第三章 一、恋愛事情(四)
「お目通り頂き、感謝いたします。大公様、エラ様。先日は大変な無礼を働き、申し訳ございません。スタンレドル伯爵家、エルゴ・スタンレドル。ここに謝罪の証として白煌硬金の置き物と、賠償金を持参しました。お納めください」
わたしは思わず、「えっ!」と声を上げた。
「……エラ様。髭を剃り、髪を整えました。これでどうという事にはなりませんが、今後は誠心誠意、民と国のために尽くします。そしてアドレー大公。これまでの無礼、重ねてお詫び申し上げる。どのようにして頂いても……と言いたい所だが、あなたの騎士団に入れてはもらえないだろうか。それをもって、償いに充てたい」
目の前に居るのは、成人の儀で絡んできたエルゴだそうだ。汚らしい無精ひげは全て無くなり、髪も刈り上げてさっぱりとしている。確かに、軍……騎士団に志願するならこんな感じだろう。悪い事をしてきたんだろうな、という顔つきではあるが、幾分マシだ。
「はぁ……また妙な事を。貴様がワシの元に下るだと? 笑わせてくれる。娘に何をしたのか忘れたのか? この程度で償いだなどと。お前の首で釣り合うかどうかだ。分かったなら帰れ」
お義父様は話をする気もないらしい。というか、驚きもしていないということは、先程から彼に向けていた顔は「何のつもりだ」という表情だったのかもしれない。
「承知しているつもりだ。だが、あなたの元で一人の騎士として、民のために命を捧げたい。最前線に立つつもりだ。新米騎士の命も、少しくらいは救えるだろう。どうか……お願い申し上げる」
「娘が許したからと言って、ワシも許したと思っているのではあるまいな? どうせ、エラに近付きたいだけだろうが。ワシは忙しいのだ。帰れ。今なら首は落とさずにいてやる」
「お、おとう様……」
「なんだ。またこういう輩を庇い立てするのか」
「すみません……」
「良い。聞いてやろう」
「ありがとうございます、おとう様。私、絡まれて思ったのですが……エルゴ、あなたはしようと思えば、私の顔や唇に、口をつけようと思えば出来ましたよね。しなかった……というよりは、そこまでするつもりが無かったのだと思うのですが。ならばなぜ、あんな事を?」
思いがけない人物の登場に、すっかり目が覚めた。朝早くから起こされたせいか陰鬱だった気分も一緒に、晴れてすっきりとした。たぶん、あの時の状況を鮮明に思い出して、臨戦態勢のスイッチが入ったのだ。思えば彼はあの時、性的な嫌がらせをするフリだけで動作は遅く、一向に顔や胸には触れようとしなかった。言葉は不愉快なものだったけれど。
「なるほど……エラ様はやはり、洞察力も優れていらっしゃる。確かに私は、あなたを辱めるつもりはありませんでした。ただ、殴るわけにもいかず……あのような言動を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「つまり、あまり乗り気ではなかったと?」
「恥ずかしながら、当家は父の代から貴族派を、そして反アドレーを掲げるようになりました。私もそれに倣ってはいたものの……嫌気が差していたのです。先日も周りからやれと言われてやる程度の、その程度の男ではありましたので、何も反論出来ないのですが」
言い逃れにも聞こえる。ただ、彼は正直に話しているように見えた。
「では過去に、女性に乱暴を働いていたという話は?」
「それは……間違いではないのですが、無理に襲った事はございません。多少乱暴な絡み方をしてはいたので、恐ろしくて従っていた娘も居たかもしれませんが……。ただ、はっきりと拒否された時に、無理を通した事はございません」
「そう……でもそれは、やはり酷い事をしましたね。その人達に償いは?」
「……しておりません」
「ならば、何が償いになるかは分かりませんが、全員に心から償ってきてください。でなければ、父に代わって私がその首、切り落としましょう。街で晒し首にでもすれば、その娘達の気が少しは晴れるかもしれません」
「そっ……それは……!」
「弱者を踏みにじれば、あなたが弱者になった時に、同じようにされるのです。少しはその娘達の気持ちが分かりましたか?」
