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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 六、成人の儀(四)


 メザニンの少し手前。それを見上げるのに程良い場所には、すでに十人近くが整列している。


 残り二十メートルくらいの所まで来て、ようやくそれが同年代の子達だと分かった。それまで、リリアナやお義父様を探したくて下を見て居なかったからだった。



(皆こちらを見てる……ミリアも居る。笑顔だ……少しほっとするなぁ)

 手を振りたいのを我慢して、気品を損なわないように悠々と歩き続ける。早く話をしたいと思いながら。目線も、前だけを見るのだと思い続けると、どよめきが余計に気になって左右や後ろを振り向きたくなる。それを意識しないように、もはや頭の中では夜ご飯のデザートにプリンが出ますようにと、どうでも良い事を全力で祈っている。ミリアとプリン。それが一歩ごとに、交互に頭を巡る。



 中二階のメザニンの辺りには、窓が少ない。影になっていて、奥の方に人が居たとしても見えないようになっていた。という事は、わたしが皆の元に到着して、全員が揃ってから国王が出て来るのだろう。遠くから探しても分からないわけだった。



 後もう少し。十メートルを切ったくらいの所で、誰ともなく拍手が始まった。それは、はるか後ろの入り口の方からだった。

 ――パチ。パチ、パチ。



 まばらで少数だった拍手は、そう間もないうちに、後ろから押し寄せるように盛大な響きをうねらせながら迫ってきた。

(こわい怖いこわい)

 何が起きている? 国王が現れたわけではない。



(怒声やヤジが飛んでくる事は想定していたけど、こんな事は一切、全くもって想像だにしなかったよ?)

 猛烈に振り向きたくなる、渇望にも似た不安に負けそうになりながらも、なんとかミリアの――皆の元へと辿り着いた。



 もはや自分との戦いで、前さえきちんと見えていなかったけれども、ミリアも拍手をしていた。周りの子達も。

 焦げ茶色の髪をアップにして、シックな赤色のゴシック調ドレスのミリアは、少し顔が痩せただろうか。それも相まって、お茶会の時よりも大人びて見える。青い瞳も潤んでいて、可愛いというよりも美しい容姿になっていた。



「エラ様、すごい人気ですよ? これ、全部エラ様のための拍手です」

 その拍手の音にかき消されそうな声を必死で聞き取ると、ミリアはそのように言っていた。

「うそ……?」



 その言葉と、これまでの不安のせいで――衝動が(せき)を切って――咄嗟に振り向いてしまった。

『わぁっ』という歓声と共に、さらに拍手が大きくなる。

 眼前に広がる数百の人だかりが、こちらに――わたしに向けて拍手を送ってくれている。



 それが目に入った瞬間――会場の人達全員と目が合ったような不思議な感覚を、おそらく全員と共有した――そんな瞬間だった。これ以上ないくらいの拍手だったはずが、さらに大きな響きを生んだ。会場全体がビリビリと唸っている。



 貴族派がほとんどを占める成人の儀では、飲み物をかけられたり、絡まれたりするとルシアとルミーナが言っていた。それを想定して、色々な心の準備をしてきたというのに。

(何がどう……なってるの?)



「ほら、フフ。これは、応えないと鳴りやみませんよ?」

 そのミリアの声は、なんとか聞き取れた。

 にわかには信じられない気持ちの反面――だけど――これは、さすがに歓迎されているのだと分かる。



(……もっと、何か応えないと……終わらないよね)

 パニックになっている頭をフル回転させた。上品で優雅な動きは、何だろうかと。

 そこで咄嗟に思い付いたのは、アメリアの頭を撫でる。だった。



 ――右手前にアメリアの後頭部があると想定して、それをゆっくりと撫でるつもりで――手をひらり、ひらりと、左右に振った。ゆっくりと。

(そう、手を振って応える。ということ)

 ――アメリアが気持ち良いからやめないでと、ねだる速度で。

 その間も、拍手は終わる様子が無い。

(もう思いつかないけど……どうしよう)



