第三章 一、恋愛事情(五)
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「エラ、見てよこれ。すごく綺麗……」
お義父様に抱えられて応接室を出てきたわたしに、リリアナは開口一番に言った。
(あ、この状態はもう何とも思わないんだ)
「ほう。なかなか見事な造形だな」
お義父様も、一階フロアに置かれたそれを見て感心している。
――透明な、大きな翼の美術品。
「これが全部、白煌硬金……」
「エラ。お前はこれを、武具に加工してしまう気か」
呆れられてしまったけれど、元々はそのつもりで貢がせたのだ。でも、さすがにこれほど美しいものとなると、それは気が引ける。
「ち、ちがいますよ! 見る前はそう考えていましたけど……ここまでの造形にするのに、どれだけの苦労があったのかと思って感動していたんです。ほんとですよ?」
女性用の胸当て――服で言うならばチューブトップの肌着のようなものがあり、その背中に、大きな翼が広がりかけている。人の体を模さずに、その胸当てだけで表現しているのだろうか。
その翼は、まるで本物のような躍動感だ。どこで支えているのかとよく見ると、さすまた状の金属で、翼の付け根を挟み込むように設置してある。
人の頭がありそうな場所には、透明なティアラもある。工夫されていて、目を凝らさなければどちらの支えも気にならない。
遠目から見たなら、そこにはティアラを付けた女性が、今にもその翼で飛び上がろうとしているイメージが浮かんでくるだろう。
細部も作り込んである。透明の風切り羽は、良く見ると幾何学模様が彫り込まれている。その他の部分も、羽を一枚一枚手作りして、それを翼に組み直してあるかのようだ。それらは光が屈折して薄い青の色味があるけれども、向こうが僅かに透けている。
一体、どんな加工技術があれば、白煌硬金をここまでの美術品に出来るのだろう。
(……これに意識を通したら、剣のように光るのかな?)
「おとう様、もう少し寄ってください。触れてみたいです」
「うん? 壊すんじゃないぞ?」
「も~、子供じゃないんですから……」
かなり近くまで寄ってもらえたので、軽く手を伸ばすだけで翼に触れる事ができた。意識が通れば、間違いなく白煌硬金だ――。
――すると瞬く間に、翼を、その美術品を青白い光が眩く包んだ。
「わっ」
思いがけない程の光に、驚いて手を引いた。同時にお義父様は後ろに飛び、わたしを庇うように後ろ向きに翻った。その上、片腕をリリアナの前に出して庇っている。
「大丈夫か! エラ! リリー!」
「だ、大丈夫です。光っただけのようです。お爺様、ありがとうございます」
「おとう様……リリアナも、ごめんなさい。私が意識を通したから……」
まさか、ここまでまばゆく光るとは思わなかった。剣では淡い光を帯びる程度だから、これもそんなものだろうと思い込んでいた。
「なんだ。エラの仕業か。一声掛けんか……まったく脅かしおって」
「すみません……」
「エラは……フフッ! やっぱり子供ね。何をしでかすか分からないもの」
「うぅ。ごめんなさい」
返す言葉も無い。
「それよりこれは、間違いなさそうだな」
翼の美術品に向き直り、お義父様は物珍しそうにそれを見ている。
「置物にしておくのは、勿体ない気もしますね」
この量があれば、わたしの全身鎧も作れそうだなと思った。再加工しなくても、数枚の羽を取って、体や腕に着けることが出来れば……。
「ふふふ。エラはそればっかりね。これはこういう美術品でいいじゃない。白煌硬金は他にも出てくるわよ。きっとね」
さもしいやつだと、自分でも思ったけれど。
「もう一度だけ、触ってもいいですか? 次は意識を通す前に言いますので……」
「ふむ。しょうがない子だ」
そう言われながらも、再び触れてみたいと思ったのは、こうなるとどこかで分かっていたのだろうか。
『固有脳波確認、登録完了。個体レベル、測定限界突破。ピッ。……今よりあなた様は、軍所属になりました。特例待遇により、高度で快適な生活を約束します。軍本部に通信中……しばらくお待ちください。……本部応答無し。軍本部に接続可能まで、これより自由使用モードに変わります。音声登録開始……』
「女の声で、なんぞ喋っておるぞ」
「……綺麗な声ですけど、何でしょうね」
『……この度はエリス社製品をご利用頂きありがとうございます。商品名、マジックエンジェル・プリティアーク・ハイエンドモデル。これより商品説明に入ります』
「これ、何かの商品みたいですね」
「何を喋っているのか、わかるのか?」
……科学者が植え付けた記憶だろう。聞いた事のない言葉だけど、意味はわかる。
「なんとなくですけど、分かります」
『基本性能は浮遊、飛行、対艦ミサイル対応バリアです。軍用パスで機能を拡張出来ます』
なんだか、名前の割に物々しいような……。
『……将校級・愚者の剣を確認。軍用拡張モードに移行。光線兵装五十門、羽型自動盾剣五十本。高高度飛行及び高速飛行解除、生体保護機能で高度一万メートル、時速千キロまでを保護します。宇宙服着用に限り成層圏突破飛行が可能となります。自動制御システムを軍用モデルに変更。全機能再起動……』
「それで、これは何と言っておるんだ?」
「……え~っと……、どうやらこれは、兵器だそうです」
「なんだと?」
「えっ?」
お義父様とリリアナは、意味が分からないという顔をしている。
(愚者の剣というのは、きっとわたしの剣の事だよね……。大丈夫、わたしも意味が分かりませんから)
「おとう様、リリアナ、これは禁忌事項に該当します」
