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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 六、成人の儀(二)



 今朝は、驚くほどすっきりと目が覚めた。


 胸がドキドキして気持ちは高揚しているけど、頭の中は落ち着いている。少しの緊張と、そのお陰で高まった集中力が静かに体を纏っているようだ。良い一日になる。これは確信だ。成人の儀を迎えるにあたって、気力が十二分に満ちている。



「エラ様、お目覚めですか?」

「お目覚めですか?」

 ノックと同時に扉を開く事を許しているフィナとアメリアが、気兼ねせず寝室に迎えに来た。

「うん。おはよう、フィナ、アメリア。今日はよろしくね」



 いつもなら卑しく眠ろうとするわたしが、気合十分に起きている事にフィナは一瞬驚いた。が、すぐに笑顔になった。

「おはようございます。では早速、準備いたしましょう」 





 ――そこからが長かったけれど、自分が見事に着飾られていくのを見るのは楽しかった。


 少し大人びた、薄いレースの下着にコルセット。黒のシルクキャミソールを着た上に、闇夜のように黒いドレスを纏う。それには夜明け空のように、黒から深い蒼、淡い青からひとすじの白へと短いグラデーションが入っている。左胸から左の足元へと、緩やかな川のように斜めに描かれた夜明け空は、前から後ろにかけて白へと変化している。わたしが歩くその後ろに、夜明けが訪れるという意匠だそうだ。



 そればかりか、闇夜の中にも星が煌めいていて、小さなダイヤが星空を創り出している。

「見事なドレスだね。こんなに綺麗でかっこいいドレス、見た事ない」


 形としてはシンプルなワンピースタイプだけど、シフォンフレアのロングスカートがしっかりとドレスの気品を作っている。デコルテが大きく開いていて、谷間の三分の一は見えているのが気になるけども。ノースリーブに黒レースの長手袋という組み合わせは、二の腕の真っ白な肌を引き立てるのか、ただの腕のはずが妙に色っぽい。



「エラ様の魅力を最大限に引き立てるようにと、作り手は腕に()りをかけたそうですよ」

 フィナはそう答えながら、わたしに宝飾を着け始めた。アメリアはその横で、装飾を乗せた黒いジュエリートレイを持って、お手伝いをしている。



 首にはもちろん、お義父様から最初に頂いた、国宝のようなネックレスが掛けられた。大きなブラックダイヤと、それを囲む芸術的なプラチナ細工が美しい。それぞれが反射して、黒い星が煌めいているように見える至高の一品だ。プラチナのチェーンにも煩くない程度にダイヤが嵌め込まれている。首から胸にかけてが、それだけで威厳と気品で飾り立てられた。



「ドレスとも調和していますし、やはり素晴らしいネックレスですね」

 フィナは満足そうに頷いてから、イヤリングを手に取った。

「編み込みアップの髪型には、これと決めていました」


 少し長めのそれは、プラチナの細いチェーンとブラックダイヤの、シンプルなイヤリングだった。ブラックダイヤの下にも、プラチナの細いスティックが連なっていてかっこいいデザインだ。この間の宝飾店で、一目見て「これだ」と思った品だ。



「エラ様も、公爵様と同じでセンスが良いですよね」

 わたしを飾るのが楽しいのか、フィナはいつもよりご機嫌だ。

「ありがと。宝飾だけは、自分でもそう思う。フフフ」

 飾られるのも悪くない。というか、今日は気合が入っているからか、普段よりも格段に可愛くなっていく自分を見て、実は心の底から楽しくなっている。



 最後は髪飾りの代わりに、プラチナのチェーンで繋がっているヘアスティックを後ろに差した。動くとチェーンがゆらゆらと揺れて、可愛らしさが出るのだ。

「はぁ……女の私が見てもため息が出るのですから、今日は覚悟してくださいね? 明日以降は、もっとすごい事になると思いますけど」



 フィナは何やら確信を持っているようで、とにかくすごい事になるのだと言う。アメリアは、わたしを見てうっとりしているようで、口が少し開いている。

「アハハ、ややこしい事にならなければいいけどね」



 メイクはあまり好きではないけれど、最低限だけでもと言われてしてもらった。より大きく見える目と、少し赤らんで見えるほのかなチーク、小さなくちびるを引き立てる赤い口紅。それだけでも、見違えて綺麗になった。