 ただ、パニックの中では拍手を受けるのに疲れて、もはや(うるさ)いだけに感じてしまっている。手を振るのを止めれば、拍手も止めてくれるだろうかと、そっと降ろしてお臍の辺りで手を組み直した。

(もう止めて、って事だからね? お願い……)



 すると気持ちが伝わったのか、波が引いていくように、順に遠ざかりながら拍手は止んだ。

(はぁぁ~……。何これ? 想定外過ぎてもう疲れちゃった……)

「ッフフ。エラ様じゃないみたいでした。最初、女神様が歩いて来られたのかと思いましたよ?」

 ミリアが左の肩越しに、小さく耳打ちしてくれた。



 わたしは軽くだけ顔を向けて、「そんなわけないじゃないですか」と答えた。彼女ともっと話をしたいという気持ちを抑えて、なるべく冷静に。

「国王様の祝辞を頂戴する! 新成人、ならびにご来賓は礼を!」

(――お義父様の声だ)



 獣の咆哮のような低い声が、会場中に響き渡った。こんな時のお義父様は、本当に格好いい。

 わたしは皆と同じ方向に向き直り、メザニンに立つ国王とお義父様を確認してから、貴族令嬢の礼をした。手のひらを見せるように裾を上げ、膝と腰を曲げて頭を下げる礼を。

「直れ!」

 もう一度、お義父様の号令が響く。それに合わせて全員が礼を解いた。



 中二階の高さは、この建物の規模のせいか、割と高い。声は手が届きそうな所にあるのに、まだその上に、お義父様が居る。

 その少し後ろに、国王が正装らしき黒地のスーツ姿で立っていた。煌びやかで威厳のある、赤と金の見事な刺繍が施されていて、さすがにかっこいい。背も高く、体格が良いので美形の顔がより引き立っているのだ。



(久しぶりに見たけど、やっぱり見惚(みと)れそうになる……)

 今日は王冠を頭に冠っているのだなと見ていると、低過ぎず、力強く響く声でわたしに語り掛けた。


「これだけの拍手を受けた者を、無視する訳にもいかんな。エラ・ファルミノ、見事な美貌の持ち主であるだけでなく、その品と振舞い、そしてアドレー家としての威厳をも感じさせる、良い登場であった。素晴らしい品格の持ち主の登場には、拍手で応えるという貴族の美風があるが、これ程のものはおそらく無かった。今後も楽しみなヤツだ。さらなる邁進を見せよ」



 まさかの国王直々の賛辞と声に、あやうく聞き惚れてしまう所だった。

「勿体なきお言葉」と応えるのが精一杯だったが、不自然ではなかっただろう。


 ただ、庇護欲を誘うこの可愛い声は、こうした場では威厳が示せない。それを残念に思っていると、近くの貴族の列から、いくつかの声が聞こえた。

 それは、『愛らし過ぎる。声まで可愛い。声だけでも一目惚れしそう』と言った内容だった。予想では『そんなか弱い声でアドレーの名を継ぐだと?』くらいは言われると思っていたのに。誰一人として、ヤジを飛ばす貴族派が居ない。



(一体、どうなっているんだろう)

 もしかすると、今日は良い人達しか呼んでいなくて、ここまで警戒しなくても良かったのかもしれない。貴族派にもお義父様の脅しや根回しが済んでいて、ほとんどが王族派に鞍替えしたのかもしれない。

 そんな事を思ってしまうくらいには、困惑している。



 ……などとつまらない事を考えていると、いつの間にか国王の祝辞が終わろうとしていた。

「――という力は、民草を護る為のものだ。それらを正しく用いて領民を導き、さらなる礎となれるよう励め。成人したからと、家門の後ろ盾で驕る事のないようにな。以上だ」

 最初の方は何と言っていたのか、聞き逃してしまった。



「さて。諸君らの健康と門出を祝うための食事を用意している。テーブルでは交流が限定されるだろうから、今日は立食形式を試みた。王宮御用達が作った自信作ばかりだ。安心して楽しむと良い。それから……」

(お食事できるんだ! 毒の心配も無用らしいから、食べちゃおうかな?)