間違いなく過去の産物で、機能が生きている。この音声案内だけが作動出来ている、というオチも考えられるけれど、嫌な予感がする。何かしらの検索をかけたらしい時に、この剣に反応して機能を拡張したのだ。他に、軍用がどうのという物は無いはずだから。
つまりはきっと、この音声が案内した機能は全て使用可能なのだろう。後で試せば分かるけれど、分かりたくない。
「……ふむ。こんな置物が……?」
「エラが触って、光っただけじゃないの?」
(ですよね~……。みたいに流してしまいたい。現実離れした出来事って、こんなに受け入れ難いんだなぁ……)
「エラ? 呆けてないで答えてよ。どういう事なの? 禁忌事項だなんて、穏やかじゃないわ」
最後はヒソヒソと、この三人にしか聞こえないように小声で問われた。
「リリアナ……おとう様……。きっと、外でお見せするのが早いと思いますが……街中で見せるわけにはいかない程の代物です。明日、どこか遠くでお披露目したいと思いますが」
「が? 他に何か、言える事があるのか」
「……この場で、これを身に付ける事は出来そうです」
十中八九、あの胸当てがパカっと開くなりで装着出来て、ティアラは……脳波と言っていたから、それを送信するなり何なりの装置だろう。
「これを……か? 相当な重さだぞ」
「あ、あぶないわよ。エラ」
見てもらうのが早いので、お義父様の抱っこから降ろしてもらった。
「では、装着しますね。……たぶんですけど、適当に触れれば勝手に……」
こういうネーミングの物は、大抵は変身セットだ。あの科学者が居た最盛期の技術なら、きっと触れただけで自動で装着されるだろう。玩具なら、夢のような遊び道具だけど……。
胸当ての部分が滑るように落ちてきて、私の体にフィットした。胸周りをしっかりと包まれると、安心感がある。するとすぐさま翼が、背中に吸い込まれるようにその付け根を寄せてきた。まるで、翼だけの鳥が背中に飛びついたような光景だっただろう。遅れてティアラが、頭上からゆっくりと降りてきて、これも頭に吸い付く様に付着した。嫌な感じはないけれど、どういう仕組みで引っ付いているのかが分からない。
(付いたのはいいけど、離れるんだよね?)
一抹の不安を覚えながらも、この星の最盛期の技術を信じるしかないと思った。
「な、に。これ……」
「……言葉にならんな」
わたしも言葉にならないから、きっと誰が見てもそう思うだろう。
「エラってば、かわいい! 綺麗!」
「だなぁ……」
二人は状況の理解を放棄したのか、ただわたしを見て可愛いと言う。
「何をそんな事……」
「はいっ! エラ様、立ち鏡です。ご覧くださいな」
どこから現れたのか嬉々として、シロエが鏡を用意してきた。
そこに映っているのは、まさしく天使と言っても過言ではない、絶世の美少女だった。
透明でありながら、青白く光る翼とティアラは、まるで後光のようにわたしを柔らかく照らしている。わたしの体そのものが、そのように光っているようでもあった。ふわふわの銀髪も、青白い光を反射して見事な艶を出しているし、赤く輝く瞳は、より引き立てられて宝玉のようだ。
――ひと……なのだろうか。
天使と呼んでくれればまだ良いけれど、恐怖の対象になるかもしれないものを、装着しているのだ。三人の感動の表情が、いつまでも続くのかは……分からない。
しかし、その不安とは裏腹に、装着したこれの感覚は素晴らしいものだった。
(翼が、まるで元から生えていたみたい)
意のままに広がるし、思いのほか小さく折りたためる。
飛ぶ事も難なく出来そうだ。最初から飛べたような感覚が芽生えている。そう思った時には、翼が少しだけ開いて足は床から離れていた。
「浮いとるぞ……」
辛うじて声を出したのはお義父様だけで、リリアナとシロエは、なぜか涙を流しながら口元を押さえている。声にならない声が聞こえてきそうなほどに、二人の目は見開かれていた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと今日は、これでやめにしましょう。外しますねっ!」
自分でも、この後どうしていいのか分からなくなってしまった。どんなに美しいものであっても、これはとんでもない兵器なのだから余計に。
「ど、どうやって外すのかなっ」
焦って胸当てやティアラに触れみても、外れろと念じてみても、反応は無かった。
その代わり――
『――マジカルエンジェル! プリティアーーク! 私の前でおいたをするなんて、お仕置きねっ!』
わたしの声で大きく叫び、浮いたまま勝手にくるりと二回転したかと思いきや、三人に向かって翼をバサッっと広げた。クリスタルのようなそれは、青白い光と共にキラキラと輝いている。
「まじかる……なんとかとはなんだ?」
「……えんじぇる?」
「ぷりてぃあーく! って何ですかっ?」
お義父様と、リリアナと、シロエが……いや、シロエだけは翼と同じように目をキラキラさせているけれど、二人は素になって引いている。
「ちょっ! 今のは私じゃありません! これが、私の声を使って喋ったんです!」
――とんでもない商品だ。どの世界でも、こういうのが流行っているなんて知らない!
それにこんな、こんなふざけた兵器があってたまるものか。これを作ったのは、まず間違いなく、あの科学者だ。いつか、いつかひっぱたいてやる。
(この星に来て一番恥ずかしかった! 絶対に、絶対に許さないんだから!)
時間をかけてなんとか誤解を解くと、ようやく外れた翼をフロアに転がして、わたしは部屋に戻ってふて寝をした。
(なかなか信じてくれないし、何か察したような顔をされるし、さいあくだよ……)
お読み頂き、ありがとうございます。
エラは災難でしたね。まさかの変身セットに振り回されるとは……。




