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【完結】なぜか皆から愛されて大公爵の養女になった話~転移TSから幸せになるまで~『オロレアの民 ~その古代種は奇跡を持つ~』  作者: 稲山 裕


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第二章 五、二日月の夜(二)


     **


「エラ様、起きてください! エラ様!」

 強く体を揺すられて、無理矢理起こされた。

(この声は……)



「……どうしたの、アメリア」

 目を開けても、閉じているのと変わらないくらいに部屋は暗い。どうせ起こすのなら、明りを灯しておいてほしかった。


「敵です! 早く剣を抜いてください!」

 そんな事を言われても、真っ暗だし頭が重くて、状況が掴めない。

「お早く!」



 ――ふと急に、頭と体を貫かれるような気持ちの悪い感触がして、一気に目が覚めた。

 殺気だ。けど、今まで感じたどの殺気よりも、随分と濃い。ぬったりと体にまとわり付くような感触が、部屋全体を満たしていく。



「アメリア、どうして護衛を呼ばないの」

 廊下に居たはずだ。呼べばすぐに入ってくる。

「呼んだのに、来ないんです」

(なぜ?)



 色々な理由を考えたが、現実は変わらないからやめた。もう近くまで敵が来ている。それも二人。

「呼び続けなさい。こいつらは、私が相手をします」

 帯剣ベルトと剣を装着して、抜剣した。手に触れた時点で光るそれは、またあの光線を撃てるのだろうか。使用方法も分からないまま、あれは勝手に作動した。意のままに撃てると気が楽になるのだが。



 隣では、アメリアが必死に護衛騎士を呼んでいるのに、反応が無い。

 敵は近いはずなのに、殺気が濃過ぎて居場所が分からない。

 ぎ、ぎききききき。不快な音がしばらく続いたかと思うと、窓がガラスごと切断された。それは自由落下して、しばらくしてから地面で砕ける音がした。



「皆さん、お疲れのようだったぜ。気持ちよくお休みのようだ」

 人をあざ笑うように話している。そんなふざけた口調が窓から聞こえてくる。

 それから、リビングに繋がる扉が、きぃ。と鳴って開いた。



「アメリア、部屋の隅っこに居なさい。ベッドの陰でもいい」

 窓からと、扉から。まさかこんなに自由に出入りされるとは思わなかった。アメリアにも簡単に入られていたし、どう考えても警備や防犯が機能していない。



「どうやって入ったのかしら。無言で失礼だわ」

 まだ距離のある窓の敵には左半身になって、扉の方に体の正面を向けた。剣は水平に構えて、正面と横からの両方に備えた。

「これはこれは、失礼した。お嬢様には今夜死んで頂きたく、参った次第です」

 リビングに居た方が、そう答えた。

 だが、暗くて姿が分からない。



「おい、喋ってないで早く仕上げろよ。そろそろ来ちまうだろうが」

 口の悪い男が、窓の方から言った。

「まぁ待て、かなりの上玉だと聞く。やっぱり(さら)っていこうじゃないか。まだ小柄だ。担いでも逃げられるだろう」


 リビングから、すでにこちらの寝室に入っているようだ。気配が希薄で、敵の位置が掴めない。でも、声はすでに、五歩以内の距離から聞こえている。

(間合いの中のはずだ)

 そう思って、威力は小さいが動作の起こりの見えない斬り方で仕掛ける事にした。



「穏やかじゃない相談ね。本人の居ない所で話してくれる?」

 話し掛けながら、横に薙いだ。が、手応えが無い。

「あぶねぇな。そいつ年の割に結構やばめの技ぁ使うぜ。大丈夫かよ」

「少し肝が冷えたな。だが、今ので斬れないのならその程度さ」

 よく言う。こちらの肝が冷えたというのに。今のタイミングで躱せるのなら、他のどんな技も当てられる気がしない。



「その光る剣が欲しいな。俺はそっちをもらうぜ。お前はその穴を使いたいんだろう? 剣は譲れよ」

「商談成立、だ。さぁお嬢様、大人しくしていれば、痛くないように運んで差し上げよう。だが逆らうなら、手足くらい斬ってしまおうと思っている。どうかな?」

(冗談じゃない……)



 リビングの敵の声は、さっきよりも少し離れた所から聞こえた。その場所を見ると、どうやら首を傾げているらしい影が見える。だがもう一人の、窓の敵の位置が分からない。声を頼るなら、まだ窓の近くに居るはずだが。



「……斬られるのは御免だわ。優しく……してくれるのよね?」

 冷や汗なのか、脂汗なのかは分からないが、とにかく全身ぐっしょりだ。こいつは素早いだけなのか、戦っても強いのか、それさえ分からない。だが、力量が読めないという事は……。

(わたしの方が弱いって?)