 ミリアを見ると、彼女も嬉しそうに微笑んでいて、目が合うとお互いに「うん」と頷きあった。おなか減ったよね、と。

「他の皆は、新成人の邪魔をしてやるなよ? この繋がりは特別なものになる事もある。交流を持ちたい者は、改めて正式な手続きを踏むようにな。食事はエントランスにも用意しているから、皆は適当に部屋を分かれてくれ。それでは、成人の儀を終える」



 とても長かったように感じたけれど、思い返してみるとあっという間だった。それなのにこの疲労度は、かなり緊張してしまったのだろう。でも、貴族達の目がまだあるので、帰路につくまで気は抜けない。

「エラ様の人気はすごいですね。というか、これ程となると……すごい事になりそうですけど、大丈夫ですか?」

「すごい事って?」



 ミリアと話をしているうちに、見るからに美味しそうな、色とりどりの料理が盛られたテーブルが、どんどんと運ばれていた。ちょうど目の前にも来たので、目移りしてしまいそうだ。後ろの見物の貴族達はエントランスに流れるかと思いきや、おそらくまだ、ほとんど移動せずに残っている。この会場のお料理は争奪戦になるかもしれない。



「たぶんですけど、面会の予約や貢物、お手紙の(たぐい)が山のように来ると思いますよ?」

 ミリアは他人事だからか楽しそうに、しかし三割くらいは心配そうに、教えてくれた。

「そういえば、成人の儀を無事に済ませる事までしか、考えていませんでした」

「あぁ~……。それならどうなったか、お手紙でぜひ教えてくださいね?」

 意味ありげに声を漏らしたミリアは、アドバイスするのを諦めて、別の方向に切り替えたようだった。



「ちょっと、人の苦労を楽しもうと思ってるでしょ」

 彼女はいたずらな笑みを浮かべて、クスクスと笑っている。

(貴族令嬢おそるべし……)



「新成人の皆様! 準備が整いましたので、ぜひ召し上がってください! お皿は随時お取替え致しますので、お気に召したものからお好きにお取りください!」

 白服の従者、料理担当の人だろう。おそらくビュッフェ形式で、その説明をしてくれている。目の前の長テーブルは四つあって、横並びに間隔を開けて置かれてある。サラダやスープ、数種類のお肉に、サンドイッチなどの軽食やデザートなどなど、様々に盛られている。ワインらしきボトルもあるので、グラスを頼めば注いでくれるだろう。



 ただ、盛り付けは切り分けられていないものも多く、まだまだ『試み』の段階なのだ。小さめのお皿を手渡され、他の子息子女達は困惑している。

「ミリア、これは早い者勝ちなのよ?」

 そう言って、お肉料理が多く盛られたテーブルに近寄ると、そこの担当の白服従者が「お好きなものをどうぞ」とお皿を渡してくれた。



「このお料理を取り分けてくださいな」

 分厚いお肉に、フランボワーズらしき赤紫のソースが掛けられたものを指すと、彼は手早く切り分けてお皿に乗せてくれた。しかし、お皿を持つ手に、レースの手袋にソースが付かないかと緊張した。



「小さく取り分けてから渡して頂く方が、皆様も受け取りやすいと思いますよ」

 アドバイスを、周りにも聞こえるように伝えると、他の子息子女達もこぞって好みのお料理が盛られたテーブルに進んだ。後ろの方では、貴族達の方にも運ばれていて銘々に頼んでいるが、あの人数では絶対的に足りないのが分かる。ただ、ここに残っている人達は、食事よりもわたし達に注目しているように感じる。談笑しながら、こちらを見物しているのだ。



 ミリアも私の側に来て、「同じものを」と頼んでいるのだが、やはり視線が気になる様子だ。

(立食はともかく、見られているのは嫌だな……)