「すごいんだね……メイクって」

 横顔は美人だし、正面は可憐。それが、一段と映える。



「エラ様は、美の祝福を受けているのでしょうね。本当に素晴らしいです」

「フィナってば、褒め過ぎ……」

 でも本当は、褒めてもらって嬉しい。


「エラ様、きれいだし嬉しそうで、私も嬉しいです」

 アメリアが可愛い事を言ってくれて、心もほかほかになった。

「ありがとうアメリア。嬉しい事を言ってくれるのね」

 ニコっと微笑むアメリアが、やはり一番可愛いのではと思って頬ずりをしたくなった。



「……帰ってきたら、頬ずりさせてね?」

 メイクやイヤリングが邪魔になるので、帰宅後の楽しみにとっておく事にした。

「す、少しだけなら……いいですよ」

「うん、約束」



 最後に、腰にドレス用の帯剣ベルトを着けて完成だ。ドレスに合わせた黒で、繊細な装飾のある二連の細いベルトがウエストを飾る。

「本当に、着けて行かれるのですか?」

 フィナは不要派だった。



「アドレー家だけが許された正装なんだもの」

 ベルトに剣を通したドレス姿も、特に違和感はない。むしろ、威圧感が出て丁度良いくらいだと思った。可憐なだけでは、アドレー家として相応しくないと感じていたのだ。


 足元をブーツにするかを迷ったけれど、どちらもヒールのあるものだから、かかとにレースリボンが付いた黒のパンプスストラップにした。

「うん。これで完璧」


 



 会場は、王城の隣の王宮で行われる。国王一家の普段の寝食や所用雑務と、歓待などの華やかな催しは王宮。叙任式などの国政に関する催しは王城。といった具合に色々と使い分けられている。


 王城の隣とはいうものの、距離としてはそれなりに離れている。護衛騎士四十を引き連れた馬車が悠々と通れるような道を、王城から十分は走っている。いつものように隣にはお義父様、前にはフィナが座っている。今日はフィナも一緒なので心強い。とはいえ、控室までのようだが。



 小窓を覗くと、ちょうど庭園に差し掛かった所だった。

 王宮までの直線の道と、その左右に描かれた低木の草花と小道の幾何学模様は、開放的でありながら秩序と統制があった。そして、絶妙に配置された馬や女性の彫像、噴水といった人工物は、『この奥に進むに足る品格を持つか』を問うような、荘厳さを見事に演出している。奥に見える王宮は、無骨な王城と違って、見るからに豪華で横に広い造りだ。



「素敵なお庭……」

 見えた光景に、ぽつりと言葉が漏れた。

「ほう。エラにもこの庭の良さが分かるか」

 そう言われると、分かっているかは自分でも分からないのだが。



「どうなんでしょう。でも、好きなお庭です」

 そう答えると、お義父様は満足そうに頷いた。

「これを良いと言う者は、王宮に相応しい品格や感性を持ち合わせておるという事だからな」

 誰が見ても好む庭園だと思うけれど、稀に合わない人も居るのだろうか。



「おとう様はそうやって、人をその気にさせるのがお上手ですね。今、私はお庭よりも、おとう様の横に……並び立つに相応しいかが気になります」


 普段はシャツ一枚か、軍服を着崩しているだけなのに、今日はさすがに礼装だった。黒のジャケットには勲章がぎっしりと並んでいて、大勲章も付いている。普通の人が着ていると、きっと滑稽に見えただろう。でも、お義父様が着ると威厳が増すのだ。誰が見ても平伏しそうな圧力が滲み出る。



「ハッハッハ。何を言うか。エラの美しい姿に釣り合うように、こちらが努力しているのだぞ?」

 きっと、緊張気味のわたしを励ましてくれているのだろう。王宮の雰囲気に呑まれかけていたのかもしれない。前に座っているフィナも、緊張しているのが分かる。王宮に上がる事など、侍女の身では何度もないのだと言っていた。