「ふ。ふっふっふ。早くどんな(たま)なのか見てみたいですね。それではお嬢様、手を。エスコート致しましょう」

 触れてはだめだ。掴まれたら、力では絶対に勝てない。



「ま、まって、お気に入りの人形があるの。その子を連れて行きたいわ」

 時間を稼いでいたら、お義父様が来てくれないだろうか。

「え、エラ様だめです。それなら私が代わりに行きます!」

 アメリア。声を出さずに潜んでいて欲しかったのに。



「だめ。あなたはここに居なさい」

「おい! んなもんほっといてさっさと来やがれ! 時間稼ごうとしてんじゃねぇ!」

 窓の敵は、口が悪いくせに頭が回るようだ。

「やめろ。怯えさせたら余計に時間を食う。出来ればどこも斬り落とさずに連れ帰りたいんだ。少し黙っていろ。それからそっちの。お前に用はない」



「あ、あの。となりのお部屋にあるの。取りに行ってもいいかしら」

「あぁ、いいとも。その代わりに、待っている間はその子を斬っていよう。私は斬るのも大好きでね。お願いを聞いてあげるんだからいいだろう?」

 ゾッとした。弱い者を平気で傷つけたり(なぶ)ったりしようという(やから)が、こんなにも気持ち悪いものだとは。



(……もういい。この体がどうなろうと、こんなやつの好きにさせるものか)

「ダメに決まってるでしょ? アメリアを傷つけるなんて、許さないわ」

 刺し違えてでも、こいつらを殺してやる。殺さなければアメリアが、そしていつか、他の誰かが殺されるか酷い目に遭う。



「絶対に……絶対に許さない」

 あの光線が出せれば、一瞬で(かた)が付くのに。わたしの力量では負ける不安が大きい。わたしが殺されてアメリアも殺されるような――それも嬲られてから――そんな最悪の事態だけは避けたい。アメリアだけでも守りたい。



(あの時みたいに反応してよ。黙ってないで、光線だしてよ!)

「ほれみろ反抗された。どうせこうなるの分かってんだよ。さっさと仕上げて逃げようぜ。厳冬将軍が感づいた頃だ。アレはさすがに分が悪い」

「しょうがないな。足を斬ってしまえば大人しくなるだろう」

 窓の敵は変わらない態度だが、リビングの敵は突然、感情が消えたような低い声を出した。と同時に、空気の密度が濃くなったような、重いものがのしかかる感覚が来た。もう、いつ斬り込まれてもおかしくない。



(やるなら、先手を打つ方がいい)

 ――捨て身の乱れ斬り。これが最も倒せる可能性が高い。

『ノウハノセントウハケイヲカクニン。チョウキンセツセントウオヨビセイミツシャゲキ、キンキュウシドウ』

(こんな時に音声が!)



「早くしろ! 下のザコどもが全滅しそうだ! 退路が無くなっちまう!」

(うん? 聞こえていない?)

「わかっていますよ。さぁ、私のコレクションにしてあ――」

 チィン。という短い音と共に、月の弧が中空に描かれた。白い光の残滓が幻想的に消えてゆく。そして、リビングの敵の挙動が止まったように感じた。



「あん? おいチビ何をした。てめぇもふざけてる場合じゃ……」

 ――どちゃどさ、びちゃり。という液体混じりの鈍い音がして、さっきまでの重い空気が幾分ましになった。

(一人死んだ)

「なんだぁ? お前何かし――」



 ピカ。っと細い光が走った。それが一瞬照らしたのは、窓の敵の頭を光が貫いた映像だった。

 ――どさっ。という重く鈍い音がして、嫌な空気は消えた。代わりに、血生臭さと肉を焼いた臭いが立ち込めてきた。

(もう一人も死んだ)



「――っはぁっ。はぁ、はぁ……」

 斬り込もうとして、息を吸ったまま吐くのを忘れていた。そのせいで、全力疾走をしたような疲労と呼吸の乱れが出た。

(もう嫌だ。こんなに強い敵が二人も来るなんて、聞いてない。剣が上手く働いてくれたから良かったものの、そうでなかったらどんな酷い目に遭っていたか)