「……はい」
「はい、ではありませんよ。女が身を汚される苦痛がどれほどのものか、あなたに分かるはずがありません」
「はっ。……申し訳ございません」
「次に会う時には、償いが済んでいると良いですね。ただ、あなたのせいで自害した娘が居たら……あなたはどのように償うのでしょうね」
「…………考えておきます」
「去りなさい。貢物は感謝します。けれど、それとこれとは別の話です。私にだけ良い顔をしてもダメなの。これまでの行いを悔いなさい」
「……はっ」
男は……エルゴは短く返事をすると、沈痛な面持ちで帰っていった。本性を現して、食って掛かるだろうかとも思ったけれど、あれは本気で反省しているらしい。反省が出来るのなら、なぜこれまで、そんな生き方を選んだのだろう。
「エラ……」
「はい」
「お前の方が、怒ると恐ろしいやもしれんな」
「おとう様……それはありえません。おとう様から漏れ出る殺気は、午後からの客人を皆、震え上がらせているんですよ? 可哀想じゃないですか。そんなおとう様よりも恐ろしいだなんて、可愛い娘に言い過ぎです」
「お……おぅ。すまんかった……」
なぜか少し、しゅんとしたお義父様は、その後はあまり怒りを見せずに淡々と面会を済ませていった。
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「ふぅ……ようやく終わりましたね、おとう様」
「そうだな。お前の人気がここまでとは、想像の上をいっておるわ」
預かった手紙の数は、ざっと二百通。あの会場に居た貴族の半数以上が、従者に持ってこさせたのではという数だ。
「これ……どうするんですか?」
中身を読むだけで、明日一日が潰れそうだ。
「そこの暖炉にくべて、燃してしまえ」
「中身を読まずにですか?」
「かまわん。どうせどの誘いも断るのだ。返事が無ければ断られたと考えるのが道理だろう」
「お断りの手紙くらい、頑張って書きますよ。一言でも良いのですよね?」
「良い。……が、そこまでせんでよかろう」
「いいえ。おとう様、当家はお婿に来てもらわないといけないんですよ? 少しくらい愛想を見せておかなければ、誰も来てくれなくなります。人気があるうちに、一人くらい良い人を見つけておきませんと」
お義父様がこの調子だから、逆にわたしが何とかしないと。そう思えて、なぜか婿探しを真剣に考えている自分が可笑しかった。
「お前……結婚が嫌ではないのか」
「それは……もう、よく分かりません。でも、この家を、おとう様の家名を……失いたくないのです」
そう。これが答えのひとつだ。わたし個人としては、まだ嫌かもしれない。けれど……もう、このアドレー家は、思い出でいっぱいになった。お義父様と、侍女達、騎士達、皆との想いが詰まっている。『アドレー大公爵家』という存在は、すでにわたしの一部なのだ。
「エラ……お前というやつは……」
「や、やだ、なぜ泣くのですか。私だって、おとう様も皆さんも、大好きなのですから。ぁぃ……愛して……いるのです。当然の事を言ったまでです」
結婚をこれまで散々嫌がってきたのに、どの口が言うのだと笑われそうだ。でも、本心から言える自分が、少し嬉しかった。それだけ本当に皆を愛せているのだと……そう信じられる。
感激して抱きしめてきたお義父様に、しばらくの間素直に締め付けられている間。あの男……エルゴの貢物が気になっていた。どれほどの量、もとい、置物と言っていたので、どのような代物なのかが。ここに無いという事は、玄関かフロアに置いてある。それだけ大きいという事だ。
(気になる……すごく気になる。早く見にいきたいけど……お義父様から抱きしめてくれるのは、実はレアだから。もう少し、このままで居よう……)
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それでも筆者、書きたいことのために盛り上がらないシーンも多く書きますが、拙い文章でお目汚しになって申し訳ない気持ちはありますので、色々と工夫をしてみたり頑張ります。懲りずにお付き合いくださると幸いです。




