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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 六、成人の儀(五)


「痛いわ。乱暴な人は嫌いなの。今すぐ離しなさい」


 わたしは睨むでもなく、冷たく言った。取り乱したり怒りを(あら)わにすると、この男は余計に喜ぶと思ったからだ。



「おぉ、頑張るじゃないですか。それで? 俺が言う事を聞くとでも、お思いでしたか?」

 言う事がいちいち腹立たしい。

「これ以上の無礼は許しません。早く離しなさい」



 実力行使――斬ってしまっても良いのだろうか。曲がりなりにもどこかの家門だから、後々に因縁をつけられても面倒だし。ここまでの事は想定していなかったから、どうすればいいのか分からない。剣を抜かなければ、腕力ではどうしようもないけど……。



「はやくはなしなさい。ってぇ、可愛い声で言われてもなぁ? そうだ。お嬢様がこのまま何も出来ないなら、そのくちびるでも頂戴してみましょうか。傷物……とまではいかなくても、公爵家の恥になりましょう」

「ふざけないで!」

 こんなやつに、汚されてたまるものか。



「さあ! どうやって切り抜けるのか、見ものだなぁ!」

 そう言うと男は、ゆっくりと無精ひげの酒臭い顔を近付けて来た。

「エラ様! 衛兵を呼んで参りました!」

「ミリア」



 彼女は数人の衛兵を連れて来てくれた。だが、わたしと男を取り巻く様に、数人がちょっとした壁のように立ち塞がった。衛兵がその邪魔者をどけようと、一人に手を伸ばした所で男が声高に語る。

「おいおい! いいのかぁ? お前らに助けてもらわないとな~んにも出来ない。それが今のアドレーの嫡子。そう皆に見せる事になるぜ」



 男は目を細めて、ニヤニヤと笑う。だが、確かにそう見られてしまう。一人では何も出来ない小娘が、次のアドレーなのだと。誰もがそう思うだろう。

(わたしでも……そう考える。アドレーはもう怖くない、と)



「ミリア……下がらせてください」

 彼女は「卑怯者!」と一言、お返しをしてくれた。表情は見えないが、悔しんでいるのが分かる。

「ハハッ。そちらのお嬢様は中々に有能だな。まさか、この短時間でロイヤルを呼んでくるとは思わなかったぜ。だが、アドレー家の嫡子は、自分の力で切り抜けないとだ。なぁ? お嬢様」



 ヘラヘラとしているが、いやらしい方に頭も口も回る男だ。力で何とかしようとするわたしと、相性が悪い。

「さて、続きと行こうじゃないか。どうせなら俺の女にしてやろうか? 公衆の面前でキスされたような女を、(めと)ろうという物好きは居ないだろうからな」



 どうすればいい。左腕を吊り上げられて、つま先立ちでぎりぎり耐えているこの体勢では、剣を抜くしか対抗策がない。待っていても誰にも助けようがない。現に、数百居る貴族達の誰もが見守るだけだ。お義父様でさえ、自分の窮地をどうにか出来ない娘では、先が(つい)えるから動けないだろう。

「……やめなさい。本当に」



「おぉ、その可愛い声をもっと聴かせてくれ。(さえず)っているところを塞いでやろうじゃないか。こんな上玉はなかなか居ないからな。ちょっと興奮してきたぜ」

(嫌だ。嫌だいやだ嫌だ! こんなやつに、くちびるを奪われるなんて嫌だ! 触れたら殺してやる! 絶対に!)



「おい、もっとぴぃぴい鳴いてくれよ。俺の思い出にしてやるからよ」

 そう言って男は、余っているその左手で私の顔に、頬に振れようと手を伸ばしてきた。ゆっくり、嫌がる様を楽しむように、ゆっくりと。



「…………おとう様! おとう様!」

(やっぱり嫌だ気持ち悪い! 家の名折れだとしても、この身を汚されるのは嫌だ!)