「うぇ、ぅえらさまぁ……うわぁぁぁん!」

 正直、腰が抜けそうだけど、アメリアを慰めてあげないと。

「こっちに来れる? アメリア。もう大丈夫よ」

 わたしは今、立っているのがやっとで行ってあげられない。

 ごめんねと思いながら、剣を納めた。



「うぁぁあああん!」

 部屋の隅に居たアメリアが、よろよろとしながら来てくれて、抱き付いてきた。全身が悲惨なくらいに、ブルブルと震えている。

「うん。怖かったねぇ。私も、正直すごく怖かった。こわかったね。よしよし」

 それほど身長は変わらないけれど、アメリアの頭を撫でた。もう片方の手で、ぎゅっと抱きしめながら。



 あいつらは、ガラディオやお義父様には遠く及ばないけど、わたしよりは強かった。一番速い挙動の剣筋を、あの暗がりで躱されたのはショックが大きい。

(……もう、自分もそこそこ戦えるとか思うの、やめにしよう)

 この体では、やっぱり無理だ。どう足掻いても、筋力差がどうにもならない。



(もういい。ほんとに悔しいけど、どうにもならない)

 掴まれるとほぼ負けが確定するのに、手強い相手となんて戦える訳がない。今日、この今、やっと思い知った。おぞましくて恐ろしい事をされそうになって、死ぬよりも怖かった。この体を汚されるのも、傷つけられるのも、本当に嫌だと思った。それを心の底から自覚することが出来て、良かったとでも思っておこう。腹が立つけれど。



 そんな事をモヤモヤと考えている間も、アメリアは泣きじゃくっている。

「あぁ、あぁ。可哀そうに。ちゃんと守ってあげられなくて、ごめんね。私も弱かったねぇ。ごめんね。しばらく、こうしていようね」



 こんなに立て続けに狙われるなんて、一体何がどうしてこうなるんだろう。警備は本当にどうなっているのか、護衛騎士に問い正したい。

 でも、とりあえず自分の(おご)りやわだかまりが、綺麗に消えた気がする。ケガの功名とでも言えばいいのだろうか。

(……命懸けだったけども)





「貴様ら! 何を寝ておるか!」

 あぁ、お義父様の声だ。と思った。

 お義父様と灯りを持った騎士達とが、部屋になだれ込んできた。デジャヴのようだ。

(来てくれるのが遅いよ……)



「エラ! 無事か! エラ!」

 お義父様の体は大きくて重いのに、寝室のわたしの前までするりと距離を詰めた。

「やっと来てくださった……怖かったんですからね。ほんとに……」

「わぁぁぁああん! しょうっ、しょうぐん、さま! ずみまぜん! まもれまぜん、でぢた」

 泣きじゃくるアメリアを抱いたまま、お義父様を見上げた。



「怒らないでください。必死で私を起こして、ちゃんと守ろうとしてくれましたから」

「おぉ、おお。そうか。そうか……すまなかった」

 悲痛な顔をしている。きっとご自分を責めているのだろう。



「それよりおとう様。私もアメリアも限界です。抱き上げてください。お風呂に入りたいしおなかも減りました。私も泣きたいくらい怖かったですから、後でいっぱい慰めてください」

 一息で言い切ると、はやく抱き上げてくれと、目で強く訴えた。



「おぉ。すまなんだ。よくやったな、二人とも。よく生きていてくれた」

 太くて逞しい腕で、わたし達を軽々とすくい上げて座らせると、もう片方の手で宝物を抱くように優しく包んでくれた。

(こんな風に、腕に座るとか出来るんだ……)


 お義父様に向かい合わせの状態で、膝がお義父様の胸で固定されて安定している。抱えられたお陰で随分と背が高くなって、皆を見下ろす視線が新鮮で楽しい。……いや、撤回しよう。灯りで照らされてグロいものを見てしまった。この剣が斬ってくれた、リビングの敵と仮称したやつの死骸。



 それにしても、アメリアとわたしとで少なくとも七十キロはあると思うけれど、片腕で……。ものすごい剛腕だこと。


「お義父様、はやくお風呂に。それから、出たらすぐお食事がしたいです。ほんとに倒れそうなの。フィナも起きてくれるかな……もう、寝ながらお風呂に入りたいです」



 わがまま放題を言ったけれど、きっと全て叶えてくれるだろう。まだ暗いうちに起こされるフィナには悪いけど……今日は許してもらおう。



いつもお読み頂きありがとうございます。

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