。
「では、行ってまいります。見ていてください。すごいですから!」
言い終わる前には幕を剥がして翼を装着し、中空へと飛び上がった。クリスタルのような翼は、私の意識が通った事でキラキラと青白く輝いている。わたしは意のままに飛べる高揚感をそのままに、遠くに見える動物と馬車の所に向けて、「撃て」と強く念じた。
すると、翼は大きくはためいて、ふわりと広げた羽の先端から弧を描いて光線が伸びた。十数本はあるそれらは、一瞬で獣の頭や首、体を射抜いた。オオカミらしき獣達は、その場で倒れて動かなくなった。
(やっぱり、すごい兵器だ)
だが、クマと呼ばれた焦げ茶色のそれは、あまりに大きかった。遠くだから理解出来ていなかったけれど、三階建ての家くらいはある……ような気がする。何本もの光で射抜いたように見えたが、貫通していないのだろう。わたしに振り向き、とんでもない殺気を放ちながらこちらへ走り出そうとしている。
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