 そう思って、泣き付く気持ちでお義父様を呼んだ。何でもいいから、助けて欲しいと。



「ぇえい何をしておる! さっさと斬り捨ててしまえ! 後の事はどうとでもしてやる!」

 メザニンから、お義父様の怒声が飛んだ。心の底から怒り狂っている時の声だ。

「え、い、いいんですね?」



「はぁ~~? いいわけねぇだろうが。それに、こんなか細い小娘に何ができ――」

 ――わたしは剣を抜きざま、峰打ちで男の左腕を弾き、その反動で切っ先を首筋に当てた。

「良いらしいので、従わないなら斬り落としますよ?」



 心の底から、ほっとした。

 剣を使っていいなら、初めから教えておいて欲しかった。もしかすると、特別に帯剣が許されているというのは、元よりそういう事なのかもしれないけれど。



「うっ……洒落じゃ済まねえぞ」

 峰打ちとはいえ、三キロを超える金属で打たれたら相当な痛みだ。男は左腕をだらんと落としている。痺れと痛みで力を入れられないのだろう。

「いいんです。あなたもそれなりの覚悟で大公爵家に手向かったのでしょう? 命ひとつで何を得ようと?」

 失敗した時は、命が無い事くらいは覚悟していると思ったけど、そうではないのかもしれない。



「じょ、冗談だよ、余興、余興だよ皆の。だから、この剣をひっこめてくれ」

 男はヘラヘラしつつも、痛みで顔が歪んでいる。

「あなたが手を離せば良いのです」

 未だにわたしの左腕を離そうとしないのは、まだ抵抗するつもりだ。



「ああ、そうだったな。すまね――」

 男が手を緩めた瞬間――まだ離れきっていない男の手と腕を利用して、くるりと(ひるがえ)した。同時に、剣の峰を男の首に引っかけて渦のように巻きこみ――天地返しに投げ転がした。

「――えうっ!」

 男は、間抜けな声を出して床に転がった。ようやく、臭い顔が遠ざかった。



「フフ。床とキスでもなさったら? 冷たくて気持ちがいいかも」

「て、めぇ……」

 カエルがひっくり返ったような体勢で、男は苛立ちの声を上げた。


「あら。まだ状況が分からないのですか? もはや死に体ですよ? その首、体とお別れしてもいいのかしら」

 転がしてすぐに、切っ先を男の首元に当てている。それを見ても男は、こちらを睨んで敵意を向け続けてくるのが腹立たしい。どうやって仕返しをしてやろうか。



「本気か? まだ何もしてないだろうが。ふざけんじゃねぇぞ」

 この期に及んで、往生際の悪い男だ。

「じゃあ、遠慮なく……」

 ほんの少しだけ、切っ先を首に差し込んだ。ほんの一ミリ程度。



「待て! まてまてまて! 待ってくれ!」

「あなたの命令なんて、聞く訳がありませんよね?」

 窮地に立つと言葉の悪い人は、本当にかっこ悪い。そんな事を思いながら、もう一ミリ差し込んだ。

「す、すまない! 待ってください。お願いします」



「声が小さくって。聞き取れなかったわ?」

「申し訳ございませんでした! お許しください!」

 ひっくり返ったカエル姿の男は、ようやく無様に許しを請うた。



「フフフ。小娘だから武力がないとでも? 大公爵であるおとう様が、そんな甘い教育をなさると?」

 そして、もう一息続けた。

「いらっしゃらないとは思いますが! もし! 私を! 大公爵家を! (おとしい)れようなどとお考えの方がいらっしゃるならば! 娘もまた! 父と同じような生き物であると! そう、お覚悟をなさいませ!」