 彼らに背を向けて食べてみたけれど、味を楽しむ気にならない。美味しかったのに残念だ。従者に水を貰って、それ以上口にする気になれなかった。



 そんな不満をミリアと話していると、一人の男が左手の方からフラフラとやってきた。貴族達の輪の中から出てきたし身なりも良いけれど、嫌な目をしている。ミリアも警戒して、お皿を置いて私の背に身を寄せた。





「ほ~お? 古代種とは本当に銀髪で赤目なのだな。俺達と同じものを食うのか? もっと特別なものをお食べにならなくてよろしいので?」


 男の服装は、軍服のジャケットの意匠に寄せたスーツで、大きな襟に銀糸で植物らしき刺繍がしてある。パリっとした正装をしていても、中身がこれでは服がもったいない。低くドスの利いた声は、脅しをかけたくてわざとそうしているのだろう。まだ数メートル距離があるのに、酒臭い。ブラウンの髪と目が綺麗だし顔立ちも悪くないけれど、その口調と嫌な目つきが、全てを台無しにしている。



「何か御用かしら」

 わたしは水の残っているグラスをテーブルに置いて、少し身構えた。

「いやあ、見事な登場だったもので、一目近くで拝見しようと思いましてね」

 そう言うと彼は礼をした。形ばかりの悪意がある礼ほど、無礼なものはないのだなと嫌な気持ちになる。



「そう? ならばもうご覧になったでしょう。お下がりくださいな」

 こんな気取った口調ではなく、もっと敵意を(あら)わにして追い返したい。

「そうおっしゃらずに! ほおお、本当に器量がいいな。年の割に胸もあるし、悪くないな」

 谷間をじっとりと、舐めるように見る視線が気持ち悪い。今だけはこのドレスである事が悔やまれる。



「用がないなら下がりなさい。衛兵を呼びますよ」

 そう言うと、男は薄汚くニヤリと笑った。よく見れば、無精ひげが汚い。引きあがった口の端と共に、その無精ひげが釣られて上がる様が、嫌悪感をさらに逆撫でする。



「へえ? 武に名高い大公爵の嫡子様は、衛兵を呼ばないと何もできないので? 腰の剣は飾りでしたか」

 わたしは心で舌打ちした。絡まれる想定はあれこれとしていたものの、一番面倒なタイプが来てしまった。運が無い。



「エラ様、危険です。その男は腕が立つので有名です。女性を乱暴に扱うので騎士から除名されましたが、その腕力で事あるごとに問題を起こす方なのです」

 ミリアが後ろから教えてくれた。どうやら悪い事で有名らしい。ただ、恐怖を感じる程の殺気は感じない。その気がないだけなのか、力を隠しているのか。それよりも、不快感が強くて近寄りたくない。



「ミリア、離れていてください。何かあっては大変です」

「そ、そんな……エラ様も同じではないですか」

 ミリアは心配して、わたしの裾を引いて一緒に下がろうと示してくれている。


「あいつの狙いは私です。ミリアが下がってくれたら、私もそれなりに動けますから」

 少し言い方がきついかもしれない。けれど、今飛び掛かられると、避けるわけにもいかないから不利なのだ。

「……衛兵を呼んできます」

 察してくれたミリアは、小声でそう言って、離れてくれた。



「お話は済みましたか? お嬢様?」

 男はそう言うと、ニヤニヤと鬱陶しい笑みを浮かべて、さらに近寄ってきた。

 殴りかかるでもなく、剣も持っていない相手に、先に抜くわけにもいかず対応を迷っていると、男はわたしの左手を無造作に掴んで引っ張り上げた。軽いわたしは否応なしに、半分吊り上げられた形になって至近距離で向き合う羽目になってしまった。



(殺意の無いこういうのって、想定していなかった)

 酒臭いし、体も臭い。最悪だ。



お読み頂きありがとうございます。次話も楽しみにして頂けると嬉しいです。

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