「もう。おとう様は時々、娘を口説こうとするのはいかがなものかと思います」

 でも、お義父様との会話を聞いてフィナは、少し肩の力が抜けたようだった。クスクスと笑っている。

「フィナよ、お前も笑ってないでエラに取り入っておけよ? 今日で遠い人になってしまうやもしれんぞ?」

 お義父様は今日が楽しみなのか、終始ご機嫌な様子だ。



「エラ様が……。でも、人気が出るのは間違いないですから、私も気を引き締めておかないとですね」

「二人とも、買い被り過ぎです」

「あら? 買い被りも何もエラ様は、会場の皆を虜にしてみせると仰っていたじゃないですか」

「フィナ……そんな事言ったかもしれないけど、さすがにちょっと緊張してるんだもの。控えめにくらいなるわよ」



「ふっふ。エラは、やる時はやる娘だからな。有言実行だ。心してかかるのだな」

「もぉ~。とにかく、無事に終わってくれたらそれでいいです。あとは、ミリアに会えるのが楽しみですね」

 そんな会話をしているうちに、王宮前に到着した。



 左右に広い巨大な建物は、どの部分にも意匠が凝らしてあって、端から端まで見て歩きたくなるものだった。

 それを間近で見ると、迫力のある大きさと、荘厳な建築様式に目を奪われて足を止めてしまう。 

「おとう様……こんなに大きくて、重厚さと建築美が見事に融合した玄関を見ると、心が躍りますね!」



 全体としては、円柱の柱達と、それを繋ぐアーチが横いっぱいに広がって一定のリズムが感じられる。いくつかの尖塔がアクセントになり、全体的に長方形の面持ちだけにならない所が見ていて飽きさせない。


 真ん中の玄関部分は、柱とアーチが幾重にも重なった構造美を存分に見せてくれて、そこをくぐる事を、とても特別な気持ちにさせてくれる。



「なんだ。エラは建築に興味があったのか。ワシの屋敷は襲撃が多いせいで装飾に凝っていないからな。つまらんかっただろう。ここで存分に見ておくと良い」

「そ、そういうわけではないのですが……何も知らなくても、これは素晴らしいって感じました。すみません、こんなところで足を止めてしまって」



「もうよいのか?」と聞かれたが、ずっと見ていられる気もするし、早く中も見てみたい。もし叶うなら、今日の帰りか、もしくは別の日に見物に来たい。

「時間も気になりますし、行きましょう。またゆっくり、見てみたいですね」

 今日は宮殿を見に来たのではなくて、成人の儀に来たのだから。



 そう思いながら、お義父様について進むと……そこに広がる空間が、またわたしの心に刺さった。

「お、おとう様、少しだけ待ってください」

「うん?」


 お義父様は見慣れるほど来たのかもしれないけれど、これを初めて見たなら、誰もが心を動かされてしまうだろう。

 中に広がるのは、見た瞬間に厳粛な気持ちになる聖堂のような空間だった。真っすぐに、少し狭く均等に並んだ円柱の柱が続き、そこに一つずつ、明かりが灯されている。


 柱を複雑に繋いだアーチが重なっていて、高くて丸い天井を作っているその奥には、何かの花をモチーフにしたステンドグラスの窓があった。炎のようにも見える意匠は、柔らかい曲線で形作られている。

 ステンドグラスの下には細くなった通路がさらに続いているけれども、奥は暗くてよく見えない。ただ、心はそこに吸い寄せられるようで、自然とそちらに向かおうとしてしまった。



「エラ、そっちは聖堂だ。待てと言いながら勝手に進みおって。会場は左だ」

「あ。は、はい」

 すみませんと頭を下げた時に、その見事な床も目に入った。磨き上げられた四角と三角の石畳が、幾何学的な模様にぴっちりと敷き詰められている。くすんだ白や赤茶、薄い灰色を織り交ぜてあって、これらも飽きない。



「わ。エラ様、急に止まらないでください……」

 フィナはここに来た事があるのだろう。あまり気にせずに居るようで、わたしに追突するところだったらしい。

「ご、ごめん……でも、色々と目移りしちゃって」



「ハッハッハ。これでは会場のホールまでたどり着かんぞ。今日は我慢しなさい。また連れて来てやる」

 小さな子をあやす様に言われてしまった。

「す、すみません。ほんとうに……」

 しかしこれは、初めて見たら絶対に心が奪われてしまう。地球の、ヨーロッパの宮殿や聖堂もこんな感じなのだろうか。

(もっと興味を持って、見に行っておけばよかった)



「ほれ、腕を組んでおれ。それなら見ながら歩けるだろう」

 お義父様はそう言って、左腕を出してくれた。わたしはそっと右腕を絡ませて、お義父様の手の平に指を添わせた。

(確かに、これなら手で誘導してもらえるからキョロキョロ出来る!)