 場は、『おおおお』という感嘆の声で溢れた。公爵家に(ゆかり)の深い家からだろうか、短い拍手も湧き起こった。

「さて……あなたは、私に忠誠を誓うなら許してあげなくもないですが。いかがされますか? 全ての関係を断ち切って、誓えますか?」

 貴族派である事は間違いないだろう。どの程度の位置に居るのかは分からないけれど。



「ま、まて、そういう訳には……すぐには、答えられん」

「あら、そうですか。残念ですね、そのお首。フフフ」

 一センチくらいは大丈夫だろう。そう考えながらも加減をして二ミリだけ、さらに切っ先を差し込んだ。



「おいおいおい! 待ってくれ! 本当に! 考える時間をくれ!」

「くれ?」

「ください! 何とでも言う! お待ちください! すぐには……」

「どうせ、今の無様な姿を見て、あなたとつるんでいた人達は心が離れてしまったのでは? ご自分の姿をよく御覧なさいな」



 仰向けに転がされて、無様に顎を上げて切っ先から必死で逃げたがっている姿を、本人はどう思うのだろうか。

「くっ……」

「もう飽きてきました。おなかも減っていますし、お首を落としてお食事をしても構いませんか? ほら、抜いた剣の行き場というのが、必要でしょう?」



 近くにいた彼の仲間が、残酷な言葉を平然と並べるわたしを、血の気の引いた顔でわなわなと震えながら見ている。目が合った者達には、全員に微笑みを返しておいた。

「ひぃ……」

「養子ではなく、厳冬将軍の実子だったのか? それに……あの嗜虐(しぎゃく)性は、女だからか……? 余計に恐ろしい」

 好きに言ってくれる。これのどこが残虐なのか。



「嗜虐性なんて、失礼ね。ひと思いに殺してあげるというだけなのに。なぶってなどいませんでしょう? あなた達もお仲間ですか? わたしを囲んで、衛兵の邪魔をして」

 仲間と思しきは五人だった。彼らは目を逸らして逃げようとしている。



「全員同罪にしましょうか。今逃げようとした者。前に出なさい。顔は覚えました」

 なんだか、大捕り物のようで気分が高揚する。

「前に出て、ひざまずけ。従わないなら後ろから刺します」

 彼らはビクリとして、おずおずと前に出てきた。



「えらいわね。さあ、罪を認めて跪きなさい」

 彼らはお互いを見ながら、ゆっくりと頷き合うと、五人全員が跪いた。

「よくできました。褒めてあげます。潔さは、この場では命を繋ぐものと知りなさい」

 五人に意識を配っていても、下で転がる男の事も忘れてはいない。逃げようと体を(よじ)る度に、切っ先を一ミリずつ差し込んで止めている。



「さあ。下のあなたの答えを聞きましょうか」

 切っ先に力を込め、加減はもう終わりだと剣で伝えた。早く答えろと、さらに一ミリ差し込んで促す。



「……分かった。お前に忠誠を誓う」

「お前ですって? 礼儀を知らない人は配下に必要ないわ。さようなら」

「待ってくれ! おまちください! すみません。改めます!」

「はぁ……私、おなかが空いているって申し上げましたよね?」

「すみません。誓います。忠誠を誓って……あなた様にお仕え申し上げる!」

 最後は、半ばやけくそのように、男は叫んで答えた。



「フフ。よろしい。許しましょう」

 女を(はずかし)めようと、(けが)そうと悪だくみすれば、それが手痛く返ってくるのだ。そう示せるのが、こんなに気持ちがいいとは。

「さて、そこの五人。彼はこう言っていますが、どうされますか? 同罪であると私は言いましたが……お覚悟のほどは?」

 五人は迷っているようだが、会場の全員に今の醜態を晒して、これまで通り悪態をつけるとも思えない。



「早く答えなさい。時間の無駄だと判断した瞬間から、全員の首を落とします」

 この剣があれば、ひと薙ぎで五人の首を同時に落とせるだろう。

「このように」



 見せしめが必要だと思って、近くのテーブルに立ててあるワインボトルに刃を添わせて、横にスッと薙いだ。少しの時間を置いて、ボトルが真ん中から滑って、ゴトリと机に落ちる。同時に、中のワインが溢れて零れた。見事な切れ味と、それだけでは成し得ない、ボトルが不動のまま斬れるという剣の技量は、分かる者には分かるらしい。会場がまたどよめいている。