「ありがとうございます。嬉しいです……」

 そう言いながらも気はそぞろだ。聖堂が気になったままに左のアーチを抜けると、そこは大きく開けたエントランスになっていた。



 壁一面に窓があって明るく、真っ赤な厚みのある絨毯が向こうまで伸びていて、ふわりと沈んで足を優しく受け止めてくれる。天井も高くて、聖堂に続く通路とは打って変わって解放的だ。

 床材は黒と白の大理石、壁から天井までは植物の意匠だろうか、金で装飾されてきらびやかだ。天井の中央からは大きなシャンデリアが吊るされている。



「うわぁ……」

 私の感嘆の声を聞いたフィナが、クスクスと笑っている。

「も~、笑わないでよ。こんなの初めて見たら感動しちゃうじゃない」

「フフ。すみません。エラ様が可愛くって」

 よく見たら、お義父様も肩が揺れている。絡めた腕は揺らさずに、器用に笑うものだ。



「いいですよ。おのぼりさんである事に間違いはないですから」

「クックク。すまんすまん。だが別に、バカにしている訳ではないぞ。馬車では緊張しておったくせに、あれもこれもと見ておる姿がおかしかったのだ」

「そうですね。おかげさまで、私の緊張も取れました。感謝いたしますエラ様」



「二人とも、そう言っておけば私が納得すると思っているんでしょう」

 頬をふくらませて文句を言っている間に手を引かれながら、エントランスを抜けると似た様式の通路に出た。左の壁には同じように窓が並んでいるが、右は個室が並んでいる。



「この奥の部屋がワシらの、というか、エラの控室だ。ワシは国王の近くにおらねばならんから、先に会場に入っているぞ。従者が呼びに来るから、それまでくつろいでおくといい」

 そう言って、部屋の前まで案内されると護衛が扉の左右に立っていて、どうぞと開かれて入ってしまった。部屋に入らずに真っすぐ進むと、会場なのだそうだ。

(あのアーチ状の通路の先にも扉が見えた。護衛も居たから、本当にすぐそこだ)



 部屋は広く、大きなソファが向かい合わせに二つと、鏡台や椅子にテーブル、などの調度品が置かれてある。部屋ひとつでさえ、ここまで見たような金の装飾が壁や天井に施され、程よい大きさのシャンデリアも吊るされている。



「王宮ってすごいんだね。そう思わない? フィナ」

 ドレスの形を崩したくなくて、小さな背もたれのない椅子に浅く腰かけながら話しかけた。

「はい。それは本当にそう思います。エラ様ほど興味は湧きませんが、素敵だなと思っていますよ。でも、私には豪華過ぎて落ち着きません……」



「たしかに。でも慣れるのかも。ああ、だけど慣れちゃうと、この感動は無くなるのかぁ」

「あ、エラ様。その素材はほとんど皺にならないですから、ソファでくつろがれても大丈夫ですよ。それに、散々馬車で座っていたじゃないですか」

 わたしが椅子を選んだ理由を察したフィナが、すぐさま教えてくれた。



「それなら、フィナも一緒にソファに座ろ」

 私は侍女ですからと椅子にさえ座らないフィナに、一緒じゃないとくつろげないとなだめて、向かいに座ってもらった。それに、会場には一緒に来れないのだから待っている間どうするのかと説得したのだった。



「座り心地は、私はお屋敷の方が好きかも……」

 そんな雑談をしながら、フィナと旅行に来たかのようにくつろいでいた。そこに――。



 ――コンコンコン。と、どこか聞き慣れたようなノックの音が聞こえた。

(もう呼ばれる時間なのかな)



「どうぞ」と返事をすると、扉を開けて入って来たのは、意外な人物だった。

 


お読みいただき、ありがとうございます。

この回は苦手な表現が続くせいか、時間が掛かりました……。読みにくくてすみません。もっと上手に書けるように頑張ります。

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