「あんなこむ……年端のいかないご令嬢が、あれほどの剣技をお持ちなのか」

「どんな英才教育をうければ、この状況で、平然とこんなマネが出来るんだ?」

「普通の娘ではないということか……末恐ろしい」

「いつか厳冬将軍を超えるんじゃないか……」

 などなどの声が聞こえてくる。少し恐怖寄りなのが気になるが、貴族たちの反応は良い様子だ。

「では、答えを」

 どよめきを遮って、わたしは短く聞いた。



 五人は跪いた状態から、さらに頭を深く、下げられるだけ下げた。そして、全員が忠誠を誓うと言った。

「よろしい。顔を上げて良いですよ? お名前、お伺いしましょうか。後で使者を送ります。要求は呑んでくださいね?」

 そして五人は、家名を告げ、家紋などを見せてそれを証明し、肩を落として帰っていった。



「さ、あなたも起きていいのよ?」

 起き上がる事を忘れていたのか、事の成り行きをぽかんと見ていた床に転がる男にも、声を掛けた。

「あ……はい」

 ようやく、口汚さが直ったのか、男は「はい」と返事をした。

 のそのそと起き上がり、そして跪いてこちらを見上げた。



「フフ。ちゃんと礼儀は知っているのね。良かった、斬らずに済んだわね」

 彼は最後まで脅しておかないといけない気がして、今日はいじわるを続けようと思った。

 ゆっくりと剣を収めながら、何を要求しようかと考えていると、彼は言った。



「私は……エルゴと申します。エルゴ・スタンレドル。以後、お見知りおきを……。今日は、これにて失礼してもよろしいでしょうか」


 スタンレドル家というと、貴族派の中の貴族派、さらに反アドレー派という、対抗勢力の中心だ。エルゴはその当主だったはず。ただ、大した成果もないのに偉そうなだけで、下から突き上げを食らっていて、落ち目なのだとか。ミリアの言っていた事も合わせれば、いかに反アドレーを掲げようとも、貴族として突き上げられて当然だろう。

(今日は、それを払拭したかったのかな? かなり無茶だと思うけど……)



「はぁ……なるほど。ま、いいでしょう。あたなにも使いを出しますから、対応を間違えないようにね?」

 エルゴはビクリとして、そして頷いた。

「心しております。何なりとお申し付けください」

「ええ。それじゃあ下がっていいわ」

 と、答えた所でふと思い立った。

「あ、そうだ」



「はっ」

 彼は立ち上がりかけた所を、さっと跪き直した。

「私、白煌硬金(ハクコウコウキン)がとても好きなの。あれば頂戴? お礼はするわ」

 彼は少し考えた後、あるかもしれないと言った。



「当家に、飾り物として置いてあるものが……非常に重く、もしかするとそうかもしれません。近く献上に参ります」

「あら。嬉しいわ。楽しみにしているわね」

 畏まりました。そう言って、彼は去っていった。



(ふぅ…………とりあえず終わった)

 会場は貴族派がやはり多いのか、静まり返っている。が、どちらにも肩入れしていない貴族達は、徐々に拍手でわたしを称え始めた。



『エラ様! 素敵でした!』という女性の声。次に『エラ様は戦乙女だ!』などなどの叫び声が聞こえた後は、大歓声で言葉は認識できなくなった。

 また静まってもらおうと、数回手を振って応えて、アドレー家の礼をした。

(なんとなく、こうすれば良いんだって分かってきた)

 するとすぐさま歓声と拍手は収まっていき、やがて、雑談をするざわざわという、人混みの音に変わった。



「エラ様ぁ!」

 ミリアは、悲痛な声と同時に、体当たりくらいの勢いで抱き付いてきた。

「うっ。み、ミリア。あなたが一番衝撃的よ?」

「ご、ご無事で。よかった。エラ様……」

 なんだかアメリアを思い出して、ミリアの背中を優しく撫でた。セットされた髪は今、触ってはいけない。



「ねぇ、私ほんとうにおなかが減ってるの。別室に運んでもらいましょ。ここでは落ち着いて食べられないもの」


 泣きながらコクコクと頷くミリアを連れて、近くの従者にハンカチと部屋を用意するように伝えた。

(やっと落ち着けるのかな。他の子達と交流どころじゃなかったけど、ちょっと休みたい)



お読み頂き、ありがとうございます。


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